13、セイヴ
ソニャ・シンドレルは矢を放つ。
兄のテオドアは、幼い頃から弓矢を得意とし、幼い頃から狩りで家計を支えていた。
幼い頃に見た。
数十ユル先の獲物の眉間へ、十歳ほどの少年が放った矢が吸い込まれるように刺さる。
手を叩いて喜ぶ妹へ、兄は面倒くさそう表情の中で嬉しさを隠すようにはにかんだ。
そんな昔の兄の姿を思い出して、魔弓の射手は矢を放つ。
「あらあら」
対する皇女ハナは鉄杭を持ち上げて、横から掬い上げるように回転させた。真っ直ぐ飛んでくる矢に対しての盾とし、攻撃を払いのける。
「今のは良い一撃ですわ」
軍服に金髪という姿のハナが片頬を上げて好戦的に笑う。
「お褒めにあずかりぃ。コンラート君、そろそろどうー?」
すぐ後ろで立ち上がろうとしている青年に声をかける。未だ傷だらけの彼だったが、頭を抑えながら膝をついて立ち上がった。
「……魔力が」
「ごめんねぇ。そんな技能や能力はないかなぁ」
「ああ……」
牙が伸び、目が金色に光る。
形は爬虫類と同じように変化し、右の爪は鋭く細い短刀のように変化していた。体の表面の半分ほどは鱗へと変わっており、足の爪は地面を掴み取るように曲がっている。
「すっかり竜だねえ」
チラリと横目で見ながら、ソニャはハナへと魔力の矢を四発放った。
「……知ってたのかよ」
「レギナさんが教えてくれた」
「あの女は?」
「メナリー」
「ああ、そうかい……ソニャ、オレから離れろ」
「どうしたのぉ?」
訝しげに呟いた瞬間、コンラートが牙を剥いてソニャを背後から襲いかかった。
彼女は咄嗟に飛んで、大きく距離を取る。
「危なっ」
「危険は終わっておりませんよ?」
そこに向けて、ハナの鉄杭が飛んできた。すでに距離は近い。咄嗟に光る矢を放つが、わずか二ユル先で魔力と鉄杭がぶつかった。
弾き損ねた鉄杭が回転しながら、空中にいるソニャのすぐ横を通り過ぎる。
「……皇女様、私が来るってわかってたのね」
地面に着地したソニャが弓を降ろして、ハナを睨む。
「ええ、もちろん」
「なんでそんな鉄杭を選んだかと思えば、魔力や魔素に敏感な私相手に有効な武器だから」
「ふふっ」
「……魔素過敏症を知ってる?」
「もちろん。私が存じ上げないわけありませんわ。それより、そっちの聖龍様はよろしいの?」
ハナに促されて、先ほど背中から襲いかかってきたコンラートの方を見る。
膝を震わせ頭を抱えている。
「あっちも限界かぁ。じゃあ、そろそろ、オサラバしようかな」
「あら? 逃がすとでもお思いですの?」
「逃げるよぉ。狙いはヴィート・シュタクだからねぇ」
ソニャが弓を真上へと向ける。
その動作を見たハナは、身体強化の魔法を使いながら後方へと飛んだ。
「ボウレ部隊、魔力障壁、全機上へ。そっちの学生さんたちも、早くお逃げなさい!」
EAたちの中央へと着地したハナが指示を出す。
離れた場所から呆けたように眺めていた三人へも警告を放った。
「う、上ですか?」
戸惑う左軍の兵たちをよそに、ハナが魔力の矢を上方へと放った。
「お早くなさい!」
「は、はい!」
ボウレたちが魔力障壁を上方に向けて展開した。
魔弓の射手が放った上方への魔力の攻撃は、ある程度上った後、傘のように広がって周囲に広がって、無作為に落ち始めた。とても避けきれるような数ではない。
ハナは近くにあった鉄杭を、今度は回転させながら飛ばす。それは逃げ損ねた三人の学生たちの上へと向かって行った。
「うわああっ!?」
「た、助けて!」
「きゃぁ!」
驚くシモンたち学生に降り注いだ輝く矢を、ハナが投げた鉄杭が回転して防ぎ、地面へと突き刺さった。
「それにお隠れなさい!」
拡声の魔法で飛ばした指示に、赤毛の少年シモンが二人の少女を引っ張って従う。鉄杭に触れながら魔力障壁を発生させた。彼はそれがEAの形を変えたものだと知っていた。だから咄嗟に機転を利かせたのだ。そして少女二人を抱きかかえて、頭を下げてジッと耐える。
ハナたちボウレ部隊の方にも、拡散された魔力の矢が絶え間なく降り注いでいた。
「全く。これだから称号持ちは」
十秒ほどだろうか。学生たちにはやけに長く感じられた。
やがて地面を破壊する音が止み、シモンは恐る恐る目を開ける。
「終わった?」
右腕で抱えていたレンカが、目を閉じたまま問い掛けた。
「みたいだ……」
反対側にいたヴィエノが頬を染め、シモンを押し退けるように立ち上がる。
「も、もう終わったようね!」
「アイツらは?」
シモンも手を離して立ち上がった。鉄杭に背中を預けながら覗き込むようにソニャたちの方を向いた。
「いない……?」
腰を抜かしたままのレンカが呟いた。
シモンは慌てて走り出す。
帝都の方向を見れば、コンラートの後ろ襟を掴んで跳ねるように逃げていくソニャの姿が遠くに見えた。
「チクショウ!」
丘の上から飛び降りて、追いすがろうとしたが、そこへハナが、
「おやめなさい」
と鋭い声をかける。
「こ、皇女様」
シモンは慌てて膝をつき、軍服姿のハナ・リ・メノアへ頭を下げる。
「無事で何より。良い判断でしたわ、シモン・ビーノヴァー」
「お、オレの名前を」
「たまたまですわ」
「……し、しかし、オレたちがいつまでも戦闘を眺めていて逃げなかったせいで、こ、皇女殿下にご迷惑を」
軍学校の生徒である身だが、シモンはハナが鉄杭を自分たちのために投げなければ、ソニャを逃がすことはなかったと思った。
心底から申し訳なさそうに声を震わせる彼に対し、ハナは腰を曲げて肩に手を置く。
「前途ある学生を守れたのです。何の失敗になりましょうか」
「皇女殿下……」
感極まった様子のシモンが顔を上げると、花が咲くような笑みを浮かべて労った。
「さてと、では私たちはこれで失礼しますわ、シモン。あちらの二人をよろしくお願いしますわ」
「は、はい!」
再び頭を垂れた少年を置いて、ハナは帝都へと歩き出す。その後ろを左軍のEAたちが歩いて追いかけ始めた。
「ハナ殿下、よろしいのですか?」
学生から距離が離れたとき、近くに寄ったEAが不安げに声をかけた。
「司令とお呼びになってくださる? それぐらいは認めてくださったでしょう?」
「は、はい! それで司令」
「大丈夫ですわ。作戦通り、次は右軍の出番ですわ」
どこか楽しげに言いながら、皇女は戦場を後にした。
「コンラート君、大丈夫ぅ?」
帝都の城壁の上に飛び乗ったソニャは、弓から素早く魔力の矢を放つ。向かってくる左軍の兵たちを打ち倒した。
「……あ、ああ。少し頭が冴えてきた」
「そりゃ良かったねぇ。後ろから襲われるのは怖いしねぇ」
「すまん……」
地面に落とされたコンラートが頭を振る。その様子を一瞥し、ソニャは帝城アダルハイトの方向へと視線を移した。
彼女はある場所から、立ち上るような魔素を感じ取る。それは城の近くにある大きな敷地の一部から発しているようだった。
「コンラート君、あっちの方向にある基地、右軍の?」
「あ、えっと」
ゆっくりと立ち上がったコンラートは、目を懲らしてソニャの示した方向を見つめた。それだけで遠見の魔法以上の効果が起こる。
「そうだな……あれが右軍の基地だぜ」
「そっかぁ。ヴィート・シュタクはあそこかな」
「わからん……何個か見慣れない建物もあるし、少し様変わりしたかもしれねえ」
「へえ。EAとかもあるかな?」
「妙に警戒が厳重な建物もある。あれの中にEAがあるのかもな」
望遠の効果を解き、小さくため息を吐く。その横ではソニャがわずかに訝しげな目をしていた。
「警戒が厳重な建物ねぇ……」
思い当たることでもあったのか、ソニャは意味ありげな笑みを浮かべる。
「……ソニャ、お前、本当にやるつもりか?」
「ヴィート・シュタク? やるよ」
「……アイツに勝てるとは思えねえ」
「あはっ。私も魔王様を圧倒するような化け物と、正面切って戦うつもりはないよぉ」
「んじゃあ、どうするってんだ?」
「もちろん、大事に隠してるものを狙うんだよ。それで戦力を補えるだろうしね」
ソニャの目線は、年齢の割に小柄なコンラートよりもさらに低い。
聖龍の称号を持つくせに、見上げる瞳から目を逸らした彼は、
「もう諦めてメナリーに帰るんだ、ソニャ」
と説得を試みた。
「んー。それもありかなって思うけどねぇ。でも、ここが帝都だっていうなら、必ずあるはずなんだよね」
「何がだ?」
「見てのお楽しみ。それで、あの基地から魔素が異常に発生してる。そして、帝城の方へと流れてるよ」
「何が言いたいんだ、ソニャ。帰ろうぜ」
「ダメダメ。手ぶらで帰れないよ。どのみちコンラート君の魔力も回復させなきゃ」
「それなら帰りすがら、どっかで魔物でも」
「ううん。帝国の領土から抜け出るなら、そんなことしてる暇もないよ」
「……そうは言ってもな」
「ねえ、コンラート君」
唇の両端を吊り上げ、ソニャは可愛らしい顔で不敵な笑みを作る。
「な、何だよ?」
訝しげな青年を見ずに、魔弓の射手は、
「好き嫌いとか、ある?」
と尋ねたのだった。
「始まったか」
帝城アダルハイトの庭園から、ヴィート・シュタクは右軍の基地から火の手が上ったのを見つけた。
「さて、ここをしっかりと見つけてくれよ」
彼はEAの装甲に手をかけ、中に乗り込む。
悪魔の石を胸の中央に納めた、この世の一つだけの強力なオリジナル。エンチャッテッド・アーマー『テンペストⅡ・ディアブロ』の装甲が閉じられた。
足元には、一つの棺桶が置いてあった。頑丈な木を防腐効果のある黒色の塗料で塗りたくった、少し高級なものである。
「こんなもの、使いたくはないが、逃がさないためなら仕方ないか」
彼が自嘲した瞬間に、大きな爆発音が右軍の基地の方向から聞こえてきた。
眉をしかめ、舌打ちをする。
「存外、楽しくはないな、防衛戦というのも」
そう忌々しげに呟いたのだった。
「……これを食えっていうのかよ」
コンラートが見上げたのは、先代『聖龍』レナーテの死骸だった。
遠目で見つけた彼の記憶にない大きな格納庫の周りには、十機以上のEAが警備していた。
その見張りは全て、ソニャが倒してしまったが。
魔力が枯渇に近い症状だった彼を置き去りにし、ソニャはEAを調達すると言い残してどこかに消えた。
「確かにこれを食えば魔力は回復しそうだけどよ……」
大きさ二十ユルほどの亡骸からは、ひどい匂いがしている。
「……全部は食えないな、量的にも臭さ的にも」
天井から吊り下げられた巨体に、彼はぺたぺたと触れる。
――これが聖龍レナーテ。世界の安寧を守ろうとした物。
表現しづらい泥のようなものが、心の底でゆっくりと揺れている気がした。
「……食うしかねえか。少しでも力を取り戻すために」
先ほどの自分の失態を思い出す。
抗えない飢餓感に襲われ、ソニャの後ろから襲いかかったのだ。そうならないためにも、魔力を補充するしかない。
ゴブリンやオークを食った自分を今でも信じられないが、不思議と忌避感は薄れ始めていた気もする。
「早くソニャと合流しないとな。アイツは何をするかわからねえし」
彼には自分より年下の弟妹がいない。末っ子であるがゆえに、ソニャをどう扱って良いかわかりかねていた。
ただでさえ自分より強い称号持ちである。庇護せねばという強迫観念があったわけではない。何をしでかすかわからず、放ってはおけないとは思っていた。
「……守るため、か」
シモンという少年の顔を思い出す。
幼い頃に自分の住んでいる土地を侵略されたらしい。そんな彼が出した答えは、二度とそういうことが起きないように、守りたいというものだった。
その青臭い信念が眩しかった。
――力か。力こそが正義、というわけじゃねえよな。
彼の元上官であったヴィート・シュタクは、何よりも強い力の持ち主だ。称号持ちすら圧倒し、先代の剣聖を簡単に斬り殺した。勇者や賢者すらも歯牙に掛けなかった。
だが、その一方で復讐に囚われており、敵に対する残虐さは敵味方問わず震え上がらせた。
「……守る力を手に入れるか」
ならば自分は何を守るのか。
――きっとソニャのような存在を守る必要があるんだろう。
――それは、巻き込まれただけの存在を守るためでもあるだろう。
いくつもの言葉が自分の声で脳裏に反響していく。
そこまで考えて、自らの所業を振り返る。
「……そうだよな。ごめん……ごめんな」
兄のヨナーシュを思い出す。必死に家族を守ろうとして、シャールカに殺された。
帝都に戻ってから出会った、クハジーク家に使えていた侍女の言葉が耳に蘇る。
「死んじまえ、か」
そう思われても仕方ない。
裏切ったのは自分だ。軽く考えていたのも自分だ。
初めて、涙が頬を伝わった。
――力がないから守れなかったわけじゃなかった。
考えることから逃げてきた。殺したのは帝国だが、その切っ掛けは自分である。
あのとき、あれ以上死者を出さないために、どんな選択肢を取れば良かったのか、未だにわからない。
――過去の間違いは正せない。取り戻すこともできない。
自死を選ぶのは簡単だ。
――その道を行くしかない。
これからは、何かを守る道を行くしかない。
自らの命さえ省みず、大きな破壊から罪なき者を守れたら良い。
コンラートは、レナーテの亡骸に額をぶつけた。
「守ろう」
噛み締め下の唇に伸びた牙が刺さる。
そうだ、守っていく。この称号を得た意味はそれに違いない。
――守ろう、何かを。
自分の声が、その決意を脳裏に貼り付けていく。
死を賭してでも、守ろう、手に入れた力はそのためだ。
あの少年が決めたように守ろう、色々な物を。
――守ろう、この身に宿る力で。
何度も反響する言葉を、新たな心に決めて。
爬虫類と同じような形の虹彩が、金色に輝いた。
――守ろう。
――世界の安寧を、守ろう。
次回更新は明後日の土曜日予定です。




