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15、多重攻撃





 ■■■




 聖女は灰色の外套を羽織り、そのフードを深く被る。

 今は廃城ブラハシュアの練兵場を見下ろせるバルコニーにいた。

 眼下に広がるは戦場。

 四つん這いになった黄金のゴーレムが、帝国のEAに襲いかかる。二機がかりで押し止めようとするが、今度は違う陣営のEAが背後から狙っていた。

 その奇襲を一撃で仕留めていくのは、白地の装甲に赤や青、緑の線を入れた三体の鎧だ。

 戦力はほぼ互角に見えたが、やはり帝国の地力が勝る。数を減らしているのは、勇者陣営だった。


「……そろそろか。まったくメンドクサイことをお願いしてくれたわね、ヴィル」


 今、彼女が視線を向けているのは、紅の将軍と白銀の勇者が刃を合わせている場所だった。


「貸しは高くつくわよ、シュタク少佐」


 手に持っていたマスクを被る。その形はヴィート・シュタクの物に似ていた。

 顔全体が隠された聖女エディッタは、踵を返しバルコニーから城内へと入る。

 ヴィート・シュタクに自らの剣として、ヤン・ヴァルツァーへの復讐を依頼した。

 その反対に、彼女はヴィート・シュタクの盾としての任務を果たすことになる。

 姿を隠した聖女エディッタ・オラーフは、戦場へと向かうのだった。








「速い!」

「遅いな、勇者!」


 回転しながら次々と放たれる大鎌の斬撃に、リリアナは対応するので精一杯だった。

 右上から来た刃を弾き返そうとするが、当たらない場所をすり抜け、反対側の柄が逆方向から襲いかかってくる。

 勇者は仰け反って何とかかわすが、今度は刃が足元を狙って襲ってきた。

 まるで数本の剣と棒を同時に相手するような、恐るべき速さの攻撃だ。


「なかなか回避するのが上手いな! リリアナ!」

「くっ、この! さっきのレクター・ザワードよりも速いな……んて!」


 白銀の鎧の中で冷や汗を浮かべながら、連続で襲いかかる攻撃をギリギリで避けていく。


「大鎌だけと思うなよ?」


 嘲笑うような声とともに、至近距離から薙ぎ払うような火炎が迸る。それは生きている蛇のように、アネシュカ・アダミークの体に巻き付いていた。


「こんな至近距離で魔法を!」

「何でも使うさ。キミたちのような化け物を相手にするのだからな!」


 今度は左からの回転する横薙ぎ、そして反対側の上から襲いかかる炎の鞭。

 最後を避けきれず、高熱を放つ火炎魔法だけが白銀のレクターの左腕を撫でる。


「あつっ! EAが!」


 それが触れた場所は、まるで溶岩で舐められたように赤熱していた。

 痛みに驚き、リリアナは強引に後ろへと飛んで距離を取った。


「龍鱗装甲を通す熱なんて……」

「私は魔女の一族でな、火炎の魔法に特殊な属性をつけられるのだ。呪いの炎と呼ばれている」


 彼女のレクターは、EAすら溶かす龍の鱗を使用したものである。並大抵の攻撃では傷一つ付かないはずだった。

 だが相手は対策をしてきたようだと、勇者は気づく。

 賢者セラフィーナが、遺跡内部で火炎の大剣を生み出す魔法を使い、ヴィート・シュタクの内部を高温で焼こうとした。

 同じように、アネシュカ・アダミークは希少部族に伝わる特殊な魔法を使った。

 それは熱だけを直接内部に通す魔法だ。EA内部に敷き詰められた魔導緩衝材でもある魔獣の皮を焼きに来たのだ。

 結果、EA装甲内側にある付与魔法刻印に伝わる魔力の供給を断ち、EAの動きを鈍くしようとしている。

 相手の目的がわかり、リリアナは小さく深呼吸した後、剣を右手一本で構えた。


「でも、来るとわかってるなら、耐えられる!」


 気合いを入れて、相手を見据える。

 彼女の役目は、可能な限り多くの戦力をこの場に留め、ヴィート・シュタクを孤立させることだった。いわば囮である。

 それに対し、アネシュカ・アダミークは肩へ大鎌を担いで、肩を竦める。


「こう見えても、私はシュタク少佐と違い、多芸でな」

「さっきの炎ぐらいなら、私にはもう効かない」


 勇者は自信を持って答える。しかし将軍は武器を下ろし石突きを地面についた。


「では、これでどうだ!? ヤタの血、ヤタの地、降ろせ降らせ、ついぞその草薙に勝つこと敵わん! 放て八つの砲炎!」


 その魔法が完成する。

 放たれた炎は詠唱通りに八匹だ。二ユル近くもあろう大蛇の形を取り、その全てが空中を舞って、リリアナに襲いかかる。


「くっ、でも来るとわかってるなら!」


 魔力を左手に込め、砲撃を放とうとする勇者。

 だが最初の呪いの炎のせいで、付与魔法陣の動きが悪い。一匹を何とか落としたが、次弾を連続して撃てなかった。


「これが狙いだったの!?」


 手に持った剣で相手の魔法を振り払う。だが所詮は形のない炎だ。いくら散らそうとも、再び形を作り襲いかかる。


「きさまらの魔力は強力だからな! 呪いで封じさせてもらった!」


 大鎌が上から同時に襲いかかり、そちらを防ぐために剣を頭上で構えた。

 左腕の調子が悪いせいで敵のEAの力に押され、勇者はその大鎌を弾き返すことができない。


「くっ……」

「さあ、処刑の時間だ、リリアナ・アーデルハイト!」


 鍔迫り合いをする間に、自由に動く炎の蛇たちが、リリアナの四肢へと襲いかかった。

 咄嗟に魔力障壁を張ろうとする。


「悪手だ、それは」


 密着した状態から魔力障壁。

 有効な手段に見えて誰も使わないのは、魔力障壁は魔素がない場所には作れないという制約のせいだ。

 つまり魔力を川の水に例えたなら、急速に氷へと変えるのが魔力障壁であり、川を凍らせても中にある岩まで凍らないのと同じである。そして、その部分から脆くなるのだ。

 今回はすでにアネシュカの大鎌と剣が触れていた。その穴から溢れるように、呪いの炎が這い寄っていく。


「あっ!?」

「蛇はその体に絡みつく! 逃げられると思うな!」


 EAの内部を焼き、腕と足の装甲の隙間から魔力が抜けていく。付与魔法刻印とリリアナの体の間にある魔力伝導緩衝材が焼け始めたからだ。


「跪け! 帝国の前に!」


 勇者の特性の力で何とか支えていた大鎌、その圧力がふっと抜けた。

 背後に回られ、膝の後ろを石突きで払われた。前のめりになり、白銀のレクターが膝をつく。

 彼女の首の後ろは、完全に無防備な状態だった。

 起き上がろうにも、付与魔法刻印が動かないEAでは、単なる重しにしかならない。


「終わりだ、今代の勇者よ!」


 処刑人はメノア帝国右軍大将、アネシュカ・アダミーク。

 跪くは真竜諸島共和国に味方する勇者、リリアナ・アーデルハイト。

 その大鎌の刃が日光に煌めいて、白銀の鎧の首へと振り下ろされた。










 ヴィート・シュタクの背後にいた群衆の中に、老冒険者メンシークと竜騎士エリシュカが紛れていた。


「ぬぅ……相変わらずの男じゃな……」

「我々に何かできることはないでしょうか、メンシーク卿」

「正直、うかつに動くことも出来ぬな……」

「せめて竜さえあれば」


 真竜国の竜騎士筆頭であるエリシュカ・ファン・エーステレンだが、ヴィート・シュタクによって愛騎であった聖白竜を失っている。つまり今の彼女は、他の騎士より少し強いだけの人間に過ぎなかった。

 それは隣のタルレガ・メンシークも同じで、二人は何か助けになる手はないかと考える。


「……とりあえず賢者殿に知らせるか」


 そう言うと、老冒険者は手元から小さな鏡を取り出し、日に当てて賢者の方へと反射光を向ける。

 巨大な骸骨の化け物の近くにいる賢者は、すぐに気づいたようだ。一瞬だけ怪訝な顔をした後、すぐにヴィート・シュタクへと視線を戻す。

 二名の称号持ちと黒いEAの戦闘は完全に膠着状態に陥っていた。

 ヤン・ヴァルツァーもジリジリと動くが、彼の得意な武器はそもそも弓である。強力な攻撃を放つにしても、ヴィート・シュタクの周囲にいる民衆に被害が及ぶ可能性が高い。

 賢者の方はまだ魔法によって何とかできるが、あの黒いEAに通るかもしれない魔法を放てば、周囲に与える被害は甚大だろう。

 巨大な骸骨の化け物に至っては、何の役にも立っていない。

 そんな状況の中、セラフィーナの後ろに隠れていた小さな影が前に出る。六歳程度に見える白い髪の少女だった。


「貴方がヴィート・シュタクか?」

「今更尋ねるか」


 見かけにそぐわぬ堂々とした問いを、ヴィート・シュタクが鼻で笑う。


「一応、確認したかった。私はアーシャ、アーシャ・ユルと言う。世間で言うところの原初のドワーフ『ユル氏族』の最後の生き残り」


 その名乗りに、群衆がざわめく。特にドワーフたちは呆けたような表情で、その少女を見つめている者ばかりだった。


「これはご丁寧にどうも。その生き残りが何で称号持ちに協力するのか、聞いていいかい、お嬢ちゃん?」

「それは聖龍レナーテとユル氏族の盟約によるもの。私も貴方に聞きたい、メノア帝国の烈士よ」

「授業料は高いぞ?」

「なぜドワーフたちを集め、虐殺したか。それを聞きたい。私はドワーフたちの守護者の一族、答えによっては容赦しない」

「ああ、ドワーフたちか」


 彼が周囲を見回せば、巨大な骸骨が崩した城壁の隙間から、ドワーフたちがよたよたと逃げてきていた。


「返答は如何に?」

「何度も言わせるな。敵に協力したからだ。ドワーフはそこのヤン・ヴァルツァーに唆され、どうやってかEAの偽物を作り、敵に渡した。それは我が帝国にとっては罪である。罪は罰さなければならない」

「女子供まで殺す必要があるのか?」

「妙なことを言う。家族まで殺されたくなければ、帝国の法を守れば良かったのだ」

「ドワーフは製造と創出、そして造出の種族。以前から貴国のEAに興味があった故だと思う。決して貴国に害意があったわけではない」

「面白いことを言うな、アーシャ・ユルとやら。我々は彼らを奴隷、もしくはそれに近しい扱いをしていたブラハシュア王国を打倒し、一個の臣民として平等と権利を与えたのだ。ならば法に従う義務がある。悪気がないから許せとは面白い」

「では、どのようにして償えば許してもらえる?」

「許してもらうのではない、裁かれるのだ。間違えるな」

「……そう。わかった。なら、ユル氏族はやはりレナーテ様との盟約に従う。つまり称号持ちに協力する」


 アーシャ・ユルが敵意を持って宣言すると、ドワーフたちが歓声を上げた。

 この世界のドワーフたちには、共通の神話がある。

 原始の巨人ユミルが倒れ、千人のユル氏族が生まれた。そこから派生したのがドワーフたちである。

 ならばユル氏族の名は神にも等しい。そしてその生き残りが、帝国に敵対すると宣言したのだ。


「アーシャ様万歳! ユル氏族万歳!」

「帝国なんか死んじまえ!」

「これ以上、横暴を許さねえ!」

「てめえらも所詮、ブラハシュアと変わんねえじゃねえか!」


 ドワーフたちがそんなことを好き勝手に叫び始める。


「クククッ」


 だがヴィート・シュタクはただ笑うのみ。


「ハハハッ」


 次第に笑い声が大きくなる。


「ハーッハッハッハッ! 面白い、面白いじゃないか、ユル氏族、そしてドワーフ。ならば殺してやろうか。その始祖たるユル氏族がそう宣言するなら、この大陸からドワーフを駆逐してやろうか? なあ!? その覚悟はあるんだろうな!?」


 民衆が怖気を覚えるほどの、悪意に満ちた楽しげな言葉が紡がれる。

 だが、アーシャ・ユルは揺るがなかった。


「みんな、民衆をヴィート・シュタクから守って!」


 彼女の叫びとともに、五体の黄金色のゴーレムたちが姿を見せる。

 群衆や家を飛び越え、ヴィート・シュタクを囲むように立った。


「今更、こんなものでオレを倒す気か? バカが」


 呆れたような態度の黒いEAだったが、四つん這いのゴーレムたちはそれ以上は近づかなかった。

 賢者が杖を構える。


「王国の民よ! 逃げなさい! 今よ、ヤン!」

「任せな!」


 魔弓の射手も、その膨大な魔力で矢を込め始めた。

 集まったゴーレムたちは体を立てて、ヴィート・シュタクの背面を囲み、民衆への壁となる。


「なに!?」


 剣を構えゴーレムを迎撃するつもりだった黒い鎧の中から、驚きの声が上がった。

 逃げ遅れそうになった数人の民衆を、隠れていたメンシークとエリシュカが拾い上げてゴーレムの背後へと連れて行っていく。

 これでゴーレムを使った壁が完成し、ヴィート・シュタクへの攻撃の余波を抑えられるはず。民の安全は確保できた。

 そう確信して、賢者セラフィーナが詠唱を始める。


「火竜の嘆き、炎の鳴動、聖龍の加護の元、八陣を結成し、その大地を焼け! 火激の光線!!」


 八つの魔法陣が彼女の周囲に現れ、そこから光の線が発射された。


「やって! ローク・スケレット!」


 賢者の魔法の完成とともに、巨大な骸骨の魔物が剣を振り下ろす。


「死ね! ヴィート・シュタク!!」


 そこに加えて、魔弓の射手が自身の最大の火力を持つ攻撃を放った。

 その全ての攻撃が、黒いEAが立っていた場所へと着弾したのだった。















ヤン「やったか!?」

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