14、人垣
称号持ちが三人。
ユル氏族の操る黄金のゴーレムが二十体以上。
敵が作ったEAが十体近く。
そして、ブラハシュアの王侯貴族の亡骸を触媒に召喚された、一体の巨大な骸骨の魔物。その大きさは二十ユルほど。塔が襲いかかってくるようだ。
オレたち帝国軍はこれらを同時に相手取らなければならない。
味方は多い。帝国の正規軍が九小隊二十七機に右大将の親衛隊が六人だ。
だが、相手も弱くはない。
練兵場の中心に立ち上がった巨大な骸骨は、その手に持った異形の剣をゆっくりと振り払う。
いや、大きすぎて遅く見えるだけだ。
「回避しろ!」
母さんが指示を出すが、逃げ遅れた味方のボウレが砕け散り、弾き飛ばされる。
捕まえていたドワーフたちはバラバラに走り出し、城の外へと逃げ始めた。
「ったく……」
すでに用件のほとんどは終わったので、今はドワーフらに構っている暇はない。
城壁の向こうにある練兵場に立つ、巨大な骸骨。自分のEAより遥か上にある頭蓋骨が、こちらへ虚ろな目を向けていた。
「ネクロマンシーと呼ばれる禁術か。もはや何でもありだな」
チラリと城壁の上にいる賢者を見れば、膝をついて汗を浮かべていた。
さすがにこの巨体を呼び出すのに、多くの魔力を使ったようだ。
「だが良いな、さすがだ。さすが賢者だ!」
そんなもので、このオレに復讐を果たせるとでも思ってるのか!
「何を言っているの!? さあ、ここで因縁を終わらせてあげる!」
「そうか、ならやってみろ」
後ろへ大きく飛び、矢を避ける。もちろんヤン・ヴァルツァーの攻撃だ。
「油断はしねえか!」
「当たり前だ。お前も追ってくるが良い」
オレは城門から離れる。
巨大な骸骨が城壁を破壊しながら追ってきていた。
その歩行する足に巻き込まれたボウレが、人形のように吹き飛ばされている。
「どこへ逃げる気!? 待ちなさい!」」
賢者は白い少女を小脇に抱え、浮遊の魔法を使いながらこちらを追ってきていた。
ヤン・ヴァルツァーも弓を持って、走ってきている。
オレは攻撃を避けながら、城門から伸びる一番の大通りへと走り出た。
「いや、これ以上は逃げやしないぞ、安心しろ」
そしてボラーシェクの町を背中に背負う。
かつては人口は五万人近くを誇っていた町だ。
王城周辺ともなれば、大きな通りも合流している。
城門に続く道は三つの道が合流した大きな交差点で、そこにはドワーフやエルフたちの処刑を見物していた住民が逃げ遅れていた。
そう、突然の出来事に、ここの野次馬どもは避難などできていないのだ。
「賢者様だ。賢者セラフィーナ様だ!」
「特級冒険者のヴァルツァーもいるぞ? 帝国と戦っているのか?」
「帝国のEAを追い詰めてるのか?」
あちらこちらから聞こえる勝手な声。
「に、逃げろ、巻き込まれるぞ!」
多くの人間が戸惑い、戦闘から離れようと逃げ出し始める。
「おおっと、逃げるなよ」
魔力砲撃を上空へと放つ。放物線を描き、集まっていた住民たちの後方へと着弾した。おそらく地面が大きく抉れているはずだ。
悲鳴が聞こえ、怒号が響く。
そんな中、逃げられず混乱している住民達の中へと進んだ。進路を阻めば死ぬと思ってか、奴らは道を開ける。
百人程度の人間の真ん中にオレは立った。
「ヴィート・シュタク、そこから離れてこっちに来なさい!」
城壁の前には巨大な骸骨が立つ。その近くには黄金のゴーレムの肩に乗る賢者とユル氏族、そして魔弓の射手がいる。
オレは人垣の真ん中で、黒い鎧から指を動かし挑発した。
「バカが。ほら、かかってこい」
「てめえ、人間の盾、いや人間の鎧で守るとか、卑怯だぞ!」
ヤン・ヴァルツァーが弓を構えたまま叫ぶが、知ったことではない。
「何とでも言え。ほら、オレを仕留めるんだろ? そのブラハシュアの王侯貴族で作った骸骨で、住人ごと薙ぎ払えよ」
賢者が肩を振るわせ、顔を憎しみで歪めながら、
「こ、この卑怯者!」
と叫ぶ。語彙の少ないことだ。
「何とでも言うがいいさ」
「に、逃げなさい、ブラハシュアの民よ! これからヴィート・シュタクを仕留めるわ!」
賢者の声に足を動かそうとするが、オレは上空へ向けて大きな魔力砲撃を放った。
「逃げるなよ。逃げればさっきのドワーフたちの二の舞だぞ!」
拡声の魔法刻印を発動させて警告する。
ヤン・ヴァルツァーも弓を構えてこちらを狙っているが、射線上に住民達がいるので攻撃ができない。
「とことん腐った野郎だな! ヴィート・シュタク!」
「何を言ってるんだヤン・ヴァルツァー。ほら、殺せよ! ヴレヴォの住民たちのように!」
「ここはブラハシュアだ! そんな真似できるか、卑怯者が!」
「バカが。オレはお前たちに教わったことを忠実にやってるだけだ」
「何だと!?」
「貴様らは十年前にヴレヴォの町で実践して見せたではないか」
足元で腰を抜かしている若い男の首筋に、刃を突きつける。
「敵は殺せ、卑怯な手を使っても、と」
■■■
「ローク・スケレット!」
EAの十倍はある巨大な骸骨が、その半身近くもあろう巨大な剣を振り下ろす。
地面が抉れ、土煙が舞い上がった。
だが、それは黒い鎧と住民たちの遥か手前を抉っただけで終わった。
その轟音に恐れおののき、住民たちが悲鳴を上げる。
「逃げるなよ! ボラーシェクの諸君! それは反乱行為とみなすぞ!」
しかし拡声の魔法を最大にして行われた二度目の命令に、住民たちはピタリと動きを止める。
「ヴィート・シュタク! 罪のない人々を!」
「違うな、違うぞ賢者セラフィーナ! 最初に罪のない人々を殺したのはそちらだ。ならばお前は罪のあるなしに関わらず、オレを倒すために住民を殺さなければ辻褄が合わんだろう?」
「私は最初からそんなことを望んでいない!」
「嘘を吐くなよ。ならばお前達が最初に攻め込んだ帝国領に、全く一般の臣民がいなかったとでも言うのか? 違うよな? 違うよなぁ!?」
「詭弁を! 自ら積極的に殺す貴方と!」
「殺せば同じだバカが! 動機で語るな!」
彼らの言葉が交わされる間に、後ろの方にいた何人かの住民が逃げようとした。
だがヴィート・シュタクがその方向に向け、放物線を描くような魔力砲撃を放つ。
「おっと、逃げるなと言ったよな?」
着弾した場所にいた人間はバラバラになった。
悲鳴が上がり、近くにいた住民が腰を抜かした。
「逃げるなよ! ボラーシェク、いや、ブラハシュア王国民! 止まれ、そうだ止まれ……一歩も動くな。動けばどうなるかわかるよな? なぁに、いいか、お前たちの英雄だった賢者を信じろ。そいつは弱い者の味方らしいからな。お前たちに毛ほども傷をつけず、オレを仕留めてくれるさ! なあ、そうだろう? 賢者セラフィーナ・ラウティオラ!」
「この鬼畜が……!」
ヴィート・シュタクがゆっくりと歩き、逃げることさえできない住民たちに近づく。
「その大きな骨の塊で住民もろとも殺しても、オレは構わん。ほら、ヤン・ヴァルツァー、どうした、攻撃してこいよ」
「クソが!」
ヤン・ヴァルツァーは後方へと飛び上がり、角度をつけてから黒いEAを狙う。放ったのは魔力で編まれた高威力の矢だった。
「おっと、危ないな」
だが相手は、左手で掬い上げるよう動作と共に魔力障壁を作り上げ、簡単に防いでしまう。
「……とんでもねえヤツを相手にしちまったな」
地面に着地した魔弓の射手が、苦渋の表情を浮かべる。
「ほらかかってこいよ、亡国の英雄。さあ守れよ、守ってみせろ、お前たちの民をな」
持って回った言い方で、二人の称号持ちを挑発するヴィート・シュタク。
その余裕のある振る舞いを、見ることしかできない二人。
廃城前の戦いは、住民を巻き込み泥沼化し始めていた。
城内では、二十体以上のゴーレムが暴れ、偽物のボウレ対帝国軍のボウレというEA戦闘がいくつも行われていた。
「全く厄介な」
大鎌を構えたアネシュカ・アダミークの装備する紅の鎧、バルヴレヴォI型。
その背後には動けなくなったゴーレムが転がっていた。
「……ふん。称号持ち二人を引きつけたか」
彼女は鎧の中で心配げに城門の方向を見上げる。
そこには巨大な骸骨が背中を見せていた。
ヴィート・シュタクの声は、彼女の耳にまで聞こえている。とりあえず引きつけながら時間稼ぎには成功しているようだ。
次に紅のEAが戦場の一つを見つめる。
「シュタク特務小隊は勇者一人に三人か……」
彼女が次に視線を向けたのは、レクターと呼ばれる真竜国製EA同士が戦う場所だ。
同性能機が三対一であるはずなのに、勇者は完全に凌ぎきっている。
緑のラインが入ったレクターが、弓型兵装から魔力砲撃を放つが、左手の一振りで魔力砲撃を打ち消した。
次に大剣を持つ蒼い機体が斬りかかるが、正面から受け止め弾き返す。体勢を崩されたところへ、一歩踏み込んで追撃をかけようとした。
その間へ何とか赤い機体が踏み込み、双剣を重ねて受け止める。
「……赤いキミは強いね!」
「くっ、勇者め……」
「でも、まだ私を止めるには足りないよ!」
空いた左手で無造作に敵の右手首を掴むと、弓を持つ機体の方向へと放り投げた。緑と赤の二機がぶつかる。
そこに弾き返された青の機体が突きを放った。だが、簡単に右へと避ける。前へつんのめる敵を背中から蹴って大きく吹き飛ばす。
三対一。だが立っているのは白銀のレクター、すなわち勇者だけ。
「……面白いじゃないか、リリアナちゃん」
紅のバルヴレヴォが歩き出す。
アネシュカ・アダミークはヴィート・シュタクの正体であるヴィルの母親だ。
つまりヴィルの幼馴染みであるリリアナ・アーデルハイトのことを知っている。だが、息子が勇者のことを何も相談してこないので、何も言わずにいた。
大鎌を振り下ろしながら、白銀のレクターへと加速し振り下ろす。
「なっ!?」
「ほう? 今のをよく防いだな」
「あのときの真っ赤なヤツ!」
リリアナが何とか剣を振り上げ、切っ先を受け止める。
「この色は紅と呼ぶのだよ、勇者殿!」
くるりと鎌を回転させながら、紅のEAが横に避ける。
簡単に力を受け流された白銀のレクターが、わずかに態勢を崩した。
縦に回った鎌はそのままリリアナの首を狙う。
「くぅ!」
そこに魔力障壁を全力で展開し、リリアナは何とか切っ先が届くのを防いだ。
「さすが勇者殿だな」
防御されたアネシュカは慌てもせず、後方に大きく飛んで距離を取った。
そこへ周囲に倒れていたシュタク小隊のレクターたちが集まってくる。
「申し訳ありません!」
「ここは私が相手をしておこう。キミたちはゴーレムの相手をしていろ。それを片付けたら、シュタク少佐の元へ行け」
「し、しかし」
「ほう? 私の命令が聞けないと?」
「い、いえ、申し訳ありません!」
赤いレクターが敬礼をしてから、周囲で帝国軍相手に暴れるゴーレムたちに向かって行く。他の二機もそれに続いていった。
周囲から他の戦闘が消え、紅と白銀の鎧が向かい合う。
「……貴方が帝国軍の一番偉い人?」
「そうだな、軍では一番偉い人間だ」
「なら、すぐに撤退させて! これ以上、町の人たちに危害を加えないなら、私たちはここから立ち去るから!」
「それは無理だな。私は真竜国に荷担する者を許さない」
「どうして!? 貴方たちはなぜ……貴方たちだって、自分が傷つくのは嫌でしょ!」
リリアナが叫ぶ。
紅のEAは、左手で自らの兜の前面に触れた。
「私はな、勇者殿。賢者にこの顔の左半分を焼かれ、火傷を負った。治療が遅く、治癒魔法でも治りきらなかったのでな、いまだに大きな跡がついている」
アネシュカ・アダミークの言葉に、リリアナは知らず息を飲んでいた。
何かを言おうとするが、その言葉が思いつかず、兜の中でわずかに口が開くだけだった。
勇者が無言である中、紅の将軍がポツリと呟く。
「勇者殿、私は悲しかったのだよ」
「や、火傷の跡なら」
「違うんだよ、火傷の跡があることじゃない。私の傷を見てな、夫も息子も酷く悲しい顔をして……泣いたんだよ。そんな顔をさせてしまったことが、妻として母として、悲しい」
それが、勇者の幼い頃を知る者としてかけた言葉だと、今のリリアナが知る術はなかった。
「……だったら尚更、戦争なんてやめてよ!」
リリアナが叫ぶ言葉に、その母親は兜の中で小さく微笑む。
キミたちはとても仲が良くて、いつも一緒だったな。
アネシュカ・アダミーク・メノアは、十年以上前の、小さかった息子とその幼馴染みの姿を思い出していた。
在りし日のヴレヴォの町を走り回っていた子供たち。
その最後尾は年下の二人だった。男の子はいつも女の子のことを気に掛け、何度も何度も振り向いていた。
そんな彼らを見ながら、その頃のアネシュカ・アダミークもまた微笑んでいた。
「すまない、リリアナ。誰に恨まれても、キミの言うことは聞けやしない」
だが今は戦場であり、勇者は敵だ。息子であるヴィルを殺すかもしれない。
「結局、それが言いたいだけなの……貴方たちはホントに!」
ヴィルは、未だにリリアナを始末するつもりがない。その感傷はいつか、彼自身を殺すかもしれない。
「そうだな。だから……恨まれてもキミを殺さねばならない」
メノア帝国右軍大将は真紅のEAで鎌を振り上げて、次の攻撃を仕掛ける準備に入る。
「リリアナ・アーデルハイト、ここで私に砕かれてくれ」
まるで懇願するような言葉と共に、帝国最速のEAが走り出した。
この章は引き続き悪の帝国を描いております。
ヤクト・ミラージュはロマン。




