15、竜騎士たちへの援軍
■■■
四匹の竜騎士が編隊を組み、ゆっくりと空を進む。
その下の海面では、海竜が波をかき分け、その後ろからコンラートが小型艇にEAを乗せて進んでいる。
「もう少ししたら見えてくるかしら」
賢者が海竜の甲羅の上で杖を握り締める。
海竜は甲羅をぐるっと囲むベルトをつけられ、最上部には賢者が落ちないように腰の帯と接続されていた。
白地に青色のレクターが横まで進み、
「帝国艦隊ってのは、そんな強力じゃねえ。速度もそこまでないはずだ」
と教える。
「まあ、今まで他大陸の国と事を構えるなんてなかったし、帝国は上陸されても充分に勝てる強さがあるしね」
「そういうこった。海を渡らなきゃいけねえ敵なんて元々、真竜国しかなかったんだ」
「でもコンラート、大丈夫? あなた、あんまりその小型艇は得意じゃないんでしょ?」
「艦隊まで行って船に飛び乗りゃこっちのもんだ」
「そう……でも、無理はしないようにね」
「わかってらぁ。でも、体力は温存させてもらうぜ」
そう行って彼は海竜の甲羅に巻き付けられたベルトを掴む。
「さて……っと。あれは?」
賢者が目を細める。その視界の先には、帝国とは違う艦船が見えた。大型の帆船を中心に、いくつもの船が並んでいる。
「北部タラリス王国の旗?」
賢者の呟きに、海竜を操るエリシュカが手綱を引っ張った。
「というと、西の大陸の北部一帯の国か。ルーデシア島と北タラリス半島を治めているという」
海竜が止まると、上空から竜騎士が竜を降下させてくる。
「隊長、見て参ります」
「頼む、アッケルマン」
竜騎士隊の副隊長が操る聖赤竜が、翼をはためかせ、前方の艦隊の方へと飛んでいった。
「これはこれは、名高き賢者殿と竜騎士殿がお目見えとは!」
船に乗っていたのは、ドワーフたちだった。全員が角の生えた鉄の兜を乗せ、片手斧を持っている。
「北部タラリス王国のドワーフ海兵が何故、こんな場所に?」
相手の船に乗り移った賢者が、訝しげに訪ねる。
今、彼女たちがいるのは、大小二十の艦船を誇る大艦隊の旗艦の上だ。
「我々はブラハシュアで虐殺された同胞の仇討ちに来たのですよ」
「それはまた……」
「ところで、ユル氏族の末裔様はこちらには?」
責任者と思われる豪奢なコートを羽織った、長い白髭のドワーフが訪ねる。
そんなことまで知っているのか、とセラフィーナは内心で舌打ちをした。
「いえ、こちらには来てませんよ。彼女には別の仕事を頼んでいます」
「それは危険なことで?」
「勇者リリアナがついています」
「ほう! 勇者様が! それなら安全ですな。ところで賢者殿」
大げさに驚いた後、老ドワーフが顎髭を擦りながら、剣呑な目を見せる。
「何でしょうか?」
「我々も、この海戦、噛ませてもらえませぬかの」
「……本気ですか?」
「本気ですとも! ブラハシュアの同胞とユル氏族様の件もありますがの。何、情勢を伺うに、メノア帝国はここで止める必要がある。そういう上の判断ですじゃ」
ここ数百年、今まで大陸から海の外に出ることはなかった大国、メノア帝国。EAという力を得て、さらに海上戦力を充実させてきた。
彼らの母国である北部タラリス王国は、メノア大陸と大洋を挟んで隣り合っている。
その北部と、さらに北の海に位置するルーデシア島を領土とする国となれば、放っておくことはできない。
「なるほど。確かに。言い分はわかります」
「こう見えても我が国は海戦にはちょいとばかし定評がありましてな。竜騎士殿も賢者殿も参戦されるそうで、ならば我々が露払いをすれば、帝国の海上戦力を沈めることも可能かと」
老ドワーフが得意げに提案する内容を、賢者は吟味する。
悪くない提案だ。
竜騎士がいくら海上と空中で強いとはいえ、無勢に過ぎる。
コンラートの乗る小型強襲艇と同様のEAが数十機襲ってくれば、横を抜かれて真竜諸島まで辿り着かれても不思議ではない。
その懸念が、彼らの参戦によりある程度は解消される。
もちろん、帝国の海上戦力を把握し、ある程度は削りたいという国としての思惑もあるだろう。
だが、どちらの国にも利がある話だ。
「わかりました。では、とりあえずこの戦いのみの同盟といたしましょう」
「いいですとも。帝国を沈めた暁には、改めてレナーテ様の元にご挨拶に」
「そうなるよう、こちらも努力いたします」
「恒久的な同盟が組めるとありがたいですな。では、ユル氏族様を害そうとした帝国どもを、我々タラリス艦隊が最初に相手してやりましょう」
「戦術的な打ち合わせをしている暇はありませんからね。そちらが先に当たり、我々は抜けそうな場所を叩く」
「単純な話の方がいいですな。もっとも、それではそちらが暇かもしれませんがな」
老ドワーフが大口を開けて笑う。
彼らが海上で役に立つというのなら、ありがたい話だ。
そして強い艦隊を持つ北部タラリス王国と同盟を組めるというなら、今後も真竜湾を守れる。
例え彼らがユル氏族を国に迎え、祭り上げようとかそういう企みがあったとしても、今は真竜国を守るが優先だ。
「期待させていただきますよ、艦長」
賢者が手を出しだし、老ドワーフが握り返す。
セラフィーナは足りない戦力を補うつもりで、急ごしらえの同盟を組んだ。
だが、それでも帝国に、あの男に勝てるという確信が持てない。
コンラートから情報を聞いた。
それに対しての対策はできただろう。それでも、得体の知れない不安を消し去ることができなかった。
■■■
帝国艦隊が春が近づく穏やかな海を進む。
何でも冬から春に変わるこの期間は、風の少ない穏やかな波が続くそうだ。漁師の知恵らしい。
今、オレが乗船しているのは、最後方の上空に位置する飛行船『ルドグヴィンスト』だ。艦橋の先端にある操舵室の中から、オレは海を見下ろしていた。
「……ん? 何だあれは」
遥か遠くの水面に、何かが浮いているように見える。思わず目を細めるが、形が判別できない。
「どうやら見慣れぬ艦隊のようです」
隣にいた観測士が、オレに望遠鏡の場所を譲ってくれる。
「角の生えた鉄兜に双刃の斧……北タラリス王国の旗か?」
「音に聞こえた北タラリスのドワーフ艦隊かと」
予想外の言葉に、思わずマスクの中の眉間に皺が寄る。
真竜湾のこの場所に、他大陸の国の艦隊がいる。しかも、隣の大陸では音に聞こえた北タラリス艦隊だ。
間違いなく帝国の艦隊に敵対するつもりだろうな。
目的は帝国の海上戦力の威力偵察か。
望遠鏡から離れ、観測士へと返す。
「北タラリスだけか?」
「いえ、竜騎士四匹と巨大な亀、その上には賢者も見えます。あと……」
望遠鏡を覗き込みながら、観測士が言いにくそうに語尾を濁した。
それだけで答えがわかる。
「白地に青色の線が入ったレクタータイプのEAがいるんだな?」
「はっ! おっしゃる通りです!」
「コンラート、出てきてしまったか。わかった。ありがとう」
「失礼します!」
「わかった」
オレは船長室の横にある自分の席へと戻る。
「どうしますかい? 少佐」
「どうもしないさ、ダリボル。たかがEA一匹増えた程度、我々の作戦に何の影響もしない。ただ、バカなことをしたな、アイツも」
コンラートがこのまま戦闘に参加すれば、紛れもなく反逆者だ。戦場で行方不明になったという嘘は効かない。
そうなれば、アイツの生家クハジーク子爵家は、一族郎党処刑だ。真竜国に味方した者の末路だ。
「残念なことですがね。ここだけはケジメをつけなきゃならんでしょうな」
ダリボルも歴戦の軍人だ。古くは帝国艦隊の帆船で船長をしていた男である。裏切りに対して帝国がどういう罰を下すかなど、よく知っている。
「まあいい」
他大陸の大艦隊だろうと、かつての部下であろうと、許せるわけがない。
敵なら殺す。
その方針には何ら変わりはない。
「魔素の打ち出しは順調か?」
オレが問い掛けると、艦橋の横に設けられた計器の側から、
「バルーン前面に取り付けられた魔素波噴出口、異常ありません」
と返答が来る。
「わかった。そのまま続けてくれ」
「はっ」
魔素を感じ取るために、背もたれに体重を預け、目を閉じた。
なぜか脳裏に浮かぶのは、幼馴染みたちの最後の死に様だ。
最初に、敵国の兵士にドゥシャンが斬られた。
イゴルがリベェナを火炎の魔法から庇おうとして、二人とも焼け死んだ。煤しか残らなかった。
オティーリエが立ち竦んだけど、両手を伸ばして、オレの逃がされた方向に行かすまいと泣きながら失禁しながら、でも駄目って言って、そして竜騎士の操る竜に食われたんだ。
燃える町でアレンカが落ちていた剣を奪って、襲いかかったけど返り討ちにされて、押し倒されて、助けようとしたブラニスラフは冒険者に両断され、アレンカは相手に噛みついて、逆上した相手に首を折られて死んだ。
胸が焼け付くような感覚を覚えて、目を開く。
アイマスクを正した。
口角が自然と吊り上がる。
「さあ、祭の始まりだ」
「EA各隊、発進準備に入れ!」
うちの船より上空で飛ぶ飛行船カノーから、拡声の魔法によりアネシュカ将軍の声が響く。
眼下の帝国の船たちが後部に甲板から海面へと降りるために、斜めに板梯子を降ろしていった。
油の塗られたその上に、小型戦闘艇に乗ったEAが乗せられ、次々と海の上へと向かって滑り落ちていく。
着水した小型艇の上で、EAたちが脚部に魔力を通した。
海中にある回転翼が回り始める。
加速し始めたEAたちが、帝国の船の合間を縫って、次々と前方へと向かっていった。
最初の出陣は、およそ四十機だ。
敵の艦隊を見れば、船首の向きを変え、こちらに横っ面を見せ始めた。よく見れば、横に大きな筒状の物体が沢山乗っている。
「ん? あれは……」
どっかで見たなとオレは小首を傾げる。
EAたちと敵艦隊までの距離はおよそ一ユミルを切った。
その辺りで、敵の帆船の横から、白煙がいくつも上がり、遅れて低い爆発音が聞こえてくる。
「……まさか、大砲か?」
確か、火薬で鉄球を撃ち出す古代兵器だった。
ドワーフなんかが作って、各地での反乱に使っていたそうだ。射程が長いので、攻城兵器としても活躍したそうだ。
だが魔法の方が早いし強い。そしてコストも低い。人間は一晩ゆっくりすれば魔力が回復するのだ。いちいち火薬なんていうものを作る必要はない。
そういう理由で使われなくなっていった兵器だ。
ドワーフしか作れない上に、製造コストがバカ高いとか軍学校の授業で習ったな。
「まさか、魔素の希薄化によって魔法が弱くなっていって、また古代の兵器が復権するとはな」
いくつもの弾が空中で爆発を起こし、鉄片を撒き散らす。確か炸裂弾……だったか?
しかし、あの程度では魔力障壁を張り損ねない限りは、EAに大した損害は与えられない。
それでも数隻の戦闘艇が、不発弾の落ちたときの波に揺らされ、バランスを崩したようだ。
「バカが」
EAたちは蛇行しながら大砲の弾を避け、あるいは魔力障壁で防ぎ、横っ面を見せている敵艦隊に近づいていく。
取り付く必要はない。今回のEAは白兵戦力ではないのだ。
ある程度近づくと、敵艦隊から矢がいくつも飛んでくる。
しかし、そんなものが全身甲冑の武装に効くはずがない。
EAたちは艦隊の土手っ腹に、何度も魔力砲撃を叩き込んでいった。
先頭に並んでいた敵の戦艦十隻に穴が空く。鉄板で補強されているのか、なかなか頑丈そうだ。
それでも、幾度もの砲撃により穴を開けられた、敵船は浸水を始めていた。
「相手にならんか」
ルドグヴィンストの艦橋でオレが安心していると、北タラリス軍の後方から、二匹の竜が前に出てきた。
思わず舌打ちをしてしまう。
奴らは大きな翼を広げ、滑空するかのように、小型戦闘艇に乗ったEAたちに近づいていった。
そのまま炎の弾をいくつも吐き、牽制し始めた。
EAたちは素早く回避しようとするが、三機ほどが直撃を食らい、魔力障壁の意味なく艇を燃やされ沈んでいく。
「……本当はあの艦隊にやらせるはずが、いきなり大損害を被ったので竜騎士が飛び出したか」
相手は帆船だ。風を上手に取ってはいて、うちの帆船よりかなり動きが良い。
それでもEAの相手にはならない。
ゆえに助けに来たのだろう。
EAたちが空を飛ぶ竜に向けて魔力砲撃を放つ。
しかし奴らはひらりと上空へ飛び上がり、その全てを避けていた。
その間に、敵の後方にある戦艦が大砲を撃つ。損害を被った味方もろともか。悪くない判断だ。
とりあえず損害を見るに、第一陣はうちの圧倒的勝利だ。
しかし、竜騎士がやはり厄介であるという認識は変わらない。
「……まだだな。出番はまだだ」
オレたち飛行船組は、間違っても竜騎士に近づかれるわけにはいかない。
奥の手を出すにしても、四匹いるという竜騎士がまとまっているときを狙いたい。
「はっ、今のうちだけ調子に乗るがいい。トカゲに乗って精々空の上で喜んでろ」
帝国はまだほんの少ししか戦力を出していない。
このヴィート・シュタクが戦場に来たからには、キサマらの命など風前の灯火なのだからな。
タラリス大陸はメノアの西、アエリア大陸は東側です。タラリスは一話でも名前が出てきてます。
アエリア大陸はリダリア語圏(英語表記)の国が多く、ヴラシチミルの故郷の一つもあります。




