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97:狙ってやってるんじゃなかろうかという正確さ

 日差しの降り注ぐ波打ち際。

 そこへ波に乗って辿り着くモノがある。


 打ち上げられたそれは、一見するとシャチか、クジラかのように見える。


 だが断じて普通の水棲哺乳類の類いではない。


 全体のシルエットは水の抵抗を受け流す流線形に近いものの、頭や肩、腰とそれらしく見える起伏がある。

 そして肩と見える辺りからは、五本の指を備えた腕のようなものが一組。


 その姿はUMAとして知られるニンゲン、あるいはヒトガタのよう。

 ただし、その腰から後ろは人魚めいたクジラの類の尾びれを成しているのだが。


 乳房と見える起伏もあることから、砂浜に横たわるこれはおそらくはメスなのだろう。


 そんなメスシャチと人間のあいの子めいたモノ。その背中から砂浜へ飛び下りるのがいる。


「いやーなかなかにいい運動になったわね。華麗に、鮮やかに仕留めようってなると、良い手応えができた・も・の・ね?」


 ふわりと、優雅に舞い降りたのは鮮やかなビキニ姿のザリシャーレ。

 彼女に気安く同意を求められる存在ということは――。


「そうね。海を走りながら大砲を避けたり、マストやオールをふにゃふにゃにしてみたり。普段とはまた違った戦いになって面白かったわね」


 当然、同列の欲望の魔神衆が一。色欲のイロミダである。

 ワンピース姿のイロミダは機嫌の良いザリシャーレの言葉に微笑を返す。


 そして自分たちがイカダ代わりに使ってきたシャチとヒトの合成獣に流し目を送る。


「……変身したアーシュラにも、普段お客さんたちを相手にするのは違って新鮮だったものね」


 イロミダの言う通り、打ち上げられたこの海のモンスターは、カタリナ一味の元女海賊、アーシュラが変身したものだ。


 撤退する船を止められ、魔神たちに乗り込まれたことで追い詰められたアーシュラは、この姿に変身。ザリシャーレとイロミダに牙を剥いたのだ。


「波に乗って、波に跳ねて……地上や地下とは別の華麗な立ち回りが出来た・も・の・ね?」


 しかしその結果は今ここにある通り。

 飾と色の魔神コンビを多少楽しませる程度でしかなかった。

 そんなぐったりと横たわるシャチアーシュラを、ザリシャーレが見回しつつ潤いある表皮を叩く。


「それにしてもこの変身……今までの連中には見られなかったわよね?」


「そう……いえ、いいえ。確か先だっての要……ジェニの心のダンジョンの奥に、肥えたドラゴンが巣食っていたらしいと。そういう例はあったわ」


 うなづき掛けたのを慌てて横に振り直すイロミダ。するとザリシャーレもそうだった、とシャチアーシュラを叩く手を止める。


「と、な・る・と……? これはその内側のモンスターに完全に乗っ取られてたっていう感じに?」


「……もしくは、受け入れて復活した。ということになるのかしら?」


 美しき魔神たちは、揃ってマジマジと横たわるモンスターの姿を眺める。


「……まあでも? ここでああだこうだと正体について語ってても仕方ないんじゃない」


「ええ、それはそうね。のぞみ様にこの成果を持っていってあげないと」


「ただベルノに食いつかれないかは心配・だ・け・ど」


「無事に渡せるように気を付けましょう?」


 とにもかくにも合流しよう。

 そういうことになった二人は、その細腕で自分たちの数倍は大きなモンスターを軽々と持ち上げ運び始める。


 そうしてヒトとシャチの混ざりモノを運んで程なく、二人はのぞみたちのいるところに辿り着く。


 しかしその場で目にした光景に、ザリシャーレもイロミダもかける言葉を失って足を止めてしまう。


「おう。お前らにしちゃ時間かけて来たな」


「な、何をやってるの、かしら?」


 ちょこちょこと歩いてやって来た、小さな上位魔神に声をかけられて、ようやく問いの言葉を絞り出す。


「何って、見たまんまだ。他に言いようはないぜ?」


「見たまんまって、言われても……」


 ボーゾが指し、美女二人が困惑の目を向けたその先。


「さぁーあ食べて食べて、食べれぇええ!? 我慢した分を、満たされずにいた分を取り戻すよーにッ! 蓄え損ねていたエネルギーを取り戻すよーにィイッ!!」


「むっが!? ぐっぐぅうッ!?」


 そこでは掘っ立て小屋同然の海の家で、知らない顔に次々と食事を振る舞うベルノの姿があった。


「ホラのぞみちゃん、シーフードカレーの鍋に早く継ぎ足して継ぎ足してッ! あ、摘み食いはむしろ推奨だからねーッ!! のぞみちゃんも食べて食べてー!?」


「ヘヒィイイッ!? あ、あれもこれもと言われてもぉおおッ!?」


 それも主人を目を回すほどにこき使って、である。


「なんか浜でも起こってるみたいな感じではあったけど、頬ぶくろパンパンな感じになってるあの女は……」


「ああ、手薄になったと見て襲撃をかけてきた敵だよ。お前らも覚えはあるだろ? 英雄殿の取り巻きの一人で、女戦士の……」


「ああ、あの……それが何でああなっているかは……だいたい想像がつくから、そっちは良いのですけれど」


 溢れかえるほどに出されてなお繰り出される料理に青ざめるサンドラの姿に、美女二人は同情半ばに苦笑を浮かべる。


「ちょっとベルノ。それくらいにしときなさいよ!」


「あ、二人ともお帰りー!」


「お、お疲れ、さま……ヘヒヒッ」


 ザリシャーレが見かねて口を挟んだことで、ようやくベルノも二人の帰還に気づき、そのために忙しさが緩んだのぞみもザリシャーレたちを迎えに歩み寄る。


「……ぶ、無事でよかった……あ、大丈夫だとは思ってた、けど……万が一ってある、から……ヘヒヒッ」


「分かってる分かってる。心配してくれてありがとう、マスター」


「こちらも、のぞみ様にベルノもついているのだから平気だろうとは思っていましたが、こうやって実際に無事にいるのを見て、一安心というものですし」


「た、戦いの方はともかく……その後は、あんまり……無事じゃない、けども……ヘヒヒッ」


 釘さし、というか揚げ足とりへのセルフフォローの成功に、のぞみは気が抜けてフニャフニャと二人にもたれ掛かる。


 それを受け止めて、ザリシャーレは形の良い眉毛を吊り上げて食欲魔神を睨む。


「ちょっとベルノ! 誰の食欲を目覚めさせようが満たそうとしようが、それはアンタの勝手。だ・け・ど・ね!? マスターをこんなヘロヘロにさせたらダメでしょうがッ!?」


「えー? のぞみちゃんがヘロヘロなのは割りといつものことだよねー? だから私とザリちゃんで元気でキレイにしようって色々してるんだしー」


「それはそうだけども、今この状態とは話が違うでしょッ!? マスターをこき使うのがいかがなものかって話よ!?」


 ベルノが悪びれもせずに放った口答えをザリシャーレはピシャリと叩き落とす。


「そりゃそーだ、ゴメンゴメン。ついつい熱くなっちゃってねー。でも熱くなっちゃったワケを聞けば、ザリちゃんもイロミーも仕方ないって言うよー?」


 小さく舌を出しながら謝るベルノ。その態度に、美女二人はため息を漏らしつつ軽く肩を落とす。


「想像はついてるわよ。どうせそこのが食事を軽く見てたってトコでしょ?」


「おおーさっすがー! 大正解だよザリちゃん! 食事の重要性をまるで分かってないっていうのについついねー」


 自身の逆鱗を突いた一言を見事に言い当てたことをベルノは手放しに褒め称える。が、対するザリシャーレはため息をもうひとつ重ねて首を横に振るばかり。


「……それくらい、たいして考えないでもわかるわよ。分野は違ったって、同じ欲望の魔神なんだから。それと、食事って食欲そのもののアンタ以外は、満たされた上にさらに詰め込んだって苦痛になるだけ、逆効果だと思うけど?」


「でしたねー! いやーそんなことも忘れちゃうくらいに熱くなっちゃって自分が恥ずかしいやー!」


 呆れ混じりの忠告を、ベルノは自分の失敗もろともに素直に受け入れる。


「ま、その辺りも分からないでもないけどね。アタシだって機能美すら感じない、ダッサイモッサイ武具使ってる戦士とか見かけたら我慢ならないかもしれないし?」


「あ、もう全部解体しちゃったけど、サンゾーってばビーチって場所で顔まで隠れるフルアーマー着てきててね……」


「それを早く言いなさいよッ!? 女戦士が顔まで全身メタルで覆い隠してどうなるって言うのッ!? 洒落なさいよ!? 戦場で華として咲き誇りなさいよッ!!」


 ベルノの証言を聞くや否や、ザリシャーレは大量の皿に埋もれてぐったりとするサンドラへ向けて突進する。


「うおッ!? な、何者? うぷっ……」


「アタシは美を追い求める欲望の魔神ザリシャーレ! アナタに戦場の華としての心意気を授けに来たのよッ!?」


 戸惑うサンドラの誰何の声に、ザリシャーレは堂々と名乗り上げる。

 太陽光を操り、スポットライトとするほどに堂々と。


「な!? い、いや……遠慮する。特に今は……うぷ……だ、第一……剣であるこの身に必要なのは敵を斬ること、それだけで……華やかさなど、刃を鈍らせ、脆くする重荷でしか……」


 しかしサンドラはまたしても欲望の魔神の地雷を的確に踏んづける。

 学習能力と言うものを欠いているのだろうか。


「へぇ……なるほどなるほど。典型的な斬れればいいやのひどい手合いね。これは磨きがいがあるってものだわ。うふふのふ」


「や、ちょ!? 何を!? なぜ引っ張るってちからスゴ!? ちからスッゴッ!? ってかヤメテ、今動かさないで! うっごぷぅ……」


 パンパンにされた腹の中身が溢れ出さないように必死に口を押さえながら引きずられていくサンドラ。


「ヘヒッ……あ、ああなったザリシャーレは、止まらない、から……ヘヒヒッ」


 似たような状態のザリシャーレとよく顔を合わせているのぞみは、同情の目で丸腰の女戦士を見送る。

 しかし引きつり笑いのせいで、当人と当人をよく知る者以外からは、他人の不幸にほくそ笑んでいるようにしか見えないだろうが。


「そーいえばイロミー、そのシャチ人魚? って何? もしかして私へのおみやげ!?」


 怒りのザリシャーレと、それに捕まったサンドラの姿が見えなくなると、ベルノは飾と色の二人が担いできたものに目をつけてよだれをじゅるり。


「おみやげはおみやげだけど、残念ベルノ用じゃあなくてのぞみ様宛よ」


 食べる気満々なベルノの様子に苦笑しつつ、イロミダはシャチアーシュラを庇うようにその前を遮る。


「ヘヒッ? 私、に……?」


「ええそう。ワタシたちが追っていた船、それに乗っていたキャプテンが変身したもの。つまりはこの海のダンジョンのボス、ということになりますね」


「ヘヒッ!? じゃあ……やっつけて、ここまで引っ張って……?」


「はい。階層もしきりもほとんどないウィルダネスタイプだったからかしら。こうやって普通に持ってこれましたわね」


 イロミダの推測になるほどとうなづきつつ、のぞみは横たわるモンスターの巨体を見回す。


「そ、それじゃ……あとは、私がコアを抜き取るの、待ち? かな? ……ヘヒヒッ」


「ええ、そうなります。浮かんで動かなくなるまでは体力を奪ってますので、簡単に抜き取れるとは思います……が!」


 イロミダの手が閃くや、シャチアーシュラの巨体に縄が回る。

 それも微妙に卑猥な形に。


「……念のために縛っておきました。さあ、どうぞ」


「ヘヒ、ヒヒヒッ……そ、それじゃ……安心、して……」


 イロミダがにこやかに促すままに、のぞみは手を伸ばす。


 だがその刹那、縛られ横たわるシャチ女の体が裂ける!


「この瞬間を待っていたんだぁーッ!!」


 裂け目から飛び出した全裸の金髪女は、カトラスを片手にのぞみへ突っ込む。

 完全に虚を突かれたのぞみには、一直線に迫る刃にひきつった悲鳴を上げる余裕もない。


「……させると思いましたか?」


「ンギモヂィイーイッ!?!」


 しかしイロミダの涼やかな声に続いて、濁った嬌声が響く。

 そんな恥も何もぶっ壊されて快楽一色に染まった声を上げた金髪女は勢い失って砂浜に墜落する。


「ヘヒィ……え、エロ注意、グロ注意……ッ!?」


 そうして涙やら鼻水やら涎やら、だらしなく緩んだ顔から汁という汁を垂れ流しにして倒れ伏す裸の女を見下ろして、のぞみは引きつった声をあげて飛び退く。


「申し訳ありません。警戒をしていたつもりでしたが、結局はこんな形に……驚かせてしまいました」


 そんなのぞみに対して、イロミダは濡れた手を拭き取って、失態であったと頭を下げる。

 これにのぞみは慌てて首を横に振る。


「そ、そんな……いいって……! じ、実際、イロミダのお陰で……なんとも、ない……ヘヒヒッ」


 のぞみに切りかかった金髪女、アーシュラが快楽堕ちに倒れているのは、何を隠そうイロミダの仕業である。

 イロミダが身に付けた秘技の一つ。瞬時に全身を刺激して力と尊厳を奪い取る、無情なる破顔拳の効果によるものだ。


 そうして快楽に崩れた顔のまま、アーシュラの体は光の粒となってほどけて、ダンジョンコアを残して消え失せる。


 のぞみは足元に転がって来たコアを吸収しながら結果オーライだと言う。

 しかしイロミダは、それに静かに首を横に振る。


「いいえ。これはただミスを取り繕ったに過ぎません。トドメを刺してコアが持ち帰れるか分からなかったとはいえ、余力を残し、それを封じきれぬままにのぞみ様の前に連れて来てしまったのは事実ですもの」


「で、でも……そこは、カバーできたわけ、だし……ヘヒヒッ」


「いいえ、いいえ。結果はどうあれ、警戒に緩みがあったのは事実。庇護欲のバウモールがここにいればなんと非難をされたことか……」


「でも……」


「でももなにも……」


 そうして互いに譲らぬ二人。

 その一方でベルノは我関せずと、ハムのように縛られたままのシャチ女の脱け殻に大鉈を叩き込む。


「……何をやっているの、ベルノ?」


「何をって、捌いてるんだよ。もったいないし」


 そのマイペースぶりを責めるような問いかけに、しかしベルノは何を当然の事をとばかりにさらりと返す。


「ヘヒッ……!? た、食べる、の……?」


「食べるよー! 食べないでーって言われても、食べるよー! 本命の部分は取ったから、もうこっちはいらないでしょ? でも狩ったからには無駄にしちゃ失礼だもんね。この考え方私大好きー!」


 言いながらベルノは鼻唄混じりに肉を切り取っていく。

 が、途中で引きつり笑いにドン引きしているのぞみに気がつくと、返り血の着いた顔で朗らかに笑いかける。


「安心してよ。このお肉は私と私のチームだけで食べるから。モンスター肉って言っても、元人間っていうか、そういうのが変身したヤツの脱け殻でも、共喰い感が出て嫌でしょ?」


「お、お気遣い……どうも? ヘヒヒッ」


「どういたしましてー!」


 のぞみがどうにか返してみた言葉に、ベルノは満面の笑みでうなづいて、またモンスターの解体作業に戻る。


 そうしてのぞみはイロミダと顔を見合わせると、どちらからともなく笑い合うのであった。

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