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鎧の魔王のファンタジア  作者: 長月充悟
ヴィート・シュタクという幻想
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08、名を称えよ





 ――撃つしかないのはわかっている。


 標的が射程範囲内に浮いていて、未だ攻撃を仕掛けてこないのだ。


 ――明らかに罠だとわかっていても、撃たなければ撃たれる。


 アダルハイトの考えでは、あの巨大な空飛ぶ船は背後から現れると踏んでいた。だからこそ女神の軍勢を、敵陣包囲のために分散させたように見せかけた。

 実際は高威力砲撃を行える巨人を分散し、いつ背後を取られても良いように備えている。

 だというのに、相手は堂々と正面に現れた。


「だが、敵の頭である皇女はやった。ならばここが勝機か」


 上空から落とした大船は高度を落とし、百ユルもない場所に浮かんでいるだけだ。

 最大限警戒すべき二つは直線上にいる。


「おやおや、目の前にご馳走があるというのに、舌舐めずりですか?」


 地上の一つであるヴィート・シュタクは、眼前で挑発を続けた。

 乗るか乗らないか。

 黒い影の挑発を聞いた王祖グスタフ・アダルハイトは、その猛禽のような風貌を笑みに染める。


「仮にも王祖だ。もっと敬意を持てよ、小僧! 巨人どもは空飛ぶ船を……そしてゴーレムはヴィート・シュタクを討て!」


 ならばと同時に二つを撃つと決めた。

 鎧の魔法に攻撃は効かないかもしれない。だがロークゴーレムのような超高威力魔力砲に晒されては、空飛ぶ船を守ることはできなくなるはずだ。


「王というものを見せてやろう!」


 決断し、前に進む。それが王にもっとも必要な素養だと信じ、彼は腕を上げ振り下ろした。






 皇女の胸を貫いた義賊は、兜の内部から周囲を見渡す。

 帝国の兵器EAと同じサイズの鉄杭が並び立っていた。

 周囲の士官たちはいきなり現れ司令官を殺した義賊に驚き、中にはへたり込んでいる者もいた。


「……この中に代わりになる士官がいるとは思えませんが」


 ――それでも全員殺すべきだ。


 そう女神が囁く。それに抗う術はない。そういう風に構成された体だからだ。抵抗するという考えさえ、浮かんでこなかった。

 確かに自分は義賊で、中央王国の王妃であったという記憶はある。だというのに、悪だと断ずる存在が、後身である帝国しか思い浮かばない。


「お覚悟」


 周囲の軍服立ちを見回し、刃を構える。

 そこへ拍手が打ち鳴らされた。


「お見事ですわ」


 典雅な響きの声を聞き、並び立つ鉄杭の上を見上げた。

 その上にドレスをまとった皇女が足を組んで座り、義賊を見下ろしている。


「……これは?」


 足元に転がる軍服の死体は、皇女だったはずだ。手応えも人間そのものだった。


「魔力体の欠点一つ。肉体がないゆえに、視角でありながら魔素を介して視野を得ている。聴覚でありながら、聞いているのは魔素の情報でしかない」

「つまりこれは」

「ええ、幻覚魔法ですわ」


 軍服の亡骸から幻覚が解かれていく。

 義賊は知り得ないが、それは女神により簡易称号を与えられた人間が、帝国軍により洗脳された姿だった。

 人の姿を偽る魔法など、彼女の時代には存在しなかった。

 いや、存在しなかったことなど、皇女はとっくに調べ尽くしているのだと確信する。

 そして、義賊はその可能性に気づいた。


「……まさか、これは……つっ!」


 珍しく大きな声を上げようとした瞬間、義賊の上半身がぐしゃりと、巨大な鉄杭に押し潰された。


「ええ、そうですわ」


 残った肉塊が魔素へと還っていく。

 片手で鉄杭を振り下ろした彼女は、白いドレスに長い金髪をなびかせて愉快と笑った。


「あそこにヴィレームお兄様はいらっしゃいません」


 はるか上空を、竜が舞っていた。







 アダルハイトが腕を振り下ろす。

 巨大な人型ゴーレムが地上にいるヴィート・シュタクに向けて、魔力砲を放った。

 メンシーク型巨人魔力体が、空中の機動戦闘艦に向け幾多の光を飛ばした。

 その瞬間だった。


「バカが! ってね!」


 テンペストⅡ・ディアブロの姿をしていた黒い影が、陽炎に当てられたかのように揺らめく。

 幻想の魔法が解け真の姿を現し、すでに巨大な防御魔法は発動を始めていた。


「どう? 似てた?」


 そこに立っているのは、仮面をつけた聖女エディッタ・オラーフである。


「何だとっ!? 声姿を偽る魔法なぞがあるのか!?」


 腰と脚のみのEA『アンブロシュ・オマージュ』を身につけた彼女が腕を振い、魔法を発動させる。

 機動戦艦と地上の自身を守り上げるような、魔力障壁が生まれた。小さな都市程度なら、充分に覆えるほどだ。


「さあ、守ってあげるわよ! 貴方たちをね!」


 聖女の称号には、攻撃に関する制約がある。身体能力強化を含め、相手を直接害するような能力と魔法が使えない。

 だから守りの法を、EAの力で無理矢理に歪曲する。攻撃を反射する、最大の防御だ。

 半球状の障壁が巨大ゴーレムと女神の手勢の一部を包み始め、世界を作り上げるかのごとく裏返っていく。


「これが聖女の魔法だと!?」


 グスタフ・アダルハイトが驚愕の声を上げる。

 かつての聖女の兄だった彼は、その称号の手管などほとんど知っていた。

 だというのに、起きている事象は全くの未知であり、理解不可能の現象だった。


「これは研究者の魔法よ?」


 悪戯に成功した子供のように、茶目っ気に溢れた言葉が聞こえてくる。

 包まれた敵の世界は、跳ね返された砲撃の光に包まれ、何も見えなくなっていった。







「アダルハイト!」


 亡霊の聖騎士が、巨大ゴーレムたちに起きた事態に驚き、声を上げる。


「目を離すなんて余裕ね、聖騎士」


 紅蓮のEA、バルヴレヴォIS改『第三聖剣』が、双剣を煌めかせた。


「ちっ、お前の相手を」


 何を言われようと、決まっている。


「お前は泣いている子供を、見捨てることができるのか!?」


 魔力を這わせた剣が、速度を上げた。音さえも置き去りにし始める。

 ――決まっている。あのとき、アネシュカ将軍の遺志を継ぎ剣とすると決めた。


「それぐらいで私の盾を」


 捌こうとしたが、一瞬だけ遅れてわずかに盾を戻すが遅れた。


「私は、その子の母親に頼まれたのだ。息子を頼むと!」


 逆から襲いかかる刃を、王だった聖騎士が右手の剣で弾き返した。


「くっ、追いつかん! 何だこの速さは!」


 返す刃も盾も、段々と遅れ始める。わずかコンマ一秒にも満たない遅延だ。しかし放たれる連撃の数は無数であり、積み重なれば致命的な隙となる。


「その子が泣いている! それがわかる力がある! ならば祖先たちよ! やることなど決まっている!」


 ミレナが叫びながら、刃を振い続ける。 


「間に合わない、だと!?」


 祝福を受けた装備の中で、呼び出された魔力体が怖れを抱いた。

 王になる身として生まれ称号という力を持ち、深い傷を負い廃人となっても奇跡的に蘇った。

 死して呼び出されたとしても、その不屈の精神が負けようはずもない。いわんや今は女神の祝福もあるのだ。

 だというのに、追いつかない。盾を引き戻せず、剣も弾かれたままだった。

 つまり、完全に無防備で、相手の攻撃を受け入れようとしている。


「……私は第三皇子の聖剣なのだから」


 最後は静かな声だった。

 千年前の聖騎士の左肩にミレナの刃が食い込み、反対側から来る一陣の閃光が、彼の首を斬り飛ばす。

 古の英雄は消えいく心で思った。

 ――何かと思えば、母の遺志とはな。ならば勝てぬも道理よ。

 かつて愛した聖女を思い出しながら、彼は納得して消えていくだけだった。






 亡霊たる剣聖は剣を断ち切り、相手には盾だけが残った。

 命を取るには及ばなかったが、それだけでも剣聖に大きく有利に傾いたはずだった。

 しかし、相手は何も喋らず、静かに防ぎ続ける。


「ちっ、このオレが抜けんとは!」


 横に薙ぎ払われる男の一撃が、重い音で弾かれる。

 戦場の空気が大きく変わったのもあり、あまりの硬さに亡霊は焦り始めた。


「心は読めずとも、未来は欺瞞であろうとも、知っている言葉がある」

「ああ、確かに飛んだ道化だ、お前も、オレも!」


 冷やっとした空気が流れた気がし、打ち消すように大声を上げる。

 言い捨てながらも、強烈な一撃を次々と放ち、時には足も使って相手を追い詰めようとしていた。

 だが、不動の盾を貫けない。


「私は未来が見えました。望もうと望まずとも」

「そういう称号だからな! 仕方ねえだろ!」


 この戦いに注視している第三者がいたなら、攻撃を仕掛けている方が追い詰められているように見えただろう。


「私が見る未来には、いつも私がいませんでした」


 隙を作ろうと強引に踏み込んでは、自身の最高速で長剣を振り続ける。

 だが最後の一枚である、聖騎士の盾が突破できない。

 聞けば、一般兵が使うものと大きな違いがない鎧らしい。

 いかに帝国のEAとやらが素晴らしかろうとも、自分は剣聖だ。生身でも強い攻撃力を持っている。

 その上で女神の祝福とも呼べる装備を貸し与えられた。おかげで力も速さも、格段に上がっているはずなのだ。


「うるせえ! 黙って死ね!」


 これ以上死にたくない、という思いを込めて叫ぶ。

 同時に放たれた攻撃は、彼が最高の力を込めた振り下ろしの一閃だった。常人なら何で受け止めようとも両断される攻撃だ。


「輝け、光刃」


 その瞬間、聖騎士の右手に魔力で編まれた剣が生まれる。

 下から跳ね上げるように、剣聖の右の指先を正確に斬り飛ばした。


「があっ!」


 痛みを消し去ろうと吠えた。

 とにかく敵を弾き飛ばして、距離を取る。そのつもりだった。

 しかし相手は腕よりも近い場所まで密着していた。


「私を幸せにすると言った、彼の未来を信じています」


 ――たぶん、とか彼は付け加えたけれど。


 未来なんて、それぐらいで丁度良い。

 兜の中で微笑し、シャールカは盾の先を亡霊の腹に押し当てる。

 千年前の英雄は、ここで未来を見誤る。

 自分を押し退けて、距離でも取ろうというのか。そう感じ取り、相手を殴り飛ばそうと決めた。

 ここで彼は死の気配に気づく。何度も何度も女神に呼び出され、幾度も味わった匂いを感じ取ったのである。

 見下ろす視界に入ったのは、分厚い盾に隠された腕ほどもある太さの刺突兵器だった。


「ですので、申し訳ございませんが剣聖様」


 空気が破裂する音が、すぐ間近で聞こえる。

 盾の内部からだ。

 圧縮された魔素と空気が密閉された場所で小爆発を起こすが、千年前の剣士には理解できない。

 筒の中に設置された太い刺突兵器が撃ち出される。

 開発者であるベルナルダ・ペトルー所長は、これにドワーフらしい名前を付けた。すなわち杭打ち機(パイルバンカー)と。


「貴方に未来は勿体ない」


 その力は、剣聖の腹を抉り取った。


「ぎっ!?」


 死の気配が濃厚な匂いを漂わせる。

 彼の視界の上から、シャールカの光刃が振り下ろされて、脳に食い込んだ。

 魔素へと還りながら、彼は思う。


 ――心が読めないとか、不利にも程があるだろ。


 そんな場違いな感想を抱きながら、彼は十数度目の死へと追いやられていった。







「かはっ」


 肺から空気を吐き出して、グスタフ・アダルハイトは前のめりに倒れかける。

 どうやら仲間である賢者が、咄嗟に守ってくれたらしい。崩れていく巨大ゴーレムと消えていく褐色のエルフを見ながら、彼はようやく気づいた。


「あら、まだ生きてるの? よっぽど生ぬるい攻撃だったみたいね」


 仮面をかけた聖女に呆れられていようとも、今の彼にはどうでも良かった。

 生ぬるいと言われたが、女神の祝福とも言える鎧も破壊されている。充分な打撃力のある攻撃だ。

 それも当たり前である。

 彼は空に浮かぶ巨大な船もヴィート・シュタクも、一撃で吹き飛ばすつもりだったのだから。

 消えていく鎧から生身を晒しながら、周囲の様子を窺う。


 ――仲間たちだけじゃなく、義賊も殺された、か。


 剣聖も聖騎士も自分の側が負け、レギオンや巨人兵たちも、四分の一ほどが消し飛ばされていた。


「ふっ……勝ったつもりか? こちらの称号持ちは消えたが、軍勢は大半が残っている」


 グスタフは制限された思考能力で考える。

 自分は撤退すべきだ。

 メナリー跡地に残っている女神の元に戻り、また新たな戦略戦術を練り直す。

 ここで手勢を失ってはいけない。手勢とはすなわち魔素だ。


「こんだけ派手に魔素を散らして、女神はお冠なんじゃないの?」

「なあに、魔素を悪魔の石に吸い上げられなければ、それで良い。触媒がなくなったからな、オレの仲間の召喚は厳しいかもしれんが」


 強がりだけを見せても、相手が警戒するだけだ。今はともかく、ここにいる軍勢を盾に帰還する。それだけを考え始めていた。

 悪魔が姿を見せていない今が、逃げる最後の機会である。

 自軍の軍勢を乗り込ませ、乱戦に持ち込めばEAもそれなりに討ち取れるはずだ。

 算段を具体的に組立て始めたときにふと、敵の賢者ラウティオラがどこに行ったか、と探し始めた。

 見つけたのは、聖女のすぐ側だ。


「ふふーん、ふんふん。これがこうだから、こうなってぇ……んー、ここはどうしよう」


 地面にしゃがみ込んで、鼻歌とともに土に絵を描いてる。戦闘に興味が失せたようだった。


「はっ、いっそ狂うことができれば、楽だった」


 羨ましく感じつつ我が身の不幸さを嘆く。


「まあ、そうね」


 代わりに答えたのは、仮面の聖女だ。何でもハーフエルフらしい。人間より長く尖った耳が、茶色い髪の間から見えていた。


「……痛み分け」

「痛み分け?」

「というには、こっちの傷が多そうだな、聖女よ」


 フッと鼻で笑い、王祖グスタフが大きく後ろに飛んだ。

 すでにレギオンや巨人兵たちが走り出している。先ほどまでの包囲陣形などかなぐり捨て、ともかく一刻でも早く刃を交えるためだ。


「こっちは何の痛痒もなかったけども?」


 確かに今は、帝国側に何の損害も与えられていない。だが自信ありげに、


「これからだよ」


 と遠くから告げる。


「そうね、これからだわ」


 返した聖女の言葉に呆れが含まれていた。

 グスタフは、制限された思考を巡らせる。

 とにかく乱戦になれば人命は失われる。

 一番の目標はヴィート・シュタク。二番は帝国の主戦力たち。女神から目的をそう決められていた。


「今回は大敗したが、次は」


 レギオンたちに紛れ、グスタフは帝国軍に背中を向けた。


 ――忘れていたわけではない。


 すでに自身は撤退を始めた。だから、それが今更現れようと関係ないと考えていただけだ。

 そんな彼らの頭上で、竜が猛る声を響かせる。

 空から新たな影が舞い降り、地面をわずかに揺らした。


「完敗の間違いでしょう?」


 眼前にそれが現れたとき、アダルハイトは背筋がぞわりと震えるのを感じる。

 まるで千年前に、悪魔と対峙したときのようだった。


「あ、大佐だぁ! 新しい術式覚えたんで、見てくださぁいねぇ!」


 遠くから賢者が嬉しそうに叫んでいる。


「……最高のタイミングで出て来やがる。ここで……」


 苦渋の呻きを漏らすかつての英雄に対し、黒い装甲の塊が恭しく礼をした。


「沢山の魔素をご用意していただいて、誠にありがとうございます」

「ここで! お前か、ヴィート・シュタクぅ!」


 腰を曲げたまま、兜だけを上げている。

 中を透視できたなら、仮面の男が笑う顔が見えただろう。


「それで王祖様。もうお帰りですか?」


 ニヤリと嘲笑するヴィート・シュタクの顔が見えただろう。

 掃討戦が始まった。








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