第20話:順位表から始まる
六月初頭。
夏の気配が日に日に強まる今日この頃。
既に高校では制服が衣替えになり、男子生徒はワイシャツ、女子もシャツにリボンを備え付けただけの簡易的なモノを身に着けるようになっていた。
気温も20度後半という、もうほぼ夏みたいな一日が続いている。
そんな暑い日にも関わらず、一学年の教室が並ぶ廊下には現在多くの生徒達が集まっていた。
張り出された大きな紙には、中間テスト順位表の文字が書かれてある。
総勢198名、一学年の生徒全ての名が記載され、そこに学力順で公表されていた。
放課後という事もあり、たくさんの生徒が詰めかけているおかげで、気温以上に暑い気がしてきた。
落胆、悲観、歓喜、絶叫。
喧騒が広がる中で、俺は前方にある多くの真っ白な背中越しからつま先立ちをして、何とか自分の名前、”鷹宮仁”の順位を探した。
「……あ、23位か。まあまあだな」
見つけ出した順位、そして総得点を確認すると、大体75点平均といった所だった。
丁度これくらいの順位を狙っていたので、特に不満はなかった。
もっと勉強すれば取れたのだろうが、先々週の土曜日はクラスのアイドル、白花朝姫とデート? のようなものをしていたわけで、多少点が下がるのはしょうがないだろう。
そう納得する俺とは対照的に、隣にいる幼馴染兼唯一の友達である藤堂英虎は僅かに顔をしかめて、
「……98位……か」
重いため息と共に言葉を吐きだした彼を横目に見る。
「……なんとも言えない順位だな。どうせならもっと低ければ面白かったのに」
「テスト結果に面白さ求めてらんねえよ。将来がかかってんだからな」
「いや、真面目か。不良の口から出る言葉じゃないだろ」
雑談をしつつ、何となく気になったので適当に順位表を見ていく。
クラスメイトの名前がちらほらと確認できた頃、声と共に誰かに肩を叩かれて振り向く。
「た、鷹宮! 見たか? あたし朝姫に勝ったぞ!」
視線を下に向けると、目を輝かせるロリっ子美少女、新川由愛の姿が。
そんな彼女に続いて、クラスの女子カーストトップ層が続々とこちらへやってくる。
「ゆ、由愛ちゃんに負けたー! ちっきしょー!」
「……ふふ、やっぱり何度確認しても49位。これも全部鷹宮のおかげだ、サンキューな!」
「今回は頑張ったもんねー、由愛ちゃん。ちなみにわたしは18位ですけど」
「……静流、空気読んで」
「あーしらとは別次元ね、あ、綾瀬は156位か……」
「……莉子だって同じくらいでしょうが」
集まってきたのはクラスのアイドルである白花に始まり、新川、川瀬、綾瀬に栗原。
皆、タイプが違う美少女たちは、何より人の目を惹いていた。
ここには他のクラスの生徒達も多いので、彼女らと接すると俺達まで注目されてしまうのだが。
そんな俺の思考など軽く無視して、グループの中央から進み出た白花が俺の隣に並んで堂々と話しかけてきた。
形の良い顎に手を添えて、ふむふむと頷きながら。
「ほー、鷹宮くんは23位か。てか、静流に負けてんじゃん。鷹宮くん負けてんじゃん」
「……なんだ、その二回言って印象付ける感じ」
長袖シャツを捲り、胸元を僅かに開けている白花は八重歯を覗かせニヤッと笑った。
僅かに頬を上気させて笑う姿に、多くの男子生徒が見惚れるのが分かる。
しかし、可愛さとウザさは別だ。
「……白花は56位か。点数を見ると……あれ、俺、全教科勝ってるわ。もしかして白花、今回は勉強してないのか? しててこの点数だったらちょっとな。え、してないよな?」
「ももももちろんですわよ!」
「……ふふ、鷹宮、ちょっと言い過ぎだぞ」
たしなめるように言う新川だが、その表情はどこか楽し気だった。
関係は変わっていないように見えて、確実に変化している。
中間テスト前、白花の元カレである三沢竜司という男とひと悶着合ってから。
何故か白花、そして彼女を中心としたグループと、俺や藤堂は更に仲良くなってしまった。
それもこれも事件の当事者でもある白花が、俺に何かと話しかけてくるようになったから。
彼女としてはもう普通の友達みたいな感覚なのかもしれないが、俺としては美少女が手を振って近付き、軽くボディタッチしてくるだけでドギマギするのでやめて欲しいものである。
勿論、このドギマギという意味は、別の意味も含まれているわけで。
「おい、白花さんと仲良さげに話してるの誰だ?」
「……さ、さあ……」
「横にいる奴は分かるぞ、藤堂だ。中学の頃、複数人で喧嘩挑んでも手も足も出ないって噂のすごい不良……」
「マ、マジかよ。そんな奴と隣にいるとか。アイツ、何モンだよ」
「ポ〇モンか〇ジモンか陰気モン」
「……少し黙ってろ」
ついにテスト以外の所、白花達と談笑する俺達の方に注目されだした。
多くの生徒らが集まるこの場では何かと話しづらい。ここは一刻も早く退散するとしよう。
そう思い藤堂に目配せしようとしたら、既に隣には彼の姿はなく。
「はぁ、赤二つあるんだよなぁ、俺」
「マジで? じゃあ藤堂くんはうちら側じゃん。一緒に補習受けようねー」
「……あー、怠いけど少しは気が楽だな。何せ二人の美少女と一緒にいれる口実ができたわけだ」
「……え、今、あーしらひょっとして口説かれたー? きゃー、えっちー」
「いや、えっちな事は何も言ってねえけどな」
「……び、美少女とか……いや、まあ、そう、なんだけどね?」
「認めちゃうのかよ」
彼は二人のギャルとイチャついていた。
栗原は軽く笑って流しているように見えて、薄らと頬を赤らめている。あれは確実に照れているだろう。
そして綾瀬も満更でもなさそうな反応で、もしかしたら二人共脈ありなのかもしれない。
しかし、その楽し気にわいわい会話する藤堂の姿に何だかイラっとしてくる。
容姿を褒める言葉がサラッと出てくるあたりが。
いや、状況を選んでくれれば別に構わないのだ、彼が誰とイチャつこうと。
しかし、人の目を忍ばないバカップルみたいにはなってほしくないと思う。まあアイツなら大丈夫だと思うが。
でも、こうなると一人寂しくフェードアウトするしかないわけで。
早速、賑やかに話し込む白花と新川、それに川瀬からそっと離れて、俺は一人踵を返す事にした。しかし、呼び止める声が聞こえて思わず肩を跳ねさせる。
「あ、鷹宮! ちょっと待ってくれ!」
「……どうかしたか?」
駆け寄ってきた新川は、いそいそとカバンに手を突っ込み、
「勉強教えてくれたお礼……なんだけど、これ。口に合うかどうか……」
そう言い、彼女は少々もたつきながらカバンから可愛らしくパッケージされた小袋を取り出し、俺に手渡してきた。
それを流されるまま受け取り、透明な袋の中身を確認する。
「……お菓子か?」
「あ、ああ。クッキー焼いたんだ。もちろん自分でだぞ? あ、で、でもあんま期待はしないでくれよ?」
袋にはピンク色のリボンが結んであり、如何にも女子の手作りといった風である。
大事な事は二度言うが、女子の手作り、である。
「……いや、ほんとありがとうございます。なんかもう土下座したい気分だわ」
「い、いやそれどういう意味だ⁉」
気持ち的にはマジで嬉しいのだ。
端的に言うと最高である。
今が生きてきて良かったと思える瞬間だ。
女子の手作りクッキーなんてものを貰えるのは、まさしく限られた男子(リア充)だけなのだから。
しかし、こんな人の目が集まる場所で手作りクッキーなんて渡された日には、陰キャ男子にとっては非常に肩身が狭い訳でありましてね。
そしてやっぱり俺のそんな思考は彼女達に届かないわけで。
「鷹宮には世話になったからな。こういう所はちゃんとしとかないと」
「……いや、別にお礼なんて。そんな大した事教えたつもりはないんだが」
「いいんだって。これはあたしの気持ちだから。あ、でも、その……感想とかは、べ、別にいいからな?」
あたしの気持ち。
そう彼女が言った瞬間、周囲がざわついた気がしたが、気のせいだろう。
そういう事にしておくべきだ。
「むぅ……」
しかし、クッキーを手に取った俺を、隣に来て上目遣いで俺を見つめる白花。心なしか非難するようなその視線を怪訝そうに見つめ返し、なるほどと納得する。
彼女は新川の手作りクッキーが羨ましいのだろう。
「流石にこれはやらんぞ?」
「わ、分かってるわそんな事! あたし、もう委員会あるから行くね!」
プイッとそっぽを向き、白花はずんずんと廊下を進んでいく。
その姿を首を捻って見送れば、新川が話題を変えるように尋ねてきた。
「そ、そういえば鷹宮は委員会どこに入ってたんだ?」
「……美化委員だな」
「あー、そういえばやる人いなくて自動的になったんだっけか」
「まあな」
高校の委員会なんて、結局どこも大した仕事なんてしてないと思う。だから余り物でもいいやと深く考えず選んだわけだ。
すると、川瀬がタレ目気味の瞳を大きく見開き、
「え、じゃあ”眠り姫”と一緒の委員会なんだね」
「眠り姫……?」
「あれ? 聞いたことないかな。隣の一組のクラスにいるすごい可愛い子でね。結構な頻度で授業中とか休み時間は眠ってるらしいからそう言われてるんだって」
「……へえ、そう」
そういえばいたような気がしないでもない。
どうせ俺とは関わらないだろと思って、よく見ていなかったから詳しくは覚えていないが。
「でも彼女、鷹宮くんと一緒で授業中に眠ってるわりに成績はトップなんだよねー」
「……トップ、つまり一位って事か……」
順位表を見ていくと、1位の欄には確かに女子の名前が書かれてある。
月待紬。
噂になる程の美少女だ。容姿はさぞ整っているのだろう。
しかし、どうせ俺とは関わらないと思うので、覚えなくても良いはずだ。
そう一度は思ったのだが、ふとこの思考にどこか既視感を感じた。記憶を探り、直近の出来事を脳裏に思い浮かべる。
すると、
「……そういえば白花と隣になった時も……」
薄らと背に冷や汗が流れる。
「いやいやいや、偶々だろ……」
口の中で呟いた言葉は、周囲の生徒達が奏でる喧騒に呑まれて誰にも届かなかった。




