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7、ヴィート・シュタクとリリアナ・アーデルハイト





  ■■■



 ミレナは信じられないと、いきなりできた大穴へと向かう。

 底は見えず、彼女の足に触れた小石が転がり落ちるが、何の音も聞こえてこなかった。


「隊長! シュタク隊長!!」


 拡声の魔法陣を使って呼びかけるが、反響するだけで返事はない。そもそも落下した音すら聞こえてこない。

 どれだけ距離があるかわからない。


「ミレナ、コンラート、撤退しよ」


 なぜ自分に命令されたかを理解し、テオドアは二人に声をかける。


「テオドア! 隊長が落ちたんだぞ!?」

「だけど隊長は撤退しろと言ったよ、ミレナ。コンラートもいいね?」

「いや、だけどこいつらを残しちゃ!」


 コンラートも反論するが、その大穴の半径はEAすらたやすく飲み込むぐらいだ。

 反対側で同じように底を覗く賢者と弓使いがいた。


「隊長なら大丈夫だ、勇者なんかに負けるわけないよ。だから今は撤退だ。これは隊長の命令だ、いいよね?」


 いつもは不真面目で文句ばかりの男が、真剣な調子で二人を説得する。

 ヴィート・シュタクは、テオドアなら撤退させると確信して、命令した。テオドア自身がそう理解してしまった。

 全く、嫌になるよね、そんな信頼向けられてもさ。


「だけどテオドア!」


 ミレナが反論しようとするが、テオドアは背中を向け走り出す。


「俺っちは撤退するからね! 隊長の命令は守れ、それだけは絶対! エディッタさんも連れて戻らないといけないしね!」

「くっ、それは……」

「応援を連れてもう一度来るべきだよー。んじゃねー」


 全速力で大穴から遠ざかっていく勢いを見て、ミレナたちも慌てて追いかける。


「ま、待ちなさいテオドア!」

「おい、待てよテオドア!」









 そんな三者の様子を見送り、賢者は大きく安堵のため息を吐いた。


「行ったわね……」

「どうするんだい、セラ。降りるのか?」

「高ささえわからないのに降りたって、上がれなかったら仕方ないわ」 


「浮遊じゃ無理か」

「私の魔力を持ってしても、五ユルが限界なのよ。レクターならそもそも、それぐらい昇ってこれる。どちらにしてもリリアナが戻ってくるのを待つしかないわ」

「ヴィート・シュタクがいるんだぜ?」


 ヤンの心配げな声に、セラフィーナは諦めたように肩を竦める。


「勇者を信じましょう。生身でも逃げに徹すれば、ヴィート・シュタクでさえ仕留められないと思うわ……」

「……オレは一度、地上に戻って仲間を呼んでくる。ついでに武器と長いロープでも持ってくるぜ」

「わかったわ。見つからないようお願いね」

「そんなヘマしねえよ」


 テオドアたちが向かった出口へ、ヤンも走り出す。

 一人取り残されたセラフィーナは、


「……ほんと、アイツと出会ってから、何にも上手くいかないわ……」


 と愚痴を零す。

 ヴィート・シュタクと戦場で出会ってから、何もかもが失敗続きだ。

 相手が一枚上手だと思えば良いが、仮にも賢者の称号を持つ人間だ。ここまで追い詰められては立つ瀬がない。


「……帝国に生まれたかったわ」


 誰にも聞こえないとわかって、そんな憧れの呟きを漏らした。

 元々、ブラハシュアの貴族王族がそんなに好きではなかったし、王族に忠誠を誓ったわけではなかった。もちろん、一部には学友などもいたが、全体としては好意を抱いてはいなかった。

 そんな彼女だったが、責任感は人一倍強かった。

 大きな力を持ったのだから、何か役立てねばならない。称号持ちとしての義務感のようなものに、迫り立てられるように動いていた。

 現に力を持ったのだから、国の役に立たなければならないとも言いつけられていた。

 だが負けた。

 その後は聖龍レナーテの元に身を寄せ、勇者の助けをし、帝国から真竜国を守るために動いていた。

 そこでヴィート・シュタクと再び邂逅し、負け続きだ。

 帝国は称号を持とうが、表向きは気にしないという。

 そもそも皇帝という絶対権力者が、レナーテという上にいる存在を良く思っていない。戦争が始まる前からもそうだった。


「称号ね……」


 ヤンの去って行った方向を見る。

 あのいけ好かない男は、称号の持ち主らしからぬ傲慢さ感じさせていた。

 まるで十年前の自分のようだ。

 貧しくなる国を生かせとばかりに、三カ国連合を組み、帝国への侵略を進言したのは、他でもない賢者セラフィーナだった。

 多くを巻き込んだ彼女は、責任を負わなければいけない。

 根が真面目なセラフィーナ・ラウティオラという人物は、全てを放り投げることがどうしてもできない。


「だけど……」


 それでも、生まれ持った才能、得てしまった称号。そんなものに振り回されない人生があったなら良かった。

 学院にいた頃、一人の同級生をどうして見下していたのか。

 同じ学生でありながら、体を売り金を稼いでいた。

 当時のセラフィーナが、汚物を見るような目を全くしてなかったか、と言えば彼女も自信がない。

 故あって再会しても、まともに会話ができなかった。

 戦争を提言し、多くの血を流す原因となってしまったセラフィーナ・ラウティオラ。

 今のこの身の方がよほど汚い。

 そう思うと情けなくて、涙が出そうだった。


「……弱気は駄目ね」


 大きくため息を零し、腰を下ろそうとする。

 ふと、セラフィーナは視界の端に、先ほどまではなかった横穴を見つけた。


「あんなところに道があったかしら……?」


 EAでも余裕を持って歩けそうな通路だ。見落とすはずがない。

 神世の巨人から生まれた原初のドワーフ。それが隠れ住むユミル神殿遺跡の最奥。

 セラ自身も魔法学校の実習で、ここまで来たことがある。そんな遺跡だ。


「ひょっとして……」


 やらなければならないことがある。

 だから足を動かす。


「……ユル氏族の生き残りがいるか、もしかしてリリアナが落ちた場所に続いているかもしれない」


 灯りの魔法を杖の先に灯しながら横道に近づき、中を覗き込んだ。

 奥が見えないほど続いていた。ゆるやかに下っているのもわかる。


「さてさて、龍に会うか巨人を見るか」


 将来の予測がつかない、という意味のエルフのことわざを口にする。

 背後を見ても、ヤンは出て行ったばかりだ。しばらくは戻ってこないだろう。

 彼女はヤンを待たないことにした。

 どうせアイツなら後から追いつく、と思ったからだ。

 信用できない男と一緒に暗い道を行くなら、後から追ってきてもらったほうが精神衛生上は楽だと割り切った。

 そうして賢者は古代神殿の地下へと足を進めるのだった。






  ■■■





「チッ」


 オレは明かりの欠片すら見えない頭上を見上げ、思わず舌打ちをしてしまう。

 腕の中にはレクターがいる。落下中に動きがなくなったので、必死に抱え込んだのだ。


「勇者殿? 起きたまえ」


 返事はない。おそらくリリアナは気絶しているんだろう。

 よく見れば装甲は召喚の触媒とされたせいか、細かいひび割れが数え切れないほどあった。


「……ここまで劣化しておいて、あの力か……まあいい」


 障壁の魔法を何度も使い、何とか落下の速度を殺して着地した。優しくとはいかず、床には大穴が開いている。

 周囲を見回すが、何もない闇だ。

 声の反射から言って、広さはかなりある空間のようだ。


「……神像の真下に大穴か」


 照明の魔法を作り、上へと投げる。その薄暗い視界で見えたのは、磨かれた岩の壁と天井だ。中心にオレたちの落ちてきた穴がある。


「出られる場所はあるのか……?」


 端から端までの距離は七百……八百……いや、これは千ユル、つまり一ユミル以上あるな……。

 とりあえずリリアナのレクターを下へと下ろす。


「う、うーん……」


 中から呻きが聞こえる。目を覚ましたか。

 とりあえずオレは距離を置き、バルヴレヴォをまとったまま、開けた穴の縁に腰掛ける。


「はっ!? ここは!?」

「お目覚めかい、勇者殿」

「ヴィート・シュタク!」


 レクターはすぐさま起き上がり、オレに剣を向けようと構える。

 しかし、手に何も持っていないことに気づいたようだ。ばつが悪そうに手を振った後、拳を構える。

 いかにもオレの知ってるリリアナらしくて笑みが溢れそうになった。


「いや、休戦だ。我々は間抜けにも、神殿のさらに下に続く大穴へと落ちてしまったようだ」

「……休戦って」

「信じられないのもわかるが、そもそもオレは、キミを殺そうとしていなかっただろう?」

「それは……」

「もちろん、レクターを脱がなくとも良い。オレもこのバルヴレヴォから出る気は無いからな」

「バルヴレヴォって言うんだ、それ」


 妙なところに感心しているようだ。


「……右手の子、という意味だそうだ。それで休戦で良いか?」


 敢えて嘘の由来を告げた。これがヴレヴォの子という意味であることを言う必要がない気がしたからだ。


「……わかった。私も状況が掴めない。貴方を許すわけには行かないけど、私も死にたいわけじゃない」


 硬い声調子は、ヴィルで会うときとまるっきり違う。まあ、仕方ないが。


「とりあえず、上から脱出は難しそうだ。助けが来るかもしれないが、上から引き上げるのも困難だろう。オレはともかく、そちらはな」

「そっちは大丈夫なの?」

「オレを誰だと思っている。帝国軍はそれぐらいの資材はある」

「……了解」

「オレは周囲を探索してくる。キミはそこで休んでいたまえ」

「え、いや、私も」

「起きたばっかりだろう。体力は回復させておくものだ。いつ、またオレと戦うことになるかわからないのだからな」


 戸惑うリリアナを置いて、オレは五百ミル先の壁際を目指す。

 ……全く、厄介な事態になったもんだ……。









 落下してから二時間ほど経った。

 今のところ救援は来ない。両陣営とも救援を送るには、一度は争わなければならないしなぁ。

 わざわざテオドアに言って撤退させたんだ。変なことはしてくれるなよ。

 仕方なく見慣れてきた光景を見直す。

 この空間は縦一ユミル強、横五百ユルほどの直方体の空間のようだ。

 つまりここが、エディッタの言ってた巨人の間ってヤツか。

 確かに千人のドワーフが生まれたという原初の巨人の体でも、この空間なら入りきるだろう。

 壁は綺麗に磨き上げられているというより、高熱で溶けているというべきだろう。

 古代ドワーフどもが何かを作っていた空間なのか、それとも本当にユミルに戻ろうとしていたのか。

 ただ一つだけ、横穴を見つけた。先は長いようだ。高さも幅もそれなりにあるので、EAのままでも行けそうだ。


「勇者リリアナ!」


 拡声の魔法で呼びかける。


「な、なに!?」


 急に声をかけられてびっくりしたようだ。


「オレは横穴を発見したから、三十分ほど探索してくる」

「え? じゃ、じゃあ私も」

「今のうちに排泄でも済ませておけ」

「え……ば、ばか! うるさい、死んじゃえ!」

「ハハハッ」


 笑いながら、オレは発見した横穴へと入っていく。

 いや、実はオレも行きたかったんだよね、小便に……。

 しばらく進み、横道の先でバルヴレヴォから出て、空気を吸う。

 とりあえず息苦しくなったりはしないが……、大丈夫か? 

 EAの装甲にある緩衝材を剥がし、生命維持用の道具箱から、飲み物や軽食を取り出した。それを口に含んでい……あいつ、持ってんのかな。

 はあ……ねえだろうなぁ……。そんな気の利いた国じゃなさそうだ。

 革の袋から小分けの軽食と革の水筒を取り出す。

 固形食が何種類かあるが、リリアナは甘いのが好きだったし、そちらは渡すことにしよう。

 それをバルヴレヴォの手の上に置くと、EAの中へと戻った。

 帝国のEAには、装甲の内側に魔力伝導材の他にも緩衝材をかなり入れている。継戦を求められることも多いので、なるべく疲労が溜まらないように作られていた。

 仮眠程度なら、このままでもできる。

 結局、オレは中で軽い睡眠を取ることにした。








■■■




 喉渇いたな……。

 リリアナはそんなことを思いながら、EAにもたれかかっていた。

 ヴィート・シュタクが横穴に行くと言って、そろそろ三十分だ。またレクターの中に戻らなければ、と彼女は思う。

 しかしどうにも気が進まなかった。EAの中が硬いからだ。

 彼女は知らないが、帝国はその辺りをかなり気にしてEAを作っている。継戦能力を望まれているからだ。

 ゆえに刻印の刻まれた装甲と人体の間にはクッション素材がある。それは魔力伝導率の高い魔物の革が使われおり、その中身に詰められているのも、同じような性質の布だ。

 だが彼女のレクターは硬い魔物の革だけだ。伝導性能だけが求められた素材だった。

 大きなため息を吐くと、彼女は膝を抱えて顔を埋める。

 大丈夫かな……相手はこっちを殺すつもりはないみたいだけど……。

 彼女はヴィート・シュタクを信用したわけではなかった。

 しかし、聖龍レナーテと戦う姿に抱いた憧れのような感情もあった。

 どうしたら良いのか、そんなことをグルグルと考えている間に、彼女はいつのまにか眠ってしまっていた。

 無理もない話だった。

 肉体的に優れている勇者であっても、彼女はまだ十八歳であり精神的には未熟だ。そちら側の疲れが癒えていなかった。

 ゆえに彼女は、敵しか存在しないはずの空間で、スヤスヤと寝息を立て初めたのだった。









「……勇者、起きろ……おい、リリアナ!」


 呆れたような声で、彼女は目を覚ます。


「うーん……ヴィル?」

「はっ?」

「え、あれ!? 寝ちゃってた!?」


 彼女が目を覚まし上を見上げると、そこには黒いEAが立っている。


「わあああ!? ヴィート・シュタク!」

「何を言ってるんだお前は」


 リリアナは恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になっていた。まさか眠りこけるとは、彼女自身も思っていなかった。


「こ、これは違うの!」

「神経が太いな……ああもういい。攻撃する気はないと言っただろ。EAの中が辛いなら、外に出ておけ。あと、ほら、これだ」


 黒いEAが、無骨な指先に持った小さな革袋を差し出す。


「これは?」

「水と軽食だ。腹に入れておけ」

「な、なんで?」


 目を丸くして黒いEAを再び見上げる。


「今、キミを殺す気はないと言っただろう」


 EAが指を離すと、リリアナは落ちてくる革袋を思わず受け取ってしまう。

 まさか毒なのだろうか、と彼女は警戒した。


「毒なんて入っていない。そんなまどろっこしいことするぐらいなら、寝てる間にやっている」

「そ、そんなこと思ってないもん!」

「どうだか。食ったら声をかけろ。少し話がある」


 相変わらずの呆れた調子で、黒いEA『バルヴレヴォ』が遠ざかっていく。


「思ってないもん……」


 聞こえないほどの音量で呟きながら、彼女は貰った革袋を開ける。

 中には水筒と、五個のビスケットが入っていた。

 軽食の方を、恐る恐る口に入れる。


「甘い……」


 口にしたものは、サクサクとした食感だった。砂糖がふんだんに使ってあるのか、かなり甘かった。そこが彼女の好みにも合っていた。

 水を飲み、ビスケットをあっと言う間に食べ終わる。

 残しておけば良かったと気づいたのは、安堵のため息を吐いた後だった。

 リリアナは、少し離れた場所で背中を向けるバルヴレヴォを、チラリと見る。

 ……変な人。でも……。

 彼と戦ったとき、男はリリアナだけは生かそうとした。

 死ぬ必要はないと、優しい声で言ってくれた。

 今も貴重な食料を惜しげもなく譲ってくれた。それ以外にも、こちらを気遣っている雰囲気を感じる。

 優しい男なのだろう、とリリアナは思う。

 だから彼は復讐に身を焦がしているのだと、考えもした。

 自分は何を思えば良いのかわからない。

 未だ実感が湧かないのが、ヴィル以外の幼馴染みは、北西三カ国連合の軍に殺されたのだという。

 ならば、レナーテの指示によって参戦した竜騎士たち。彼らによって、幼馴染みが失われたかもしれないのである。

 何を守れば良いのか。

 何と戦えば良いのか。

 何を思えば良いのか。

 黒い鎧の背中を見つめた。

 正しいはずなのに、正しくない。

 勇者リリアナ・アーデルハイトの心は、少しだけ軋みを上げ始めていた。












賢者セラフィーナ・ラウティオラ

トップに向かない性格。

シュタク少佐のような上司がいると活きるのは、ここだけの内緒


評価やブクマをありがとうございます。

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