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19、最高峰の一つ








「エーステレン、シャールカを頼む」


 男はぐったりとしたレクターを抱え、近づいてきた竜騎士に言う。

 女は何か言いたそうに右手を伸ばしたが、力が入らないのか、その兜までは届かない。

 エーステレンは竜から飛び降りると、シャールカをゆっくりと受け取った。その際に、リリアナの方を一瞥したが、苦痛に喘ぐシャールカの声で我に返り、軽く飛び上がる。竜がその足元に滑り込み、けが人は竜騎士によって帝国軍後方にある陣地に運ばれていった。


「さてと」


 不気味なほど平静な声で、ヴィート・シュタクはゆっくりとリリアナの立つ場所へと視線を向けた。


「久しぶりだな、勇者殿」

「そうだね、ヴィート・シュタク少佐」


 二人の会話は、嵐の前の静けさを思わせるようだった。


「今は大佐だ」

「そう。それで? 何でエリシュカさんとセラさんがそっちにいるのかな?」


 リリアナは黒いEAの後ろにいる義眼の女へと目を向けた。EAの中から送る視線は、冷たい氷のようだった。

 対するセラフィーナ・ラウティオラは、珍しく訝しげな表情を浮かべた。


「……リリアナ?」

「そうだよ、セラさん」

「ああ、セラフィーナ・ラウティオラだった私が、気に掛けてた元勇者よね。そうよ、思い出したわ」

「……だった?」

「だって私はすでに狂ってるもの」


 平然とした顔で、ラウティオラは手に持った包帯を再び目に巻き付ける。それから興味なさそうに背中を向けて、女神がいる方向へと歩き出した。


「そう……セラさんに何かしたの?」

「そうだな。頭がおかしくなっていたからな。洗脳した」

「洗脳……そっか」


 リリアナは左の腰から一本の剣を抜いて、ヴィート・シュタクへと向ける。


「何か言わないのか? 勇者殿」

「……何かあったんだな、ということはわかったし。だけど、それは貴方という障害に勝る問題じゃない」

「冷たいことだな。かつての仲間だろう?」


 やれやれと肩を竦めたヴィート・シュタクの言い方は、明らかに相手を挑発しているようだ。

 対するリリアナは、それを聞いても依然のようにムキになることはなかった。ただ悲しそうに、


「……きっと私が見落とした何かがあるんだろうなって思う。でも、それを聞いても、貴方との戦闘が始まることは、変わらない」

「戦うために来たんだな?」


 ヴィート・シュタクはゆっくりと一歩踏み出した。

 そんな彼の前に、ミレナのEAが遮る。


「ここは私に」

「ミレナ。女神の方を頼む。お前ぐらいしか、信用できるものがいない」


 優しげに自らの部下へと声をかける。ミレナはEAの中で小さく目を閉じ、


「……ヴィル様」


 と何とも言えぬ感情を込めて彼の名前を呼んだ。


「いいな?」

「その言い方は……卑怯です」

「では、よろしくな、ミレナ」


 肩をポンと叩いて、ヴィート・シュタクはリリアナへと足を再度踏み出した。


「さあ、いいぞ」


 ミレナは背中を向けて、女神たちが待つ方向へと歩き出した。

 そして、ヴィート・シュタクだけが、リリアナのいる場所へ向かう。

 リリアナも同様だった。

 剣を携えたまま、一歩一歩と足を進める。

 お互いの距離が縮まり始めた。

 その度に、両者の速度が上がっていく。


「ヴィート・シュタク!」


 剣を振り上げ、上から叩き割らんとばかりに、白銀のレクターが声を張り上げた。


「リリアナ・アーデルハイトォ!!」


 黒いEAもまた、滑り込むように相手へと接近し、右の貫手を相手の首に向ける。

 こうして、一年振りに幼馴染み同士は邂逅した。

 お互いを排除することを目的とした、敵同士として。














「誰か!? 彼女に回復魔法を!」


 帝国の後方陣地に辿り着いたエリシュカは、竜から飛び降りて声を張り上げる。


「どうしたのよ、エーステレン」


 一番最初に姿を現したのは、エディッタ・オラーフだ。

 竜の羽ばたきを聞き、戦場にいるはずのエーステレンが帰ってきたと知って出て来たようだった。


「オラーフ殿! すまない、彼女に回復魔法を」

「レクター? 誰が乗ってるの?」

「シャールカ・ブレスニークだ」

「……ああ、そう。なるほど」


 オラーフは駆け寄る他の治癒魔法使いをチラリと見回す。

 聖女という称号を持つ彼女は、その分野においては世界一だ。ゆえに大した腕前の持ち主がいないことに気づいて、小さく舌打ちをした。


「仕方ない。治癒の加護、ふるいしかみをたてまつらん。あるべきことにあるべきを」


 軽く魔法を唱え、EAの左肩に触れた。優しい光が灯った。わずかな輝きだったので、彼女の体で魔法の正体までは隠せていた。


「治せたのか?」

「失った血は戻らないし、応急処置だけ。死ぬことはないでしょ」


 面倒くさそうに背中を向けて、手を振る。だが、相手の称号を知るエリシュカとしては、その言葉が何よりも安心できた。


「助かる。大佐に頼まれたからな」

「EA脱がしときなさい。初期型レクターは搭乗者に優しくない粗雑な作りだから、体力を消耗するわよ」

「わかった」


 エリシュカは地面に寝かしたEAの前面を開け、兜を上げる。

 そこに見えた銀髪の令嬢の左肩は、確かに治っていた。しかし流れている血の量が尋常ではなく、顔も青白く死人のようだった。


「後は他の人間に任せるのね」


 それだけ告げたエディッタが立ち去ろうとしたとき、


「でしたら、こちらで面倒を見ましょう」


 と声がかかる。


「貴方は……」


 エリシュカが訝しげな声を漏らした。

 戦場に似つかわしくない様相をした淑女だったからだ。


「初めまして、竜騎士殿。ハナ・リ・メノアと申します」


 軽くスカートの袖を摘まみ、お辞儀をする。ハナは常日頃から、戦場に立つ兵士たちには礼儀を尽くす。それが如何に身分が下であろうと、関係ない。

 長い金髪を後ろに靡かせ、白いドレスをまとった美しい皇女の登場だった。その背後にはボウレⅡたちが控えていた。


「申し訳ないが、彼女を治癒するよう大佐に命令を受けている」


 エリシュカは無礼かと思いながらも普段通り言い放ち、EAから出した血塗れの公爵令嬢抱えた。

 無骨な彼女だが、シャールカの置かれている状況ぐらいは理解している。

 本来なら、帝国に連れ戻せば死刑になる女だ。帝国の法が反逆罪を犯した者の家族にまで及ぶことを真竜国時代から知っている。

 それを皇女に渡すなど、処刑台に送るのと何ら変わりがない。今、ここでハナが殺しても、誰も文句は言えないのである。


「もちろん、この場では(・・・・・)治癒いたしますわ。大佐のご命令に戦場で逆らうなど、愚かなことをするつもりはありません」


 少しも安心できない言葉に、困ってしまう。

 今のエリシュカにとって、大佐の命令に逆らうことが一番恐ろしい。見知らぬ皇族に従う意味などなかった。


「申し訳ないが皇女殿下」


 そう彼女が断ろうとしたとき、聖女エディッタが、


「皇女殿下に渡しておきなさい」


 とため息のように声をかけた。


「オラーフ殿?」

「少なくともアンタの手がいらないような戦況でもないんでしょ? そんなに焦ってるってことは」

「……しかし」

「後で私が何とでも言っておくから」


 エディッタが少し脅すような口振りで念を押す。

 それを怖がったわけではないが、エリシュカが戦場に戻らねばならないのも、また確かだ。


「では、お願いする、皇女殿下」

「はい、お任せあれ、竜騎士殿」


 抱きかかえたシャールカは、気を失ったままだ。それをハナの護衛であるボウレⅡにそっと手渡す。


「では、失礼する」


 軽く頭を下げてから踵を返し、彼女は愛竜の元へと走っていった。


「ご武運を」


 微笑みながら手を振るハナに一抹の不安を感じつつも、彼女は再び空を舞う竜騎士へと戻った。

 遠ざかる聖黒竜を見送りながら、ハナは、


「これでシャールカは確保できたと。ありがとうございます、オラーフ殿」


 と後ろに立つ聖女に謝辞を述べる。


「エーステレンが戦場に戻るべきなのは確かですから」


 エディッタは少し嫌そうな顔を見せつつも、大人の態度で流そうとする。


「貴方にとっては、大佐に勝る存在はないということですわね、オラーフ()。ですが、貴方の一言がなければ、彼女はシャールカを離さなかったでしょう。助かりました」


 頭を下げようとするハナに対し、エディッタは、


「ところで殿下、そこの令嬢の身柄を確保して、どうされるんです?」


 と違う話題へと変えた。

 一研究員としての立場である彼女に対し、ハナが何度も頭を下げるのはまずいと思った。聖女であることを知っているかはわからないが、周囲にまで余計な詮索をさせるつもりはない。


「もちろん、帝城で皇族の元で改めて処刑をするだけですわ。城の中なら戦場ではありませんから」


 さも当然と言い放つハナに、エディッタは苦虫を噛み潰したような表情を隠さなかった。


「その理由をお聞きしても?」


 そんな彼女を見て、皇女は朗らかに笑う。


「帝国の法を守るため、というお題目もありますが、そうですわね……」


 美しい皇女はわざとらしく悩んだ後、


「ヴィレームお兄様には、もっと相応しい人間がいると思いますので、未練を断ち切るためですわ」


 と楽しそうに手を叩いて喜んだのだった。












 リリアナの振り下ろす剣を、下から振り上げた腕で弾き返す。


「今更出て来て、またオレの邪魔か! リリアナ!」

「邪魔はそっちだよ! ヴィート・シュタク!」


 今度はお互いが右から攻撃を見舞おうとする。

 強烈な一撃はお互いの体を押し返し、両方ともが大きく後方に飛ぶ。


「いいな、リリアナ。この世から消し去りたくなる」

「それはこっちの言葉だよ。私の世界からいなくなって欲しい」

「しかし、そんなEAをよく用意できたもんだ。大した背景もない一個人が」

「すでに一個人じゃないからね。これでもメナリーじゃそこそこ有名なの」

「ああ……そうかい!」


 言葉尻と同時に左腕から魔力砲を放ち、即座に左側へと回り込んだ。


「今までよりも速い!?」


 二つの行動の速さにリリアナは驚きながらも、対処を開始した。

 右手で腰の剣を抜いて手首の動きだけで投げ、飛来する魔力の塊を撃ち抜く。すぐに左手の剣を盾代わりに、相手の攻撃を受けた。そこに発生した円形の魔力障壁が、敵の爪を防ごうとする。


「それに意味などない」


 しかし敵の攻撃はあっさりと魔力障壁を貫いた。最初から何もなかったかのように、腕を振り抜く。


「くっ」


 数ユルほど吹き飛ばされながらも、空中で姿勢を整えて着地する。


「咄嗟に衝撃を流したか。戦闘におけるカンは上がったようだな。だが!」


 黒いEAが再び走り出す。滑り込むようにレクターの下から姿を見せた。


「読んでたよ、それは」


 冷めたような声でリリアナが呟いた。右手の剣でヴィート・シュタクの首を薙ごうとする。


「どうかな?」


 今度は相手の左手に黒い盾が発生する。暗い色の透明色だった。

 首を薙ぐつもりで放った一撃は、腕に込められた身体強化の魔法により、人間の見える域を超えていた。

 だというのに接触する瞬間に急激に減速し、簡単に弾き返される。見れば黒い装甲の隙間で赤い線が不気味に明滅していた。


「魔法無効化範囲の拡大!?」

「そこがわかったか!」


 咄嗟に首を横に動かし、ヴィート・シュタクの放った右の貫手を避ける。だが通り過ぎた右手が開き、レクターの兜を掴まれた。

 そこに左の膝が白銀のレクターの腹へと突き刺さる。

 だがリリアナも剣を挟み込み、相手の攻撃を多少なりとも軽減し、さらに後ろへと衝撃のままに飛んだ。空中で回転し、地面へ綺麗に着地する。


「……何、そのEAは。常識の範疇を超えて……ううん、EAなの?」


 感嘆したような言葉をリリアナが零したが、黒い鎧の男は片方の肩を竦めて、


「エンチャッテッド・アーマーであることは間違いないな」


 と呆れたように言う。その矛先はおそらくリダリアのエルフにだろう。

 再び距離が開いた二人だったが、今度はリリアナが先に動く。敵に向けて真っ直ぐに駆け出した。


「じゃあ、次はこっちの番だよ」

「させるか」


 相手は白銀の鎧の出鼻を挫こうと、魔力砲を放つ。

 その瞬間、リリアナの背後から何かに引っ張られるように、腰から二つの剣が飛び出した。一度後方に舞った剣が方向を変え、ディアブロの放った魔力砲撃を貫き霧散させる。さらに二つの剣が斜め前方に飛び出し、空中で角度を変えて敵の背後から襲いかかる。


「シャールカをやったのは、これか!」

「防げる? ヴィート・シュタク!」


 急制動をかけ地面を削りながら、背中に差した大きめの剣を抜いて真っ直ぐ投げつける。

 そこから魔力砲を左手で放った。


「特殊な糸に魔力を流して操る自在兵器、というわけか!」


 敵もさすがであり、自分の背後から襲う剣の一つを避け、一つを指二つだけで掴む。

 次に飛んできた大きめの剣に対しては、左手の魔力砲撃で弾いて対処しようとした。

 だが最初に避けた剣の柄から伸びた糸が、直角に何度か曲がり、ヴィート・シュタクの放った攻撃を避けて攻撃する。


「厄介な!」


 ヴィート・シュタクは右手で飛んでくる剣を弾き飛ばした。魔力砲撃の方は装甲に当たる前に霧散する。

 そこにわずかな隙が見えた。


「やあああ!!!」


 気合いの声とともに、リリアナの右の拳が飛んでくる。


「チッ」


 舌打ちとともに、ヴィート・シュタクがリリアナの攻撃を掴んだ。込められた力に押され、彼の体が数ユルほど下がる。

 放たれていたリリアナの自在剣が一斉に空中へと飛び上がり、角度を変え動きの止まったヴィート・シュタクを狙う。

 合計六つの剣が、地面に突き刺さった。

 間一髪か、黒いEAは背後に飛んで攻撃を避けていた。


「これでもやれないか……さすがヴィート・シュタク」


 リリアナが心底感心したように片手を上げる。

 放たれていた六本の剣が再び浮かんで、引き寄せられるように鞘に収まった。

 そうして、三度、距離を取って睨み合う両者となる。


「中々考えられた動きだな。正直、驚いているよ、勇者殿。強靱な糸を操る蜘蛛……地底大グモかアラクネか。そういった冷静な狩猟魔物のような動きだ」

「貴方に誉められても嬉しくない」

「貴公にそんなことができるとはな。常人の思考能力では、六本も同時に操れまい」

「謎解きにも種明かしにも付き合う気はないよ、ヴィート・シュタク」

「なるほど。それならあるいは、ミレナに勝つこともあるかもしれん。あるいはラウティオラに勝ることがあるかもしれん。だがな、勇者殿」


 腰を落として両足を開き、ヴィート・シュタクは再び右腕を引いて構えを取る。


「何?」


 それに呼応して、リリアナもまた背中の剣を右手に携えた。

 黒いEAの装甲の隙間に、赤い光が灯る。

 まるで何かの脈動のように、規則的に明滅していた。


「それでも、このヴィート・シュタクとディアブロには勝てんのだ!」


 もはや消えた、と言ってもいい。

 リリアナに宿る称号の力を持ってしても知覚できない速度に、一瞬で達した。


「なっ!?」


 それまでほとんど感情に乱れを見せなかった彼女が、初めて驚きの声を上げた。


「やはりこの場で消え去るがいい、リリアナ・アーデルハイト!」


 全方位に魔力障壁を張ろうと、相手はそれを易々と貫通する。物理的に防御するしかないというのに、知覚すらさせない。


 ――速すぎる!


 リリアナが二つの思考を回すよりも先に、帝国の悪魔は彼女の眼前に現れていた。



















次回投稿はおそらく明後日です

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