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90:財貨を集めて貯めるのの定番と言えば定番

「お、お邪魔、します……ヘヒヒッ」


 重い音を立てて開く扉を潜って、ウケカッセとのぞみは金庫の中へ。


 閉ざされていた扉は強固な造りで、のぞみはもちろん、ウケカッセも開けるための正式な手順を知るよしもなかった。

 だがそんな問題もウケカッセが片手をかざしただけでもう無くなった。


 ウケカッセが中身を欲し、求めるのに従うように、大金庫は自ずから扉を開き、招いたのだ。

 そうしてお好きにお持ち出しくださいとばかりに開いた扉を潜ったというわけである。


「うおぅ……ま、まぶし……ッ!?」


 そんなのぞみをまず襲ったのは、目に刺さるほどにきらびやかな金色の輝きである。


 あまりのまばゆさに痛む目をかばいながらのぞみが輝きの正体を確かめれば、それは壁を埋めるほどに積み上げられた金銀財貨の山によるものであった。


 もちろんいくら磨きあげた金貨であろうと自ずから輝く訳もない。

 侵入者を認めて灯った明かりが金庫中の金貨を乱反射。入り口に向けた先制の目眩ましとなったというわけだ。


 しかしそれ以上はなにも起こらない。


 せっかく先んじて視力を一時奪ったとしても、怯んだ隙を突かなければ何の意味もない。


 その遅れはワンテンポどころか、のぞみの眩んだ目が慣れるまで、じっくりと時間を与えてくれた。


「ヘヒッ? る、留守? って、ことは……ない、よね?」


 この仕掛けた罠を自ら叩き潰すかのような不自然さに、のぞみの口からあり得ないと思いつつもこんな疑問がこぼれでる。


 金銭欲を司る魔神たるウケカッセが、そのアンテナを頼りに導いた先である。

 間違いなどあるはずがない。

 しかし疑う余地もない信頼があろうと、現実に姿が見えないのである。思わずポロリと口に出てしまうのも無理もない。


「ヘヒッ……!? や、ウケカッセ……? 今、のは……違う……ヘヒヒッ」


 のぞみは気づき、慌てて弁解しようとする。

 だがウケカッセは、分かっているとばかりに柔らかく首を横に振る。


「あちらを」


 そして指さした先には、大きく盛り上がった金銀財宝の山がある。


 それはひと際うず高く、大きく積みあがってはいる。だがしかし、光を強烈に跳ね返す宝石、貴金属の塊には違いない。


 アレが何か?

 答え合わせを急いだのぞみがそう口にするよりも早く、なんとその財宝の大山が揺れた。


「ヘヒッ!?」


 大きく膨らみ、山を成す金貨が崩れ散る。


 その動きにのぞみはとっさに息を呑んで身構える。


 ウケカッセが庇うようにのぞみの前に出ると、財宝の山はその揺れを激しくさせ、やがて内側から弾ける!


「ふ、風……船?」


 そして現れたのは白く大きな膨らみであった。

 のぞみが風船と呼んだそれは、まるで呼吸しているかのように膨張と収縮を交互に。


 あんな膨らんではしぼみを繰り返す風船がこのダンジョンの、ジェニの一部から生じたボスモンスターだというのか。


「いえ。良くご覧ください」


 そんな疑問が顔に出ていたのぞみに、ウケカッセはさらに観察するようにうながす。


 その言葉に素直に従ってみればなるほど、巨大な風船じみたそれの表面はゴム質のものではない。

 強固な甲殻こそ成していないが、びっしりと硬そうな鱗に覆われた生き物のモノだ。


 そのことをのぞみが理解するのとほぼ同時に、鱗風船が唸り声を上げながら身悶えをする。

 あわせてその周囲を埋めていた金銀財宝の山がさらに大きく崩れ始める。


「あわ、わわわ……!?」


「心配には及びませんよ」


 雨のように降り注ぐ金銭欲に、のぞみが慌て逃げようとする。だが対するウケカッセは落ち着いたもので、自分たち目掛けて降り注ぐ金貨宝石を吸い寄せまとめて吸収していく。


「……ふむ、濃くはありますが、単純で飽きた味わいですね」


「お、そうかぁ? シンプルなのはそれはそれで悪くないと思うがな」


「それは常に多様な欲望を味わえる我が主だからこそでしょう? 各種の欲望に特化した我々には、単純で強いだけのものはくどくて飽きが来るのですよ。正直胃もたれが来そうです」


「おいおいずいぶんと年より臭いことを言うじゃねえかよ」


「……そ、そんな、ことより……! 前……! 前を……ッ!?」


 のんきに欲望の味について議論をするパートナーたちに、のぞみは正面に集中するように声を上げる。


「ほっほーう。こいつはまた……」


「なんとも、哀れな……」


 言われてのぞみの指さした先を見て、ボーゾは愉快気に笑みを浮かべ、一方でウケカッセは沈んだ顔で頭を振る。


 財宝の山に下半身を埋めたそれは、バカでかいカエルの化け物であった。

 いや、大きくて幅ったいガマガエルのような口と膨らんだ腹をしているから一見しての印象はそうなるが、カエルそのものではない。


 先に述べた通りにその肌は硬質な鱗。

 眼は眠たげであるが、立体視に向いた前向きの肉食型。

 腕は長く、五本の指先には鋭いカギ爪が備わっていて、さらに肩の後ろには皮膜の翼らしきものがある。

 そして角が。人がやるようにポニーテール型にまとめたたてがみからは、太く短い角が生えているのである。


 そのことから察するに、酷く不細工で肥え太ってはいるが、ドラゴンなのである。たぶん。きっと、おそらくは。


「あの髪型に、なによりもこの欲望の波長……あの醜いデブトカゲが、ジェニの一部であったモンスターに間違いありません。気配から居場所は分かっていましたが、こうも醜悪に作られるとは……」


 かつての信徒。その魂の一部が受けた仕打ちに、ウケカッセは憐れみ嘆く。


「しかし、しかしなによりも哀れなのは、あの首輪の存在です」


 そうして金銭欲の魔神が嘆くままに示した先には、ガマ口と膨れ肉に埋もれて見えにくいが、首の位置に輝くものが確かにある。

 それは確かに、白い帯を金細工で飾った首輪であった。


「あの首輪と、この知性に乏しそうなドラゴンが、ジェニと要を支配するための仕込みでしょう。ジェニを宿した要が反抗したのをカタリナたちが知れば、首輪つきのデブトカゲが心を食い荒らして乗っとる。という算段だったのでしょう」


「……ひひ、ひっど……!」


 ウケカッセの推測したタネと仕掛けに、のぞみはひきつり笑いもなく、その非道に憤る。


 それが聞こえたのか、財宝に浸かったデブドラゴンは、眠たげな目をようやくのぞみたちへ向ける。


 しかし体温が上がらず、頭が目覚めていないのか、そのまましばらく寝ぼけ眼をしぱしぱと。

 そうして決して短くない間を挟んで、銭ドラゴンはようやく自分が何を見ているのかに気づく。


 己の貯えに手の届くところにいる侵入者へ向けての野太い咆哮。

 それは金庫全体を揺るがし、中に満ちていた財宝の山を崩落させる。


 波打って押し寄せる煌めく金属たちに、のぞみはすがるようにウケカッセに身を寄せ服をつまむ。


「やはり私の事も解りませんか」


 そんな母と慕う主人を受け止めつつ、ウケカッセは嘆息をひとつ。

 次の瞬間、のぞみたちに押し寄せていた財貨の津波はうねるように流れをつくって金銭欲の魔神ただ一人に注ぎ込まれる。


 まさに炎の怪物に火炎の魔術をぶつけるがごとき愚行。

 ウケカッセを金銭欲の魔神と知っていれば、まず取るはずのない攻撃手段であった。


「つまりはジェニに取りつき、その欲望を啜っていた寄生虫というわけです。遠慮する必要はないですよね、ママ?」


「そ、そう、だね……ヘヒヒッ」


 ジェニと要に対する心配無用とのウケカッセの言葉に、のぞみはうなづいて掌に呼び出した光に指を滑らせる。


 対する銭ドラゴンは、自分のホームを利用した攻撃がまるで通じなかった事に戸惑い怯む。だが、巣を侵すものを許してはいけないと、その腕を振り上げる。


 しかし振りかぶったはいいが、そこから下ろすことができずに固まってしまう。


 意味不明、理解不能の事態に、銭ドラゴンは困惑のうなり声を上げる。


 だがタネとしては何のことはない。単純にのぞみの設置したトラップが持ち上がった腕をがんじがらめに拘束しているだけなのだ。


「さすがはママ。それでは、あとは私にお任せください」


 そう言ってウケカッセは手首を解しながらモンスターとの間合いをつめる。

 無造作なこの接近にガマ口のドラゴンは身を震わせ、ガスのブレスを放つ。


 巨大な口から大きく広がったそれは、壁となってウケカッセとその後ろののぞみへ押し寄せる!


 しかしウケカッセは鼻息をひとつ。軽く腕を振りかざすと、周囲の金貨たちが自ら動いて壁を作る。


 割り込む形で出来上がった黄金の壁は、ガスを真っ向からあっさりと受け止め、弾いて見せる。


「まあ、そうでしょうね。獣ではなく、人の欲望で育ったお前が、自分の財産をもろともに潰す攻撃をするはずもない」


 読み通りだと笑ったウケカッセは、ガスブレスを防いだ黄金の壁をそのまま、驚き大開きになったガマ口へ向けて押し出す。


 それはガスの吐息を押し返しながら、真っ直ぐにドラゴンの口へ突っ込み、塞いでしまう。


「さて、大きなお腹にもお口にもまだまだ余裕があることでしょうし、せっかくこれだけ溜め込んだ大好物ですからね。まだまだこれから、たらふくにご馳走して差し上げるとしましょう」


 そうして巨大な口から財貨を溢れさせたドラゴンへ向けて、ウケカッセはさらに黄金を手繰って波立たせる。

 そんな自分の喉を狙い鎌首もたげた金貨の塊たちに、銭ドラゴンは縛られ動けないまま、涙目に竦み上がることしかできなかった。

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