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98/154

98:いいテストプレイヤーになってくれそうなので、それなりに大事にはしたい

 海と空。

 明るく爽やかな二つの青に挟まれて浮かぶ一隻の船がある。


 それはしかし、遠目にも明らかに現役の旅客船ではない。


 砲塔を備えたそれは軍艦。それもどうにも古めかしい型のものだ。


 実際そのボディには何十年もの間海底にあったかのように錆やフジツボがびっしり。

 さらに海草やらなんやらが砲などに絡んだ有り様は、まるで今まさに浮上してきたかのようにも見える。


 その晴れやかな海と空にそぐわぬ、じめりとした雰囲気は、無念に沈んだ兵を抱えているようで。

 まさに近現代の幽霊船と呼べるようなモノであった。


「よっしゃー! 今までにないステージだーッ!!」


 しかしボロボロの甲板を走り回る乗組員は、古い軍服姿の骸や骸骨ばかりではない。


 真新しい水平服に身を包み、血色良く活力に溢れた男女は、スリリングディザイアのスタッフアガシオンズである。


 つまりこの軍艦はスリリングディザイアの新エリアの一部、幽霊軍艦「生駒」なのである。


「ヘヒッ……新鮮さを、みんなも楽しんでくれてて……何より……見た目の鮮度は、ともかく……ヘヒヒッ」


 そんな水兵風のアガシオンズとゴースト水兵たちが動き回る甲板を艦橋から見下ろした様子を眺めて、のぞみは唇をつり上げる。


 しかし、今のぞみがいるのは幽霊軍艦の艦橋ではない。

 いつも通りの、スリリングディザイアの最奥であるのぞみ部屋である。


 幽霊軍艦の生駒は甲板を含めたダンジョンエリアの奥に、スタッフ用のエリアと繋がった部分があるのである。

 つまり外から見える生駒の艦橋は飾りで、本来の艦長室は繋がってはいても全く別の場所にある、と言うわけだ。


 このために幽霊軍艦生駒はボスの控える海上ダンジョンとしても良し。逆に海中に挑む際の拠点、スタート地点として配置しても良し。という大変柔軟な運用ができるものとして仕上がったのである。


「ヘヒヒッ……一般開放前の、テストアタック……ヘヒッ」


 しかしそれはそれとして、お決まりのテストは断じて怠らない。

 のぞみ自身で一応は一回りした後であるが、より運動能力が高く俊敏な、本職探索者に近いアガシオンズたちによるさらに実戦的なテストを、という新ステージ完成直後お決まりのパターンの途中なのだ。


『それはそれとして……なぜこちらまで巻き込まれなければならないのだ……?』


 そこでスピーカー越しに聞こえた来た声にのぞみが目をやる。

 するとそこには大写しになったものとは別に映像ウィンドウが開かれてある。


 映像の中には、長い黒髪を結ってまとめた引き締まった体の女の姿がある。


 その見るからに戦うために鍛え上げた、恵まれた体の持ち主はサンドラ。

 そう、カタリナ一派の女戦士であり、のぞみを不意打ちに襲ったあのサンドラである。


 しかし今の彼女の姿は襲撃をかけてきたときの全身鎧姿ではなく、水中にあっても動きやすそうな、水着同然の格好であった。


『答えろ! なぜこちらが貴様らの道楽に付き合わされなければならないのだッ!!』


 そんな実に身軽な装いの女戦士は、素早い返事がないことに焦れて画面ごしに凄む。

 しかしそんなことをすればコミュ障ののぞみには逆効果。

 せっかく伝えるべき言葉を探して組み立てていたのに崩れて萎縮してしまい、喋るどころではなくなってしまう。


「おいおいサンドラよぉ。捕虜落ちしたお前がずいぶんな口の聞き方するもんじゃねえかよ?」


 だから代わりにボーゾが応対する。


「俺たちに潰されずに取っ捕まったお前が、縛られもせずにいられるのは、いったい誰の温情のお陰だと思ってんだ? なあオイよぉ?」


 このチンピラめいた言い様のとおり、サンドラは現在スリリングディザイアで捕虜として捕らわれている身の上だ。


 ベルノのために襲撃は空振り、そして魔神たちによって飯の詰め込みと着飾りと。

 そうこうしているうちに、のぞみとサンドラが気づいた時にはスリリングディザイアに捕まえて連れ帰っていたのだ。


 そして襲われたとは言え、拘束したままというのは気の毒だと、のぞみのとりなしで比較的自由な振る舞いを許されているのである。


『クゥッ……こんな、縄を打たれた上に情けをかけられるなど……こんな辱しめを与えるくらいならば……いっそ斬れッ!?』


「んなクッコロは縛るの止めた時にもうもらってるってっーの。他に言うこと無いのかよ?」


 しかし温情を屈辱だと顔を歪めるサンドラに、ボーゾは不快げに眉をひそめる。


「第一よぉ……斬れって喚くくらいなら自分でやれってんだよ。それくらいの自由はのぞみが許してるんだからよ。斬れって喚いたその時にはすでに腹を切ってろってんだ!」


 吐き捨てるようなこの言葉に、サンドラは苦し気に呻く。


『だが……! 縄は解かれていてもこの胸の刻印がある限り、こちらに真なる自由などは……ッ!?』


 そう訴え見せる通り、サンドラの左胸にはスリリングディザイアの印が刻まれている。


 これは単純なタトゥーなどではなく、刻み付けられたものの行動を制限する力がある呪術的な刻印である。

 全面的に協力を約束している要と違って、サンドラはこれを刻んだからこそ、ある程度の自由が許されているのである。


 しかし、この縛られているとの主張をボーゾは鼻で笑い飛ばす。


「なーに言ってやがる。真剣に欲して望んだことなら制限なんざパスできるぜ?」


『な、何を根拠にそんなッ!?』


「おいおいこの俺、欲望の魔神ボーゾ様が刻み込んだモンだぞ? きっちりかっちりに制限なんざしてるわけねぇーだろーが!? だのに出来ないってのは本気じゃねーってことと違うかッ!?」


「ど、ドヤ顔で言うこと、か……ヘヒヒッ」


 ガバガバセキュリティを堂々と明かすパートナーに、のぞみは控えめなツッコミを入れる。


 だがそんなマヌケなやり取りに反して、サンドラの方はがく然としている。


『ば、バカな……本気でない? こちらの思いが口だけのことと?』


 認められない。認めなくない。

 ボーゾから突き付けられたものから目をそらそうとするように、サンドラは頭を振る。


『そんなことがあって、たまるかぁああッ!?』


 やがて呪縛を振り切ってやるとばかりに気合を一つ。

 剣を抜き放ち、その切っ先を己の胸へ、刻印へ沈めようとする。


『……バカなッ!?』


 が、ダメ!

 全身全霊を込めたであろう自刃は、誰に止められるでもなくサンドラ自身の腕がブレーキをかけたことで、薄皮一枚破らずに終わる。


 この結果に、のぞみは安堵の息を吐く。だがサンドラ当人には当然不本意な結果で、苦々しく顔を歪める。


『おのれがッ!? なぜだッ!? なぜ止まる、止めてしまうッ!?』


 そしてムキになって繰り返し刃を突き立てようと試みる。

 しかし何度繰り返そうと結果は同じ。刃はほんのわずかにもサンドラを傷つけるようなことはない。


 その様子を横目に、のぞみはこっそりと胸元の相棒に耳打ちを。


「……ど、どうなの……実際、どれくらいの欲望パワーでなら、振り切れる……?」


「別にそんな無茶なパワーが要るようにはしてねえぜ? 人間一人が出せるもんだしな。余裕余裕!」


「ぐ、具体的、には?」


「そーだな……のぞみの生きたいって、パークの誰も渡したくねえって、それくらいの欲望でやることなら邪魔は出来ねえな。なんせ、この俺が地球に引っ張り出されちまうレベルの欲望だからよ!」


「ヘヒッ……そんな、無我夢中なの……頭で考えて出せるのじゃ……ない、気がする……ヘヒヒッ」


 ボーゾのニヤリと笑みを浮かべての答えに、のぞみは引きつった笑みを返す。


 確かにボーゾが言う通り、のぞみが一人で発揮した力ではある。だがしかしどちらも自分の命やそれ以上に大事なものが失われる、奪われるかする瀬戸際でのもの。

 それを意識して絞り出せなどと、のぞみにしてもできるものではない。


「……な、なんという、無理ゲー……ヘヒヒッ」


 しかしサンドラは元々ベルノたちが捕えた敵である。ある程度の自由を許すのなら、この程度の拘束は当たり前の措置の範囲だと言えた。

 身内が自分の安全を思っての事でもあるし、襲われた身としては完全に野放しにするのも恐ろしい。のぞみとしても刻印を外すようにとはとても言えたものではなかった。


『はいそこまで。いい加減にムダなことの繰り返しは止めたらどうかしら?』


 そんなのぞみとボーゾの話の一方、サンドラが延々と繰り返していた不毛な自刃未遂を止める手がある。


『飾り立ての……』


『美の追求者、と言って欲しいわ。道は違えど、アナタと同じ求道者のつもりなのだけれど?』


 止めたことに恨めしげな目を向けるサンドラに、しかしザリシャーレは涼しい顔でそれを流して腕を下げさせる。


『まあアタシの呼び方についてはいいわ。それより、いくら今の状況から逃げようって自殺しようとしてもムダよ。アナタの本当の欲望が、それを絶対に許すわけがないんだから』


 このザリシャーレの言葉に、サンドラは返す言葉もなくうめくばかり。


 彼女の真なる欲望。それはかつて自分達を率いていた英雄の復活。そして彼と生きて再会すること。

 それを果たすまでは死んでも死にきれたものではない。


 この共通する望みがカタリナたちの同盟を繋ぎ止める楔なのである。

そして、今サンドラの自害を阻み、この世に繋ぎ止めている命綱でもある。

 呪印の効果は、この思いがあればこそなのだ。


『何にせよ、今はどうにもならない自己破滅よりも、生き延びるためにどうやって行くのかを考える方がよほど建設的じゃあ、な・い・か・し・ら? ただ意地を張って抗うか、それとも?』


『……分かった。やればいい、従っていればいいのだろうが……!』


 ザリシャーレの囁きを受けて、サンドラは不承不承と態度に出しながらうなづく。


『あら? あらあらあら。従えばいいだなんて。アタシは別にどっちでもいいんだけれど?』


『ああ。こちらの都合も意地も、そっちにはお構いなしだろうからな。気にも留めていないのだから構わんのだろうさ』


 挑発的なザリシャーレの言葉。これにサンドラは吐き捨てるようにして返す。


『だが勘違いはしないことだ。こちらはあくまでも貴様らのかけてくれたまじないを振り払う強さを得る修行にと、迷宮に潜るに過ぎない……いずれこちらに手心を加えたことを後悔させてやるのだからな、心しておけ!』


 そしてモニター越しにのぞみにも吐き捨てて、召喚した鎧兜を身に纏う。


「……ヘヒッ、さすがに……上手い、ヘヒヒッ」


「だろ? 欲望をくすぐらせたら俺たちはちょっとしたもんだぜ?」


 口ではなんやかんやと言いつつも、しかし建設的な方向に頭を切り換えたサンドラ。

 その誘導の手腕にのぞみが感心の目を向け、ボーゾがドヤ顔を見せる。


 しかしその一方、今まさに攻略に乗り出そうと鎧をまとったはずのサンドラは動かない。

 いや、厳密に言えば何かをこらえているかのように震えていて、足を踏み出そうとしないだけなのであるが。


 のぞみはその様子を怪訝に思い首を傾げる。


『武骨すぎて着れなぁああああいッ!!』


 と、同時にサンドラは兜を放り投げて、身を包む鎧を弾き飛ばす。まるでリアクティブアーマーかなにであったかのように。


『なんなのだ、これはッ!? 怖気がする、吐き気もだッ!? このサンドラが、今まで愛用していた鎧に拒否感を感じるだなどとッ!?』


 そうしてビキニアーマー姿に戻ったサンドラは、その場に四つん這いになる。

 荒い呼吸を繰り返しながら疑問の声を上げるその姿から、彼女の叫ぶ拒否感が、いかに強烈なものであったかがうかがえる。


『それはそうなるのも無理もないんじゃないかしら』


 対してその近くに立つザリシャーレの反応は冷静そのもの。

 何か知っている風なその口ぶりに、サンドラは刃にも似た鋭い目を向ける。

 剣を突き付け答えを強要するような物騒な視線。

 だがしかし突き付けられた当人のザリシャーレは涼しい顔で続きの言葉を口に出す。


『もっと洒落た鎧を選ぶように。そんな欲求も印には仕込んであるのだもの。今まで使ってたような硬いだけのカッコ悪いのなんかそりゃ受け付けられないわよ。戦士とは言え、もっと華やかな装いをするべきじゃないかしら』


『おのれッ!? 装備まで縛りつけようだなどと!? こちらの趣味嗜好は全否定かッ!?』


『あら? ホントに好きで着てるなら、そんな拒否感は出ないはずだけど? 使い込んだ愛着はともかく、アナタもカッコ悪いとは思ってたんじゃないの?』


『……もうちょっとカッコよくはならないものかー……というくらいには……』


『正直で大変によろしい。まあそんなわけで、実際のところアナタが我慢して抑えてた欲望を解放しただけでしかないのよこれが』


 目をそらしつつも誤魔化しなく内心を語るサンドラに、ザリシャーレは満足げにうなづく。


『あと、アタックに乗り込むならボチボチ急いだほうがいいと思うわよ? あと倒そうって狙うなら魚類系のがおススメね』


『何を言って……?』


 そして装飾の魔神が続けて語り出したアドバイスに、サンドラは訝しげに眉をひそめる。が、直にこの助言が意味するところを実感することになる。


『は、腹が……空いて、いく……?』


 サンドラの腹が声を上げて空腹を訴え始めたのだ。それはもう可愛げも何もなく、盛大に。


『ああ、始まっちゃったわね』


『何が……? 何を……ッ!?』


 サンドラは唐突な空きっ腹を抑えながら、混乱のままに訳知り顔のザリシャーレにたずねる。


『こっちはアタシのじゃなくてベルノが解放してたヤツね。名前聞いて察しはついてるだろうけど、食欲の抑えが利かなくなっちゃうのよ』


 簡潔な説明を受けるや、サンドラは抗議の声を上げる腹を抑えつつ、剣を支えによろよろと歩き出す。


『お、おのれがぁあ……装備制限のも、腹ペコのも……必ず振り払ってやるからなぁあ……絶対に、絶対に後悔させてやる……ッ!!』


 そうして恨み節を吐きながらダンジョンアタックに乗り出すサンドラを、直接かモニター越しかの違いはあれど、のぞみと魔神たちは口元を吊り上げて見送るのであった。

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