16、一進一退
「魔素の希薄化現象、というものをどれくらい知っているか、ビーノヴァー中尉」
ミレナは横に座っている黒髪の女将軍に、突然質問された。
彼女はなぜか飛行船カノーの艦橋に連れて来られ、アネシュカ・アダミーク将軍の横にずっと立たされている。
「は、はい。空気中にある魔素が千年前を境に薄くなっているという学説だったかと」
「そうだな。それは偶然にも帝国ができた頃だ」
「関連性がない話だとは思いますが……その……閣下?」
「ではビーノヴァー中尉、魔素の希薄化によって起こされたものに、どんなものがある?」
「えっと……代表的なもので、いくつかの魔法の失伝があるかと。『鑑定』や『索敵』などが有名ではないでしょうか」
「そう伝えられているな。では失われたわけではない浮遊の魔法、これが困難になった理由はわかるか?」
その質問に、ミレナは言葉に詰まった。
浮遊の魔法は何度か彼女も見たことがある。敵である賢者と勇者がたまに使うからだ。
「……帝国内で使える人間はいないと聞いています。ですが、賢者と勇者は使えます」
「魔力を大量に消費する魔法であり、希薄化以前でも使用者は少なかったそうだ」
「そうなのですか?」
「大量の魔力を消費する。その理由としては、体内の魔力を強制的に排出させ、魔素へと変換し、高濃度の魔素を含んだ空気を作るからだ」
「つまり、浮遊の魔法は、魔素と魔素の反発を?」
「ああ。高濃度とは言うが、一定の空気に存在可能な魔素は限られている。それ以上は魔素同士の反発が起きるらしい」
「高濃度の魔素を含む空気を作り出し、空気中の魔素と反発させることで、空中に浮かぶということですか。理解しました」
「そうだな。現在は空気中の魔素自体が薄いため、反発力が弱い。それでも使おうとすれば出力を上げざるを得ない。賢者や勇者しか使えない理由がそれだ。もっとも、高濃度の魔素が引き起こす現象はそれが全てではないがな。とりあえず浮遊の魔法とはそういうものだと覚えておくと良い」
「ご教授ありがとうございます、閣下」
緊張した様子で敬礼をしつつも、内心ではホッと安堵のため息を零していた。
相手は帝国軍の頂点だ。そして皇帝が最も寵愛する妃でもある。
機嫌を損ねては、何が起きるかわからない。少なくともミレナはそう思っていた。
「我が軍の飛行兵器はガスを充満させたバルーンで浮かぶ飛行船しかない。空飛ぶ輸送船としての役目が精々だ」
「はい、おっしゃる通りかと」
「だが、敵は大きな翼を持つ竜と、それを操る竜騎士によって飛行船力を保有している。では今回の戦い、ビーノヴァー中尉はどう見る?」
予想外の質問に、ミレナは唾を飲み込む。
アネシュカはすぐ横で意地悪そうな笑みを浮かべて、ミレナの回答を待っていた。
「もちろん、我が軍が勝ちます」
軍人としては、そう答えるしかない。
「根拠は?」
「はっ、敵に北タラリス王国艦隊が来たことは予想外でしたが、それでもEAと小型高速戦闘艇の優位性を覆すほどのものではありません。問題は竜騎士ですが、数が減っていることもあり、必ずその防衛線を抜いて、敵国の港に辿り着くでしょう」
一息で根拠を並べ、ミレナは直立不動したまま問題の答え合わせを待つ。
一方のアネシュカ・アダミークは船長用の椅子に腰掛けたまま、
「その回答通りだとしたら、我が軍は負けるな」
と楽しそうに笑った。
「この戦、勝てるぞ」
エリシュカが海竜の上で自信ありげに言う。
すぐ後ろのセラフィーナも頷いて同意した。
「北タラリス艦隊には悪いけど、良い感じに壁になってくれてるわね」
「それでもやはり、我が竜騎士隊は優秀だ。北タラリスの支援も上手くできている」
空を飛ぶ竜騎士たちを見上げながら、エリシュカが親指を立てた。上空の竜騎士も同じジェスチャーを返す。
「でも、彼らも面食らってるでしょうね」
セラフィーナが苦笑いを浮かべた。
「どっちの『彼ら』だ?」
「もちろん、タラリスの方よ。おそらく帝国と私たちの航路を読み、最善のポイントで機会を見計らって助けを申し出たつもりだと思うわ」
「それを利用して壁にするとは、賢者様は相変わらず性格が悪い」
「人聞きの悪いこと言わないで。彼らだってEAと当たりたかったのでしょうし」
「まあ、そうだろうな。帝国の力を測るつもりだったんだろうが」
エリシュカとセラフィーナが前方を見つめる。
そこでは帆船の艦隊が大砲を撃ちながら、帝国の艦隊を攻撃していた。
しかしその隙間を縫って、人影が海上を滑走するように突撃してくる。
もちろん帝国の鎧型兵器EAだ。小型戦闘艇を魔力で走らせ、次々と砲撃を帆船に食らわせている。
「……北部タラリス艦隊と言えば、音に聞こえたものだけどね」
「帝国の前じゃこうか……しかし嘆いても仕方ない」
エリシュカが上方に向けて三回ほど、手信号を送る。
その合図を見て、三騎の竜騎士が空を飛び、タラリス艦隊を追い越してEAたちに襲いかかる。
火の弾を口から吐き、EAの障壁を破っては海中に沈めていった。
艦隊の上から、ドワーフたちが歓声を上げている。彼らの活躍と助勢を得て、ドワーフたちは再び大砲を連発し始めた。
今度はEA狙いではなく、仰角を取って敵艦隊を狙う。母艦を落とす方が向いていると判断したせいだろう。
「……駄目か」
砲弾が届きそうになると、船上のEAが魔力障壁を張り、防ぐ。
さすがに船の下部に当たるものは防ぎようがないが、それでも被害はほとんどなかった。
「エリシュカ、前方の隙間を」
「わかった」
「私が一発、食らわせてやるわ」
「怖い怖い。だが、頼むぞ賢者様」
竜騎士の手綱に従い、海竜が速度を上げ、艦隊を追い抜く。
迫ってくる高速艇に乗ったEAたちを、口からの水流砲で海竜が薙ぎ払っていった。
そして最前列に出る。
これで、前方には敵艦隊しかいない。
「まずは帝国艦隊を減ら……ちっ、出てきたか!」
敵はタラリス艦隊を嬲り、賢者たちが前に出てくるのを待っていたようだ。
タイミングを合わせ、帝国艦隊の輸送船から多数のEAが出撃し始める。
「でも、遅いわ……」
賢者が杖を両手で持って詠唱を始める。
「七の月、八の水平、罪過をなし財貨としつつも、在を示せ、我、聖龍レナーテの名の下に、十五の火竜光竜の力を、実として行う。いざ、咆吼せよ!」
詠唱が終わるタイミングで、エリシュカが手綱を叩く。海竜が頭を下げて、賢者が杖を片手に持ち上げ、横に薙ぎ払った。
「奉撃の覇炎!」
その動作を追うように放たれたのは、直径四ユルほどの閃光。それが帝国艦隊先頭まで伸び、横に薙ぎ払う。
一瞬の間の後、海面が急激に蒸発し、爆発が起こる。
水柱というよりは水の城壁とでも呼ぶべき大きさで海面が盛り上がった。
その海水が落ちると大波が起きる。
結果、小型艇のEAたちが転覆し、大型艦が波で大きく揺れた。
「さすが賢者……」
「はぁ……今のは結構、魔力使ったわ……でも」
今の一撃で、帝国艦隊が足を止めた。
そこを逃すような北タラリスのドワーフたちではない。
「今じゃ、撃てぇ!」
老ドワーフが号令とともに手の斧を上げる。
横っ腹を向けていた艦船たちから、白煙が上がり爆発音が起こる。
いくつもの砲弾が帝国のEA輸送船に降り注ぐ。
大きく揺れる船上でバランスを失い、EAたちが魔力障壁を張り損ねた。
結果、砲弾が船を破壊し、四隻の帝国艦船に穴が開いた。
「やるわね」
賢者が横に並ぶ老ドワーフの乗る旗艦に手を振った。
得意げな白髭のドワーフが、右手の斧を振って答える。
その無邪気な様子に、セラフィーナとエリシュカも思わず破顔した。
次の瞬間だった。
老ドワーフの上半身が、魔力砲撃によって消し飛ばされる。
「なっ!?」
「隠してたわね!」
見れば、沈んでいく大型艦船の後ろから、高速戦闘艇に乗り弓を持ったEAたちが姿を現している。
「あそこから届くの!?」
賢者が咄嗟に大きな魔力障壁を張った。
海竜に着弾するいくつかの長距離砲撃を弾く。
「あれがレクターの武装を改造し、増産したヤツか! 部下から聞くのと見るのでは大違いだ!」
海竜を操る竜騎士エリシュカが焦った様子で叫ぶ。
それは竜騎士たちが竜を毒殺されたことの報復で、帝国の港町近くを襲撃したときの話だ。
長距離から魔力砲撃を放つEAがいた。
その強力な砲撃に、上空の竜騎士たちも近づけない。必死に回避するので手一杯だった。
「くっ、ここまで出さなかったのは、私たちが前面に出るのを待ってたわけね!」
崩壊していく北部タラリス艦隊。
土手っ腹に穴が空くというような軽い被害ではない。
まさに薙ぎ払っていくという形容が似合う猛攻だった。
「……まずいわ」
賢者が遠見の魔法で確認する。
彼女の視界に映るのは、十二体の弓を持ったEAたちだった。
数は少なくとも、威力が強すぎる。
「こんなの、勝てるか!」
「脱出艇を出せ!」
「逃げろ! 早く船を捨てろ!」
北タラリス王国の軍勢は艦隊の長を失い、ドワーフたちは沈んでいく船を捨て、我先にと逃げだそうとする。
それはまさに戦線崩壊だった。
「くくっ、笑えるな」
飛行船カノーの艦橋で、頬杖をついたアネシュカ・アダミークが笑う。
「あれが長距離砲撃型ボウレ……その真価……」
「戦争の形はどんどん変わるぞ、ビーノヴァー中尉。レクターはすでに時代遅れになりつつある」
「……どのような兵装であれ、与えられた物を使うのみです、閣下」
「頼もしいことだ。まあ、レクターの真価は、その魔力許容量だと聞く。我々のような凡人が乗れば、ボウレⅡと大して変わらん」
「はい。精進します」
「さて、次はどんな手で出てくるか。わざわざ賢者が前に出てきてくれたんだ。ここで仕留めておきたいところだが」
真顔に戻り、将軍が考える。
ミレナはふと、不思議に思っていることがあった。
「あの……閣下、隊長はまだ出ないのでしょうか?」
対北西三カ国同盟戦となれば、常に最前線で暴れ回っていた仮面の男。その姿がどこにも見えない。
「まあ、出番待ちだ。主役が姿を現すにはまだ早い。だが、そろそろ準備はしておかなければな。飛行船カノー、高度を上げろ。ルドグヴィンストの道を開けろ」
アネシュカの号令の元、カノーが高度を上げ、速度を落としていく。
飛行船ルドグヴィンストから離れていった。
ミレナの目にも、眼下を走るシュタク特務小隊の黒い飛行船が映った。
そこから、何か光の帯のようなものが、飛行船から伸びているような気がした。
そのとき、アネシュカが何かに気づき、眉間に皺を寄せる。
「閣下! 出てきました!」
艦橋の観測士が報告を上げた。
「ようやく前に出てきたか」
彼女は右目に魔法を発動させた。船長席から遠見の魔法で海上を走る人影を見つける。
「え、まさか!」
ミレナが走り出し、観測士の横の窓へとへばりつく。
敵艦隊の合間を縫って、小型戦闘艇を走らせる、白地に青色のEA『レクター』。
それに乗っているのは、おそらく。
「コンラート……」
ミレナは友人の名を呟く。
帝国を離れ、勇者とともに行ってしまった同じ部隊の仲間。
「……あの、バカ……」
小さく、だが悲しそうに、ミレナ・ビーノヴァーは呟いたのだった。
「頼むぞ、コンラート!」
エリシュカが通り過ぎる背中に声をかける。
「任せときな。あのボウレたちは、内部魔法刻印に、身体強化系がほとんどない。完全に魔力砲撃に特化した形だ。近づけば何とかなるからな! 行ってくる!」
コンラート・クハジークが小型戦闘艇を走らせる。
全く身の入っていなかった訓練のときより、上手く走らせている自信が彼にもあった。
速度を上げ、帝国のEAへと近づく。
「レクター!?」
相手が戸惑っている間に、横をすり抜けながら、大剣の一撃を食らわせた。
「悪いな! 恨むなら少佐を恨みな!」
帝国のボウレが障壁で防ぐも、船の上から吹き飛ばされて海中へと落ちて行く。
コンラートはさらに速度を上げながら、帝国艦隊後方に位置する、長距離型ボウレを目指した。
「……どこだ、隊長!?」
それでも最後の狙いは、ボウレなどではない。
まだ姿を現していないヴィート・シュタクだ。
勝てるかわからないが、挑まねばならない。
コンラート・クハジークとしては、弱い敵を嬲り殺すより、強い敵にやられる方がよっぽどマシだった。
だから、レクターに魔力を流し、加速していく。
「てめえはオレがぶっ倒してやるぜ! シュタク少佐!」
彼は帝国のど真ん中を目指し進んでいくのだった。
寒いので皆さんお体には気をつけてくださいね




