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86:しわ寄せを食らわされ続ければこうもなる

「うっわ、足元から意識を逸らしたところで落とし穴ですか、しかも深い……で、別ルートの階段にはスライムがベッタリ。しかも暴食系の……うーわ」


 のぞみに、というよりのぞみが部屋の中に仕込んだトラップの数々によって打ちのめされる探索者たち。

 その阿鼻叫喚の様相を、北郷要がフードコートのモニターで眺めて、ドン引きしている。


「あー……ファイターくん、その足場にしようとしてるタンスはよく調べた方が……って、うーわやっぱりミミックが全部の引き出しに仕込んである……」


 しかし、挑戦者を次々に送り返すえげつないトラップの数々には引きつつも、その派手な撃退っぷりには笑みが浮かぶのを抑えきれずにいる。


「うーん。これは、私が力添えをする必要は無かったかもしれませんね」


「いえいえ。借りる必要が出てくる。そう思えばこそ、マスターもここまで懸命に挑戦者を退けているのでしょう」


「それじゃあ探索者のみなさんがむごい有り様になっているのは、私が貸すお金の用意があると申し出たから……みたいですね、ウケカッセさん?」


 そう言って要がモニターから向かいの席に目をやれば、そこにはスリリングディザイアの経理、「金銭欲」のウケカッセが腰かけている。


「まさか。借金を理由に何を要求されるのか。そんな風に不安を煽ったのは私ですから。ついでに私の力が及ばなかったばかりにと嘆いて、奮い立たせもしましたが」


「まあ、そんな風にオーナーさんの舵取りを? それではどちらが主人か分かったものでは無いですね」


 悪びれもせずにしれっと言い放つウケカッセに、要は苦笑混じりながら言葉と目とでチクチクと責める。


「ご冗談を。私が心からお仕えする主人はあの方だけです。仮に、スリリングディザイアそのものを別の誰かが受け継いだとしても、あの方から受け継いだ者だから、あの方と共に動かしてきたパークのためだから従うまでです」


 しかし対するウケカッセは、恥ずかしげもなく己の忠誠心を言葉にする。

 これには要もたまらず閉口してしまう。


 この間をウケカッセは見逃さずに畳み掛ける。


「それで、実際に何を要求するつもりだったのです? ジェニ?」


 ウケカッセが質問に添えたジェニという名前。

  これに要の顔が一瞬強ばる。


「……なんのことでしょうか? それに、私の名前はそんなジェニーなんてものでは……」


「とぼけてもムダですよ。あなたも絡んだ探索者専門学校の話が大きなイベントに合わせてやって来たこと、そしてあらかじめ用意していたかのような資金貸し出しの申し込み……出来すぎです」


 ウケカッセは確信を持って追及に踏み込む。

 しかし対する要は、柔らかさを取り戻した笑みを崩さずに頭を振る。


「そんな。偶然ですよ、商機を逃がすまいと私も急いでかき集めて……」


「……商機を待つだけなのは半人前。自分から作って一人前、とも言いますが?」


「あら。しかし大いなる波は一人の小細工を超えて生ずるものとも言いますよ?」


「ええ、その通り。私がかつて存在した世界で語った言葉です。そうですね、ジェニ?」


 チェックメイト。

 そんな雰囲気をにじませたウケカッセの言葉。

 これを受けて要は再び顔を強張らせるも、すぐに嘆息しつつ頭を振り、降参だと言わんばかりに両手を挙げる。


「……流石です、ご明察ですよ。商いの神ウケカッセ様」


「かつて在った世界での、知る人ぞ知る程度の呼び名ですよ。以前も今でも、金銭欲の魔神の方が通りが良いですから」


 要の口にした号に、ウケカッセは嘆息しながらメガネを上げる。


「いいえ。私にとっては商売繁盛を願い、祈りを捧げた神様に違いはありませんから。こちらで顕れてらっしゃることには驚きました」


 しかし要は首を横に振って、このウケカッセの言葉をやんわりと否定する。


「しかし、いつから? 私がジェニで、かつての世界での信徒であると?」


「はじめて顔を会わせた時ですよ。あの時の動揺を見て、もしや……とね。それで、いつからです?」


「つい最近です。しかし時間を遡って転生していて、今になって自覚した……というわけではありません。この体がよく馴染みそうだ、と選ばれまして……」


 見破られている以上、もう隠しだてするのも今さらだと、要は聞かれるままに答えていく。


 北郷要の中に宿されたジェニは、しかしその肉体を乗っ取った訳ではない。

 元々の体の持ち主である要がすでに人格として成立している以上、一方的に主導権を奪い取れるはずもなく。現在は二人が混ざり合い解け合う形で落ち着いているのである、と。


「最終的にはおそらく要寄りに行き着くことになるでしょうけれど、今は要もジェニも自分だという意識ですね」


 そんな要の見立てを聞いて、ウケカッセはメガネを支えつつうなづく。


「ふむ。選ばれた、と言いましたか。それをやったのはやはり……」


「はい。カタリナです。あの聖女気取りの色ボケからそちらに近付き、情報を仕入れてくるように。と、注文をされました」


 その名前を予想していたウケカッセは、驚きもなく要の証言を受け入れる。


「なるほど、昔の仲間のよしみで、アナタはその発注のままにこれまで行動していた、と」


 滅びた世界における英雄の取り巻き。要と一体化させられたジェニもまたその一人であり、崩壊以前には経済面で英雄を支援していたのだ。

 それゆえの協力かと見るウケカッセに、しかし要に宿ったジェニは、苦笑混じり首を横に振って否定する。


「まさか。あんな裏切り者に手を貸す義理は私にはありませんし」


「なん、と?」


 その思いがけない言葉に、ウケカッセは完全に虚を突かれて目を瞬かせる。

 これに対して要は、こみ上げる笑いをどうにか抑え込もうと苦労することに。

 そんな反応に、ウケカッセは気恥ずかしげに咳払いをひとつ。居住まいを正して場を取り繕う。


「それで……裏切り者、とはどういう? たしか最後の時まで、アナタは政商として英雄殿の拠点と行動を支え続けていたはずでは……?」


「おっしゃる通り。やはり把握されていたのですね。さすがは我々商人の守り神です。しかし商い……お金の動き以外には関心が薄いのですね」


「……と、いうと?」


「あの英雄殿は、金の無心をするだけして、私がいくら民衆のためにと要求してもなしのつぶてで……! 側近連中と一緒でただの金づる扱いにしかしてなくて!」


 促されるままに吐き出された言葉は、苦々しいものであった。


 経済力の疲弊を訴えて戦闘の自重を促したのを無視。流通のためにと確保して整備していた港は取り上げ。

 その上で物価の上昇などによる民衆の不満へはジェニへの悪評で押し付けて。


 分かるものから見れば、どこまでも都合の良い道具扱いでしかなかった。


「そのような状態にあったというのに……私は、いくばくか金の巡りを良くするばかりで……」


 この嘆きにウケカッセの顔にも重々しい影が降りる。


 かつての世界においてウケカッセは、秩序の神によって商業の守護神の座から追い落とされていた。


 ウケカッセに限らず、ボーゾに守られ連れてこられた魔神衆は、彼の魔神より生まれ出でて、欲が充たされることでの幸福を説き、それを助ける神々であった。


 そしてボーゾを含めて、主神が司る秩序と契約の権能の拡大解釈、あるいはその教義による否定を受けて卑しまれ、零落させられている。


 そんなかつての世界にあって、ジェニはウケカッセをまっとうな神として信心を捧げてくれていた生命であった。


 にもかかわらず、彼女の苦境をろくに知りもせずに、支えにもならぬか細い助けしか与えられていなかったことが、今のウケカッセを後悔で苛んでいた。


「いや、その……これは守らねばならない人のことがあったとはいえ、不義理に不義理を返すのを嫌ってずるずると見切りをつけられなかった私の問題ですから、ウケカッセ様はどうかお気に病まないで下さい。そもそも、あれらが金に困れば、その時は結局私がむしられていたわけですし……」


 そんな落ち込むウケカッセに、要は慌ててフォローを入れる。


「とにかくそんなわけでして、ジェニとしてかつての世界でのわだかまりと、復活させてもらった義理。それに要として異物を混ぜ込まれて利用されようとしてる恨みつらみもろもろを足し引きして、私も動いているわけです」


 ジェニを宿した要が語った心情や背景。

 これを受けて、ウケカッセはうなづく。

 そしてひとつ。聞いた限りで要に動機は無いが、確かめておかねばならないことを口に出す。


「……それで、寄生型モンスターを仕込んでおくのも請け負えると?」


「なんの、ことですか?」


 本気でなんのことだか分からない。

 そんな雰囲気をもって聞き返す要に、ウケカッセはスリリングディザイアを襲ったモンスターの暴走事件について語る。


 その発生と解決に至るまでの一部始終を聞き終えて、要は青ざめた顔で頭を振る。


「そんな! 私は知りません、私ではありません! 誓ってッ! 私はせいぜいカタリナに影響の薄い情報を売って、こちらにカタリナ側の情報を渡そうと考えていただけなんです!」


 聞いていないことまで明かしてまで、無関係を訴える要。

 前のめりになっての潔白の訴えに、ウケカッセはうなづいて見せる。


「ええ。反目を持っているアナタがやることではないでしょうね」


 信用を示すウケカッセの言葉に、要は胸を撫で下ろす。

 しかしそれもつかの間。苦虫を噛み潰したような顔になる。


「しかし、隠れているつもりのカタリナがここに現れるとも思えません……そうなると、あちらとの関係がある私の疑いは完全には晴らせない、というわけで……」


 そのまま要はどうしたものかと頭を悩ませる。


「カタリナは隠れているつもり、と言いましたが、普段の連絡はどうしているのです?」


「それは、メッセンジャーが伝言のメッセージを私の行く先々に置いていく形で……」


 ウケカッセからの疑問に答えていた要は、その半ばでメガネ奥の目を見開く。


「そうです……そうでした! 私との連絡をとるだけでも協力者がいる! カタリナはすでに味方をつけているんですよ!」


 そして、たどり着いた閃きに蹴りあげられるように立ち上がるのであった。

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