8、魔王伝説
ヴィルと呼ばれて焦ったが、寝ぼけてたようだな……やれやれ。
レクターをまとったリリアナを引き連れ、オレは地下空間の横穴を進む。
先ほどまでいた場所の地面には、矢印を引いてどこに向かったかわかりやすくしておいた。部下たちが後から追ってきたときに、見つけられるようにだ。
「ヴィート・シュタク。何かあったの?」
リリアナから声をかけられ、振り向かずに、
「ああ。昇降機だ」
と返事をする。
「昇降機?」
「どこに続いているかはわからんがな。上へと登れる。EAでも一人ずつなら行けるだろう」
問題は、オレが先に登ることを、リリアナが許すかだな。
こいつはオレをヴィルだと知らない。憎きヴィート・シュタクだと認識している。
ゆえに彼女を先に登らせれば、昇降機を破壊され置いてきぼりになるかもしれん。
「これ?」
「ああ」
横穴を十分ほど歩いた先にあった縦穴。そこに設置されていたのは、頑丈な金属でできた立方体の昇降機だ。上か下で鎖を引っ張り、巻き上げて動かすタイプみたいである。
「わかった。お先にどうぞ」
「は?」
「な、なに?」
「いや、良いなら良いんだ。すまないが、鎖を頼む」
「わかったよ。さっさと乗って」
「お、おう」
いや、良いんだけど、良いんだけどさ。大丈夫か、リリアナ……。簡単に信用しすぎじゃないか。食べ物を貰ったからって、ついて行っちゃいけませんって教えただろ……。
やっぱ調子が狂うな。
オレがEAで昇降機に乗ると、横にあった鎖をリリアナが引っ張り始める。
ちなみに鎖に劣化がないのは確認済みだ。
「重い。何その鎧。重すぎ。穴が空いたのも、それのせいでしょ絶対に」
「やかましい。文句を言うな」
縦穴を立方体の昇降機が少しずつ昇っていく。
しかし、何なんだろうなここは……。ドワーフの考えることはわからん。
二十ユルほど昇ったら、縦穴が終わっていた。
「止めて良いぞー」
「わかったー」
「今、昇降機を下ろす。真下に立つなよ」
「わかってるってば!」
ほんとかよ、と思いながら、鎖を掴みゆっくりと昇降機を下ろしていく。
「乗ったー!」
子供の頃に馬車に乗せてもらったときぐらいの呑気な声に、オレは大きなため息を吐く。
「それじゃ上げるぞ」
「はーい」
……馴染みすぎじゃないか、リリアナ君よ……。
なんか筋違いの不安を感じつつ、オレはゆっくりと昇降機の鎖を引っ張るのだった。
一つ上の横道を進む。EAが横並びになっても充分歩ける大きさだ。もっとも、白銀のレクターは斜め後方から付いてきているが。
わずかに傾斜しているのか、上へ上へと昇って行っているようだ。
「どこに続いているのかな……」
「わからん。古代ドワーフの考えることだ。どうせロクでもないことだ」
「原初の巨人ユミルと、原始のドワーフのユル氏族……だっけ」
「そうだな。伝説では、死した巨人より生まれ出た千人のドワーフとなっている」
「ホントにそんな話があったのかな……」
リリアナもヴィート・シュタクと話すことに慣れてきたのか、会話が続くようになっていた。
「エルフの方にはそういう話はないと思うがな。あっちは世界樹から生まれたとか」
「でも、ここ、魔物いないよね。上は踏破されるまでいたって話だけど」
「ああ、聖域というヤツなのだろう。聖龍レナーテの住処もこんな感じじゃないのか」
「ああ……そういえば」
「ただ、そういうところには、化け物が住む。冒険者たちの英雄伝説の定番だ」
「……意外。そんなものに興味があるんだ」
「オレを何だと思っている。普通の人間だぞ」
随分と高く評価してもらっているようだな、オレは。
「普通の人があんな……」
「普通の人間だからこそやるんだ。覚えておけ勇者殿。おっと」
「光……? 地上?」
緩やかな岩肌の坂道の先に、明るい場所が見えていた。
訝しげに思い、後ろのリリアナと顔を見合わせる。
「いや、そんなには昇っていないはずだが……」
「だよね……」
「行くか。先行する」
オレは剣を右手に携え、ゆっくりと壁沿いに張り付きながら昇る。
光が差しているのは、道の先にある空間のようだ。
壁際から内部を覗き込む。
「……なんだここは。部屋自体がぼんやりと発光しているのか。原理がわからんな……」
思わず剣を下ろして、その部屋に魅入ってしまう。
リリアナも後ろから覗き込んできた。
「え? なにこれ……壁画?」
彼女も小さく驚きの声を上げた。
「……妙な壁画だな」
「そうだね……文字があるけど……どこの国の文字だろ?」
「古リダリア語だな。リダリア語は隣の大陸の一部で使われているものだが、これは文体や文字が古い」
「へぇー。ヴィート・シュタクって意外と頭良いんだね」
「EAの用語はほとんどがリダリア語だぞ……というか、エンチャッテッド・アーマーという言葉が自体がリダリア語だ。ここに書かれているものほど古くはないが……」
「へぇー。なんか真竜国語でもメノア語でもないなぁって思ってた。物知りだね、軍人さんって」
何か感心したようなな言葉が聞こえてくるが、リリアナ君、シュタク少佐はキミの友達じゃないぞ……。馴染みすぎじゃないか?
なんか別の方向に心配になる。この子は大丈夫なのだろうか?
「まあいい。しかしこの壁画……」
「それでなんて書いてるの?」
「勇者と魔王」
「はへ?」
急に自分に関連する言葉が出てきて、リリアナがEAの中で間抜けな疑問符を漏らした。
「強き者、悪と知り悪を重ねれば、ヘレア・ヒンメルの響きあり。それは神与称号の授与、魔王現れるときである、と書いてある。おそらくな」
「魔王って、魔族の王様じゃないの?」
「そうだな。北の大陸に住む魔族の王が魔王と呼ばれるはずだが、この壁画じゃ違うらしい」
「称号……魔王が称号ってこと?」
「レナーテに近しい勇者殿が知らんものを、オレたち一般人が知るわけないだろ。だが、この壁画だと、力のある者が悪いことをすれば魔王の称号を授かるそうだ。勇者の記述は欠けていてよくわからんな」
「えっと……」
「おい、何でこっちを見た?」
「うーん……」
「失礼なヤツだな。こちとら一般人だ。称号なんぞ持ってないし、そもそも強くもなければ悪なんぞ、なしてない」
「え」
「意外そうな声を出すなよ……」
二人ともEAのままだというのに、まるで幼馴染みのように会話をしてしまう。
駄目だな。あまりコイツと会話すると、素に戻ってしまう。
「でもこれって……」
「どうかしたか?」
「ううん、なんでもない。特に何もいないなら先に進もう、ヴィート・シュタク」
何か様子が変だ。ふむ……軽く考えてみるとだ。
「……レナーテの部屋にも似たものがあるのか」
「え、え?」
「いや何でもない。何もいないなら進もう」
当たりか。
まあ良い。ここは帝国領だ。後で調べさせよう。
オレが先行し、部屋の中央を越える。足元を注意しながら歩くが、硬い岩に刻まれた陣が欠ける様子はない。
少し遅れてリリアナのEA『レクター』がついてくる。
彼女が部屋の中央を越えたときだった。
『適応対象外が存在しています。排除措置を執行いたします』
そんなセリフがどこからともなく聞こえてくる。
「なんだ?」
「なに? なんなの!?」
お互いの声でないことはすぐわかる。
「ちっ、駆け抜けるぞ」
「うん!」
オレたちは走り出して、来た道と反対側に見える通路を目指す。
「ヴィート・シュタク! 上!」
「なっ!?」
咄嗟に飛び退くと、重量感のある着地音が聞こえた。
そこに現れたのは、巨大なゴーレムだった。
ゴーレムは、付与魔法により疑似生命を与えられた動く人形だ。
主に高名な魔法使いたちが護衛代わりに使うと聞いている。しかし魔力消耗が激しく、人の大きさを数時間動かせたなら、ゴーレム使いとして一人前だそうだ。
しかし目の前のコイツは、人間を模しながらも、その三倍はありそうな巨躯が、眩く光る金属で作られた装甲で包まれている。
それに、近くにゴーレム使いの気配もない。
「何の素材製のゴーレムだこれは」
相手の首がこちらを向く。
人間の形をしたそいつは、四つん這いになってこちらに高速で這ってくる。
「ちっ」
剣を構え、EAに魔力を食わせてその場で踏ん張る。
重い突撃だったが、一つも動くことなく終わった。
「ええい!」
リリアナが横から光るゴーレムに攻撃をしかける。武器はないので、飛び上がって蹴りを食らわせた。
物言わぬ人形がぐらつき、そこをついてオレは一気に押し返す。
ヤツの前足が浮いた。
その瞬間を狙い澄まし、リリアナのレクターが左手から魔力砲撃を連続で放つ。
威力高いな、おい。
巨体を空中に吹き飛ばされ、ゴーレムが地面へと落ちる。
「リリアナ! 頭!」
「わかった!」
リリアナが大きく飛び上がり、起き上がろうとしていた巨体へと、強烈な蹴りを見舞う。
それに合わせて、反対側からゴーレムの首へと剣を跳ね上げた。
両方からの強い力により、あっさりとゴーレムの頭が切断された。
立方体の金属が、空中へと回転しながら飛んでいく。
頭が弱点ってのは、人型ゴーレムの定番だ。
「さあどうだ!?」
動きが止まったそいつから二人とも離れ、警戒したまま次の動きを待つ。
飛んでいった頭が地面へと落ちた。
……動きはない。
「終わったのかな」
「拍子抜けだな。先に行こう」
「うん。でも今の……ううん、なんでもない」
「ん?」
「ううん、ホントに何でもない。行こう」
「ああ」
少し気にかかるが、今はこの部屋から逃げるのが先だ。一体とは限らないしな。
オレとリリアナは速度を上げ、刻印だらけの部屋を抜け出した。
■■■
リリアナは思わず、今のは息がぴったり合ってたね、と言いそうになった。
それぐらい、ヴィート・シュタクと彼女の攻撃は、威力もタイミングも完璧であった。
強者は強者を知ると聖龍の言葉を思い出す。
相手はやはり勇者という称号を持つ自分とすら、渡り合える存在だと再確認した。
同時に、彼と行動していると妙な安心感を覚えていた。
賢者セラフィーナや魔弓の射手ヤンですら、彼女は勝てるという自覚がある。自信ではなく事実として、そうだと理解していた。
対等な存在というのは、こういうことだろうか、と黒いEAの背中を見つめた。
それが心地よく思えるのを、心の中で必死に否定する。
「どうした?」
歩く速度が落ちていたのか、少し前を進んでいたヴィート・シュタクが訝しげに振り返る。
「なんでもない」
リリアナは僅かな距離だけ駆け足をして、黒い鎧に近づいた。
「そうか」
特に興味もなさそうに返事をし、男は再び歩き出す。
彼女は幼い頃を思い出した。
二歳近く年上のヴィルを追いかけて歩くリリアナ。歩く速度が遅い彼女を、心配して振り向く少年。
追いつくのを待って、また歩き出す。
体力のなかった当時の彼女は、疲れてまた歩くのが遅れる。それを待って、休憩しようと言い始める少年。
「勇者殿」
前を歩く黒い鎧が、振り向かずに問い掛ける。
「……何?」
再び緩やかな勾配で昇っていく道で、白い鎧は遅れずについていく。
「そういえば、あのヤンとか言う男は、キミの恋人か?」
「え? ぜ、全然違う……違うよ! 絶対に違う!」
一瞬の戸惑いの後、リリアナは強く否定した。
「向こうはキミを恋人にする気満々だったからな。聞いてみただけだ」
「嘘……そんなこと言ってたの!?」
「五人目の恋人にするようなことを言ってた」
「……ヤンさんは別に……でも……」
沈んだ声で答えたせいか、彼女の語尾が消えていく。それは黒い鎧の中にまでは届かなかった。
「勇者殿も満更ではないのか?」
「わかんない……。男の人の知り合いとか、メンシークさんぐらいしかいなかったし……あとは……って、ど、どうして貴方がそんなことを気にするのよ!」
「勇者殿が、どのように生きたいか、興味があっただけだ」
「どんな……それこそ貴方に関係がない」
「結婚とかは?」
冷静に返答していても、すぐに年頃の娘の顔が覗き出る。
「か、考えてないよ! 十八だもん!」
「適齢期も近いな」
「まだ大丈夫だし!」
ヴィート・シュタクが小さく微笑んだ音もまた、白銀の鎧の中にまで届かなかった。
再び無言になり、二つの鎧が歩く音だけが、磨かれた石の通路に響く。
やっぱり不思議な居心地の良さだな、とリリアナは感じてしまう。
敵。倒さなければならない最大の敵。それがヴィート・シュタクだ。
しかしその男は、勇者であるリリアナを、最大限に尊重しようとする。妙に紳士的とも言えた。
食料や飲み物を分けてくれたりもした。一緒に戦えば動きも合う。
相手が男だというのに、会話をすればちゃんと長続きした。リリアナにとっては珍しいことだ。
本当に倒さなければならないのだろうか。何とか彼と和解できないだろうか。
リリアナはついそんなことを考えてしまう。
それが許されないことだというのも、わかっているのにだ。
「……もう、どうしたらいいの……」
ついそんな不満が漏れてしまう。それは思ったよりも大きな声になってしまっていた。
「何がだ?」
「あ、う、ううん! 何でもない! 何でもないよ!」
「そうか。そういえば、勇者殿は聖龍レナーテの元で育ったと聞いたが、その前はヴレヴォにいたと言ってたな」
「そうだけど……何?」
聞かれたくないことを尋ねられている、という風に、リリアナの声が少し怯えていた。
「ヴレヴォの町にいた頃というのは、何となく想像がつく。ではレナーテの元では、どんな人生だった?」
「レナーテ様の情報を引き出す気?」
「ああ、言いたくないなら言わなくて良いぞ。暇だから聞いただけだ」
再び無言で歩き出した男に、彼女はぽつりと、
「……優しいけど寂しい日々だった」
と感情少なげに答えた。
「レナーテは優しくなかったのか」
「レナーテ様はお優しかった。だけど、勇者として色んな先生に鍛えられ続ける日々だった。それ以外はレナーテ様に仕える女性だけが入れる場所で、勇者様と呼ばれるだけ」
白と黒の鎧の足音が、硬い岩を削って作られた緩やかな坂道を上る。
「必要な知識を与えられるだけ、か」
「メナリーの町へ行く途中に、久しぶりに世界を見て回ったけど、そこまで間違った知識でもなかったよ」
「そうか」
「旅に出る前、レナーテ様に言われたの。自分で見て感じて、その気持ちを大事にしろと」
「そうかい」
「……わかったのは、このブラハシュアで見たもの、ヴラトニアの教都で見たもの。それらが真竜国でも起こりうる未来だってこと」
「そうだな。そしてヴレヴォで起きたことだ」
「私だって、ヴレヴォの町と同じように、真竜国の人々だって大事だと思う……。寂しい日々だったとしても、私に優しかった人たちもいた」
「そうだろうな」
そこで白の足音が止まり、続いて黒の足音も消える。
「……あなたはどうして、復讐をするの?」
一度は尋ねた質問だった。
レナーテの幻影が現れる前、刃を交わし合いながら言葉を交わした。
そのときの命題を、もう一度投げかけた。
だからだろう。ヴィート・シュタクは同じ回答はせず、
「心まで焼けたからさ」
と短く返す。
そこに込められた思いを、リリアナは多少なりともわかる。
ヴレヴォの町の幼馴染たちが、ヴィルを除いて死んだということが、まだ実感がわかない。長らく会ってなかったせいもある。
しかし彼らと違い、再会できた黒髪の青年ヴィルがいる。そちらは現実味がある存在だ。
その彼が誰かに殺されたら、自分だって心が焼けて灰になるかもしれない。恨みを晴らすために、誰かを殺してしまうかもしれない。
だから、リリアナはそれ以上の言葉を返すことをせず、立ち止まってしまった。
それに構わず、歩み続ける黒い鎧。
少しだけ時間を置いて、白い鎧も後を追い始めた。
それからしばらくは会話もなく、リリアナとヴィート・シュタクは、二人きりで地下の坂道を上り続けたのだった。
「ほう? ヴィート・シュタクが地下遺跡でさらに下へ落ちた、と。しかも勇者と一緒に」
遺跡の入り口まで戻ったテオドアは、そこで一人の人物に報告をしていた。
彼は内心で、なんでこんな大物がいるんだと悪態を吐く。
「はっ、その通りであります、大将閣下!」
報告の相手は右軍大将、女傑アネシュカ・アダミークであった。
長い黒髪と朱色の軍服、美しい顔立ちの左半分を大きな布で隠している。
年頃は四十に近いが、凶悪な笑みを浮かべる彼女に、年の衰えなど見えなかった。
「それで、きさまらはおめおめと逃げ帰ってきたと」
「シュタク少佐の命令でありましたので!」
テオドアの横では、生真面目なミレナだけでなく、普段は何かと上官に反抗的なコンラートまで緊張した様子で直立していた。
「そうか。シュタクの命令か。なら仕方ないか」
イスの上で足を組み替える姿は、正妃すら霞むほどの貫禄を見せていた。
「はっ、報告は以上であります」
「そうか。ご苦労だったな」
アネシュカ・アダミークの周囲には、数多の勲章をつけた軍人たちが控えていた。
彼女の子飼いの部下たちであり、『忠誠高き皇妃の狼』と怖れられる精鋭たちであった。
「どう思う?」
「シュタク少佐なら心配は無用でしょうが、地下遺跡というものは我々には不慣れな場所です。ましてや称号持ちが下にいるなら、すぐに応援に行くべきかと」
「そうか。わかった。バルヴレヴォI型を持ってこい」
「はっ」
軍人達が駆け出すと、右軍大将とシュタク小隊の若手たちだけが残る。
「さて、小休止したら、キミたちも行くぞ。良いな?」
それは質問では無く有無を言わさぬ命令だった。
三人はその迫力に敬礼をすることしかできなかった。
アネシュカ・アダミーク
ヴィルの母親。軍で一番偉い人の一人。自称「皇帝の妻」
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