92:遊んで良し、食料調達に良し、でも日差しだけはカンベンな!?
降り注ぐ太陽!
輝く砂原!
そして、どこまでも広がる青い水面!
「と言うわけでやって来ましたシーダンジョーン! ヒャア! もう辛抱たまらん! 漁だーッ!?」
そんなまぶしい景色の中、食欲のベルノは掛け声半ばにウェイトレス服をパージ!
レモンイエローのビキニ姿になって海へ飛び込む。
「ちょっとベルノまた勝手な!? マスターがまだ来ていないのに!?」
食欲の赴くまま、満たしてくれるものを求めて素手素潜り漁を始めるベルノに、ザリシャーレが非難の声を上げる。
「ああなってしまっては止めようがないわ。好きにさせておきましょう?」
それを宥めるのはイロミダだ。
髪色に合わせた様なピンクとゴールドの派手なビキニ姿を太陽に晒すザリシャーレに対し、日傘に隠れたイロミダは濃紺のワンピースと相変わらずの対照振りである。
「ホント、まとまりってものが無いんだから……!」
「それはワタシたちも含めて?」
「そりゃあそうね。自分のも他人のも欲望を満たすのが大好きなアタシ達・だ・も・の?」
イロミダが柔らかにしっとりと微笑むのに、ザリシャーレは苛立ちを露わにしていたのをカラリと切り換えて笑い返す。
「まあここはベルノが先陣切って安全確認を買って出てくれたってことにしようぜ?」
そこへ足元からかかった声に、好対照な美女コンビは揃って足元を見やる。
「あら、ボーゾ様」
そこにいたのは案の定。足元に気をつけていなければ踏むか蹴るかしてしまいそうな欲望の魔神、ボーゾであった。
「一人? 珍しいですね、前に踏まれたり蹴られたりしてから、地べたは歩かずにもっぱらのぞぱいを乗り物にしてたのに?」
「ここまで大丈夫でした? そのサイズではここまでもずいぶんと歩数が必要だったでしょうに……」
「やっかましいわッ! 言葉を飾ってチビチビと!? だったらもう直接チビスケ呼ばわりしろやッ!?」
あからさまなまでに心配する美女二人に、ボーゾは歯を剥き地団太を踏む。
そんな小さな上位魔神の姿に、ザリシャーレとイロミダは堪えきれずに吹き出す。
この反応にボーゾは舌打ちしつつ砂を蹴飛ばす。
「ご、ゴメンゴメン。それで、ホントに一人で歩いてきたの?」
「ンなわけねえだろ。ちゃんと相棒と一緒だぜ?」
「のぞみ様と? でも……」
どこにいるのか?
そう言いかけながら視線を巡らそうとして、イロミダが固まる。
そして何事かとその視線を追ったザリシャーレもまた同じものを見て言葉を詰まらせる。
そこにあったのは、真っ黒な塊であった。
光を跳ね返すことなく、すべて吸い込んでしまいそうなまでの深い黒。
そんな色をした布にくるまった何者かがそこに立っていたのだ。
「ま、マスター?」
「ヘヒッ? そ、そう……だよ」
おずおずとザリシャーレが声をかけると、黒い布の奥からお馴染みの引きつり笑いが出る。
合わせて黒い覆いの一部がずれて、その中に隠れているのぞみの両目が、影の奥から覗くようになる。
「な? こんなのの内側にいたら熱がこもってしょうがねえ。んで、逃げたいって欲望に従って歩いてきたってーわけさ」
やれやれと頭を振るボーゾに、美女二人は同情を込めて首を縦に振る。
そうして改めて、自分たちの主人へと顔を向ける。
「えっと、マスター? どうしてそんな格好なのかしら?」
「そうよ。ワタシとザリシャーレで用意した水着は?」
その質問にのぞみは首を縦に振ったのか、エジプトの謎めいた神様の色違いのような風体にしている黒布が揺れる。
「ちゃ、ちゃんと……着てる、よ……ヘヒヒッ」
「でもそんなので隠してたら見れないじゃない。せっかくカメラも用意したのに」
そんなザリシャーレの手には、これまでいったいどこに持っていたのか、いくつものカメラが握られている。
「じゃあそういうわけで、そんな野暮たい布は取っちゃいま・しょ・う・か?」
「の、ノォオウッ!?」
そしてカメラを両手に剥ごうと迫るザリシャーレを、のぞみは砂を蹴散らす勢いで後退りして断固拒否。
「どうしてよ? そんなの外して、ありのままのマスターをこの太陽にさらけ出しちゃいましょうよ!?」
不満げに黒布のパージを求めるザリシャーレ。であるがしかし、のぞみは覆い隠す布ごとに首を横に振る。
「だ、だって……これ、パレオ……だから! い、いわば水着の一部……ヘヒヒッ」
そんな黒布の奥から飛び出したセリフに、ザリシャーレもイロミダも、ボーゾまでも、「コイツは何を言ってるんだ」とばかりに唖然とする。
「いや、アタシ達で用意した水着にパレオのオプションは無かったわよ? よしんばあったとしても、そんなバカでかい全身すっぽり覆えるようなののどこがパレオだっていうのよ、マスター?」
頭を振りつつ、冷静に、淡々と、呆れた調子でのぞみに問いかけるザリシャーレ。
「じ、自分流の……コーディネート、だから……全身をカバーする、そんなタイプのパレオがあっても、いい……それが、自由……ヘヒヒッ」
しかしのぞみは、自分を覆い隠す黒い布をさらにしっかりと抑えながら苦しい持論を曲げない。
断固として肌を、水着姿はさらさない。この頑なさに、ザリシャーレは頭痛をこらえるようにこめかみをほぐしつつ、深々とため息を吐く。
「無いわー……いくら自由って言ったって、そんなのは野暮ってモノでしょ? そんなのに隠してたら、せっかくのマスターのトランジスタグラマーボディがもったいないってものよ。ねえ、イロミダ?」
「いいえ……これは隠されていることで、逆に想像を掻き立てて、期待を煽る所がある……深みがあるわね」
しかし同意を求められたイロミダは、これはこれでと逆に好感触である。
「なんでそうなるのよ……」
そんな思いがけぬ反応に、ザリシャーレは裏手をイロミダに当ててツッコミを入れる。
「第一こんな、足しか出てないような手抜きオバケスタイルでどうして……」
ぐったりと肩を落としながらザリシャーレは、味方を得て背すじが伸びた黒布包みを見やる。
「あら、足だけ見えてれば充分じゃない? 後は屈んでつきだしたお尻とか、そう言うのからでも……ね?」
そんな赤い唇をなめながらの流し目を受けて、覆いの中ののぞみは息を呑んで再び背すじを丸めてしまう。
「なるほどね、流石は色欲のイロミダだわ。隠すことで逆に色気を掻き立てる深み、あると思う。でもあいにくと、アタシはアンタほどにエロスのレベルが高くないから、せめて普通のパレオ位にしてほしいんだけど?」
「うん、それもそう……ね!」
ザリシャーレの意見を一理アリと認めるや、イロミダは影を絶つほどの素早さでのぞみの背後へ。
そしてその手には、剥ぎ取っていた黒布が握られている。
「ヘヒィッ!? ナンデ!? ナンデ一瞬で……って、まっぶしい、目がぁあッ!?」
気づく暇も与えられずにカバーを奪い取られ、焼けるような輝きの中にさらされたのぞみは、眩しさのあまりに悶え苦しむ。
そのために黒地に赤黄緑三色のラインの入ったビキニに包まれた、低身長ながら出る所の出たグラマラスボディが跳ねる。
「素晴らしい早脱がせね。さすがだわ、イロミダ」
「まあ、これくらいはお手の物よ」
腕前をたたえるザリシャーレに、イロミダは日傘を回しつつ得意げに微笑む。
色欲を司る魔神に対して、いくら衣服を重ねて抑え込もうと意味などないのだ。
「ヘヒィイ……あぁんまりだぁ……返してぇ、私の防御カバー返してよぉお……」
目がくらんだまま、しかしそれでも懸命に黒布を取り戻そうと手を伸ばす。
しかし目を回しているかのようなよたよた走りに魔神たちが追い付かれるはずもない。
「ほらほら。こっちですよのぞみ様。足元に気をつけてー」
「あー……いいわー! やっぱりアタシ達で選んだ水着を着たマスターはいいわねー!」
イロミダが闘牛士のように片手に巻きつけた黒布をひらつかせながら挑発し、ザリシャーレがそれを追いかけ砂浜を走るのぞみに向けてシャッターを切りまくる。
「いやーまたアタシのライブラリが充実したわー」
「ヘヒィイ……け、結局、返してもらえ……ないぃ」
そうしてビーチでの追いかけっこと撮影会をしばらく。
ザリシャーレはたっぷりとのぞみの画像を納めたカメラを抱えてホクホク顔で、イロミダの日傘に入れてもらったのぞみは、結局何も掴むことができずに肩を落としている。
「うぅ……こんな、ずれた時季に……海のダンジョンが作られなかったら、こんな目に……なんて……ここを作ったヤツは、季節感が……死んでる、きっと……ヘヒヒッ」
「地球で言う異世界から転生してきたばっかのヤツが作るもんだからな。狂ってるのは仕方あるめえってもんだぜ」
のぞみの恨み節にボーゾが苦笑混じりにフォローを入れた通り、この夏の海とその浜辺によるダンジョンは、カタリナたち一味の手によるものだ。
ダンジョンを受け持つ人物個人個人の思い入れやらが反映される以上、生じるダンジョンもまた様々になるのは至極当然である。
それにそもそも、地球、異世界と一口に言うものの、どちらにせよハッキリと別れた四季のある土地がすべてではない。それに巡りがよそと逆転している場合もあるのだ。
地球は日本だけの感覚を何から何にまで押し付けるべきではないだろう。
ともあれ、カタリナ一味が作り出したという海と浜のダンジョンのことである。
先日、北郷要から情報をもたらされた、次に開拓すべきエリアにもってこいの場所と言うことで、こうして魔神三柱という戦力を伴って制圧にやって来たのだ。
「いやーでも、そのおかげでアタシは楽しい思いをさせてもらえたから、お礼を言いたいくらいなのだけれど?」
「同感だわ。ダンジョンでもなければのぞみ様はこういう場所に連れ出そうとしても、誘いに乗ってくれたか分かったものじゃないもの」
のぞみをダシにしたり、先走って飛び込んだり、各々ガッツリエンジョイしているが、あくまでもダンジョンアタック用の戦力として求められたメンバーである。
「要さんが是非にって強烈に推すだけはあるわね。実際に来てみて、これは是が非でもウチに欲しくなったもの」
「明るい水場というこれまでのものと比較しての目新しさ。普通に遊んでもらって良し。幽霊船を配置してホラーイベントにも良し。その他にもイベントの組み立て配置のしやすさと、色々主張していたものね。それで実際に制圧前提に足を運んでしまうあたり、さすがのセールストークよね」
この海浜ダンジョンの制圧と入手を推しに推す要の様子を思い出して、ザリシャーレとイロミダは柔らかな笑みを交わす。
「大漁だぁーッ!」
そうしていると、海面が爆発する。
高々と柱を作った海水の下には、両手それぞれに杭のようなものを握りしめ、赤々とした鱗のお魚くわえたベルノの姿がある。
「さっきのってあのまま……魚くわえたまんまで叫んだのかしら?」
「変なところが器用よね、彼女って」
そんなベルノの姿に、美女二人は感心と呆れが半々になったような苦笑を浮かべる。
「いやーやっぱり海はいいよねー。美味しいものがいっぱい棲んでるんだもの」
それをよそにベルノは口の魚をそのまま、ご機嫌に浜に向かって泳いでくる。
「ヘヒッ……た、大漁だって言う、割には……くわえてる分、だけ……?」
「それもそうですよね。他はもう食べちゃったのか・し・ら?」
そんな当然の疑問にのぞみたちが首を傾げていると、やがて泳ぐベルノの両脇に巨大な塊が浮かび上がる。
それは巨大な魚の体だ。
ベルノは軽々と運んでいるが、水面から飛び出している分を見るだけでも、明らかに人間一人程度ならば丸のみに出来てしまいそうなサイズである。
おそらくはカジキマグロのような魚なのだろう。ベルノが両手に握っている杭のようなものは、鼻先から伸びるトゲの先端ということになる。
ベルノが申告したとおりの、そしてのぞみたちの予想を超えた大漁ぶりに、浜にいる面々は残らず絶句してしまう。
「ここをベースのダンジョンが出来たら、海の幸系のレパートリーがドカンと増えそー! あ、フードコートの出張所に海の家があってもいいかも! 今から楽しみー!」
そんな身内たちをよそに、ベルノは巨大魚を持ち上げて上がってくる。
だがそんなベルノの背後で、海面が異様な波立ちを見せる!
「ベルノ!? 後ろッ! 海ィッ!?」
「ほへ?」
とっさにザリシャーレとイロミダの二人が上げた警告の声に、ベルノは間の抜けた声をこぼして振り返る。
だが、もう遅い。
水面を割って現れた触手の数々。それがいっせいにベルノに絡みついて海中へ引きずり戻す!
「べ、ベルノッ!?」
海に消えた仲間に、のぞみは悲鳴を上げる。
だがすぐさまに爆ぜた水音に、その悲鳴は掻き消される。
「踊り食い勝負だねー! 負っけないぞーッ!」
海面を割って立ち上がった触手の先端。
そこには自分に絡み付く吸盤つきの触手に食いつくベルノの姿があった。
「……な、なんてイヤらしくない触手攻め……ヘヒヒッ」
海水と触手表面の粘液に濡れながら、しかしまるでそれを気にかけることもなく、生の巨大蛸足をむさぼる食欲の姿に、のぞみは安心半分呆れ半分な引きつり笑いを浮かべる。
「触手攻めっていうか……この場合どっちが攻めてることになるのかしら?」
「ワタシに絡み付いたのだったら、もっと色気を出して見せますのに」
「で……でも、あのタコさんは、干からびる……でしょ?」
「そうですね。色欲を担うのは伊達ではない、というところもお見せできたと思いますよ?」
しっとりと、しかし迫力のある笑みを返してくるイロミダに、のぞみは背すじを震わせる。
そこへ不意に風を切る音が迫り、近くの砂浜が弾ける。
「フヒャヘヒィッ!? ナニナニナンデェッ!?」
突然の衝撃と横殴りの砂の雨。
それらからイロミダとザリシャーレにかばわれながら、のぞみは頭を抱くようにしてうずくまる。
「……あれが撃ってきたようですよ」
イロミダが言いながら白い指で指し示す方向を見れば、海上に何隻もの巨大な帆船が固まっているのが見えた。
それらはのぞみたちへ向けて今一度、いくつもの黒煙と砲弾を吐き出すのであった。




