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91:迷った時にはおススメ情報に頼るのもアリ

「次は……どんなエリアを作ろう……かな? ヘヒ、ヘヒヒッ」


 今日も多くの探索者を受け入れるスリリングディザイア。

 その最奥部でのぞみは巨大なモニターを前にホラーなスマイルを浮かべていた。


「おうおう。こないだ祭りの盛り上げが終わったばっかだってーのに、慌ただしいこったねー」


 周囲に絵図面をいくつも展開して見比べるのぞみを、ボーゾは呆れ半分に見上げる。

 胸の谷間に収まった小さな彼の言う通り、ダンジョンパーク・スリリングディザイアは地元、出坑でこう市の祭りに協賛し、客寄せの大イベントを終えたばかり。


 そのタイミングで休みも挟まずに拡大を図ろうとするのぞみの働きぶりに、パートナーとしては皮肉めいたコメントが出ようとも言うものだ。


「ウチみたいなの、は……飽きられたら、負け……! ここで、拡張して……増えたお客さんを、ハートキャッチ……ヘヒヒッ」


 しかしのぞみはまるで気にした様子もなく、大型イベントの後だからこそ踏ん張りどころであると主張。

 これにボーゾは呆れ顔はそのまま、ため息混じりに肩を上下させる。


「オッケー、分かった分かった。それがお前の欲望じゃあしょうがねえよな」


 心から欲して望んでいたところであったとはいえ、ボーゾはあっさりとのぞみの言い分を認めて自分の主張を引っ込める。


「ヘヒッ……ど、どうも、どうも……」


 そこにのぞみは不安を感じてか、ひきつった半笑いで応じる。


「まあどうしても休ませた方がいいやってなったらアイツがいるからな」


 ボーゾがそう言って視線を流した先には、モコモコとした布の塊が転がっている。

 横たわったアザラシのようにも見えるそれはしかし、着ぐるみ型の寝袋である。


 その証拠に、デフォルメされたアザラシの顔の下には、スヤスヤと眠る褐色銀髪の少女の顔がある。

 熟睡するあまりよだれが垂れているが、しかし愛らしく整った顔にはそれも愛嬌にしかなっていない。


「う、うん……スムネムが、起き出す前には……休む、から……うん、ちゃんと、寝るよ……?」


 スムネムと呼ばれた彼女はボーゾの主導で新たに呼び出された欲望の魔神である。

 その司る欲望は「睡眠欲」。

 普段は本人の欲求のままに眠っている眠り姫である。が、ひとたび溜め込まれた睡眠欲をそのアンテナに捉えれば、どんな手段を使っても満たそうとしてくるのである。

 その性質故に、顕現済みの魔神衆からももろ手を挙げて歓迎されて、寝落ちするまで無茶をしがちなのぞみの監視役に任じられているのだ。


「まあなんにせよ。のぞみが少しでも寝るのを忘れたとしたら、また布団と夢の中にしまってもらうだけだからな」


「ヘヒィイッ!? し、しまわれない、ように……気を付ける、から……」


「そう言われても、そこはお前次第だぜ?」


 いつものように眠るのを忘れてたら容赦なく差し向ける。いや、そうするまでもなくスムネムが目を覚ますことになる。


 そんな手心の欠片もない言葉に、のぞみは頬を引きつらせる。


「え、えと……それはともかく……というか、早めに区切りがつけれるように、どうするか……決めて、しまおう……ヘヒヒッ」


「おう。やりたいことをやって、しっかりと休めるようにもする。そういう風に動こうとするのが懸命だな」


 強引に話を切り替えようとするのぞみに、ボーゾは流すようにしてそれに同意する。


「で、でも……どう広げたもの、かな……?」


 しかし、いざどうしようという段になると、のぞみは悩ましげに絵図面を見比べることになる。


「んー? 何を迷うようなことがある? お前の作りたいように作っちまえばいいだろ?」


「そ、そう言われても……ザリシャーレの描いてくれたデザインは、どれも……み、魅力的、だし……ヘヒヒッ」


 スリリングディザイアのデザイナーを請け負うザリシャーレの描いたイメージ図は、のぞみが言う通りどれも秀逸で、目移りしてしまうのも無理はない。


「それこそお前が一番に良いって思ったヤツでいいだろ? 作ろうと思えば何だって行けるんだからよ」


 しかしどう迷おうと、最終的にのぞみ次第であることに変わりはない。

 祭り期間中に吸収したダンジョンコア。そのおかげでできた余裕に組み立てるのであるし、なによりどれを選んだとしても、魔神たちは全員意見はしても最終的にのぞみの判断を尊重して動くのであるから。

 それこそ、答えに窮してあみだくじ等で適当に選んだとしても、苦言はあっても協力を投げ出すようなことはあり得ないことだ。


「ヘヒィイ……責任、重大……! と、トンデモ……プレッシャー……ヘヒヒッ」


「そりゃ今さらだろ」


 そんな魔神たちの全面的な支援姿勢に、のぞみが青ざめ震えるのを、ボーゾは呆れ顔で見上げる。


「ハイハイお邪魔しますよ!」


「ヘヒィ!?」


 そこで不意にドアが開かれ、景気の良い声と共に上がり込んでくる者たちがいる。


「か、要……さん?」


 頭をかばうようにして身を丸めていたのぞみは、おそるおそると突然の来客へ振り返る。


「はい。突然にお邪魔して申し訳ありません、オーナーさん」


 名前を呼ばれたショートカットメガネレディは改めて朗らかに挨拶をする。

 が、その頭を上から鷲掴みにする手がある。


「要さん? 私は言ったはずですよね? マ……スターはとてもとてもとても繊細なので、驚かすような真似は厳に慎むように、と?」


 要の頭を握る手の主は、スリリングディザイアの金庫番。金銭欲のウケカッセだ。

 ちなみに鷲掴みに、と表したが、実際彼の腕には黒い羽毛が現れていて、指先も鳥の足爪のように変化している。


「い、イタイイタイイタイ!? ちょ、ご、ごめんなさい、調子に乗りましたー! だからこの手を離してお願イッターイッ!?」


 そんな額に食い込む爪に、要が悶え苦しむ。だが本性を滲み出させた魔神の握力からは逃れられない!


「えぇ……か、要さん……って、こういう、人ぉ?」


 目の前でドタバタと手足を振り回す大人の女性に、のぞみは困惑に顔を引きつらせる。


 彼女からは先日憑き物を無事取り除くことができた。そういうわけではあるが、だからといってそれは常に本性を封じる類いのものではなく、急に異様なテンションに変わる訳がない。

 事実、取り除いた直後の要の対応は、感極まって感謝を告げていても、こんなはしゃぎじゃれるようなものではなかった。


「お前らの方で楽しくやってるのは何よりだがよ。肝心の用件は何なんだよ? のぞみを脅かす勢いで踏み込んできた用件ってーヤツはよ?」


 そんな混乱するのぞみに代わって、ボーゾが本題に進むように求める。


 これを受けてようやくウケカッセは要の頭からカラスの爪を外し、痛みから解放された要もスーツの乱れを正して背筋を伸ばす。


「新エリアをどうするかお悩みの様子のオーナーさんに、ちょうど耳寄りのお話があるんですよ」


 先程の醜態などなかったかのように語り始めた情報に、のぞみは前のめりになる。


「ど、どんな……? どんな耳寄り、情報? ヘヒッ」


「おお、これは本当にお困りだった様子ですね。ウケカッセ様から何やらお悩みが伝わってくると聞いたときは、早速お役に立てるかも、とは思いましたが……」


 のぞみの食い付きに、要はそれを確かめるように繰り返しうなづく。


「もったいつけるのは程々にしてくれよ? 俺の相棒は早く続きを聞きたいみたいなんだからよ?」


 そこへボーゾがのぞみの欲望を口実に先を促す。

 のぞみとしてもいい情報とやらを聞きたかったのは確かであるが、それを躊躇なく暴露するパートナーの言葉には目を剥いてしまう。


「おっと、それは失礼。その情報と言うのはですね……」


 しかしのぞみが声を上げるよりも早く、要が促されるままに持ってきた情報を語り始めるのであった。

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