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6、重み




 ■■■



「ヴィート・シュタクがいたぞ」


 戻って来たヤン・バルツァーの報告に、勇者が唇を噛む。


「いつもいつも……」

「まあ気にすんなよリリ。足止めしといたからさ」

「ヤンさん、ありがとう」

「呼び捨てで良いぜ。可愛い女の子には許可してんだ」


 赤毛の男が親指を立ててニヤリと笑う。

 リリアナは引きつりながらも何とか微笑む。

 確かに彼は男前の部類に入るかもしれないが、聖龍の元で大事に育てられたリリアナには免疫がなさすぎた。

 端的に言えば、彼女の好みの範疇に全くかすりもしていなかった。


「ヤン、静かに」

「へーいよ」


 賢者が咎めるが、ヤンは気にした様子もない。

 彼女たちがいるのは、神殿の最奥にある巨人像の足元だ。


「こんなところに、原初のドワーフさんが? ノックする場所とかないのかな」


 可愛らしい勇者が、数十ユルはありそうな巨大な神像を見上げる。


「ハハッ、地下遺跡の最奥部でノックとか。リリは可愛いなぁ」

「え? ええ? 私、変なこと言ったかな!? セラさん?」


 微笑ましく思える慌て方に、ヤンの目尻がさらに下がる。

 だが、セラの目は吊り上がっていた。


「ヤン、ここは何度も調べたわ。本当にここなのかしら?」

「踏破済の遺跡だが、『巨人の間』がねえのがおかしいらしい。他の大陸にある同じような場所なら、神殿の近くに巨人の間へ続く通路があるはず。あのハーフエルフ……じゃねえ、聖女が言ってたぜ」


 ヤンの嫌そうに言った言葉に、リリアナが目を丸くする。


「え、聖女様ってハーフエルフなの?」

「ああ、そうなんだよ」

「へえ、珍しいなぁ。昔会ったことあるけどもう覚えてないし。顔、見たかったなぁ」

「アイツがハーフエルフだから、エルフ連中はアイツのこと良く思ってねえけどな」

「え? どうして?」

「ドワーフやエルフにとっちゃ、生殖行動ってのは神聖なものさ。だからヒトとの間に生まれたハーフエルフなんて認めない。それで顔も姿も隠してんの、聖女は」

「そう……なんだ」


 リリアナは肩を竦めて笑うヤンに、嘲るような声音を感じ取った。

 彼女はハーフエルフという存在を、あまり知らない。差別を受けるような存在だとも思っていなかった。

 ゆえに、ヤンのような態度を快くは思えなかった。

 そもそも、死んだ彼の恋人たちはエルフだった。なら、生まれてくる子供はハーフエルフだ、その態度はないだろうと彼女は内心で愚痴る。


「まあそれもあるけど、ブラハシュアに無理矢理連れて来られたエルフにとっては、ハーフエルフっていうのは、屈辱の証みたいなのよ」


 困惑するリリアナに、セラフィーナが優しく諭すように話しかけた。


「屈辱?」

「ブラハシュア王国じゃ、一部の悪い貴族が周辺の森からエルフを攫って奴隷にしてたから。そんな時代を思い出すみたいで、嫌らしいわ。彼女たちも悪気があるわけじゃないの」

「……ちょっと良くわかんないな」

「感情の問題よ。聖女があまり協力的じゃないのは、エルフに近寄りたくないからなの」


 壁を調べながら言われた言葉に、リリアナは眉間を顰めた。

 セラフィーナも別に責めるような口調ではなく、むしろどこか申し訳なさそうであった。

 それでもリリアナはどこか納得が言ってない顔を浮かべていた。


「ところでヤン。あなたが言う奥の手ってのは何なの?」


 話題を変えるように、セラフィーナがヤンに鋭い眼差しを向けた。


「そんな睨むなよ、セラ。おいそれと教えるわけにゃ行かねえ手だ」

「そういう話は聞いてないのだけど?」

「見たら驚くぜえ?」


 ヤンが胸を張って自慢げに言う。

 教える気がない奥の手とやらを、この男はセラフィーナにまだ見せる気がないようだ。


「……わかったわ」


 賢者は不服そうに視線を外す。

 それ以上はヤンを見ずに、壁を杖で叩いたりし目的の物を探し始めた。


「でも、どこにあるのやら。もうすでに冒険者たちが探索しつくしてるんだろ?」

「という話だけれど、ここより下に向かう入り口が発見された記録はないわ。でも、聖女曰く巨人の間が見つかった記録もない」


 聖女は賢者のケガを治療した後に別れていた。ゆえにここに来ている称号持ちは、勇者・賢者・魔弓の射手の三人だけである。


「まあ、そりゃそうか。しかしユル氏族はどうやって出入りしてるんだ……っと、ちょっと待て」


 ヤンが剣呑な顔つきで弓を構え、大神殿の入り口方面へ向ける。


「出てきな! ヴィート・シュタク!」


 彼が大声で叫ぶと、ゆっくりと黒い鎧が歩いてきた。


「気配は立たないように隠れているつもりだったんだがな」

「オレにゃそういうのを感知しやすい特性があるんだよ、残念だったな」

「まあ良い。やることは一緒だ」


 ヴィート・シュタクのEAが剣を構える。


「さあ、いっちょやろうか! 今のさっきで申し訳ねえが、恋人たちの仇だ! ぶっ殺してやる!」


 ヤン・シュヴァルツァーが、矢羽根から手を離した。






  ■■■







「はっ、下らん攻撃だ」


 その一矢を鼻で笑いつつ、オレは左手を伸ばし、発生した魔力障壁でその攻撃を防ぐ。


「クソが! 通らねえ! こっちは魔弓の射手だぞ!」

「バカが。その程度が効くか。コンラート、今度は勇者を抑えてみせろよ。ミレナ、賢者へ! テオドアは両方を援護!」


 オレ自身が賢者を相手してやりたいが、今はヤン・ヴァルツァーが優先だ。弱いヤツからやって数を減らすのが定石である。


「わかってらぁ」

「お任せを!」

「了解っすー」


 三者三様の返答を聞きながら、オレは『魔弓の射手』という称号を持つ男へと斬りかかる。


「食らうかよ!」


 男は後方へ大きく飛び上がる。その高さはEAを超えている。身体能力が高いのか身体強化の魔法効果が高いのか。

 舞い上がった相手へすかさず左手から魔力砲撃を放つ。

 しかし相手は空中から矢を放ち、それを相殺してきた。


「ほう?」


 思わず感心する。


「ハッ、なめんじゃねえよ」

「そっちがな」


 相手の着地点へ一足飛びで近づくと、下からヤンとか名乗った男を切り上げようとする。

 しかし相手は空中で何かを蹴り上げてさらに飛び、斬撃をギリギリで回避した。


「変わった芸を使う男だ」

「このヤン・バルツァー様が簡単に殺される男だと思うなよ」

「剣聖は簡単に死んだがな」


 滑るように踏み込み、今度は横薙ぎを見舞う。


「アイツらの仇だ! てめえはとりあえず殺しておかねえとなぁ!」


 オレを大きく飛び越えながら、矢を三本同時に放ってくる。魔力が込められていたみたいだが、障壁に弾かれるだけで終わった。


「ちっ、たかが魔力障壁ごときが!」

「お前ごときに倒されるわけがないだろう?」

「それじゃあ、こいつはどうだ!?」


 一瞬の早業。三本が直列で並んだ攻撃だった。

 そんな見え見えの矢をオレが食らうはずもない。左手で下からすくい上げるように障壁を作る。足元から上まで覆う魔力の壁だ。


「わざわざ食らうか。あと影矢もお見通しだ」


 鎧に届かず、黒く塗られた四本目の矢も弾かれて床に落ちた。

 再び踏み込み、剣を振り下ろす。今度はギリギリで飛び退いたようだ。男の革の鎧に一筋の傷が入る。


「チッ、剣聖はマグレでやられたかと思ったら!」


 焦った様子でこちらを弓で狙う。そこに矢は構えられていないが、魔力か魔法の矢を放つんだろう。


「ほら、撃ってこい」


 剣を左手の人差し指でちょいちょいと招く。


「クソがっ」


 常人なら瞬きの間に死ねるような矢を四発、それを一呼吸でオレの喉を狙って放つ。

 だがそれも無意味だ。前面に張られた障壁で全て跳ね返される。


「バカが。称号持ちごときが、調子に乗るからだ」

「てめらも、その鎧がなきゃ大したことねえんだろうが!」


 今度はこちらから踏み込み、斜め下から振り上げ、すぐさま振り下ろす。

 避けきれなかった弓使いは、自慢の魔弓で受け止めようとし、その武器を両断された。


「人間だからな。知恵も使うさ。田舎で龍にチヤホヤされている蛮人には、到底わからんだろうがな」


 仰向けに倒れ込んだ弓使いに、片手で持った剣を突き刺そうとする。

 その瞬間、視界の右隅から光る何かが飛んできた。

 すぐさま上半身を反らし、その砲撃を避ける。

 見れば、賢者がミレナの相手をしながら撃ってきたようだ。


「少佐、申し訳ありません! このぉおお!」

「相変わらず、相性の悪い子ね!」


 ヤンは今の隙に跳ね起きて後方へ距離を取ったようだ。


「チッ、剣聖がやられたわけも、賢者たちが苦労するわけもわかった。こいつは別格だ!」

「まあ良い、底は見えた。弱いな、ヤン・ヴァルツァー」

「んだと!?」

「本当に称号持ちか、お前。剣聖の方が手応えが……まあいい。それじゃあ、オレは、さっさと殺させてもらおうかな」


 ヤンに向け左の手の平を向け、魔力砲撃を放つ。


「クソがっ!」


 相手は横に避けつつ、腰から折り畳み式の小さなクロスボウを取り出した。その狙いがオレの走る方向に定まる。


「セラ!」


 ヤンが叫ぶが、どうせ間に合わん。


「え?」


 別に一対一を続けなきゃならん理由なんてない上に、ヤン・ヴァルツァーが雑魚だと知れた。

 ミレナと戦う賢者の背後に向けて、オレは剣を構え駆け出す。


「させない!」


 勇者のまとった白銀のレクターが、コンラートたちの隙を縫ってオレの進行方向へ割り込む。

 慌てたテオドアが勇者の背中を狙う。コンラートも左手から魔力砲撃を放った。


「クソっ!」


 ヤンがリリアナの援護をしようと、オレに向けて砲撃を放つ。

 そのどれも外れ、同じような場所にある数個の床石を砕いた。


「ヴィート・シュタク!!」

「クッ!」


 コンラートたちめ!

 オレは内心で舌打ちをしながら、リリアナの剣を受け止めようと足を踏ん張る。

 先ほどの三者の攻撃で破壊された床石のすぐ横だった。


「やあああぁぁぁ!」


 飛びながら振り下ろされる強烈な一撃に、オレの剣が合わさる。

 重い重い一撃だった。

 撃ち返した反動で、オレの足元がさらに沈む。

 白銀のレクターの装甲も、耐えきれずにひび割れが増えていった。


「くっ」


 だが、まだ重さが増す。

 我が幼馴染みながら、なかなかの威力だな!

 強力な一撃の上に、さらにかかった圧力で、床石がさらに砕ける。


「え?」

「はっ?」


 我ながら間抜けな声が漏れた。

 足元から感じる浮遊感。

 何度も踏破されたユミル神殿最下層、神像の間。まさかその下があるとは。

 粉々になった床石が真横に見えた。

 暗い闇に落下していく。

 何度も強力な攻撃に晒され、最後は超重量級の鎧であるバルヴレヴォと、それに対する勇者の強烈な攻撃がトドメになったようだ。

 そして、砕かれた床石の下には、底の見えない空洞があったということだ。

 人もEAも空を飛ぶことができない。

 浮遊の魔法自体が、魔力消費が激しすぎて実用的ではない。たとえ勇者であろうともだ。

 ゆえに、オレは砕けた床石の下にあった穴に落ちていく。

 リリアナが浮遊の魔法を使って手を伸ばそうとした。

 魔力消費が大きかろうとも、少しでも浮いて上に留まろうとしている。

 だがオレがいないときに、勇者を戦線に復帰させては、部下たちが危ない。

 ったく、つくづく運がない!


「一度撤退して体勢を整えろ、テオドア!」


 叫びながら咄嗟にレクターの足を掴み、同じ場所へと引きずり込む。

 底さえ見えない地下の底へと、オレとリリアナは落ちて行った。












重み(物理)



評価、ブクマなど本当にありがとうございます。

励みになります。

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