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88:ダイブしたハートが銭まみれだった件

「ヘヒッ……なんか、いろんなお金が……そこら中、に……」


 戦闘モード姿ののぞみが辺りを見回してひきつり笑いをこぼす。

 そのつぶやきの通り、今のぞみがいる周りには、紙幣硬貨を問わず、様々な貨幣で埋め尽くされている。

 それはもう、壁や床を形作る勢いで。


 そんな周りを金に取り囲まれた中、のぞみはふと足元に落ちていた硬貨を手に取る。

 しかし拾い上げたそれは、日本円のどの硬貨とも異なる金貨であった。


「……ヘヒッ、これ…ウチの換金用のコイン……? ヘヒヒッ」


 花が刻印されたそれは、スリリングディザイアで宝箱等から得られる換金用のコインとよく似ていた。

 いかにもな財宝の入った宝箱を開けて、ぎっしりに紙幣が詰まっている。というのは、なんとも風情を欠くあり様である。

 それにそもそも勝手に公的に発行されている貨幣を、景品にダンジョンに転がしておくなど、風情抜きにしても言語道断な話である。


「なんで、ここに……?」


「ああ、説明していませんでしたか? それは私どもが生まれた世界で一番広く流通していた貨幣なのですよ。デザインの基本はそのままに借りましたが、ウチで使っているものの方が出来がいいですよ」


 その疑問には、側に侍るウケカッセが答える。


「あ、ホントだ……こっちは歪みとか……まずいとこが、けっこう……ヘヒヒッ」


 金銭欲が得意げに語ったとおり、よくよく見比べてみればこの場に転がっているコインには出来の荒さが目立つ。

 なんと言うべきか、手に取りさえすれば、現代地球よりは随分と古臭く、貧弱な鋳造技術で作られたことが分かるような代物であった。


「で、でも……ダンジョンから出る、としたら……こっちの方が、風情的には……アリ! じゅ、充分に……ヘヒッ」


「それは分かります。が、それはともかく、ウチの換金硬貨そのものではなく、その元が転がっているあたり、やはりジェニの魂と記憶が混ざり合っている場所ということでしょうね」


 ウケカッセが納得の表情で見回しつぶやくとおり、のぞみたちがいる貨幣を積み上げてできた様なこの迷路は、ジェニと混ざり合った要の精神を基にしたダンジョンなのである。


 ベルシエルが要の願いを叶えるために必要で有用な方法を調べ上げて、それに基づいて、のぞみが創造した場所なのだ。


「まさか、ホントにそんな場所が造れる、だなんて……自分でも、びっくり……ヘヒ、ヒヒヒッ」


「おいおい。お前の信頼するベルシエルの調査・診断の結果だぜ? 疑ってたのかよ?」


 そうして作って乗り込んだダンジョンを見回しながらつぶやくのぞみに、ボーゾがその胸元から言葉端をつつく。


「い、いや……疑ってた、って言うなら……それは、自分の能力の、方で……ヘヒッ」


「おおっと!? そいつは結局、おまえなら可能だってベルシエルの調査結果を疑ってかかってたってことにならねーかな?」


「フヒャヘヒィイ!?」


 しかしのぞみの弁解の言葉を、ボーゾはその綻びを容赦なく貫いて、パートナーに頭を抱えさせる。


「ママを、あまりいじめないでやって下さいませんか?」


『マスターが自分を信じるよりも疑いがちなタイプなのは、分かり切ってることですな。あんまりお尻を蹴っ飛ばしても、逆にうずくまっちゃいますからな』


 そこへウケカッセと通信ウインドウ越しのベルシエルが庇いに入る。


「ま、性根に染み付いたもんだからな。一朝一夕、一言二言で即改まる筈もないやな」


 魔神たちの意見を受けて、ボーゾは軽く笑って矛を収める。


「ママの心根を改めようとするよりも今は、ジェニ……いえ、要さんの問題解決を急ぐべきでしょう」


「そうだな。早いことダンジョンを攻略して、助けてやらないといかんよな。要の心の迷宮のコアをのぞみが吸収。それで万事オッケー! でいいんだよな?」


『そういうことですな。ジェニは以前我々を襲ってきた、砂漠のセクメットと同じように、ダンジョンボスモンスターとして要に潜り込まされていたわけですからな』


 のぞみが作ったこのダンジョンは、ジェニのモンスター部分とそれが住処としていたダンジョン部分を分離して造ったもの。

 カタリナ達の手先としての存在するのはそのボスモンスター部分であるため、それを分離し取り除いたうえで、のぞみのダンジョンコアで吸収、制圧してしまえばよい、というのがベルシエルが調査して組み立てた解決策であった。


『乗り込まないでも、外から要さんに巣くってるダンジョンコアを抜き取ってしまった方が手っ取り早くはあったのですがな? マスターの注文に完璧に応えるとなると、こういうプランになるというわけですな』


 宿主である今の要をこちらで支配してしまうような影響を出さず、なおかつダンジョンマスターに出来る範囲でシンプルに解決する。

 倒すべきを倒せばよいシンプルな目的と、都合のよい結果は、すべてベルシエルの調査と計画あってのものであった。


「ヘヒッ!? ……な、なんか、ゴメン……ね? 手間を……増やし、ちゃって……ヘヒヒッ」


『とんでもない! マスターに危険と手間の残るプランなのが、個人的に少々心残りなばかりなだけなのですな。むしろ頼られるのは配下の誉れ! マスターはもーっと我々に頼っていい。それが魔神衆の総意なのですな!』


 手間をかけさせたことを謝るのぞみに、ベルシエルがそれは違うと慌てて首を横に振る。


「う、うん……な、なるべく、頑張って……みる …ヘヒヒッ」


「いやそこで断言を避けるなよ」


「それよりもむしろ、余分な仕事を抱えて頑張りすぎないために頼って欲しいところなのですが……」


 呆れと諦めの入り交じった視線に、のぞみは居心地悪さから身を揺する。


『さてさて、これはまた本来の目的から脱線しそうですな。そういうのは帰ってからにするべきですな』


「そ、そう……だね。ゴメン、いま進む、から……ヘヒヒッ」


 軌道修正を図るベルシエルに乗っかって、のぞみはいそいそと山積み貨幣の合間に向けて歩きだす。


「ママ、お待ちを」


 しかしその歩みにウケカッセが待ったをかける。

 のぞみはそれに、お説教の続きかと引きつり笑いで振り返る。が、しかし呼び止めたウケカッセは違う、そうじゃないと苦笑混じりに首を横に振る。


「この場は、金銭欲を司る私が先導をお任せください」


 そう言うやウケカッセはのぞみの脇を抜けて前に出る。


「おーおー。張り切ってるじゃねえかよ」


「それはもちろん。経営面においてパークの柱石を担っていると自負しておりますが、こうして最適な場所で活躍できるチャンスは逃せませんので」


 くすぐるようなボーゾにさらりと返して、ウケカッセは両手を左右の壁にかざす。


「壁や床の素材が紙幣硬貨を問わずの貨幣であるならば……」


 ウケカッセが呟くのに続いて、壁が揺れ、床が蠢きだす。

 そのまま崩れだすかと思ったのもつかの間。壁と床を形作る貨幣たちは自らいるべき場所を目指すかのように動き出す。


 そして同じ種類同じ仲間でまとまり、整然と積み上がり組み直す。


「これで少しは歩きやすくなったでしょう。最深部まで最短距離で、整備した道を作っていきますので、どうぞゆるりゆるりと私の後ろから」


 そうしてあっさりと異なるマスターが支配するダンジョンを作り替えて見せて、ウケカッセは笑みを向ける。


 この鮮やかな手並みに、のぞみはぽっかりと口を開ける。


「おぉう……まるで、ダンジョンマスター……もう、ウケカッセ一人でオケ? ヘヒヒッ」


「まさかまさか。このダンジョンが金銭欲と密接で、主となっているのが私と縁深い人物の一部だからこそできた芸当ですよ。まあ、私一人で十分だったとの言葉には、ママの手を煩わせるつもりはありませんので、そのくらいの働きはさせてもらいましょう」


 そう言ってウケカッセは、整った範囲を広めながらダンジョン攻略に乗り出す。

 のぞみは彼の歩みに慌てて続くのであった。

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