01、アイとユウキとキボウでも、敵が持てば憎悪に堕ちる
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帝国軍のEA斥候部隊は、かつてメナリーがあった場所で唖然としていた。
ヴィート・シュタクによって都市を大地ごと崩壊の憂き目に遭わされた。今では静かな波が寄せては返す岩壁が出来ているはずだった。
球形に抉れたその場所に、巨大な女神像が建っていたのである。
「……なんだ、これは……」
表面に光沢のある巨大なヘレア・ヒンメルが、薄い緑色に発光している。巨大な宝石から削り出し、幾億年もの歳月をかけ研磨した。そう言われても信じてしまいそうな現実感を持って、存在していた。
「なんという巨大さだ……いや数十ユミル離れても見えるわけだ、これは」
ボウレⅡの中から帝国軍人が譫言のように漏らす。
頭を見上げようとしても、足元からでは何も見えない。
「と、とりあえず本国に報告を。可能なら一部を切り取って……」
「隊長! あれを!」
一機が空を指さすと、巨大な女神像の足元に、緑と金のEAが降り立った。
背中にある白い翼をはためかせ、羽根を舞い散らしながら、音もなく、それは現れる。
「全機、抜刀! 魔力砲撃を」
帝国軍の指揮官が号令を出す途中で、彼らの視界を光が包んだ。周囲を眩いばかりの輝きが満たす。
その光が収まったとき、すでに帝国軍の姿はない。彼らが立っていた場所に、緑色の粒子が悲しげに漂うだけだった。
その隊列は、万全の状態で西へと進軍してくる。
「そろそろ帝都が見えてきちまうんじゃねえのか?」
革の鎧を着た軽装の中年男が、軽口を叩いた。無精髭の四角張った顎が何度も大きな笑いを立てる。
横にいた騎士風の格好をした女性が、男を一睨みした。
「いくら何でも帝都はまだ遠い。そろそろ、その下品な口を閉じたらどうだ? 聞くに耐えん」
「へえへえ。さすがヴラトニアの元騎士様。上品なこって」
ヴラトニアとは、ヴィート・シュタクによって滅ぼされた北西三カ国の一つだ。彼女はそこの騎士階級だった人間である。
「それは今は関係ない。私は女神ヘレア・ヒンメルの呼びかけに答え、義を持って帝国討伐に参加しただけだ」
「そりゃご大層なこって。オレなんかテキトーに殺して強くなりてえだけだけどな」
頭の後ろで両手を組んで、口笛を吹く。その軽薄な様子に女性の騎士は呆れたように首を横に振った。
「貴様のようなヤツは、私がここで成敗した方が良いかもしれんな」
「やれるもんならやってみな。昨日、オレにやられてヒィヒィ言ってたくせによ」
「なっ!?」
男の言葉に一瞬で顔を赤くした女が、長い金髪を振り乱して男に詰め寄ろうとした。
そんな男女を含む集団は、およそ二百の人間の集まりだ。
装備はバラバラ、年齢性別も不揃い、種族もドワーフやエルフ、その他希少部族も含んだ混成部隊だ。
「貴様ぁ!」
「お、やるのか? っと、前が止まったぞ? なんだ?」
掴みかかる女の頭を退けながら、男が背中を伸ばして前を覗こうとした。
女性の方も前を塞ぐ数人の頭の横から、前を見ようと軽く飛び上がる。
「……何者だ? EAか?」
一体の黒い鎧が、集団の進む先に立っている。腕を組み、二本の剣を地面に突き刺していた。
「帝国のヤツか? こっち方面は手薄って聞いてたんだが」
二百人ほどの集団の中がどよめき始める。隊列も何もあったものではない、不揃いの集団だ。一目に統制が取れていないことがわかる。
『ようこそ地獄へ、クズども』
男の声が拡声の魔法を通して周囲に響く。
女性が仲間たちの間をすり抜けて、前に出た。中年男もそれについていく。
「帝国め。たった一人で何をしにきた?」
金髪を背中に流し、凜とした声を響かせる。今にも飛びかかりそうな勢いだったが、中年の男が剣を抜きながら、その前に立った。
「おう、てめえ、ひょっとしてヴィート・シュタクか?」
ニヤリと不敵に笑いながら、中年の男が尋ねる。
彼の言葉に、亡国の女騎士が驚いた。
「ホントか!? 敵の首魁の一人だぞ!」
「たぶん間違いねえ。黒い鎧に若い男の声、オレたち称号持ち二百人の前に、たった一人で出てくるような命知らず。ヴィート・シュタクだ」
「……アイツが」
敵の姿を見た女性が奥歯をギリっと鳴らした後、剣を抜いた。
「ヴィート・シュタク! 覚えているか! ヴラトニアの教都の惨劇を! あのような悲劇をもたらしたお前を、私は絶対に許さないと決めた! 今は女神様に授かった力もある!」
殺意の込められた視線と声に、ヴィート・シュタクと呼ばれた黒い鎧が組んでいた腕を解いた。側に刺さっていた二本の長剣の柄に両手を置く。
『称号? 笑わせる。それでお前らは?』
「我らは義を持って、帝国打倒に、いや、貴様の討伐に参った! アッキラセツのごとき貴様を!」
『……それで?』
興味のない説教への感想のごとく、男は軽く言い放った。女が呆気に取られ、やがて更なる怒りに顔を染める。
「な!? 貴様、言うことはないのか!? この鬼畜が!」
『ないな』
呆れたようなため息まで聞こえてくる始末。
激高した女騎士が踏みだそうとしたのを、中年男が一歩前に出て制した。
「よう、アンタ、一番強いんだってな」
『そうかもな』
「オレぁな、こないだまでずっと、しがない冒険者だった」
『特級か?』
「いや、ずっと四級から三級あたりをウロウロとしていたような、お前の言うとおりのクズだ。だがな、オレなりにずっと真面目にやってきたぜ。そしたら、こないだ、女神が力を授けてくれた。オレは報われた。二十年の努力の結果だ。今のところ、称号持ちの中でも負けなしだ」
好戦的な笑みを浮かべた。男は両手に剣を構え、地面を踏みにじる。
『……やれやれ。せめて努力と結果の因果関係を繋げて欲しいものだな』
黒い鎧が二本の長剣を地面から抜き、歩き出す。
「さあ、今度はお前の番だ。一騎打ちをしようぜ、帝国の英雄さんよぉ!」
冒険者を名乗る男がかかってこい、と言わんばかりに切っ先を向けた。
『一つ、言おうか』
「なっ!?」
中年冒険者はただ驚くしかできなかった。
すでに黒い鎧は目の前にある。そして剣を真横に振り抜いた。防御行動に移る暇すらない。
『オレが復讐に動いたのは、力なんぞ何もないガキの頃だ』
男の上半身と下半身が分かれ、ゆっくりとズレ落ちていく。そこに黒いEAが左の剣を縦に振り下ろした。十字に切られた男は死に絶えた。
「え?」
騎士風の女が呆気に取られ、口を丸く開けた。
『復讐なんぞ、思ったときには始めるべきだ。そうしない選択もまた尊重しよう。だがな』
女の頭が吹き飛ぶ。黒い鎧の回し蹴りで首から上を刈り取られたのである。
『力を得ました。今から頑張ります。降って湧いた力を得ました。ありがとう! おめでとう!! 世界が祝福してくれています!! 何もかもが笑わせる!!』
男が剣を振えば、刃に残っていた血が地面に払われた。
二百人ばかりの集団を見据える。
『とりあえず、全員死ね!!!』
再び殺戮劇が開始された。
ある一人は自らの剣技を高めて戦場に馳せ参じた。
「うおおおおっ!」
魔力を剣に這わせ、称号という加護とともに得た能力で斬りかかる。
だが、その一撃は相手の装甲に阻まれ、甲高い金属音を鳴らすだけだった。
「なぜ効かぬ!」
『弱いからだろう?』
嘲りとともに無造作に突き出された切っ先が、剣士の眉間を貫いた。圧力は止まらず、その首から上が吹き飛んで消える。
ある者は魔法の力を手に、戦闘へ向かった。
「真なる神より舞い降りし、異土より這い出す意思の陣!」
多数いる魔法士の詠唱とともに、銀色に光る魔力の糸が乱れ飛んだ。螺旋を描き回転しながら、黒い鎧の上から降り注ぐ。動きを止めようとする魔法の発動だった。
「なっ!?」
驚きは、攻撃の霧散の直後に零されている。
敵は気にした様子もなく、魔法士に向かい歩き続けていた。
他にもいた魔法士たちが、いずれも強力な魔法で帝国軍の悪魔を打ち倒そうとした。
水、氷、火、熱、光、鉱物、真空、闇。
あらゆる魔素の奇跡がもたらす破壊の力が、ヴィート・シュタクを覆い尽くした。
『バカが』
だが返すは嘲りのみ。
『この鎧の魔王に、そんな攻撃が通じると思うなよ』
損傷と言えるものはない。舞い上がった土埃がわずかにかかった程度だ。
「お、オレたちは女神に称号を」
『煩わしい』
薙ぎ払うように腕を振り払えば、魔力の波が空気を伝い、魔法士たちを実体でもって貫いた。いずれも即死だ。
その次は、田舎村に住んでいた幼馴染みの一団だ。
「に、逃げろ、あんなのに勝てるわけが!」
一人が及び腰になって足を震わせていた。
「お、お前が先に行けよ!」
「そ、そうだ、役立たずだったお前が!」
残りの二人も調子を合わせて、見窄らしい装備の少年に死を押しつけようとしていた。
だが押しつけられた少年は、意外にも好戦的な目を見せる。
「アイツを食らえば、オレはもっと強くなれる」
獰猛な目を見せ、ボロボロの剣を片手で構えて走り出した。
「あ、アイツ、いつの間にあんな速さを!」
幼馴染みの一団が、少年の動きに驚いていた。無理もない。痩せた獣のような彼が、まるで分身するかのように周囲に残像を残すほどの速度で、黒い鎧に飛びかかったからだ。
『下らん』
しかし次の瞬間には、EAの大きな手が、獣のごとき少年の頭を掴んでいた。
「くっ、離せ! 食わ」
咆吼のような叫びがいきなり中断される。ヴィート・シュタクが頭を握り潰したからだ。
「ひ、ひいいいい!?」
「こ、殺されたぁ!」
手についた血を払い落とし、足元に転がった小さな胴体を踏み潰す。ぐしゃりと肉の潰れる音がした。
「にげ、逃げろぉおおお!!」
誰かが叫び、背中を向ける。
中には虚を突いて背中から彼を殺そうと試みた者もいた。
『バカどもが』
そのどれもを一蹴する。
まさに鎧袖一触。
漆黒の鎧が動く度に、女神の加護を得た集団は命を失っていく。
帝国内に侵攻してきたわずか二百人ばかりの女神の手勢は、ヴィート・シュタクにより、十分少しの間に葬り去られたのだった。
惨劇悲劇喜劇は続く。
周囲の死体からは、緑色の魔素が立ち上っていた。
『さあ、来い』
男の命令語とともに、粒子が周囲を渦巻き始める。
まるで桶の底に空いた穴に吸い込まれる水のようだ。
『く……ふ……ハハッ』
辺り一面に残った色は赤色と緑の粒子で、音は男の嗤い声だけ。
黒い鎧に走った赤い線が明滅し、最後に胸部装甲が開いて、悪魔の石が露わになる。
魔素。
生物の内にあるときは魔力と呼ばれ、空に触れるとわずかな光を発する。この世界に満ちた、魔法という奇跡の元となる物質。
EA『テンペストⅡ・ディアブロ』は、魔素を吸収していた。鎧に宿った魔素の王の力を用い、逃がさず敵を悪魔の石へと取り込み続けていた。
帝国軍は東へ進軍する。
女神は緑の極光領域を増やす。
その二つがぶつかり合えば、戦闘が起こる。
つまるところ、人間対神だ。
「消え失せろ!」
今、彼女たちが敵対しているのは、魔力で出来た巨人の軍隊である。
紅蓮の剣聖が刃を振えば、首が飛ぶ。
「はああっ!!」
白の聖騎士の光が放たれたなら、胴に穴が空いた。
「アーハッハッハッ!」
狂気の賢者が腕を上げれば、空から闇色の稲妻が落ち周囲を焼き尽くす。
場所は帝国東部のブレスニーク領と皇帝直轄領との境目だ。
敵はEAの二倍はある五ユルほどの、銀色の巨人たち。それらが地平線を埋め尽くすがごとく、歩いてくる。
天には緑光のカーテンが揺らめいている。
ここは神と人間との戦争の最前線。
「埒が空きません。ラウティオラ! ローク・スケレットを出しなさい! 飛行船トーノ! 準備を!」
盾を構えたEAが号令を出すと、黒い包帯で目元を隠した賢者が手を合わせる。
「あはっ、出し惜しみなしねぇ!?」
「さっさと薙ぎ払いなさい! ラウティオラ!」
苛立ったような言葉に続いて、遥か上空から巨大な装甲が突き刺さるように落ちてくる。その間には、雪のような灰が降ってきていた。亡国ヴラトニアの人骨を砕いたものだと知るのは、帝国軍でもわずかである。
上空にいた飛行船目がけて、巨人たちも強烈な魔力砲を放った。雲を貫き、姿の見えなかったトーノを撃墜せんと光が迫る。
しかしそれも無駄だった。
装甲をつけた黒い竜が吠えた。その上には手綱を引いた竜騎士がEAをまとい、戦場を見下ろしている。
巨大な魔力障壁が張られ、飛行船を狙った攻撃全てが弾かれ、霧散した。
「はいはーい。地と血をかけ、八の四霊、二百の亡骸、灯火を絶やし、憎しみを増やし、なお祈りで汝らを苦しめん」
浪々と謡うように両腕を横に開き、周囲に魔法陣を発生させる。今から呼び出すものの大きさを象徴するような、大積層魔法陣だ。
「魔素の流れ戻り、大地の底より力と還る場所、息を噴き生きよ吹けよ怨嗟の嘆き、復讐の息吹。嗚呼、四を欠けよ、詩を架けよ、死を賭けよ、今まさに、汝らをこの地に再び立ち上がらせん。大禁術
『ネクロマンシー・ローク・スケレット・アーマード』」
地の底から這い上がるように魔法陣の縁へと手をかけ、巨大な骸骨が起き上がる。腕や頭、胸を覆う装甲をつけた姿で出現した。
周囲には膨大な魔素を纏わせ、胸元には腕を組んだ賢者が生えている。
「あはっ、行くわっ!」
童女のように笑った彼女の声で、巨大骸骨が四肢を地面につけ、その顎を開く。
螺旋を描くような光線が放たれ、北から南を、命令通りに薙ぎ払う。
一瞬の間の後、大地をひっくり返すような爆発が起きた。
大反抗作戦の司令部は、赤の飛行船カノーとなった。
左軍総司令のハナ・リ・メノア皇女も、もちろんその中に座している。焦げ茶色の軍服をまとい、輝く金髪を緩やかに後頭部でまとめ、彫像のような笑みを浮かべていた。
「現状、ブレスニーク領の大半は極光下に飲み込まれました」
「加護持ちは増え続けている、と」
将の階級章をつけた士官の一人が、ハナの前で地図を広げ説明を続けていた。
「はい。臣民の大半は女神に従う意向はありませんが、冒険者やメナリーと交易のあった町、真竜国疎開民の一部、ヴラトニアからの移民などが率先して敵対しているようです」
「ブレスニーク聖騎士王国とやらの夢の跡ですわね」
「ですがヘレア・ヒンメルの軍勢、その主力は巨人部隊かと思われます」
「判断した理由は?」
「斥候より入手した情報によれば、ブレスニーク領都を掌握したわけでもなく、配下となり従う人員は少ないでしょう。ならば、あの巨人こそが主力。領都よりさらに西に大規模出現した物を叩けば、我々帝国の有利は揺るぎません」
その提案を聞いたハナは、頬杖をつき小さく頷いた。
「なるほど、そうですわね。位置の把握は?」
「先行量産型の斥候EA『エンパイア・シーカー』を配置完了しました。場所は、地図に示されている赤い点の場所です」
「把握しましたわ。北西部の位置を少しずらしましょう。あとで追って細かく指示します」
「かしこまりました」
説明を終えた士官は、地図も丸め脇に抱えて一歩下がる。
「さて、あとはメナリー跡地にいる巨大な女神像、ですわね」
報告書を片手に眺め、頬杖をついて深く腰を沈める。
そこに描かれているのは、女神を崇める教会ならどこにでもあるだろう神像の姿である。だがこれが、全長数百ユルというちょっとした山ほどの高さを持っていると聞いている。
彼女が珍しく深く考え込んでいると、控えていたうちの一人が手を上げる。
「発言の許可をいただけますか?」
少し歳のいった女性士官だ。ハナは一瞥し書類へと視線を戻す。
「許可しますわ」
「我々は、その女神像の破壊も戦略目標に付け加えるのでしょうか?」
「おそらくは。もっとも、これが何なのかすらまだわかりませんわ」
「とりあえずは、東側から責めてくる女神の軍勢……簡易称号持ちの民兵と魔力体の巨人、レギオンと呼ばれるEA型の魔力体。これらの殲滅を継続する、というわけですね」
報告書に落していた顔を上げ、女性士官の言葉に口元を隠して微笑んだ。
「まあ、攻めてくる女神の軍勢を撃退しているのですから、そうですわね」
皇女の言葉に、相手は少し皺の目立ってきた目元を、ほんのわずかに歪ませた。本人は悟らせまいと思っていたようだが、見逃すようなハナ・リ・メノアではない。
「何かご不満が?」
報告書を近くの部下に渡し、彼女は両手を組んで顎を乗せた。
「い、いえ、そのような」
「ああ、もしかして、女神と戦う必要性についてお考え?」
「そのようなことは」
恐れと戸惑いを隠そうとするが、背筋に走った冷や汗が走り顔が引きつる。
「政治体制を最も簡単に崩す方法をご存じかしら?」
「は、いえ、その」
「簡単ですわ。支配者をすげ替えてしまえば良い。自分たちの都合の良い存在に。帝国史の中でも何度も出てくる戦略ですわね」
「し、しかし女神が帝国に対してどうやって……」
ハナは椅子の上から一歩も動いていないが、たじろいでしまう。その笑みに隠れた感情が読めないというのに、怖れを感じているせいだ。
「称号」
「しょ、称号ですか」
「例えば剣聖ビーノヴァー。称号を得る前は帝国のEA士官の一人に過ぎなかった。しかし称号による圧倒的武力で、少佐まで昇格した。幸い彼女はヴィート・シュタク大佐に従うことを選んだ。ですがもし彼女が望めば、将軍位すら渡すしかありませんわ」
女性士官にも容易にわかる話だ。
敵に回せば一騎当千。そうならないために、厚遇を重ねる必要がある。望まれれば可能な限り答えるしかない。
「仮に女神が『皇帝』という称号を作ったといたしましょう? それをその辺の純朴な農民に渡せばどうなります?」
「そんな不敬な」
「代わりに皇太子殿下に農民という称号を渡せば? すぐに支配体制が変わらずとも、反抗心が増幅され、やがてそれらを利用しようとする者が現れ、早々に国の運営者が変わる。簡単なのですよ、女神にとっては」
女神は彼女に従う者に恩恵を与え続け、不都合なものを排除し続ければ良い。
それだけで世界は変わる。女神にとって都合の良い形にだ。
「はい、そちらの貴方は今は将校ですが、明日から商人ですわ。そちらの貴方、司令官に相応しい称号ですわね。お代わりいたしましょうか?」
ハナが冗談めかして部下たちを指さしていく。
「ではそちらの操舵をされている方、明日から冒険者です。そして貴方」
最後に、質問をした女性士官の元へ、視線が返ってきた。
「貴方は『無能』の称号持ちなので、今すぐ死んでくださいますかしら?」
ふふっと妖艶に笑う。
誰もが固唾を飲み、黙り込んだ。
目の前の皇女ハナは、帝国内でも屈指の権力者だ。今言った冗談すらも実現不可能ではない。
「つまり貴方の人生を踏みにじるわけですわ。もちろん女神は、その称号に相応しい能力を渡してくれます。能力のあるものが相応しい立場に立つのですから、ひょっとしたら今より世界は発展していくかもしれませんわね。もしくは理想郷のようなものが、できあがるかもしれませんわ。全体的には、ですが」
語られる未来に、飛行船カノーの艦橋内が沈黙に包まれる。
士官たちは、もちろん事前に聞いてはいた。だが本当にそれが意味のあることなのか、という疑問を完全に払拭できていなかった。どこか夢現の話と区別がついていなかったのである。
ゆえに説得力以上の雰囲気を持って、ハナは部下たちの心を飲み込んでいった。
「ですから、私たちは挑まねばなりません。誰かにとって都合の良い理想郷ではなく、誰にも都合の良くない自由な混沌の方が」
――まだ世界が面白いと思いませんか? とは口にせず、ただ唇の両端を吊り上げるだけだ。
次回は一週間後。
――
鎧の魔王の反省会①
物語の内容的に、量が倍あっても良かった気がする。




