9:いらっしゃいませ。冒険願望の持ち主たち
壁のひとつを大モニターに占拠された部屋。
その中央にあるローテーブルにのぞみとボーゾの姿があった。
「ここまで駆け足だったが、どうにかここまでこぎ着けたな」
「ヘヒ、ヒヒヒッ……い、一般公開ッ!」
そう。本日スリリングディザイアは一般公開を、プロ探索者以外を客として迎えるのだ。
「いや期間は短かったが、忍やその紹介で集まったプロ連中には何度も潜ってもらっちまったな」
「て、テストプレイには感謝……ヘヒヒッ」
「おう。こりゃ優待券だけじゃ足りないかもな」
「いやいや、こっちとしても死なないですむダンジョンで堅実に稼がせて貰えたからな。御の字ってモンだぜ」
「よお、忍!」
「おうオーナーご両人」
言いながら部屋に入ってきたのは、テストアタック参加者筆頭の犬塚忍だ。
「しかしマジでいいのか? なんなら永続フリーパスにしたって良かったんだぜ? なあのぞみ?」
「う、うん……犬塚さんはもう、ほぼスタッフ、だし……ヘヒッ」
若干身構えながらではあるが、のぞみの言葉に嘘はない。
事実、忍の名前はテストアタッカーとしてスタッフ同然に記録されている。モンスタースタッフ以外で、このダンジョンの中枢を担う部屋に入ることを許可されていることが何よりの証拠だ。
「ここの永続フリーパスは魅力的だが、遠慮させてもらうぜ。スタッフ同然の扱いだけで充分だ」
しかし忍はカカと笑って、ボーゾの提案をやんわりと断る。
「おいおい。もっと欲張れよ。こっちとしちゃあ何人かの入場料タダにしたって痛くも何とも無いんだからよ」
ボーゾがニヤリと笑って欲を煽るのに、のぞみも首を縦に振る。
これも別に嘘でも強がりでもない。
そもそもがのぞみの能力で作られている設備の維持に費用はかからない。さらに収穫素材を代理買い取りした際の中間マージンや、食事などの各種サービス利用料を利益のメインと据えているため、入場料に重きは置いていない。
実際、初回登録料込みで300円で、二回目以降は100円と、テーマパークのものとしてはあってないようなものだ。
「ぶっちゃけ、30円でも良かったけど、自重した……ヘヒヒッ」
「いや、さすがにそれは経理のSAN値とか、いろんな意味で危ないからな? ホント、いろんな意味で」
「ヘヒ?」
パートナーへ半眼を向けるボーゾであるが、視線を受けた当人は訳が分からないと首を傾げるばかりである。
「まあアンタラのその辺の事情はともかく、甘えすぎたらろくなことにならんからな、お互いのためにも。あやふやな立ち位置だからこそ、線引きはちゃんとしとかないとよ」
「し、忍さんが、そういうなら……ヒヒッ」
「仕方ないよな」
双方のためにと、重ねて固辞する忍に、のぞみとボーゾは素直にうなづく。
「で、それはそれとしてどんな塩梅だい?」
「じゃ、じゃあ……こっちで一緒にどうぞ」
「おう。すまんね」
忍はのぞみに勧められるままテーブルの一角に腰を落ち着ける。
「ではまず受付周りから、へヒ、ヒヒヒッ」
そして高い笑い声とともに、のぞみは指を一振り。
すると壁を占拠したモニターに、受付カウンターの光景が映し出される。
モニターに映る受付カウンターを備えたホールは、初日ということもあって来場者で溢れている。
カウンターはフル回転であるが、それでも追い付いていないほどだ。
「ほう。まずは盛況じゃないか。いいねいいね」
その賑わいを見て、ボーゾと忍は、満足げに笑みを浮かべてうなづく。
「こ、これも忍さんたちのおかげ……ヘヒヒ!」
「おん? 俺らの?」
首を傾げる忍に、のぞみはモニターを見るように促しながら、手のひらに指をツイツイと滑らせる。
するとモニターはホール中央の柱を大写しに。
「俺ぇ?」
柱を囲むようにかかったモニターの一つ。そこに映っていたのは、モンスターを一刀両断に斬り伏せる、たくましいファイターであった。
フルフェイスのヘルメットで顔は見えないが、被ってる本人からすれば間違えようがない。
「テストアタック中のハイライト集CM……ウェブでも好評……! ヘヒヒ!」
そう。テストアタックに参加したプロ探索者たちの活躍をプロモーション映像にまとめて、ネット配信したのだ。
その宣伝効果は、ただいまの混雑具合が何よりも物語っている。
「え、マジで? いや話は聞いたし、オッケー出したけどマジで!?」
「マジでマジで。再生数もすんごいの……ヘヒヒッ」
「てか知らなかったのかよ? お仲間が広めてくれてたみたいだが、お前さんは知らされて無いのか? ひょっとして、実はぼっち?」
「え……」
「いや違うからな!? あとのぞみちゃん、仲間がいたみたいな目は止めてくれ? 俺がただ単に、なんとっかーとかやってないし、詳しくないだけだから!」
必死にぼっち疑惑を否定する忍だが、のぞみとボーゾからの視線に変化はない。
「それはもういいから! 受付の様子見せてくれって、な!?」
「わ、分かった」
その視線にグヌヌと唸りながらの提案を受け入れて、のぞみはモニターの視点を操作する。
「はい。ではこちらのスキャナーにお手をお願いします」
「ひ、ひゃい!」
そうして眼に留まったカウンターのひとつ。スタッフモンスター、アガシオンズの一人である受付嬢アーガ・フォウの担当する席では、いままさに探索者カードが作られようとしているところであった。
「ふむふむ。体力面は貧弱ですが、潜在魔力はそれなりですね。基本クラスはメイジで登録いたします」
「おっふ。十代で魔法使いになってしまいましたぞ。しかし美少女受付嬢から貧弱とか、鋭くってちょっと気持ち良いですな」
手形の描かれたスキャナーに手を置いたオタク風味な青年は、受付嬢の能力の寸評を聞いて身悶えする。
「はいクネクネしててSAN値が下がりそうなほどキモいので、さっさと行ってください」
「ンアァア! ンギモヂィイッ!」
しかし受付嬢アーガは動じることなく、粛々と手続きを済ませて捌いてしまう。
その冷たく厳しい様が、余計にオタクくんの興奮を煽ったようだが、やはり受付嬢に気にした様子はない。
「おら、早く空けろよ、邪魔なんだよ!」
「あいたぁ!?」
そんなオタクくんを後ろで待っていた男が突き飛ばす。
「いや、キミも大変だね。あんなのの相手しなくちゃなんないなんて。どう? しばらくガードについて他のカウンターに行かせようか?」
オタクくんを突き飛ばしたこ洒落た若者がそう言ってカウンターに肘を乗せる。
一方で押し退けられたオタクくんは突かれた背をさすり、うらめしそうにしながらもとぼとぼとこの場を離れる。
「業務妨害はご遠慮願います。そんなことより、スキャナーにお手をお願いしますお客様」
だが小悪魔受付嬢は眉ひとつ動かさずに、測定早よ、と若者に促す。
「あ、はい」
そのぶれない態度に、軽い調子の若者も思わず素直に従ってしまう。
「こ、これは……ッ!?」
しかし、そうして出た測定結果を見て、アーガの顔色が変わる。
「お、なになに? 俺ってばやっぱすげえの? 期待の超新星ってヤツ?」
そのただならぬ様子に、計った若者だけでなく、後ろについていた客たちも、何事かとどよめき覗こうとする。
「こ、これは……普通ですね」
しかし期待と注目を集めて放たれた一言に、若者をはじめ、乗せられた人々は脱力する。
「いやホントに普通、フッツーですね。一般的な若い男性の平均そのもの。特徴が無さすぎで、逆にどの基礎クラスに割り当てたらいいか困るくらいの。あ、なんなら希望はございますか? メイジ以外ならだいたい行けますよ?」
「いやもうそれならファイターでいいです」
わざわざ平均であることを強調しつつ、受付嬢はうっすらと微笑みながら尋ねる。
それにこ洒落た若者は、周囲の視線の居心地悪さもあって早口に返事をする。
「そうですか。では御希望ならアベレージファイターの称号で登録も出来ますが?」
「いいですから要りませんから早く通してください!」
さらにアーガが質問を重ねるのに、若者はたまりかねて半ばもぎ取るように自分のカードを受け取る。
そのまま若者が逃げるようにカウンターを離れていくのを見送って、受付嬢は次に控えた客へにっこりと微笑む。
「さ、次の方どうぞ」
「いや交代だよ。アーガ・フォウ」
「シオン・スリィ!?」
しかし、ダメ。
一部始終を見ていたのぞみが、対となる男性型の一人とのチェンジを指示したからだ。
言わずとも配置変更の指示は届いているので、受付担当のアーガは席を立って奥へ。
「お騒がせしました。お待ちのお客様、どうぞ」
そうしてシオンが代わって席についたことで、止まってしまった列がふたたび動き出す。
「ちょっと、やりすぎ……」
のぞみはそれにホッと安堵の息を吐いて、受付から外したアーガへ小言を送る。
このスリリングディザイアは多くの人に冒険ごっこを楽しんでもらうための場所だ。相手がどうあれ、能力面で恥をかかせるようなマネはするべきではない。
「でも、正直かなりスカッとした……ヘヒヒッ」
しかし、個人的な思いをそえたフォローも忘れずに付け足しておく。
「まあ受付も色々あるみたいだが、中も見てみようぜ? もう潜ってるのもいるんだろ?」
「は、はい……! じゃあ、そっち映しますね? ヘヒヒッ!」
空気を変えようとする忍の提案に従って、のぞみはいそいそとモニターを操作。求められた映像を呼び出すのであった。




