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96:食欲魔神の逆鱗を的確につくセリフとは

「料理するだと……? ふざけて!? そんな包丁一本でこの戦士サンドラを叩きのめすつもりかッ!?」


 ベルノの料理宣言を受けたサンドラは、素早く剣を引くや、瞬時に死角から切り込む。


 不安定な砂浜にありながら、まるで鎧の重みを振り切ったかのような身のこなし。

 この鋭利なまでのスピードに、ベルノはまるで目が追い付いていない。


「うん、そうだねー。包丁一本じゃ捌いたりなんだりに不便だもんね」


 だがベルノはのんきな一言と共に、左後ろからの剣にまな板を差し込んで受け止めて見せる。

 それはまるで、サンドラの動きなど見るまでもないと言っているかのように、悠然と。


 そんな達人めいた動きからゆるりと振り替えるベルノに、サンドラは急ぎ飛び退く。


「バカな……さっきまでは、さっきまでは斬れていた……斬れていたというのにッ!?」


 力溢れた大猿の姿ですら斬って見せていた剣。それが全く通じなくなったことに、サンドラは警戒の構えを固める。


「さっきまでっていうと、アレかな? 船を丸かじりにしてやろーって変身してたおサルさんモードの? あの姿の私を傷つけられたんならそりゃ大したもんだねー」


 己の刃を、技の鋭さを信じようと切っ先を見つめるサンドラに、ベルノはただその成果を褒め称える。


「なにをッ!? 小さくなった途端に斬れなくなったからと嘲って……ッ!?」


 しかしのんびりした口調か状況からか、穿って受け取ったサンドラは、声を荒げて間合いをつめる。


「えー……別にそんなつもりないのにー」


 この反応にベルノはしょんぼりと肩を落とす。


「じゃあどんなつもりだと!? 我が剣を嘲ったのでなければ、どんなつもりだと……ッ!?」


「それはねー。貴女は本当に活きが良くて美味しそうだなーって、じゅるり」


「は?」


 ベルノがよだれを垂らしながら呟くのに続いて、サンドラの兜がバラバラになる。


「なにッ!? をぉッ!?」


 長い黒髪を空に放り出したサンドラは、気づく間もなく分解されて浜に落ちた兜の残骸を見下ろし、愕然となる。

 砂地に散らばったさっきまで兜だったものは、接合部のような弱いところや、破断すれば大きく崩れるような効率的な点ばかりを切り裂かれ、無駄なく解体されていたからだ。

 まるで職人技で下ろされた魚の皮などのように。


「いいよいいよー動かないでいてくれると、こっちも捌くのは楽だからねー」


 ベルノはそう兜を捌いたのは自分の仕業であると白状しながら、右手の包丁を軽く振る。

 刀の血糊でも払うような仕草をしながらにこやかに歩み寄るベルノに、サンドラは威嚇するように剣を向ける。


「よ、寄るなッ!?」


「あ、鱗の前にトゲを取らないとだよねー」


 ベルノはしかし、接近を拒絶して突き出した刃に、無造作に踏み込む。


「寄るなと言ったぞぉッ!?」


 この接近にサンドラは反射的に刃を振るう。

 その軌道、縦横突きの三閃同時!

 ただ捌くに手間となるトゲなどとは呼ばせない。そんな意地とプライドを込めた剣だ。


「んー? ほいっちょ」


 だがベルノは迫る刃に包丁を一閃。

 それだけで鍛えられた鋼の刃を細切れに切り刻んで見せる。


「なッ!?」


「あ、のぞみちゃーん、これお願いねー」


 絶句するサンドラをよそに、ベルノは刃物の細切れを包丁で弾いてのぞみへ放る。


「うわっ……ちょ、ま……お願いって、言われてもぉ……!?」


 放物線を描いて向かってくるそれに、のぞみはわちゃわちゃと 構えもできずに迎える。

 そうしてぶつかると目をつむり、身を強ばらせてしまう。


 だがいつまでもなんともないことに目を開けると、いつの間にか握っていた、麺の湯切りをするような金網の中に細切れの刃物は残らず収まっていた。


「ヘヒッ……ど、どゆ……こと?」


「それに衣をつけて、油で揚げてちょーだいな。武器は直に齧るのも良いけど、かき揚げにするのもまたオツなモノなんだよー」


 いつの間に。そしてこれをどうしろというのか。

 そんなのぞみの戸惑いを見抜いてか、ベルノが頼みごとの続きを口に出す。


「ヘヒィッ!? ま、まぁ……ベルノ、なら……おかしくない、か……ヘヒヒッ」


 刃のかき揚げと聞いて、のぞみは頬をひきつらせた。が、すぐにいつものことかと顔を緩める。


 事実、ベルノがダンジョンボスを担当すると、装備破壊として武器防具を捕食されると探索者たちからは恐れられているのだ。

 もっとも、それは戦闘中に消耗品や食料などを定期的に捧げることで防ぐことができる。と、対策されてはいる事例であるが。


「それは、それとして……揚げておいてって……油は、どこに……ヘヒヒッ」


 ともかく頼まれ事を果たそうと、のぞみは視線を巡らせる。


 そこへ砂浜を蹴散らし、サンドラが迫る。

 ベルノとの真っ向勝負は厳しい。その現実を受け入れてのぞみを狙うように切り替えたのだろう。


「覚悟ぉおッ!!」


「ヘヒィッ!?」


 斬られたのとは別の、真新しい刃を抜き放ち迫るサンドラ。


 だがその間に割り込むようにして唐突に現れるものがある。

 それは大量の油が煮立った鍋であった。


「んなッ」


 不意打ちに割り込まれたサンドラは、どうすることもできずにその揚げ物鍋を蹴倒す。 勢いよく倒れた鍋は、その中を満たしていたアツアツの油を溢れさせて、当然にそれはのぞみにもサンドラにもかかることになる。


「ぐぅっあぁああああああッ!? なんっだこの油ぁああああッ!?」


「……あれ? 熱く、ない? ヘヒ、ヒヒッ」


 しかしダメージを受けたのはサンドラだけ。のぞみは火傷必至な油を浴びながらも平然としている。


「そー! それが私の、食欲の魔神パワー、グラトニーエプロンの力だよ。料理中のどんなトラブルにだって無傷で通せちゃうんだよー! 痛くなければ覚えませぬ? いやいやそれで指を落としては覚えるどころじゃござーませんってば!」


「おお……今まで使う機会、なかったけど、そんなパワーが……ヘヒヒッ」


「そーそー! 料理、食事中のトラブルだったら絶対安全! 完全防備! この油だってサラダ系のオイルマンからゲットできる、火炎系最終ダメージプラス効果のあるオイルをヒヒイロカネ鍋で熱した超! アッツアツのヤツだーけーど、グラトニーエプロンひとつでこのとーりッ!!」


 ハイテンションに語るベルノに、のぞみは自分を守ってくれたエプロンに感動の目を向ける。


「しーかーも、このエプロンのパワーはそれだけじゃないんだよのぞみちゃん! なんと、それをつけてる人は、何でも無事に美味しく食べられるようになっちゃうんだ! アナタに食えぬもの無し、やったね!?」


「ヘヒッ!? ど、毒も?」


「モチロンモチロン! ……って、お餅食べたくなってきたー……のはとにかく、どんな毒だってへっちゃらちゃらだよ! ていうか、毒どころか土に石、鉄だってなんだって美味しくいただけちゃうんだからねッ!?」


「フヘヒィッ!? じゃあ、これも……?」


 ということは。と、のぞみは網の中身の細切れ刃物を見やる。

 対するベルノの答えは、当然のようにサムズアップ一つ。


「あったりまえでしょー!? 普通の人じゃお腹を壊しちゃうようなのだって、サクサクペロリでごちそうさまだよ! さあ、食欲を満たそーッ!」


「あー……うん。でもぉ……出来れば有機物……っていうか、手始めは……人でも消化できそうなの、からがいいかなぁ……なんて、ヘヒヒッ」


 さあ食らえとベルノが腕を振り上げるのに、のぞみは頬を引きつらせて手加減を求める。

 が、ベルノはそれをいい笑顔で容赦なく首を横に振って却下!


「そんなんじゃダメだよー! せっかくのチャンス、未知オブ未知を知るのにしり込みしちゃダメだってばー! というわけでさーさー料理しよー! 味を見てみよーッ!!」


 しかしベルノはメタルを食わせようとグイグイと主人に押し付け続ける。

 それにのぞみが困ったようにひきつり笑いを浮かべていると、殺気を漲らせて迫る影がある。


「おのぉれぇええ!! 戦いの最中に何をのんびりとぉッ!?」


 迫るモノとは当然サンドラで。

 油で焼けた顔を再生させながらの鬼気を帯びた顔に、のぞみの口からたまらず悲鳴が漏れる。


「ハイハイ。ちゃんと獲物ちゃんのことは見てるから、食事が終わったら狩りには付き合うからねー」


 しかしその一撃をベルノはまたも包丁で軽々とあしらう。


 歯牙にもかけぬこの扱いがまたも戦士であるサンドラのプライドを深く抉る。


「どこまでもッ! 食事なんかよりも、戦いに集中しろッ!?」


「あ……やば……」


 サンドラは怒りのままに、嘆き叫びながら剣を振り上げる。

 これにのぞみは顔を青ざめさせる。

 それは振りかざした刃に怯えて、ではない。


「食事なんか、だってぇえッ!?」


「うぐわぁああッ!?」


「ああ……マンガみたいな、吹っ飛び方……ヘヒッ」


 ベルノの怒りを買って可哀そうなことになるサンドラに同情したからである。


「食事なんかとはなんだってーの!? 食事なんかとはぁああッ!?」


 頭から砂浜に真っ逆さまになったサンドラを、ベルノは足首を掴んで引っこ抜く。


 そして怒りに任せて包丁を一閃。


 しかしその一撃では血は一滴たりとも流れていない。

 鎧をバラバラにしてインナーのみの姿にひん剥いただけだ。


 鎧まで捌かれたサンドラは悔しげに呻きながら苦し紛れに呼び出した剣を突き出す。

 が、そんなものがベルノに通じるはずもなく、易々と刃を斬り飛ばす。


 そしてさらなる反抗をする余裕を与えずに砂地へ叩きつける。


「ぐあッ!? ……だがッ!」


 口に入った砂を吐き出しながら転がり上体を起こすサンドラ。


 しかしその上からベルノが踏みつけ抑え込む。


「正座ぁーッ!!」


「はぁ?」


 サンドラは押さえつけるベルノを見上げ睨んでいた。が、対するベルノの怒鳴り声とその内容に目を丸くする。


「せ・い・ざッ! 知ってる……訳ないかー……のぞみちゃん、アーガのアレ、見せてやってよー」


「ヘヒッ? ああ、アレ? 分かった」


 ベルノにうなづいてのぞみが呼び出したのは、首から札を下げてしょんぼりと正座をするアーガの一人の立体映像であった。


「これの真似して座って、早くッ!」


「ぬ……ぐ……」


「は・や・くッ!!」


「わ、分かった……」


 スタッカートに急かされて、サンドラはこの迫力にたまらず了承。

 しょんぼりと背中を丸めた形をそのままに模して砂浜に座る。


「背すじはしゃんとぉッ! サンゾーには曲げクセないでしょーがぁッ!?」


「あ、うん……さんぞう?」


「口答えは許可しなーいッ! 黙って正座ぁーッ!」


 正座するサンドラが気安い呼び名に対して疑問符の浮いた顔を上げるのをベルノは一喝。

 これを受けてサンドラは素直に口をつぐむ。

 そしてのぞみも、つられるように背すじを伸ばす。


 そんな主をよそに、ベルノは正座するサンドラを見下ろして腕を組む。


「で、食事なんかより戦いだなんてバカなこと言って、どういうつもり?」


「は? 何を言って……?」


 眉をつり上げ、ほほを膨らませながらのベルノの問いに、サンドラは面食らって聞き返す。

 が、それは鼻息荒いベルノの一睨みで飲み込んで、改めて口を開く。


「……どういうも何も、言葉のままだ。食事などに現を抜かして、命のやり取りを疎かにするなど、不純な……例え実力が隔絶していようと戦っている相手に、私に対して無礼ではないか……と」


「何を言っとるのかー!!」


 しかし素直に思うところを語るサンドラに、ベルノは再び一喝。


「食べるということ。イコール生きるということ! 真剣に命のやり取りを、生きることを考えているからこそ、真剣に食べることについて考えるのであーるッ!!」


「しかし、しかしだ、そんな欲望に流され、雑念に囚われては剣が鈍る……戦が……」


「口答えは許可しないって言ったでしょうがー!」


 お説教モードどっぷりなベルノは、不服そうなサンドラの訴えを一蹴にはね除ける。


「だいたいが、食欲が雑念になること自体がおかしいでしょー!? 生きることを考えることが、どうして不純だとかになるのーッ!?」


 この理屈にサンドラは反論を口にこそしないものの、納得いかない様子。


 のぞみも諸手を上げて賛成とはいかないか、困惑気味に首傾げ。そしてまた、身内を差し置いて敵に同意するわけにもいかず、口をはさみはしない。


「そもそもが戦いっていうのは生きるためのものでしょーが!? 戦いのための戦いとかが間違ってるの! サンゾーが剣を持つことになった始まりの始まりだって生きるため、暮らしてくため、つまりは食べてくためでしょーがッ!?」


「そ、それは……!」


 しかし続いたこの言葉に、サンドラはハッとなってなって目を見開く。

 だが、軽々しく心を動かすものかと、見開いた目を伏せ、逸らす。


「だが師は……父は飢えた心こそが刃を鋭くするのだと……豊かさは刃を鈍らせ、重く肥えれば剣は軽くなるのだと……」


「ふざけてるのはどっちだぁあーッ!?」


 そうしてつぶやいた言葉に、ベルノが爆発した。


「冒険やるにも競技をやるにも、剣を極めるにも……何をするにしたってまず体が資本! 元気が第一の始まりだっていうのに! その体を育てることをしないで、元気を蓄えようともしないで、気持ちだけに頼らせようだなんて、愚の骨頂ーッ!!」


 のぞみとサンドラが揃って体を跳ねさせる一方で、ベルノの叫びは止まらない。


「こうなったらエネルギーを蓄えて体を作る食事の大事さをとっことんまで叩き込んであげるんだからーッ!! お覚悟はよろしくてかッ!?」


 そして両手に包丁を構え、仁王立ちに何をするつもりか宣言するのであった。

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