87:メンバーの一人から明かされる夢も希望もない事実
「というわけで、元英雄様の金づるジェニは、金銭欲に導かれるままにスリリングディザイアの味方、北郷要として立場を固める所存です!」
ショートヘアのメガネレディの敬礼を交えつつの挨拶。
それをスリリングディザイア内部の応接室で迎えたのぞみは、甲高い声を上げて身を強張らせる。
跳ねるようにして固まったその胸元では、いつも通りに収まったボーゾが苦笑しつつ肩をすくめる。
「これから味方になりたいって顔見せに来たヤツを相手にそんなに緊張すんなよ」
「で、でも……み、味方して、くれる……なら、失望させたく……ない、なって……ヘヒヒッ」
「いまさらかよっての。第一そんなガッチガチになった姿見せちまってる段階で、頼もしく思われるようなことなんかあるかってんだ。お前が多少背伸びしようとしたところで何も変わりゃしねえぜ?」
「そ、それも……そうだね、ヘヒヒッ」
のぞみの見栄から出た緊張を、ボーゾは容赦なしの真っ向両断。
しかしバッサリとやられたにも関わらず、のぞみは苦にするどころか、むしろ肩の力が抜けてすらいる。
「とまあ、そんなワケだ。ウチのボスは味方するってんならアンタを歓迎するぜ。頼もしい親方だと思われようと構えちまったくらいにな」
「ヘヒィイ……は、恥ずい……から、勘弁をぉ……」
まるっと歓迎の挨拶を代弁した上に、先の醜態を掘り返す小さなパートナーに、のぞみはすがるような声を上げる。
そんなのぞみたちのやりとりに、要はこみ上げるままに笑みをこぼす。
「魂の一部がウケカッセ様の信徒だった誼もありまして、ならばその味方をしよう、と決めた部分もありましたけれど、こういうやり取りを見てると、それ抜きでもスリリングディザイア側に着くと決めた甲斐がありますよ」
「え、えと……結果、オーライ? ヘヒッ」
和んだ笑みと、味方をする理由が増えたとのコメントに、のぞみもまた笑みを強くする。
「そう言えなくもないが、なぁ……軽く見られてるから、じゃあねえの?」
「そんなに悪く取らないでくださいよ。英雄様の取り巻きがこれからもあっち側に集まるとして、またアイツらと味方として付き合いを持つことを考えたら、こっち側は極楽なんだろうなって信じられるって思えたんですから」
ボーゾの疑念をにじませたコメントに、要はあくまでも向こうに着いたままだった場合の悪夢を知るからこそであると主張する。
「ヘヒッ……向こうの……英雄ハーレム、メンバーって、そんな……に?」
「それはもう。男の前では取り繕ってひた隠しにしてましたけど、裏ではもうギスギスでしたよ? 表向きは仲間同士だっていうのに、手柄の奪い合いどころか足の引っ張り合いまでやってましたし……」
「て、テレビで見た……! 典型的、な……内ゲバ、組織……ヘヒッ」
要の答えを聞いて、のぞみはその様子を想像して引く。
この反応に要は苦笑混じりに繰り返しうなづく。
「子ども向け番組の悪役グループとかでよく見るヤツよね?」
「ヘヒッ……もっと仲良くしろよ、ってか……割り切れって……アレ、ヘヒヒッ」
のぞみは要が理解を示してくれたことに、喜色を浮かべて話に食いつく。
対して要もまた、かつての仲間たちのことに思いを馳せてか、遠い目をしつつ繰り返し首を縦に振る。
「そうそう。仲間全体の目的があるんだから、せめてそこのところに集中しなさいよってね。……まあでも、あの人たちの目的は、一応あの世界の人間種族の安定と発展を。だったから、悪役かって言われると……いや、目的はどうあれ世界を滅ぼしてるわ……守ろうとしてた人間種族ごとに。完全に悪役だったわ、私も込みで……ハハ、ハハハ……」
自分が荷担していた集団の罪を思い返した要は、乾いた笑いを浮かべて自嘲する。
「う、あ……えと……む、昔の……こと、なので……」
「その通りです。過ぎたことはもう取り返しはつきません。そこから目を背けるだけなのは問題ですが、それよりもこれから自分がやりたいことを考える方がよいでしょう」
歪な笑みを浮かべる要に、のぞみは慌てて口を挟む。が、たどたどしいその言葉の意味は、ウケカッセの通訳があってようやく相手に伝わるようなものであったが。
「うう……向こうについたままでいたら、上辺だけはともかく、こんな心から心配しての言葉なんてかけてもらえなかったでしょうね……こんな味方を得られただけでも、こちらに味方に付くと決めて、よかった……ううっ」
「ヘヒッ……そ、そんな……大げさ、では?」
「いいえ、いいえ! あいつらはかつての世界でも私を財布……いや、無尽蔵で支払い義務のないクレジットカード程度にしか思っていないのだもの……ッ!!」
顔を伏せて嘆く要の肩に、そっとウケカッセが手を乗せる。
「で、これからは味方をやりまーすって宣言のためだけにここに来たわけじゃないんだろ?」
しかしそこへボーゾが、ゆったりと気持ちが落ち着くのを待たずに本題を促す。
そんな容赦ないパートナーに、のぞみは慌てて口を塞ごうと手を回す。
だが要は大丈夫だと、なだめてくれていたウケカッセに礼を言って、顔を上げる。
「……私の一部になっている女商人ジェニは、カタリナとその協力者によってこの体に宿されたものです。他にも何かされていないか……出来ることならそれを調べて、取り除いて欲しい。こう願って、直接お話に参ったのです」
要は本命の願い事を、欲するところを口にして頭を下げる。
「ふんふん、なるほど。ごまかしの無い欲望だな。本当にそう願ってるってワケだ。いいぜ。本気の欲望には手を貸してやりたい。できるところをやらせてもらおうじゃねえか!」
ボーゾは要の願い事を聞いて、気前よく叶えるように引き受ける。
「で、でも……ボーゾ? やるのは、いい……けど、できる……かな? ヘヒヒッ」
しかしその一方で不安げなのは、相方であるのぞみだ。
人体に仕込まれた細工を診断するのに、ダンジョンマスターの力は役立つどころか、なんの関係があるのかと思うようなもの。
役に立てるのかと疑問を持つのも当然のところである。
だがその当たり前の疑問をボーゾは軽い鼻息で吹き飛ばす。
「おいおい、何もかんも自分でやる必要なんざねえだろ? 何のために専門家を山ほど従えてるんだよ?」
閃けと誘うようなその言葉を受けて、のぞみは閃きの衝撃のままに大口を開ける。
それはもうぱっかーんと音が鳴りそうなほどの勢いで。
「ヘヒィア!? そ、そだ……! スリリングディザイアに……じ、人材は、豊富……ッ! 人、雇えないけども……ヘヒヒッ」
「そういうこった。餅は餅屋……だっけか? とにかく、頼もしく思ってるならまず手下に仕事割り振るようになれってんだ」
自虐交じりの目覚めに、ボーゾがため息交じりに返せば、のぞみは何度も繰り返しうなづきながら今回の用件に最適な身内を呼び出しにかかる。
「えっと? どうなるんでしょう? 私の願いは叶えてもらえる、のでしょうか?」
「ええ。問題ないでしょう。さあ、来ますよ」
蚊帳の外に置かれて戸惑う要に、ウケカッセがうなづけば、のぞみの傍らに光で綴られた文字列やページのようなものが舞い散る。
「はいはい。調べる教えるは十八番! 三度の飯より調査が好き! 知識欲のベルシエルお呼びを受けて即参上ですな!」
そんな演出を伴い現れたのは、スリリングディザイアのデータベース管理担当、いやむしろデータベースその物。銀髪メガネガールのベルシエルである。
「じゃ、じゃあ……ベルシエル、よろしく」
「お任せあれ。調べものとあれば例え膨大な書物だろうがネットワークの中だろうが、人の体内や心の中だろうが、きちっと調べて知って見せますですな!」
ベルシエルは呼び出されるのに合わせて、事情をまるっと調べていたらしい。
皆まで言われずともとばかりに、要の依頼である彼女自身の調査に取り掛かろうとする。
「え、ええっと………お手柔らかに、お願いしますね?」
しかし手をワキワキとさせながら近づいてくる知識欲に、要は自分で願っておきながら、後退りをせずにはいられなかった。




