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95:欲望のままにむしり取るのだ!

「しかしもろともに斬れば問題はない。万事解決だ!」


 西洋甲冑の剣士は気合いの声を上げるや跳躍。

 のぞみを掴み包む手を一太刀にせんと刃を振り上げる。


 勢い鋭くかけ上る刃を、しかし大猿のベルノは巨体に見会わぬ機敏さでもって回避。

 だが剣士は折り込み済みだとばかりに空を足場に踏み込み、追いかける。


 ベルノはとっさにのぞみを掴む手を抱え込んでダンジョンマスターを庇うも、鎧剣士の振るった剣が前に出した腕を切り裂く。


「チィッ……浅いか」


 分厚い毛皮と筋肉に覆われた大猿の腕は、人から見れば盾どころか壁というべきもの。

 それに深々と刀傷を刻んでおきながら、剣士は兜の奥で苦々しげに舌打ちをする。


「べ、ベルノ……ッ!?」


 痛みに漏れる大猿の唸り声を聞き、のぞみはたまらず自分を庇ってくれている身内の名を呼ぶ。


 対するベルノはさらに続く刃に身を丸めて、のぞみを体の中心へ押し込むようにする。

 それはまるで、己を盾に我が子を守ろうとする獣のように。


「そ、そんな……ベルノ!?」


 確かに。スリリングディザイアの魔神衆は、のぞみさえ無事ならば蘇生は可能。

 ベルノたちにしてみれば、のぞみさえ守りきればそれでいい。

 逆にのぞみに一大事があればそこですべてが終わる。

 身を捨てて庇うのも自然な選択だ。

 のぞみが喜ぶかどうか。そこは問題ではなく。


「ど、どうにか……どうにか、しないと……!」


 ただ庇うのをやめろと命令したところで、ベルノが聞く筈もなく。

 ベルノを守るため、この窮地を脱するために何をすべきかと、のぞみは焦って手のひらのコンソールに指を走らせる。


「どうあっても庇い続けるつもりだとでも言うつもりか……ならば、その通りに切り刻んでくれる……ッ!」


 しかしそんなのぞみの都合などお構いなしに、鎧の剣士はベルノを切り伏せようと殺意を声に乗せる。


 必勝必殺。そんな念を込めた宣言であったが、それが逆に焦り煮立っていたのぞみの頭を急速に冷やす。


 その冷たさは凍てつくような恐れゆえに、ではない。


 身内を、自分にとってかけがえのない存在を害そうとしている意思に触れた、その怒りゆえのものだ!


「ヒィイイァアアアアアッ!!」


 激情に任せてのぞみが叫ぶ。

 その体からは無数の黒い腕が現れ、自分を包み込む手を内側から押し広げ始める。


「のぞみッ!? この欲望……ッ!? いいぞ、誰にも渡して溜まるかって……めっちゃくちゃに強くて、いい欲望だッ!!」


 見るからに暴走同然ののぞみに、しかしその胸に納まったボーゾは、パートナーの変化を手放しに歓迎する。


 もはや止めるものなし。

 この状況で、卵の殻を破る雛鳥さながらにベルノの手をこじ開けたのぞみは、黒い腕を纏いながら空へ身を投げ出す。


「配下可愛さに大将が前に出るか……愚かな!」


 浜へ向けて落ちる一方ののぞみへ構え直して、鎧剣士が空を踏み込む。


 直線に致命傷を与えようと迫る刃。


「何ッ!?」


 だが殺意の剣は、のぞみが纏う黒腕が白刃取り。ぶつかるような勢いもろともに宙で受け止めて見せる。

 剣士は刃を押し込もうと、さらに空を蹴る。が、黒い腕もそれらに包まれたのぞみもびくともしない。


 どうやって空に踏み留まっているのか。

 そのカラクリは至極単純。のぞみから伸びた黒腕たちの一部が地を掴んで、根を張るように支えているからだ。


 そうして剣を受け止めたのぞみは、甲高く悲鳴じみた声を上げながら、白羽取りにした剣を飲みこみ、消し去る。


 これに剣士は兜の奥で舌打ちを一つ。素早く剣を手放してのぞみから離れる。


「これが……噂のワールドイーター……ッ!? 自分で扱えるまでに、ここまで成長していたというか……ッ!?」


 のぞみに食われたものの代わりの剣を素早く抜き放ち、構える。


「ワールドイーターだのとの与太……この場所、このタイミングでの横槍……やっぱお前、サンドラか」


「ふん……さすがは欲望の魔神。やはり分かっていたか」


 名を言い当てられた鎧剣士は切っ先を下げることなく兜のバイザーを上げて目元を覗かせる。


「だが、だからと言ってどうということはない。邪魔立てするものを斬る。やることは何も、変わらない」


 そして持ち上げたバイザーを叩き下ろすや、構えた剣を突き出すようにして踏み込む。


 その突きはしかし、とっさに割り込んだ大猿の手が受け止める。


「食欲の塊がッ! 健気なこと……だッ!?」


 サンドラは苛立ちのままに手首を返し、突き刺した剣を引き抜く。


 血の尾を引いて離れるサンドラの姿に、のぞみは目を見開く。


「キィアァアアアアアアッ!?!」


 顔を憤怒に歪めたのぞみは、再びその黒い腕たちを滅茶苦茶に振り回す。


「フッ……多少強い力にみなぎっていようが、技も何もなしに駄々っ子のように振り回すだけでは……当たるモノも当たりはしないさ」


 敵を打ち倒したい。

 そんな欲望でもって荒れ狂った黒い腕たちを、サンドラは軽やかにステップを踏むようにかわしていく。


 しかしそうして兜の奥で勝ち誇る一方で、かわされたのとは別の腕の大群は大猿のベルノに掴みかかる。


「なッ!?」


 この腕の動きにサンドラは絶句する。

 配下を傷つけられたことで怒り、守ろうとするあまりに現れたのがのぞみの黒い腕である。

 それが敵に立ち向かうのでなく、痛めつけられた配下を襲うだなどと誰が思うだろうか。いや、いるまい。


 しかしサンドラの戸惑いなどお構いなしに、大猿ベルノの全身に絡み付いた黒い腕たちは、一斉にそのハチミツ色をした毛皮をむしる。


 そうして毛皮を剥がれた大猿ベルノであるが、むしり取られたあとにいたのは、そっくりそのまま、一回りだけ小さくなったハチミツ色の巨大猿であった。


 この小さくなった大猿へ、間髪置かず黒腕の大群が再びに絡み付いてむしり取る。


 皮は皮でも玉ねぎの皮剥きか。そんなことを数度繰り返すと、ついに水着姿のベルノが姿を表す。

 ダメージは切り刻まれた毛皮ごとにむしり取られたとでもいうのか、みずみずしく栄養に溢れた肌には大猿の時にさんざんに刻まれた刀傷は跡形もない。


「あれ? あれー? 私確か、食事の邪魔したのをやっつけにいって……あれー?」


 変身した辺りから記憶があやふやなのか、訳が分からずにベルノが戸惑う。


 その一方でのぞみを囲む黒腕たちはむしり取ったハチミツ色の毛皮を束ね、本体の体前面に押し当てる。

 すると毛皮はみるみるうちにその姿を変えて、同じ色のエプロンとして完成する。


「おー!? のぞみちゃんが私の魔神パワーを!?」


 そう。のぞみの纏う黒い腕たちは、なにもベルノを襲ったわけではない。

 荒らぶるベルノを正気に戻すこと。

 彼女の傷を治癒すること。

 そして、目の前の敵に抗う力をもらうこと。

 これら本体の欲求すべてを忠実に叶えただけなのである。


「……でも水着にエプロンってなんだかイロミーの趣味っぽーい!?」


「ヘヒィッ!? つ、つまりはえっちぃカッコに……って、ナニコレ!?」


 ベルノのこの一言で黒腕たちが一気に引っ込んだのぞみは、裸エプロン一歩手前な己の姿を見回して目を白黒とさせる。


「え? ナニコレってのぞみちゃんが自分でやったんじゃない。私が知らないうちに魔神パワー取り出して」


「ヘヒィッ!? し、知らない知らない……私も、知らない……っていうことは、ボーゾ?」


「おう。ダンジョンマスターのパワーを全開だ。お前が欲していた通りの状況を作り上げてたぜ」


 意識を失っている間のこと。それを朗らかに語られて、のぞみはたまらず頭を抱える。


「……ふざけているのかぁあッ!?」


 敵を目の前にしてやいのやいのと気の抜けたやり取り。これを侮辱と取ったか、サンドラはいきり立って切りかかる。


 それにのぞみが怯え声と共に後退り。体を庇うように出したその手には、いつのまにか包丁とまな板が握られている。


「バカにしてくれてッ!!」


 武器としては頼れそうにないそれらに、サンドラはさらに怒りを露に真っ向から両断にかかる。


「なんだとッ!?」


 しかし怒りの刃は、それとは別の短い刃物によって正面から受け止められていた。

 剣を止めた包丁の持ち手は、いつの間に掠め取ったのか、割り込んだベルノに変わっていた。


「のぞみちゃんはこいつを料理しちゃうことがお望みねー? オッケー、ベルノキッチン始めちゃうよー」


 そしてベルノは活きの良い上質な食材を見つけたかのように、サンドラに向けて舌なめずりをするのであった。

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