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84:逆鱗

「お前ッ!? 何考えてやがんだッ!? なんで姉貴を殺しにかかるッ!?」


 刃とバリアとがぶつかり合っての甲高い音。

 それが絶えず響き合うのに重なって、ボーゾの咎めたてるような問いの声が上がる。


「黙れッ!? 姉貴だなんて思ったことなんか一度もないッ!!」


 しかしやはり将希はまともな答えの代わりに剣を叩きつけるばかり。


「ふッざけ……ふっざけんなッ!? お前が、お前らが危なくなって、それを死ぬかもってのを承知で助けに飛び込んで来たのは、誰だと思ってやがるッ!!」


 激しさを増す激突音に負けぬよう、ボーゾは糾弾めいて声を荒げる。


「知ったことかぁあッ!!」


 だが対する返事はやはり、思いきりに振りかぶっての一撃であった。


「今までさんざん! さんざんに、親の期待を俺に押し付けといて、今さら!? どの面下げて姉貴だなんてほざくッ!?」


 そしてさらに勢いを増した剣と言葉とを障壁とその奥に隠れたのぞみへ叩きつける。

 魔力の盾に阻まれた剣と違い、素通しにすり抜けた言葉たちは、のぞみの胸を突き刺し、えぐる。


「なんだとぉッ!?」


「そうだろうがッ!? 人形を盾にしてじゃなきゃ! 自分じゃまともに話せやしないくせをして! それなのに、今さら棚ぼたの力で家の中を引っ掻き回してくれてッ!! もう、アンタのことには誰も期待してなんかいやしなかったのに、それなのに! 羽振りが良くなったのを見せびらかすだけ見せびらかして、でもやるのは仕送りだけ、ウチはウチでなんとかしてろって、そんなん通るかよッ!!」


 実の弟からの恨み節。

 積もり積もったものを絡めてのそれは、毒塗りの刃のように、のぞみの心を蝕む。

 のぞみはそんな、痛む心を守るように己を抱き締める。


 ボーゾはそれを、傷つけられ、救いを求めるパートナーの望みを聞き漏らすはずもなく、なおも剣と言葉を叩きつけようと振りかぶる将希を睨み返す!


「好き放題に言ってくれやがって!? のぞみに早々に見切りをつけてたのは二親の方で、お前だって見下して毛嫌いしてきたんだろうがッ!?」


 見放されている。

 それは分かっているから、今さらその分を取り戻そうだなんて虫のいいことは言えない。

 また突き放されるのが怖いから。

 しかしそれでも、血を分けた相手で、毛嫌いしつつも育ててくれた恩のある相手であるから、助けられるものからは助けたい。

 そんなパートナーの欲して望むところを感じ取り続けていたボーゾに、今回の将希の暴言は許せるものではなかった。

 そして怒りに任せて吐き出した言葉は、一息程度では止まらない。


「それを、こいつが望んで! 死ぬ思いをして積み上げてきたものが美味そうだからって、虫みたいにたかろうとしておいて! それこそそんな虫のいい話が通ると思ってんのかッ!!」


「本音出したなッ!? 結局アンタはそうやって、その人形や俺を盾にして、自分を重圧から守りたいだけの卑怯者なんだッ!」


 だが通じない。

 ボーゾがのぞみの気持ちを想い、それゆえの憤りをのせた言葉も、将希はのぞみの弱さが言わせた恨み節としか取らない。


「アンタみたいな卑劣な女じゃなく、俺がその力を持った方がいいに決まってる! その方がウチの事も今まで通りに丸く収まる、だから……よこせよッ!!」


「ふざけるなぁあッ!!」


 刃と共に振り下ろしたその要求はしかし、ボーゾの怒号と、木々を揺るがす暴風にはね除けられる。


 吹き飛ばされて転がった将希だが、怒りを灯した目をそのままに顔を上がる。


 だがその目が正面に見たのは、マジックバリアを盾にしゃがみこんだ小さな姉の姿ではない。

 そんなのぞみを守るようにして立つ、金の髪を憤怒に逆立たせた美男子であった。


「……ひっさびさだぜ、俺をここまで怒らせたヤツは……」


 地球こちらに現れたその時の姿になったボーゾは、静かに呟きながら将希へ一歩踏み出す。


「……何者だよ、お前……? アイツがボスに作ったモンスター……なのか?」


 対する将希は戸惑いながらも立ち上がり、警戒を露に剣を向ける。

 だがボーゾは向けられた切っ先に怯むどころか、むしろ一歩踏み出して近づく。


「さっきまで話してただろ? お前の姉貴のパートナー。欲望を司る魔神ボーゾだよ。ちゃんと自己紹介するのははじめてだったよな、坊主?」


 この正体を明かしながらの無造作な接近に、将希は構えた剣を主張しつつ後退り。


「その魔神様を、小さくして持ち歩いて、口の代わりにってこき使ってるってわけかよ? おまけに周りを代弁者だって騙して……そんなヤツについてなにが……ッ!?」


「黙れよ」


 ボーゾは聞くのも不快だとばかりに、将希を片手を振るっての衝撃波で吹き飛ばし、その言葉を遮る。


「グゥ……ハッ……お前ぇ……ッ!?」


 体が横っ飛びに流れるほどの衝撃を受けながらも、将希は受け身を取って起き上がろうとする。

 だがその身を、上から降ってきた見えざる重石が押し潰し、再びに言葉を遮る。


「黙れと言った。聞きたくないんだよ。お前らの言葉は」


 それはもちろんボーゾが欲し、招いた現象だ。

 将希を黙らせたい。その欲望のために彼の背中にかかる重力を引き上げ、踏みつけにしているのだ。


「……ああ、マジで聞きたくねえ。二度と聞きたくねえんだよ、お前らの欲望はよ……人間の欲望に触れて、飢えて求めているのも、満たされていくのも喜ばしいと思ってるこの欲望魔神おれが、だぜ?」


 言いながらボーゾは、一歩、一歩と渋々に将希との間合いを詰めていく。


「……だからもう二度と、聞き取る事がないように、ここで始末をつけてやろうか?」


 そして将希を数歩の間を開けたところから見下ろして、軽く右手を挙げる。

 が、お別れを望んだ一撃は振り下ろされることはなかった。


「おいおい、どういうつもりだよ、のぞみ?」


 腕を振り上げたボーゾの腰に、のぞみが抱きつく形で待ったをかけたからだ。


「……のぞみ、お前だってこいつの考えは聞いてただろ? 聞いてたよな? あんまりな言いぐさに傷ついて、助けて欲しいって望んでたのはばっちり感じ取ってんだからよ」


 ボーゾは深々と息を吐いて、後ろ腰に張り付いたのぞみへ振り向く。

 だがのぞみは涙目になって、鼻水を垂らしながら、首をブンブンと横に振る。


「分かった……分かったよ。この前お前が死にそうな思いで助けた甲斐もなくなるしな……あれだけ言われてるってのに、見放すことはしたくないって、ホントに人間の欲望ってヤツは……」


 涙と鼻水をすり付けられたからか、ボーゾは苦笑混じりに折れる。


 だがそこへ、バネの弾ける音が響く。


「……お前、坊主が……ッ!?」


 再び怒髪天にボーゾが将希を見下ろす。

 重圧に押し潰された将希の手には、隠し持っていたのか、小振りなクロスボウが握られている。

 そこから放たれたものだろうボルトは、ボーゾの手の中に。

 しかし標的に向かう半ばで捕まれたその矢じりは、ボーゾを抱き止めたのぞみに向いている、


 ここまで追いつめられて、助命を望まれて、なお将希は姉の命を、その身に宿したスリリングディザイアのダンジョンコアを狙ったのだ。


「……のぞみにかばわれておいて、よくも……! 自分が誰のおかげで、いま命を拾えてるのか分かってねえってのかッ!?」


 この裏切りに、のぞみの欲望を踏みにじる行いに、ボーゾは矢を握りつぶした手に、大斧を作り出す。


 だが殺意という欲望を受け、命を断ち切る形を成した大斧が振るわれるのをまたものぞみが制止する。


「のぞみ……お前、この期に及んでもそれはちょいと甘すぎるぞ? 悪いがはっきり言わせてもらうと、こいつも両親も百害あって一利無しだろ……命はともかく、関わりは断っておかないとよぉ」


 それは、言い聞かせるような柔らかな声音での忠告であった。

 しかし対するのぞみの答えは長い黒髪を振り回してのノーであった。


「利とか害とかじゃないってか……本当に、それでいいんだな? 本心からの欲望なんだな?」


 重ねての問いにうなづかれて、ボーゾは降参だとばかりに斧を放り出す。


 その一方で、将希に対しては油断なく警戒の目を向け続ける。


「のぞみが止めてくれと望むからここまでにするが……俺たちはもうはらわたが煮えくりかえってるってことは忘れるなよ?」


 そして斧を放った手を翻すと、周囲の空間に歪みが生じる。


 空間のねじれは穴を開き、ここではない別の場所を覗く窓となる。


「ヒィイアッ!?」


 歪みの奥を見て、将希は恐怖に顔を引きつらせる。

 こじ開けられたのぞき窓から将希を睨んでいたのは、夥しい数の憤怒に染まった眼であったからだ。


 それは主人に刃を向けられた魔神衆の。

 さらにグリードンをはじめとした、直属のモンスターたちの。

 これらのぞみと共にここまで進んできた、スリリングディザイアの総意からの拒絶の意思であった。


「悲鳴ばっかりは姉貴に似てるじゃないか」


 浴びせられた殺気に怯え震える将希を見下ろして、ボーゾはいくらか溜飲を下げて口元を緩める。

 だがすぐに笑みを消すと、将希を見下ろす目を鋭く細める。


「これで分かったか? 仮にのぞみからウチをぶんどれたとして、俺たちはお前を認めない。いや、のぞみ以外の誰だろうと、認めやしない。のぞみと一緒にやっていく。それが俺たち全員の欲望だからだ」


 歯を鳴らすばかりで、動くこともままならぬ将希へ吐き捨てて、ボーゾは普段通りの人形サイズに戻って相棒の胸元に納まる。


「やーれやれ、せっかく気晴らしに出てきたってのに、台無しだぜ。ほれ、大和を連れて戻ろうぜ? 目の前を騒がせちまったからな」


「う、うん……」


 パートナーからの帰還の提案にのぞみはうなづいて、大和の露店へと振り向き、その半ばで反転して将希を見る。


 将希は恐怖に震え、這いつくばったまま立ち直ることすら見せていない。


「止めとけよ。俺たちはのぞみが止めてくれって願ってるから我慢してるだけで、こいつのやろうとしたことを水に流したわけじゃねえんだ。普通の客と同じで強制帰還になる以上の扱いを納得はできないぜ」


 弟の姿に後ろ髪引かれたのぞみに、ボーゾが魔神たちの代表として声をかける。


 その言葉を受けて、のぞみはためらいつつも首を縦に振る。


 しかしその顔は将希へ向けたまま、手のひらにマジックコンソールを呼び出す。


「……わ、私は……ただ、家から……そっとしておいてほしいだけ、だから……」


 そうか細い声で弟へ告げると、倒れた彼の真下に強制帰還のトラップを配置。

 モンスターも歩いている迷路から、接客エリアの医務室へと送り返す。


 この対応に、ボーゾは不満げに眉をひそめる。


「……ったく、甘いよな。つくづく甘い。血縁があるったって、お前から何から何まで奪い取ろうとしたヤツだぜ?」


「で、でも……将希にできることじゃない、し……実際、私は……無事、だし……ヘヒヒッ」


「そうだとしても、そういう問題じゃねえだろうがよ」


 のぞみが言い訳じみて並べた言葉に、ボーゾはため息混じりに頭をフリフリ。


 たしかに将希の剣はのぞみの守りを破れないし、本当に危なくなればボーゾのみならず、堪えていた魔神たちが一斉に逆撃を仕掛けていたことだろう。

 だが、失敗が確実だったとして、害する意思と、行動に移した事実が消えるわけではない。


「……まあ、お前が望んだことならしかたねえな。そういう甘さと、それゆえの欲深さが、のぞみのいいところだからな」


「ヘヒッ……ど、どうも……」


「おいおい、素直に礼なんか言っていいのか? 三割くらいは皮肉で言ってるんだぜ?」


「ヘヒィッ!?」


 そうしてのぞみは相棒につつかれて困り笑いを浮かべながら、ダンジョン最奥の自分の領域へ向かうのであった。

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