6、北の地にて
ヴィート・シュタクとして出勤した後、今は士官用執務室で机の上に両足を投げ出して考え込んでいた。
「ふむ……」
ブレスニーク公爵家の顛末を聞いて、少し考えていた。
一つ疑問が残っているのは、あの老人が、どうしてそんな馬鹿なことをしたのだろうか、という点についてだ。
エリクが聖騎士という情報もある。有り得ないと思うが……。
「ヴィート、いるー? どうしたの、考え事?」
ノックもなしにドアが開き、白衣を羽織った女が入ってくる。エディッタ・オラーフ研究員だ。
「執務室に勝手に入ってくるな、オラーフ」
「アンタと私の仲でしょ、ヴィート。あの話について考えてるの?」
帝都の基地でも、この話で持ちきりだ。
「しかしなぁ」
「どうしたの?」
「バカなのか、アイツらは」
「あはっ、やっぱそう思ってたんだ」
無礼にも机に腰掛け、エディッタが可笑しそうに笑う。
「それ以外にどう思えと。ところでエディッタ。聖騎士と会ったことがあるか?」
こいつはこう見えても、『聖女』の称号を持っている。知っている人間はほとんどいないが。
「ええ、あるわよ? そりゃ同じ帝国内にいるのだから、お互いに不干渉を約束しなきゃね」
「どんなヤツだ? 男か女か?」
「男の格好をしてたわね。キレイな顔したヤツよ」
「そうか……名前は?」
「言ったでしょ、不干渉って」
「それ以上は言えないってことか。わかった」
やはりエリクなのか。何を考えているのやら。
しかし、面倒だな。前方に勇者と賢者、後方に聖騎士か。
「まさかレナーテに繋がってるのか?」
「たぶんないわね。でも古い情報だから、裏は取った方が良いかも」
「それは当然だ。しかし、ザハリアーシュが皇太子になったとすると、オレが第二位に上がる可能性もあるのか……いや、ザハリアーシュには息子がいたな。良かった」
アイツは兄より先に、西方の貴族の娘と結婚していたはずだ。たしかミレナの遠縁だったはず。息子がいるなら、そいつが第二位継承権を得るはずだ。
「エリク皇子には子供いないの?」
「アイツは戦争が始まる直前に結婚する予定だったんだよ。ヴラトニアの教皇の娘と」
「へえ。じゃあ、婚約は破棄されて……」
たしか宣戦布告直前に、いきなり話がなくなって、みんな困惑したと聞いている。
「そうだな。オレが殺した。たぶんな。どれがその女かも今となってはわからん。転がってる骨かもしれんし、犬が咥えていった骨かもしれん」
「残酷ねぇ」
「ところで、何をしに来た?」
「あ、そうだった。呼びに来たのよ」
「できたのか!?」
思わず立ち上がってしまったオレを見て、エディッタが喉を鳴らして笑う。
「そうよ。できたわ。嬉しいでしょ」
「ああ。待ってたからな。名前は?」
「新しいEAもバルヴレヴォ。バルヴレヴォ・イニシャルタイプ・シーモード、ということになってるわ」
「シーモード……海上戦向けということか。とうとう命名権の全権を握ったか、ヴラシチミルは」
そのリダリア語での名前に、つい苦笑してしまう。
「その枯れ木エルフが、すぐに来て欲しいってさ」
「わかった。伝令ご苦労」
机から離れ、部屋の出口へと向かう。
シャールカのことは気になるが、領地に戻ったというならエリクとも離れた。ブレスニーク公爵家もこれ以上、何かを画策することはないだろう。
それならば、目の前の本願に集中できる。
今回は不安定な場所での戦いということで、比重の高いバルヴレヴォは留守番だ。その代わりの新型機『バルヴレヴォIS』。母さんと同じ速度偏重の軽量型だ。
このEAなら、波に乗ることができるだろう。
後方の憂いは断った。
さあ、最後の戦いを始めようじゃないか、クソッタレの竜どもめ。
「寒い」
冬の海を見ながら、オレは思わず呟いてしまう。
「さみいよ隊長。んで、テオドアは?」
隣にいるのは、青髪クソガキのコンラートだ。こいつもまた分厚いコートを着て、寒そうに震えている。
「アイツは風邪を引いたそうだ。作戦開始までには戻るらしい」
「逃げたな、この寒さから……。でもよ隊長、ホントにやんの?」
「やるぞ」
「波、荒いぜ?」
二人して、崖の上から二十ユル下の海を覗き込む。
白波が押し寄せ、激しい海流がぶつかり合っている。
「波乗り、楽しそうじゃないか?」
「いや、アンタはいいぜ? 海の上には立たないからな?」
「実はなコンラート。オレもやるつもりだ」
「はぁ? 沈むぜ、隊長!」
「新型機を用意した。今度は軽い」
「マジかよ、ずりいぞ」
震えながらも、しっかりと文句だけは言ってくる。
なんかコイツの態度にも慣れてきたせいか、逆に頼もしくなってくるな。
「レクターはかなり上等だぞ、我慢しろ」
「くっそー」
「じゃあ、戻るぞ。ミレナが暖かいものを用意してくれてるはずだ」
「味は期待すんなよ、隊長」
「知ってる。温度さえ暖かければ何でもいい」
「それな」
二人して体を震わせながら、海から離れて馬車の方へと戻っていった。
ボラーシェクの北西部にある湾の一つに、かつては真竜国との貿易窓口として栄えた港町がある。
今は帝国軍最前線基地となり、軍人とそれを客にする商売人しかいない。後はほんのちょっとばかりの、元からいる住人ぐらいか。
「竜騎士の数は四匹か」
指令書を眺めながら、オレたち特務小隊に与えられた作戦室でため息を吐く。
そんなオレの顔を見て、飛行船の船長ダリボルが快活に笑う。
「四匹といえど、強力ですからなぁ。帝国には対抗する手段がない」
「で、今回はEAを小舟に乗せて、竜騎士を下から撃つと」
今、オレと同じ部屋には、シュタク特務小隊の三人と飛行船ルドグヴィンストを代表してダリボルが揃っている。
全員が向かい合ったソファーに座り、届いた指令書を確認しているところだった。
「無謀な気がしないでもありませんがね。あと二ヶ月もすれば、この辺の海は落ち着くでしょう」
「ただなぁ」
船長の言葉に、オレは一つの懸念を思い出して頭が痛くなってきた。
「どうされました?」
「勇者たちさぁ」
「勇者たち?」
「見失ったんだよ」
冬の山を越えて旧ヴラトニアの北にある港に向かったはずなのだが、いつまで経っても来なかったそうだ。
「遭難して死んだというのは」
「あるわけないだろう?」
「普通の人間ではありませんでしたなぁ」
ダリボルが髭を擦りながら、考え込む。
赤い髪を後頭部でまとめたミレナが、生真面目な顔で、
「捜索部隊を出しますか?」
と尋ねてくる。
「目下、諜報部が威信をかけて捜索中だそうだ。だが、冬の山なんぞで貴重な軍人を二重遭難させるわけにも行かん」
「しかし、彼らの責任ではあります!」
「ミレナ。彼らだって失敗はある。むしろ優秀な方だと思っているぞオレは。そんなことぐらいで罰を下していたら、オレはお前たちの給料をどんだけ下げなきゃならんか……」
「も、申し訳ありません……」
責任感の強い副隊長ミレナが小さくなっていく。
「次をガンバレ。それで良いんだ。失敗の責任を取るのはいつだって隊長だ。お前らが失敗しても、それはオレの指示が悪かったってことだ」
「いえ、隊長はいつも、的確な指示を出されています!」
「ありがとよ」
チラリとミレナの隣にいる金髪のチャラ男テオドアの顔を見る。向こうも視線に気づいたのか、引きつった顔で、
「な、なんでございましょーかぁ、隊長?」
と不自然な言葉使いで問い返してくる。
「いや、お前はどう思う? 空から襲ってくる竜騎士を、海上から狙い撃つってのは」
「え、えーっと、向こうの射程は長くないから、悪くないと思うっす……ただ、上を取られるってのは上手い手段じゃないっす……」
「そうか。我が隊一番の狙撃手が言うなら、そうなんだろうな」
「う、うっす」
少し脅しが効きすぎたようだ。こないだからずっと、こんな調子である。
まあ、変な動きをしないよう、ずっと見張られているから大丈夫だとは思うが。
「コンラートは?」
残った最後の一人、青髪のクソガキに問い掛ける。
だが、ヤツは心ここにあらずといった感じで、ボーッと指令書を眺めているだけだった。
ミレナが、返事がないのを不思議に思ったのか、
「コンラート? 大丈夫?」
と横から覗き込む。
「おわっ!?」
「なにボーッとしてんのよ。作戦会議中よ」
「あ、ああ。いや、ちょっと……」
「ちょっと?」
「先のことを考えて……たんだ」
そう言って、チラリとオレの方へと視線を寄越す。
思春期か?
こいつは、こないだのボラーシェク廃城戦から、ときどきボーッとしている。
いつもは小生意気に噛みついてくるんだが、ふとした瞬間に何かを考え込んでいるのだ。
「先のことって何よ、コンラート。今は目の前の作戦に集中しなさい」
頼れる副隊長が叱ってくれる。シュテファン、お前の後任は何とか育ってるようだぞ。
「わかってるっての。うっせぇな」
「何、その態度。海に落ちても拾ってあげないからね」
「もう落ちねえっての! 何でもねえ! 話、続けろよ、隊長!」
誤魔化すように大声を上げる。
「わかった。コンラートがそう言うなら続けさせてもらうが、風邪引いたら早めに言えよ」
「引かねえよ。大丈夫だっての!」
まあ、父親でもあるまいし、あんまり突っ込んでも逆効果か。
あとでダリボル辺りに聞いて貰うか。
「とりあえず、作戦開始までもう少し時間がある。今はここの海の荒さに慣れるため、合同作戦を何度か行う予定だ」
「はい!」
「はーい」
「うっす」
「了解です」
四人の返答を聞いて、オレは立ち上がる。
「では今日はこれで解散。あんまりハメを外しすぎるなよ」
それだけ言い残して、オレは小隊用作戦室から出て行くことにした。
■■■
ヴィート・シュタクたちが作戦会議を終えた頃、勇者一行は冬山の獣道を抜け、ブラハシュアとヴラトニアの境界線近くにある小さな漁村に辿り着いていた。
「何とか見つからずに来られたみたいね」
小さな漁師小屋で火に当たりながら、賢者がホッと息を吐く。
「一気に駆け抜けてきたけど、おかげで魔力はすっからかんだよ、セラさん」
勇者も疲れたような表情で暖かいスープに口をつけていた。
「とりあえず、これで帝国の追跡を捲けたと思うわ」
「いたのは知ってるけど、どうしてあのタイミングで?」
「追跡班は普通の人間よ。撒くとしたら、あの山にいるときしかなかった」
「まあ、そうかな」
勇者リリアナは、ちらっと横にいる称号を持たない三人を見た。
小さく細いドワーフ、アーシャ。老冒険者メンシーク、そして竜騎士エリシュカ。
全員がかなり衰弱している。顔を真っ青にして、ぶるぶると震えながら火に当たっている。
当たり前の話だった。
吹雪の中、ゴーレムに乗せられ、数十ユミルの道のりを走破させられたのだ。勇者と賢者が魔力全開で道を切り開いたとはいえ、称号持ちのような強靱な体を持たない人間には、相当堪えただろう。
事実、寒さに強いエリシュカでさえ、今は唇を青くしたままだった。
「竜騎士さんたちの竜が毒殺された……か。帝国の仕業だよね……」
リリアナが独り言のように呟く。
空を自在に飛び、炎を吐く竜とそれを操る竜騎士たち。彼らがいるおかげで、二年もの間、帝国の真竜諸島上陸を防いでこれたのだ。
その大半を失ったというなら、彼女たちは今まで以上に急がなければならない。
「上位の竜なら、毒でやられるということはないでしょうけど」
「でも、聖白竜もいない今だと、あと四匹ぐらいじゃないかな?」
「そうね……これだと帝国が波状攻撃を仕掛けてきたときがつらいわ。向こうもそう仕掛けてくるとは思うけど」
「冬の海を渡ってくるかな?」
「そこはもう少し時間を取るとは思う。でも、その間に海上戦の練度を上げてくるはず」
「そっか……ここから共和国に戻るとして、どれぐらいかかるかな……」
「竜を回してもらえば、数日というところかもしれないけど、減った竜をさらに私たちの輸送で使うわけにもいかないわ」
「だよね……。何とか自力で帰る手段を探す方が良いよね」
平然と冬山を超えた称号持ち二人が会話していると、エリシュカがようやく立ち直り、
「別の竜を捕まえよう」
と提案した。まだ寒いのか、毛布を手放すつもりはないらしい。
「別の竜? 飛竜でも捕まえるの?」
「飛竜は普通の竜ほど強くはないが、人を運ぶぐらいならできる。ただ、あまり頭が良くないせいで、こちらの言うことを聞かない。この近くに、冬は越冬のために近づいてきているはず」
「へぇー。詳しいなぁエリシュカさん。さすが筆頭竜騎士」
「だが、今回は海竜の助けを借りる」
「え?」
「おそらく帝国も飛竜を使うぐらいは考えついていると思う。奴らも真竜湾を渡りたいわけだしな。だから、裏を突いて海竜を捕まえる」
「海竜って見たことないや。どんなの?」
特に他意もなくリリアナがエリシュカが問い掛けると、彼女は酷く嫌そうな顔を浮かべ、
「でかい亀」
と呟いた。
「は?」
「だから、でかい亀なんだ。あれを竜と呼ぶのもおかしいと思うが、レナーテ様が竜と呼ぶのだから仕方ないんだ!」
悔しそうに力説するエリシュカに、勇者と賢者が顔を見合わせる。
「えっと、とにかくこの近くにいるわけね?」
セラが困惑した表情で聞く。
「おそらく漁師なら回遊する場所を知っているはずだ。だから、ここを提案した」
「そういうことね。わかったわ。でも今日は」
いまだに震えるアーシャとメンシークをチラリと見て、
「しっかり暖まりましょうか……」
と苦笑したのだった。




