13、せせら笑う。
■■■
「これは……」
竜騎士エリシュカと老冒険者メンシークは、亡国ブラハシュアの王都で、その光景を目にしていた。
彼らは勇者たちとはぐれた後、賢者がこの国で見かけられたという情報を元に追ってきたのだった。
かつて城であった場所の外壁前には、EAが二十機以上並んでいた。その中には強奪されたレクターも含まれている。
「ぬうう……」
ドワーフが、エルフが、老若男女問わず殺されていっている。EAに抑えつけられ、次々と首を落とされていた。
目の前で起きている事態に、メンシークが悔しげに唸る。
彼らは城壁から距離を置いて立てられた柵の外にいた。見物にきた民衆に紛れ、その惨劇を目の当たりにしていたのだった。
「こんなのが許されるのか、帝国は……!」
誇り高き竜騎士筆頭が、拳を握る。
憤る彼らをよそに、周囲の民衆は嘲笑を浮かべていた。
「バカな奴らだよね、帝国に逆らって、武器を揃えてたんだって」
「それで関係ないドワーフ連中まで捕まってたのかよ。いい迷惑だな」
「うちで雇ってたドワーフの女も帝国に逆らっていたとか。やめてほしいぜ」
彼らの口ぶりは、殺されていくドワーフやエルフたちを軽蔑したものだった。
エリシュカがそちらに向かおうとしたところを、メンシークが肩を掴んで止める。
「止められるな、メンシーク卿」
「止めるよ、エリシュカ殿。今、ここで騒ぎを起こしても何の意味もないからの」
「しかし!」
「……民衆が悪いわけではあるまい。彼らの平穏を乱そうとした、それは事実なのじゃから」
「くっ……だからと言って、あれを見過ごしては」
「きっとリリアナ殿やセラフィーナ殿を誘っておるのじゃろう。賢者がここにいると聞いてきたが、彼女らも予想以上に厳しい状況に追い込まれておるようじゃ」
その言葉にエリシュカは項垂れた。
「ここまでするか……ヴィート・シュタクめ……」
「その首魁が出てきたようじゃ」
彼らが城壁の上に視線を動かす。
そこには、黒いEAと真紅のEAが並んでいた。
黒いEAはエリシュカもよく覚えていたが、大鎌を持った真紅の鎧は初めて見るものだった。
真紅の鎧が一歩前に出る。
「諸君、私の名はメノア帝国右軍大将、アネシュカ・アダミークである」
その名乗りに、メンシークが目を見開いた。
「あれが、帝国の大将じゃというのか」
「彼らは反乱分子であり、このボラーシェクに混乱を巻き起こそうとした危険な人物である。ゆえに罰している。我らは子供だからと言って容赦はしない。私も子を持つ母だ。良い気はしないがね。必要なことだ」
帝国大将がわざとらしく残念がった言葉に、エリシュカが驚いた。
「子供がいるのに、あんなことを……」
「夫は皇帝じゃぞ。彼女は平民じゃが」
「では、皇帝の最も愛する側室というのは……」
「噂では、皇帝を守ってセラフィーナ殿と戦い、顔に大きな火傷を負ったそうじゃ。そこは治りきらず、今でも顔を半分隠しておると」
男勝りのエリシュカではあったが、城壁の上でEAをまとう女傑の過去に驚く。
仮にも皇帝の側室となったのだ。見た目も麗しいのは予想がつく。そんな女性が、愛する男を守り、美しい顔を犠牲にする。
美談にしか聞こえない。相手を手放しで賞賛しようものだ。その敵役が自分たちでなければ。
「……もう、我々は戻れぬところまで進んでいるということか……」
真竜諸島共和国という政治体制は、未だ帝国との和平を諦めていない。
今は瀬戸際で防いではいるが、万が一でも本土に上陸されれば、EAによって蹂躙されるのが目に見えているからだ。
「じゃが、何としてでも真竜国まで焼かれるのは、避けねばならん」
メンシークは目の前に起こり続ける処刑から目を離さずにいた。
エリシュカもそれに倣い、顔を上げる。
「遅かったな」
EAから拡声された男の声が聞こえた。
エリシュカたちにも聞き覚えがある。ヴィート・シュタクのものだ。
「ほう、来たか、勇者が」
アネシュカが愉快と言わんばかりに声を弾ませた。
縄で縛られ動けぬドワーフとエルフが、希望に満ちた顔を上げる。
王城に続く大通り。
そこに集まった民衆達が横に退き、道ができる。
落ちる夕日を背負い、威風堂々と歩むは白銀の鎧『レクター』。
手には剣を携え、単機で進み続ける。
王城の入り口、柵の切れ目に立ち、レクターが剣を地面に突き刺して声を張り上げた。
「ヴィート・シュタクよ、私は勇者リリアナ・アーデルハイトだ」
「数日ぶりですな、勇者殿」
「人質を放してもらおう。私は逃げも隠れもしない!」
場合によっては、巨悪の要塞に挑む伝説の英雄のようにも見えるだろう。
五ユルほどある城壁の上から、黒いEAが飛び降りた。
巻き起こった土煙の中で、ヴィート・シュタクがまとう『バルヴレヴォ』が立ち上がる。
「さて。勇者殿は人質と言われたか。思い上がらないでいただこうか。彼らは罪人だ。敵国に味方した反乱分子を処分しているのだ」
「彼らに罪はない! 我々が!」
「これは帝国の法に則って行われる、正式な処刑である!!」
リリアナの言葉を遮って、ヴィート・シュタクが宣言した。
「法、法って!」
「この地は帝国の支配領域であるボラーシェクである。そこで許可なく武器を密造し、反乱を企てていたのだ。これを処罰することに、いかな異論があろうか!」
「子供までいるじゃない!」
「それも帝国の法である。最も重い罪は一族みな処刑される」
「子供は罪を犯したわけじゃないじゃない!」
「では逆に言うがね。子供が大事なら、こんな重罪を犯すべきではなかった。違うかね?」
「し、真竜国じゃあ」
「ここは帝国だと言っただろう! ……まあ、この処刑に異議を申し立てたいのなら」
リリアナは唾を飲み次の言葉を待った。
しかしヴィート・シュタクは黒い鎧の中でせせら笑う。
「然るべき外交ルートを通して言って貰おうかな?」
その言葉に、帝国の軍人たちが堪えきれないと笑い声を上げ始めた。
メノア帝国と真竜諸島共和国は係争国同士であり、外交ルートなどない。
それに元々、真竜国は他国の法にまで口を出すようなことはなかった。
「ば、バカにして!」
「バカにされているのはこちらだと思うがなぁ、そう思わないか諸君?」
ヴィート・シュタクの言葉に、周囲からそうだそうだと声が上げられる。
「武器の密造と敵への受け渡し、こんなことをするのは紛れもなく敵国の破壊工作員。これを罪に問わずして、どうやって法の威厳と民の安全を守るのだ、勇者よ」
「それは……」
「さあ、お嬢さん、わかったら、国にお帰りなさいな」
しっしっと手を払うような仕草まで見せた。
再び帝国軍から大きな笑いが起こる。
軍人だけでなく、民衆まで笑っていた。
その様子に、リリアナはどうしたら良いかわからなかった。
怖がられるのは慣れている。元々彼女は、強すぎる力を持っているからだ。
しかし、ここまでバカにされ笑われた経験などなかった。
ゆえに戸惑い、どう動いたら良いかわからなくなっていた。
「さてと」
ヴィート・シュタクは近くにいた、縛られたドワーフの男の頭を掴んだ。
捕まれた髭面のドワーフが暴れるが、軽く力を入れられ静かになる。
「何をする気?」
「いや? 君たちのことだ。何か攻撃を仕掛けるのだろう? 攻撃されれば、このドワーフを殺す」
「結局は人質じゃない! 嫌なヤツ!」
「君たちが来なければ、粛々と処刑は進んでいた。邪魔をしたのはそちらだ」
「これ以上、罪のない人間を」
「それがお笑いぐさだと言っているのだ」
勇者リリアナの言葉を黒い鎧の男が遮った。
「何が言いたいの!」
「罪は武器を密造し敵国に協力したこと。罪はあり処刑は当たり前だ。君らの国では違うのか」
「……わかった。もうわかった。ちょっと良い人かと思ったけど、貴方は結局、私をバカにしたいだけでしょ!」
剣の切っ先を突きつけられたヴィート・シュタクは、肩を竦め、
「バレたか」
と、笑う。
再び笑いの渦が起きた。
どこまでも嫌な男だ。だけど、人質をああもがっちりと捕まれては、身動きができない。
迂闊な動きはしないでね、みんな!
リリアナは剣を構えたまま、心の中で願うだけだった。
■■■
リリアナを挑発しながら、オレは周囲の動きを待った。
部下たちには周囲に探索の魔法を使わせている。
いくらリリアナが子供っぽいとはいえ、単機で来るなんて囮以外の何者でもない。
彼女を無事に捕まえつつ、他を殲滅する。
オレの勝利条件はいつも通りだった。しかし今回は懸念事項が多いが、そこは協力者の手を借りることにしている。
「さて、勇者殿、この帝国法に則った処刑を、そこで眺めていくか?」
「悪いけど、邪魔させてもらう」
「では人質はどうする?」
左手で頭を掴んだドワーフを、前に突き出す。
「……このままでは、どうせ全員が殺される」
苦渋に満ちた返答に、オレは心の中で謝る。
しかし、やらねばならないことだ……。許せとは言わない。
リリアナ、お前以外のヤツは死んだ。こいつらの仲間に殺されたんだ。
「さて、では全員殺そうか」
ぶら下がったままのドワーフの背中から、右手で剣を突き立てた。そのまま横に薙ぐ。
死体は一瞬大きく痙攣した後、血を吹き出す。
死体から手を離して地面へと落とした。
周囲にいた罪人たちや民衆から悲鳴が上がる。
「え?」
EAの中では表情は読めないが、呆気に取られているような声が聞こえてきた。
「何を呆けている? 殺して良いと許可したのは、キミだろう?」
「そ、そんな」
「では行くぞ、勇者殿。罪人を全員、前に出せ!」
「ま、待って!」
「待たない」
一番前で転んでいた女のエルフに魔力砲撃を撃ち込む。
体は四散し、肉塊と化した。
「ヴィート・シュタク!」
リリアナが剣を構えてこちらに向かってくる。
「ほう」
こちらも剣を構え、鋭いその一撃を止めた。
「これ以上は!」
「次!」
罪人を捕まえていた汎用機たちが、男のドワーフを無理矢理しゃがませ、首を落とす。
「ああああああああぁぁぁぁ!」
リリアナががむしゃらに剣を振り回し、オレを突破しようとしていた。
「ほら、次だ!」
レクターが治っているな。やはりあの少女が直せるのか。
攻撃を受流し、足捌きで近距離の魔力砲撃をかわして、こちらも上から剣を撃ち込み、突きを繰り出した。
リリアナは体を横に反らして突きを回避し、その勢いを利用して回転しながら横に薙ぎ払う。
下がりながら上半身を引き、剣が通り過ぎた後に、密着した状態まで踏み込んで胴体へと魔力砲撃を行う。
直撃し吹き飛んだレクターが、五ユルほど飛んで地面へと落ちた。
「く、ぐ……」
「さて、罪人の命が惜しければ、武装解除をしてもらおうか」
剣を担いでゆっくりとリリアナに近づいていく。
横目で味方のEAを確認した。
動体探索の魔法で、何かの動きを感じたようだ。背面か。
アダミーク大将のバルヴレヴォI型が鎌を振り上げる。
「全機、背面だ。王城方向に注意せよ!」
EAたちがそちらを向く。
リリアナが時間稼ぎをしている間に、王城の背後から忍び込んだようだ。
内部にいる残りのドワーフたちを助けに来たか。
城内の練兵場では、まだ多くの人間を捕まえたままにしている。
見れば、十機ほどの偽ボウレが城壁の上を走っていた。次々と城の内部に降りてきていた。
右大将閣下を中心に多くのEAたちがそちらに向かう。
オレはそちらを気にしながらも、リリアナのレクターに剣を振り下ろそうとした。
だが、魔素の動きを感知した。
その刹那、体を反らす。
頭があった場所を光る矢が通り過ぎていった。
「見え見えだ、バカ」
「くそっ! またか!」
首を回し肩越しに城壁の上を見れば、悔しそうにしているヤンが見える。
そのまま次々とこちらに向けて矢を放ち始めた。
「リリちゃん、今だ!」
「わかった!」
飛び起きたリリアナが、こちらの足元に魔力砲撃を放った。土煙が巻き上がる。
その隙に大きく跳ね、オレを飛び越えていった。
「チッ、ミレナ、コンラート、テオドア! 勇者を追え!」
彼女は捕まえていた罪人たちの元へ救出に向かうようだ。
だがまあ。
オレは晴れていく土煙の中、リリアナに背を向け、城の正面を向いた。
「本命はそっちだろ!」
剣を振り上げて、飛びかかってくる物体を切断する。
「ん?」
手応えを覚えている。
背後に落ちているのは、あの遺跡で襲いかかってきたゴーレムだ。
なんでこんな物が?
オレが訝しげにしている間にも、周囲の家の屋根から、次々と黄金のゴーレムが飛び降りてきて、こちらへと四つん這いに走ってくる。
「ふむ」
そのうちの一体の胴に剣を突き刺し、振り払って右斜め後方へと飛ばす。そこにヤンの矢が突き刺さり、大きな爆発が起きる。
「なんてカンの良いヤツだ!」
驚いている声がやけに近くに聞こえた。
見れば城壁から降りて、こちらに攻撃を仕掛けたようだ。
「次は上か」
軽く後ろに下がりながら、剣を切り上げる。
一体のゴーレムを両断すると、オレがいた場所に矢が刺さり、地面が抉れた。予め上空に向けて攻撃を放っていたようだ。
「流星の矢まで避けるか!?」
「弓矢を持ったヤツが、わざわざ高いところから降りてきたら、何かあると思うのが普通だろうが」
しかし、鬱陶しい。
この金色のゴーレムは何体いるんだ。
「まあ、単純に考えて、どっかに操ってるヤツがいるな」
ヤンの射線上とゴーレムたちが襲いかかってくる方向、それを除いた角度に視線を泳がす。
二、三カ所を視界に収めた後、元王城の壁にある物見台に人影があることに気づく。
「そこだろ」
四つん這いで向かってくる人型ゴーレムを蹴り飛ばして、他のヤツにぶち当てる。できた隙を使って、人影がいた場所に魔力砲撃を数発ぶち込んだ。
だが、薄く青い膜が、オレの攻撃を防ぐ。
「賢者の魔力障壁か? それに子供? あのときのか?」
看破されたことで諦めたのか、二つの人影が立ち上がる。城壁の端にある物見台にいた。一人は杖を持った青髪の女で、もう一人は白い髪の子供だ。
見れば数台のゴーレムたちが集まり、賢者たちの周囲を囲んで防壁になっていた。
「ヴィート・シュタク!」
「もうその顔は見飽きたぞ、賢者セラフィーナ・ラウティオラ」
「復讐は復讐を呼ぶ。今、この私が禁術を持って証明するわ!」
杖から手を離すと、それは賢者の前に浮かんだ。
強烈な魔力の放出を感じる。何をする気だ?
そして賢者の詠唱が始まった。
「地と血をかけ、六の死霊、五百の亡骸、灯火を絶やし、憎しみを増やし、なお祈りで汝らを苦しめん」
魔力の込められた言葉の連なりが見えない波となり、周囲を揺らす。
やがて地面が揺れ始め、全ての戦闘が中断された。
「何が起きている?」
賢者に視線を戻せば、オレたちの戸惑いを余所に詠唱をさらに重ねていた。
「魔素の流れ戻り、大地の底より力と還る場所、息を噴き生きよ吹けよ怨嗟の嘆き!」
EAですら立っていられないほどの地震、そして旧王城の色々な場所から光が昇っていく。
「ブラハシュアの死体を触媒に……何かを呼び出しているのか?」
魔素の流れが、レナーテの魔力体が呼び出されたときと同じに見える。
激しく揺れる大地に膝をついてしまう。
「バカが!」
左手から無防備な敵に向かい、魔力砲撃を放つ。
「駄目」
そこに割り込むのは、またしても黄金のゴーレムだ。
「チッ、原初のドワーフが自在に操れるようだな!」
揺れる地面の上で放つ魔力砲撃は、的が定まらない。
その間にも、賢者のヤツの詠唱はまだ続いていた。
「嗚呼、四を欠けよ、詩を架けよ、死を賭けよ、今まさに、汝らをこの地に再び立ち上がらせん!」
城内から伸びた光が天を衝き、魔法の発動がいよいよ最終局面へと入った。それは魔法陣の発生だ。
輝く魔力が練兵場を覆うほどの円を描き、その内部で幾何学模様が描かれる。
何が起きる……?
賢者が大きく息を吸った。
そして、天へと手を伸ばす。
「大禁術『ネクロマンシー・ローク・スケレット』!!」
セラフィーナ・ラウティオラの叫びとともに、術式が完成した。
輝きが消えたところに現れたのは、巨大な骸骨の化け物だった。
「ハハッ、また化け物退治か。今度はブラハシュアの亡骸を使った死霊魔術ときた。禁術だぞ」
あまりにも異様な光景に、乾いた笑いが漏れた。
放置された死体を贄に、大型の不死族型魔物を召喚する禁断の術式か。
EAの十倍はあろう巨躯を見上げる。
賢者セラフィーナが浮いていた杖を掴み、こちらへと向ける。
「ヴィート・シュタク! 貴方に殺され打ち捨てられたブラハシュアの王侯貴族、その復讐を、その身で受けるがいい!」
長い青髪を靡かせた女は、オレに向けて怒りと報復の宣言を告げたのだった。
なんか間違ってたので訂正しました




