89:巡り合わせの不幸に同情するしかない
ウケカッセが先導する形で貨幣の迷宮を進むのぞみたち。
しかし迷宮とは言っても、通路はウケカッセがダンジョンそのものを構成する貨幣たちを操ることで一本化。同時に侵入者を拒もうと現れる罠や財宝のモンスターたちも無力化されているため、ただの長々とした道筋でしかない。
迷いはぐれる危険すらないこの一本道に気を張る必要は無く、のぞみには辺りを見回す余裕さえある。
しかし見るものと言っても、あるのは異世界の貨幣や地球諸国の貨幣サンプルばかりで、代わり映えがしないのではないか。
そんな印象を受けるのも無理はない。
だが、そんなことはない。
「ヘヒッ……ま、また、あった……」
のぞみがつぶやき見つめる先。
そこにあったのは一枚の絵画だ。
いや、金細工の額縁の中に人物像があるが、それはただの絵画ではない。
そのセピア調の絵の中にいる人物は動いているのだ。
まるで撮影記録された映像のように。
「今度のは……ジェニ、さんの……思い出? ヘヒッ」
そう。ここは財に埋もれ形作られたダンジョンではあるが、北郷要に宿らされた女商人ジェニの魂を土台としたものである。
彼女の記憶を映し出すものが、こうして道々に現れてきているのだ。
もっとも、記憶とは言ってもそこは人間のもの。細部まで完全完璧に映し出されているわけではない。
印象の薄かったらしいところはぼやけているし、所々に書き足し補ったような痕跡も見える。
だから「思い出」なのである。
「ああ。こいつらは確かに、滅びた世界で活躍した英雄とそのご一行、だな。ほれ、そこの法衣の女はのぞみも知ってるだろ?」
「ヘヒッ……う、うん……会ったことあるひと……ヘヒヒッ」
ボーゾの指差した法衣の女、カタリナの姿を認めて、のぞみは身震いする。
以前に危うく殺されかけ、ダンジョンコアも身内も何もかもを奪われかけた相手である。
その恐怖はまだのぞみの中で色褪せていない。
その恐るべき敵は、ジェニの思い出の中で穏やかな笑みをこちらに向けてきている。
しかし、それは見せかけだけのものだとのぞみには感じられた。
嘲り。
敵意。
微笑みの仮面の裏に隠された、それらカタリナの本心を読み取れるのは、のぞみも同じく彼女から見下され、害意を向けられたことがあるためか。それとも、この思い出を持つジェニがそれを敏感に感じとっていたからか。
しかしそのどちらであるにせよ、ジェニとカタリナの間に不和があったことは見てとれる。
「このカタリナ? 以外とも、似たような雰囲気、だけども……ヘヒヒッ」
それも二人の間ばかりではない。
これまでに見てきたジェニの思い出の中で、英雄だと言われている男を取り巻く女たちは皆、大なり小なり額縁の中からこちらへ見下すような目を向けてきていたのだ。
「さ、最初は……そうでもなかったのに……ど、どうしてこうなった……? ヘヒヒッ」
だが全てが全てそうだったワケではない。出会い、仲間に加わった当初と思わしき思い出の中では、資金面での支援を重宝され、感謝されていたような場面もあったのだ。
「それについては心当たりがございます」
のぞみが疑問を口にしたのに、ウケカッセが足を止めて振り向く。
「英雄殿の活躍が知られるようになり、自然と支援が集まるようになったために……ですね。彼ら自身が金策に奔走しなくとも活動が続けられるようになれば、仲間にも純粋な戦力の方が重視されるようになります。その点、ジェニはあくまでも個人の商人ですので、支援で他に埋もれるようになってしまいますと、ね……」
この説明にのぞみはなるほどと首を縦に振る。
商売というものはただ一人で成り立つものではない。
いかに有能な人間であったとしても、拠点も無し、細々としたことを任せられる人間も無しでは限界がある。
ましてや冒険に同行していては、仕入れる相手、売る相手も無しという状況もある。飛び抜けて珍しいものを直に手に入れる旨み強みは確かにあっても、商人としては行商人のレベルを超えるものではない。
それでは単純な資金支援としては、豪商相手や国家単位のものに敵うはずもない。
そうして価値が下がった分、ある一面では敵でもある仲間たちからないがしろにされ、取り戻そうと無理をしても当然に及ばず、力不足を露呈する。
第一線に立つには不足と見切られ、それを受け入れて拠点を構えて支援金を稼ぐ方向にシフトしたとして、他の後援者と並ぶ程度。重宝がられても、それは気安くたかれる相手として。
そして英雄はそんな悪循環の中でジェニを認めるでもなく、第一線のメンバーの和を保つのに苦心するだけで、ジェニの役目は終わったものだと言う彼女らに同調するばかり。
「こ、こうも……なっちゃえば、そりゃ……冷める、よね……」
このジェニが見舞われた不遇の日々に、のぞみは同情の言葉をもらす。
ないがしろにされるようになったとは言え、苦楽を共にした情があり、大商人に成り上がる機会を貰えた恩義もある。
だからこそジェニは英雄と取り巻きを裏切る事無く支え続けはしたが、その付き合いは義務的なもので、気持ちは完全に離れてしまっていた。
それは家族との間に隔たりのできたのぞみにはよく分かる。
のぞみはジェニとは違って、それを改めるため、取り戻すために特別な努力はしてこなかった。
だがそれだからこそ、なにもかもを取り上げてやろうとする裏切りにあっても諦めが勝ち、悲しみは大きくても怒りは弱かった。
父母弟に認められようとしなかった自分にも責があると思えたからだ。
だが必死に関係改善に努力をしてきて、それでも認められずにいたとしたら。
手塚家に対して、のぞみもまた強い憤りと憎しみを抱いていたかも知れない。
「しっかし分からんな。ここまでやっておいて、カタリナどもはジェニを宿した要が味方し続けるとでも思ったのか? 報復する、まではともかく、手切れしたいって欲望を持つだろうって考えるのが自然だろうに」
そうしてのぞみがジェニの心を思い、胸を痛めていると、その谷間に収まったボーゾからあきれ半分の疑問の声が。
「だ、だよ……ね、ヘヒッ」
それは当然の疑問で、まともな感性の持ち主ならば、想定してしかるべきところだ。
のぞみもワケが分からない。と、相棒の疑問に同調する。
「推測になりますが、かつてのようにわだかまりを飲み込んで協力するだけの魅力が英雄殿に備わっていると信じている、のでしょう。そうでなければ、自分たちがどんな仕打ちをしてきたのか、まるで意識していない。とか?」
「ヘヒィイッ!? あり……ありえ、そう……!」
その疑問に対するウケカッセの推測に、のぞみは十分にあり得るとおおいにうなづく。
惨い仕打ちを受けてきた側にはつらい記憶として刻まれても、して来た側は軽く捉えている。
いわゆるいじめっ子の理屈というやつであるが、ありえない話ではない。
特に、カタリナのような自分が正しいと信じて疑わないだろう人物の場合は特にだ。
過去の行いについて激しく詰問したとしても、彼女ならば不思議そうに首を傾げて、あの時には必要なことで何が問題だったのか、と逆に質問さえしかねない。
敵対的な第一印象から、特に悪く取った偏見だという見方もあるだろうが、のぞみたちからすればあながち大外れとも思えない人物像である。
「ひ、一言で言って……自分の悪に気づいてない……そういうタイプの、ヤツ……ッ!」
「神の教え、愛のため……色々と正当化する言い訳を盾に手段も選ばず……まあ、そういうヤツだったよな」
「まさにママが評した通りの人物、ですね」
のぞみの評にボーゾとウケカッセは納得顔でうなづく。
「しかし、敵の人物評からの推測はともかく、奴らがジェニを支配するつもりで仕込んでいた奥の手が、この先にあるのは確実です」
そうしてウケカッセが指さした先。
そこには分厚く巨大な、それ自体が黄金でできた金庫の扉があった。




