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83:一息つこうとした時に限って面倒ごとが起こる

 木漏れ日の注ぐ山道のエリア。

 幹と入り組んだ枝葉が作る迷路に、のぞみの姿があった。


「ヘヒッ……ひ、日差しがほどほどで……いい、感じ……ヘヒヒッ」


「その辺は何度も試し歩きしてこだわってたからなぁ、ばっちりのぞみ好みの加減だろ。改めて試す必要も無いくらいにな」


 木々でほどほどに和らいだ光の中、ゆるゆると歩くのぞみの胸には、ボーゾが収まって揺られている。


「ま、まぁ……ね、で、でも……ここは、ともかく……やっぱり、テストするには、直に歩いてみるのが……一番、ヘヒッ」


 ダンジョンマスターであるのぞみは、指先ひとつでスリリングディザイアの内部も外部も意のままにいじくり回すことができる。


 しかしそうして作った迷路や仕掛けを、テストプレイヤーを招くより前に、まず自分の足で歩いてみるのがのぞみの習慣である。

 未知のアレンジ料理を、味見すらせずに人に振る舞うメシマズとは違うのだ。


 もっとも、今回はそうしたテスト踏破とは関係なく、単純な気分転換の散歩である。


 いつのまにか、何者かの手によってばらまかれていたウイルスによるモンスターの暴走。

 それが沈静化したことで予定通りの業務に戻り、一息ついたと言うことで、魔神衆やアガシオンズに休息の時間を押し付けられたのだ。


「ヘヒィ……で、でも……犯人も手口も分かってない、のに……こんな、のんびり……いい、のかな?」


「そこんとこ知っておきたいって欲望と、欲求不満で落ち着かないってぇのは分かるが、それが分かるまでやってたら寝落ちするまで休まないだろうが、お前はよぉ」


 しかしせっかくの休憩時間だというのに落ち着かない様子ののぞみに、ボーゾは苦笑混じりに鼻を鳴らす。


「スリリングディザイアのためにも、休むのだってお前の仕事の内なんだぜ? 任せるところは丸投げにするってのを覚えろって」


「そ、それは、分かってる……分かってるけども……やっぱり、心配は心配……だし……ヘヒヒ」


 だがのぞみは相棒の言葉にうなづきながらも、掌にマジックコンソールを開こうとしては止めてを繰り返している。


「そ、それに……丸投げ、なら……普段から、もう……山盛りに丸投げに、マルナーゲ帝国に、してる……から、これ以上は、どうも……ヘヒッ」


「そこで割り振るのもトップの仕事なんだぜ? まあ、働きたいって欲望に従うのはいいことだが」


 のぞみの相変わらずの下っぱ根性丸出しな発言にあきれつつも、ボーゾは勤労意欲の高さは良しとする。


「ヘヒ、ヘヒヒ……べ、別に、みんなのためだと、思うから……頑張れてる、だけ……普通の、雇われだったら……こんなにやる気、でない……多分、ね……ヘヒヒッ」


「それでも、いい欲望はいい欲望だ。だーが、そのせいでワーカホリックになって潰れたら、スリリングディザイアのために働けなくなるんだぜ?」


「ヘヒィ……そ、それは、ヤだけどもぉ……」


 分かっちゃいるけど落ち着かない。

 そんな割りきりの利かない態度を続けるのぞみに、ボーゾは仕方がないヤツだと苦笑する。


「まあなんにせよ、緊急コールが無い内に戻ったところで、布団の中に閉じ込められるだけだろうぜ。諦めて頭切り替えるが良しってモンだぜ?」


「あーうー……それで、あっさり切り替えられるほど……ヒトは、利口でも、ない……けども、頑張ってみる……ヘヒッ」


「頑張って休むってのもどうなんだよ」


 のぞみのどうにも間の抜けた返しに、ボーゾは苦笑を深めながらツッコミを一つ。


「おや、オーナーさん」


 そんなやり取りをしながら木立の迷路を進んでいると、ふと親しげな声がかかる。

 その声に引かれるようにのぞみが振り向くと、そこにはもさもさ頭にビン底メガネの研究者、八嶋大和が座っていた。


 密集した木々が作る袋小路。そこにすっぽり収まるように金物を並べて露店を広げた大和に、のぞみは小走りに近づく。


「や、八嶋さん? こんな、トコに……いたんですか?」


「ええ、はい。入り組んだ迷路の中にあるささやかな露店。隠し要素っぽくていい感じでしょう?」


 大和は言いながら得意気に口の端を持ち上げる。


「あー……いい、いいですね……ヘヒッ! この……か、隠し要素感……満載の……勧めた甲斐が、あります……ヘヒヒッ」


「そうでしょうそうでしょう!?」


 そう。大和もまた香川らと同じようなランダム遭遇イベント枠として参加中なのである。


 その内容は彼の研究に関連して伝説金属の、特にヒヒイロカネ合金製の武器防具の移動露店である。

 ヒヒイロカネ鉱石を持ち込むか、あるいは移動中のところをモンスターに追われてるのを助けたのならば、割引サービスが発生する、という具合のものだ。


「いやでもよ、こんなところで商売してても、客は来ないだろ?」


 のぞみはこの分かってる感を絶賛するものの、その胸に収まったボーゾは商売として見た不便さ、不都合を指摘する。


 だがそれに、のぞみも大和も揃って待ってましたとばかりに笑みを深くする。


「フフフ……そのとおり。普通に考えてどうしても商売にならないだろう立地……そこになぜか強力な武器を置いた粗末な店が!」


「ヘヒッ……あるある、あるある……ヘヒヒッ」


「たしかに立地条件から見えてるとおり、商売というか、競争する、稼ぐには不利ですけれどもね」


「ゲーム的な小ネタとしては……だが、それがいい……ヘヒヒッ!」


「ああ、うん。お前らがそれを欲しての事ならそれでいいや」


 二人だけで通じ合っているのぞみと大和に、ボーゾは諦めを大量に含んだため息をこぼす。


「まあ……しかし、一度場所が割れると拡散されてるのか、客足が増えるんですよね。あんまり多くなるとすぐに売り切れてしまうんですが」


「ヘヒッ? じゃあ……今、大丈夫? なん、ですか……?」


「ええ、ええ、大丈夫です。心配には及びませんよ。この場所には在庫補充をしつつ移ってきたばかりですからね。静かにのんびりとお客を待ちますよ」


 そう言いながら、大和の口元が営業用のスマイルへと変わっていく。


「ところで、オーナーさんもどれかお一ついかがですか? 護身用にでも」


「ヘヒッ!? いや、でも……私は武器持っても、上手く使える気が、しない……ですし、た……宝の、持ち腐れに、なる? ヘヒヒッ」


「確かに、オーナーさんが敵と真っ向からぶつかるということなど、そうそうあるとは思えませんけれども」


 実際はコア奪取のために、あるいは緊急事態に際して、度々に身内の反対を押し切って戦いの先頭に立っているのがのぞみである。が、あえて訂正することもなく、ヘヒヘヒと笑うだけで誤魔化す。


「しかしそれならそれで、どなたかへのプレゼントに、なんてどうです? 扱ってる刃物も武器ばかりではありませんし」


「じゃ、じゃあ……包丁、とか……飾りとか、その辺を……ヘヒヒッ」


 重ねての勧めに、のぞみは大和の並べる品物の上に身を乗り出す。


 そこへ迫る風切り音!


 ふと振り向いたのぞみの目の前で、何かが障壁を殴りつける!

 のぞみが甲高い悲鳴をあげる中、弾かれ近くの幹に突き刺さったのは短い矢だ。


「な、なんだってのッ!?」


 突然の事に大和が驚き戸惑う間に、矢に続いて草むらからのぞみへ躍りかかる者がある。


 体ごとにぶち当たるような斬撃。

 肩から心臓にかけて真っ直ぐに落ちる軌道のそれはしかし、のぞみを悪意から守る障壁に阻まれて止まる。


「ヘヒッ!? ま、将希ッ!?」


 殺意をもって切りかかってきたそれは、なんとのぞみの実弟である手塚将希であった。


「お前ッ!? のぞみの弟のッ? なんのつもりだッ!?」


 弟からの致命傷を狙った襲撃。

 それになぜ。どうして。と、目を白黒とさせるのぞみに代わって、ボーゾが詰問をぶつける。


「力を! お前から奪い取る! そうすれば何もかもが上手く行くんだッ!!」


 だが将希は一方的な言葉と共に、憎しみの剣をまたバリアへ叩きつけるばかりであった。

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