1、北西の旧王都
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帝国歴1033年。ヴィート・シュタクが少佐ではなく少尉であった頃の話。
「この私の障壁が……!?」
賢者セラフィーナ・ラウティオラは、信じられないという顔で、自身の胴を見る。
鮮やかな白色のローブには、右肩から斜めに切られた傷がついていた。
ふらりと後ろに倒れそうになるのを堪え、何とか膝をつく。
「ちっ、浅かったか」
目の前に立つのは、帝国でEAと呼ばれている鎧だ。大きさ二ユルより大きく、鈍色の装甲には夕日が反射している。
「賢者様!?」
「セラ様!」
「セラ様!!」
周囲にいた騎士たちが、セラフィーナに慌てて近寄ろうとする。
「人望の厚いことだな、賢者様よぉ」
鎧の中の男が、膝をついて荒い息を上げるセラフィーナ・ラウティオラを嘲笑った。
「貴方……名前は……確か」
「一度で覚えろ。メノア帝国右軍EA大隊、ヴィート・シュタク少尉だ」
「こんな無名の男に私が……」
「覚えておけ! これからのお前らは、無名の集団に殺されるのだからな!」
鈍色の鎧、EA『ボウレ』が駆け出す。
「賢者様をお守りしろ! セラ様、お逃げを!」
周囲から騎士や傭兵たちが、賢者の元に駆け寄ろうとしていた。
鈍色のEAが動く。
助けに来た人間たちに左手を向け、そこから魔力砲撃を繰り返した。
地面が破裂し、賢者の仲間たちが塵と化していく。
「くっ、ここは」
「賢者様、ここは我々で食い止めます!」
「だけど!」
「民のためです!」
「……わ、わかったわ。無茶をしないように!」
賢者が背中を向けて逃げだそうとした。
「バカが! 逃がすか!」
そこへ再び光る一閃が走る。背中を大きく切られ、賢者が前のめりに倒した。
「賢者様をお運びしろ! 全隊! 帝国軍からセラ様を、セラフィーナ様を守れぇ!」
壮年の騎士が大声で叫んだ。
倒れた賢者を、弓を持った女性たちが抱え上げて走り出す。
ヴィート・シュタクのボウレには、次々と兵士たちが襲いかかった。
「味方がいない。突出し過ぎたか」
面倒そうに敵を片付けていく。彼の周囲に死体が積み上げられていった。
ようやく一息吐いたときには、すでに賢者の姿は見えなくなっている。
「……あの傷で生きていられるとは思えんが……」
辺りをグルリと見回す鈍色のEA。
味方も敵もいない。
そこで彼は長剣を背中のホルダーに収めて、喉を鳴らした。
「ククッ、そうかそうか! これはチャンスというヤツか! 」
ヴィート・シュタクは笑う。
「では、行こうか。ようやく一つ晴れる。ああ……ドゥシャン、イゴル、アレンカ、ブラニスラフ、リベェナ、オティーリエ。オレの恨みがようやく、いくつか晴れそうだよ……」
一歩一歩、しっかりとした足取りで歩き出す。
彼の向かう先は、この平原にある敵軍の本陣などではない。
「焼けるな……ああ、嬉しいな、やっとこの時が来たのか……ククッ、ハハハハッ」
ブラハシュア王国の都まで北に五十ユミルほどだ。人間の足でなら、かなりの時間がかかる。
だが、魔法で人体を強化し鎧を軽量化させるEAの速さなら、すぐにとは言わないまでも、大した時間はかからない。
「待ってろ、待ってろよブラハシュア。お前たちはもうすぐ亡国となるんだからな」
こうして、ヴィート・シュタクは単機で賢者の部隊を破った後、ブラハシュア王都まで攻め入った。
武の国というお題目の下に腕利きを揃えた近衛部隊もいた。称号持ちに敵わずとも、腕に自信のある冒険者たちも駆けつけた。
しかしヴィート・シュタクとEAという兵器は、その全てを鎧袖一触。
最後に行われたのは、王侯貴族への大虐殺だった。
ヴィート・シュタク。そしてエンチャッテッド・アーマー。
ブラハシュア王都陥落の日は、この二つが大陸中に響き渡った日でもあったのだった。
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どうしてオレは冒険者ギルドなんぞで、知らない男に殴られて転がって居るんだ。
「ヴィル!」
リリアナが駆け寄ろうとするが、
「おぉっと、待ちなよリリちゃん」
三十歳ぐらいの男がその手を掴んで止める。
痛む頬に手を当てながら、ゆっくりとオレは立ち上がろうとする。しかし強い力で顎を殴られたせいか、足がふらついて、再び突っ伏した。
「……クソが」
「リリちゃんの幼馴染みだったか。悪いがな、彼女もオレも特別なんだ」
北西の地の板張りの床は冷たい。
「特……別……?」
「そうさ。悪いがな、このままじゃお互いが不幸になるってものさ」
そう言って、男はせせら笑う。
どういう意味だ。そいつも称号持ちってことか?
「ヤンさん! 離して!」
腕を掴まれたリリアナが振りほどこうとするが、ヤンと呼ばれた男は解放せず、むしろ自分の元に引っ張る。
「や、やめてください!」
「リリちゃんも分かりなよ。そいつのことが大事なら、余計にな」
「で、でも」
「巻き込むなって言うんだよ、リリ」
「ちょ、ちょっとやめて! やめてください!」
「ここで偶然会ったとは思えねえ。追ってきたのさ、リリが心配でさ。なら、心配する必要はねえって教えてやらねえと」
「……ヴィル」
ヤンと呼ばれた男の腕の中から、リリアナがこちらを心配そうに見つめる。
「チクショウが……」
ガクガクと震える足で何とか立ち上がり、口の中から血の混じった唾を吐き出す。
「ヤツのためさ。さあ、行こうぜ、リリ」
そう言って、ヤツは背中を向け、リリアナの肩を抱いて扉へと向かう。
「ヴィル、ごめん……」
唯一生き残った幼馴染みの泣きそうな声が聞こえた。
それがどれに対する謝罪なのか。
「おい、待て、てめえ」
「まだ立てるのか、気合い入ってんな。そんだけ大事か、リリが」
男は再びこちらに歩いてくる。
オレの襟首を軽々と掴むと、そのまま持ち上げて顔を近づける。
「お前、軍人なんだってな。帝国の。いいか、覚えておきな。オレはヤン・ヴァルツァー。ヴィート・シュタクは千人も王族貴族を殺したが、オレは戦場でもっと殺したぜ」
「ヤンさん、やめて!」
「帝国なんて所詮はあの鎧頼みの弱者揃いだ。オレたちと違うんだ。ま、リリの幼馴染みって言うんだから、これで許してやるよ」
オレはそのまま後ろへと放り投げられ、背中から落下する。木の机を破壊し、床へと落ちた。
気が遠くなっていく。
「ヴィル! ヴィル!」
……何でこんなところで、こんな目に遭ってんだったっけか。
意識が遠くなっていく。
視界が暗転し、その記憶はここまでとなった。
ヴィル。ヴィレーム。そしてヴィート・シュタク。
オレは三つの名を持つ。
一つは一個人を示す名前。
一つは継承権のない皇子としての名前。
最後は、復讐を誓う仮面の男の呼び名として。
その仮面の男として、熱砂に近い荒野で、召喚された聖龍レナーテの幻影を倒した。
帝都に戻り、再び勇者たちを追う任務を与えられて、このボラーシェクの町にやってきたのだ。
ここは亡国ブラハシュアの王都であった場所だ。今は帝国北西地方の町へと姿を変えた。
「……この町の近くにある遺跡、そこで賢者の姿が見かけられた」
そうだ。
リリアナに似た人物がいると聞き、オレはヴィルの姿で冒険者ギルドを訪れたんだ。
「あいつに声を掛けたところで、絡まれて……」
「寝言? それとも目が覚めたの?」
聞き覚えのない声に、体を起こす。
「……誰だ?」
「最初の一言がそれ? ギルドで助けてあげた人間に失礼でしょ?」
「そうかい」
軽く頭を横に振って起き上がる。
ベッドで眠っていたようだ。
しまったな。基地に戻らないと。
「アンタ、ヤン・ヴァルツァーにケンカを売られて、気絶してたんだよ」
「覚えてるさ。ケンカを買った覚えはないけどな」
ベッドの横に立つ女を見上げる。
長く茶色い髪に、少し軽薄そうな印象を覚える顔つき。肩を大きく出したワンピース。平たく言って娼婦のような姿だ。
「お前は?」
「エディッタ・オラーフ。この辺で働いてる娼婦さ。アンタは帝国の軍人さん?」
本当に娼婦だったか。
「助かった。金は払う」
「金?」
「オレを助けたせいで仕事を取れなかっただろう?」
女の反対側を見れば、すでに昇った日が見える。冒険者ギルドに入ったのが夕方ぐらいだったから、一晩眠ってしまっていたようだ。
「そりゃそうだけど、まあそれはいいわ。アンタ、名前は?」
「ヴィルだ。ただのヴィル」
「そう、ヴィルね。ヴィルは帝国の軍人さん?」
「そうだ。さすがに一度戻らないと……」
布団から足を出してベッドから出る。ヘッドボードにかかっていた上着を羽織り、ブーツを履いた。
「はい」
彼女は含みのある笑みでオレに手の平を差し出す。
「ん?」
「お金」
「あん? 今はないぞ。基地に戻ったら、誰か払いに来させる」
「口元。傷も治してあげてるんだけど」
言われて手を当ててみる。口の中にも切れた様子はなく、痛みも感じられない。
「……ああ、ホントだな。助かった。上乗せしとく」
そう言って立ち去ろうとするが、エディッタとか言う娼婦が再びオレの前に立ち塞がる。
「はい」
先ほどと同じように手の平をこちらに差し出して、笑顔を浮かべていた。まあ、美人だな。蓮っ葉な美人という感じだ。
「いやだから、金は後で」
「帝国の軍人さんがやり逃げしたって憲兵隊にチクってやる」
「おい」
「ってことで、お願いがあるんだけどぉ?」
年頃は二十五ぐらいだろうか。一般的な適齢期は成人から五年後、つまり二十歳前後だ。ゆえに若干の行き遅れだが、娼婦ならこの年頃まで未婚で、後に妻を亡くした男の家に、後妻として入る人間も多いそうだ。
何が言いたいかというと、この年頃の女がカワイコぶって笑みを浮かべると、非常に怖いということだ。
「……なんだ?」
オレは今、めちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。間違いない。
そんな表情に気づかずか、気づいているのか、エディッタ・オラーフという娼婦はわざとらしい無邪気な笑みを浮かべ、
「私、帝国軍で働きたいんだぁ。てへっ」
と妙なことをのたまった。
「いいか、ここで待ってろ」
オレは基地に戻って、門の守衛にエディッタ・オラーフを任せる。
「はぁい」
エディッタは波打った茶色い髪を後頭部に巻き上げ、白いワンピースの上に暖色のストールを巻いている。
「……ったく、何なんだ」
オレは黒髪黒目の素顔のまま、基地内部の官舎に入っていった。
そこでミレナ・ビーノヴァーとすれ違う。シュタク特務小隊の年若き女副隊長であり、貴族出身の双剣の名手だ。しかし向こうは、ヴィート・シュタクの正体がオレだと知らない。
ゆえに軽い敬礼をしてすれ違うだけに済ませた。
ヴィルとしては中尉であり、向こうも今は出世して中尉だ。問題はない。
「あの」
通り過ぎようとしたところ、ミレナに声をかけられる。
「何だ?」
「申し訳ない、ヴィート・シュタク少佐をご存じではありませんでしょうか?」
「いないのか?」
「昨晩から行方がわからず……」
目元が落ちくぼんでいる。ひょっとして徹夜で探していたのか? こちらは良い大人だぞ?
だが、申し訳ない気持ちになってしまう。
「先ほど戻ってきた姿を見たのが最後だ。もう少ししたら少佐の執務室に戻るんじゃないか?」
「ほ、ほんとですか?」
「ああ。では失礼する」
「ありがとうございます!」
大きな声とともに敬礼する部下に、オレは背中を向けて手を振りながら去って行く。
そのまま諜報部の一室に、ノックもなしに入り込んだ。
「少佐!」
中にいた男の諜報部員が慌てて立ち上がる。いかにも諜報部という感じで、可能な限り特徴を隠した服装だ。
この男はオレの顔を知っている。諜報部は右軍大将である母の直轄部隊だからだ。
「すまん、遅れた」
「心配いたしました」
「ちょっとイザコザがあってな。位置は掴んでいたんだろう」
「それはもう」
部屋の奥にあったロッカーを開け、中からシュタク少佐としての扮装を取り出す。
銀髪のカツラをつけ左官の軍服に着替え、最後にマスクをかけた。
これでヴィート・シュタク少佐の出来上がりだ。
「何か起きましたか?」
「ヤン・ヴァルツァーという男を知っているか?」
この顔を隠すアイマスクをかけると、他人には本来と違う声に聞こえるそうだ。オレ自身にはいつも通りにしか聞こえないので、わからないが。
「ヤン・ヴァルツァー……。ああ、この町唯一の特級冒険者ですね」
「ほう?」
「弓の腕が特に優れていて、成人して五年で特級まで上がったそうです。噂では」
「称号持ちか?」
帝国は別に称号持ちだからと言って、全てを敵にするわけではない。逆らう者ならば容赦はしないだけだ。
甘さと言えばそうだろう。しかし、皇帝陛下がそう言うなら、それは帝国では是だ。
「は、はい。そう言われていますが、本人は肯定も否定もしていません」
「『魔弓の射手』というヤツか。わかった。ああ、あと一つ」
「はい?」
「すまんが、門の入り口にいる娼婦みたいな女を、オレの執務室まで連れてきてくれ」
「娼婦!?」
オレの言葉を聞いた諜報部の男が、目を丸くして驚いていた。
「少佐? なぜ娼婦がここにいるのでしょうか?」
入室して挨拶を交わした後、ミレナが娼婦エディッタを睨みながら尋ねてくる。
「へえ、これがシュタク少佐。よろしくね」
対してエディッタは特務中尉を無視して、オレの足から頭までを興味深そうに眺めている。
「少佐?」
ミレナの口調がきつい。なぜだ。
シュテファンなら、娼婦がいても苦笑いで済んでいたと思うが……。責任感の厚い新副隊長で何よりだ。
「悪いがミレナ、金を用意してくれ」
「え?」
「ヴィルという男が世話になったようでな。ヴィルはオレの昔からの戦友だ」
「しょしょしょ、娼婦を買うような不届き者が!?」
「ケガをして気を失ったところに、回復魔法までかけてもらったようだ。そうだな? エディッタ・オラーフ」
ため息を零しながらオレは自分の執務用の机につく。
エディッタはその机に尻を乗せ、意味ありげに流し目を送ってきた。
「まあそうだね。ヴィルって男が、ヤン・ヴァルツァーという特級冒険者に殴られて気絶した。私はたまたま冒険者ギルドに依頼を出しに来ていて、見かねてウチへと引き取ったのさ」
「というわけだ、ミレナ。金貨十枚ほど用意してやってくれ」
手元の引き出しの鍵を開け、中から書類を一枚取り出す。そこへサインと金額を入れて、ミレナへと渡した。
「は、はぁ……そういうことでしたら」
「その後、報復行動に入る」
「え?」
「ヤン・ヴァルツァーを仕留める。帝国軍人に手を出せば、特級冒険者など吹き飛ばされると教える必要がある。急げ」
「は……ハイッ!」
生真面目な赤毛の中尉は、敬礼をして駆け足で部屋から出て行く。
ドアが閉まるのを確認してから、オレは娼婦を睨んだ。
「さて、エディッタ・オラーフ」
「な、何よ」
「お前は何者だ」
「え?」
「ただの娼婦とは思えん。冒険者ギルドに依頼を出しに行ったと聞いた。何の依頼だ?」
「……ただの娼婦よ。今はね」
「その耳の辺りに漂う魔素は何だ?」
「え?」
オレの問いにエディッタ・オラーフが目を見開く。
「お前は耳の辺りに何らかの魔法をかけている。かなり巧妙だな。しかも耳だけ。耳を隠す必要のある種族というのは少ない。そこに特徴のあるのはエルフか希少部族の亜人。だがどちらも隠す必要はない。つまり」
そこで言葉を切ると、彼女はため息を吐いて机から降りる。
肩にかけたストールを両腕で広げた。一瞬だけ肩から上が隠れ、彼女はその長い布を肘にかけ直す。
「そうよ。私はハーフエルフ。すごいわね、見破られたのは初めて」
再び彼女の頭部が見えたとき、耳の長さが変わっていた。エルフたちのように長くはなく、人間ほど短くもない。
「それで、ヴィート・シュタク少佐に用事があったのではないのか?」
「いきなり本命に会えるとは思わなかったし、ちょっとビックリしてるのは本当」
机に乗ったまま、彼女は呆れたように肩を竦める。
「どういう意味だ?」
「ヴィル」
「あん?」
「その偽装された声は、マスクのせい? 魔道具かしら?」
「ほう?」
左の袖の下から短い隠しナイフを取り出して、いつでも投げられるよう構える。腰に差したサーベルに右手をかける。
正体がバレたことより、マスクを魔道具と見破ったことに警戒をする。
「もう一度だけ問うぞ。何者だ?」
「そうね。信頼されるために、明かしましょうか」
「娼婦ではないと?」
「娼婦は本当。依頼を出しに行ったのは、研究者として魔物の素材を集めたかったから。ヴィルを助けたのは、勇者の幼馴染みという存在を興味深く感じたから。そしてヴィート・シュタクに会いに来たのは、復讐のため」
彼女は人差し指を顎に当て、妖艶にしなを作りながら微笑む。
「私はエディッタ。エディッタ・オラーフ」
「それで、その正体は?」
オレの問い掛けに、彼女は紅の塗られた唇を開いた。
「称号持ち、『聖女』エディッタ・オラーフ。以後、お見知りおきを。私の剣ヴィート・シュタク」
今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。




