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80:やべーいハザードの引き金はなんぞ?

 狭くいりくんだ石造りの迷路。

 ヒヒイロカネ合金鎧のファイター犬塚忍は、正面から突っ込んできたブロック人形の攻撃を盾で受け止める。

 そしてすかさず炎の斧を叩き込み、後ろに控えていた悠美が隙間を通したショートスピアをダメ押しに続いて仕留める。


 そこへ別の通路から出てきた豚の着ぐるみが、後列の悠美に向けて体当たりをかける。

 が、その突進が悠美にたどり着く前に、着ぐるみは足をもつれさせて倒れる。


 倒れた拍子に外れた頭には、悠美の投げ放った鉈のようなナイフが深々と突き刺さって。

 一方で頭を落とした胴体からは、中の人でなくパンパンに詰まっていた茶葉がその香りといっしょにこぼれ落ちている。


 着ぐるみいっぱいに詰められていた高級茶葉。それを悠美が戦利品として回収している間は忍が正面に並ぶモンスターを一体ずつに受け止め、確実に打ち倒していく。


「おーおー。さっすがベテラン。数の不利が起こらないポイントにばっちり陣取ってるな」


 そんな熟練者コンビの堅実な討伐ぶりをモニター越しに眺めて、ボーゾが感嘆の声を上げる。


「じゃあ……ひ、ひとまずは……安心、かな……ヘヒヒッ」


 暴走モンスターの足を鈍らせるために用意した緩衝地帯。

 急場凌ぎもいいところのそれを十全に活かしてくれるベテランたちに、のぞみは不気味笑いを浮かべる。

 一方でホログラフマップやキーボード、タッチパネルとして現れたダンジョン操作ツールを操る手の動きはまったく緩まない。


「それはいい……ありがたい、けど……こっちは、私の管理……が、ずさんなのを、見せつけ、られた……」


「お、暴走の原因は突き止められたのか?」


 のぞみがいつものひきつり笑いすら無くしたのに、ボーゾは軽い調子で成果を尋ねる。


「う、うん……これ、見て……」


 パートナーに求められてのぞみが寄越したのはあるモンスターのステータスだ。

 ボーゾはそこに記されていたモノを見て、納得の表情でうなづく。


「なるほどバーサークのバッドステータスか」


 くっきりはっきりと表示されていたそれは、狂戦士化とも呼ばれる状態異常のひとつだ。


 身体能力の向上によって攻撃能力を大幅に引き上げる。だが同時に、戦いへの躊躇を塗り潰すほどの興奮状態に陥るため、味方との連携がとれなくなるどころか、仲間を認識できずに襲いかかる危険性のある状態異常だ。


「も、モンスターの管理が甘かった……そのせいで、ご覧の……ありさま……」


「そりゃあ……だが、放し飼いスタイルじゃあ仕方ないってもんだぜ?」


 のぞみが監督責任を感じて落ち込むのに、ボーゾはフォローを入れる。


 魔神たちやアガシオンズと違い、お客さんに狩らせるためのモンスターたちと、のぞみのつながりは薄い。


 冷たいようで、贔屓もあるように見られるかもしれないが、これは役割ゆえに仕方がないところである。


 身内枠の皆と同じように、僅かにでも外敵からの侵食を受けたり、何らかの重篤な異常をのぞみが察知できるようにしていたら、開園中は延々とその関係の報告が頭の中に鳴り響き続けることになる。


 例えるならば、数万の電話に取り囲まれて、それらがひっきりなしに通知・着信音を鳴らし続けているような状態。ということになるだろうか。


 これでは本当に危急の報せを受け取り損ねない。

 ということで、必要に駆られたうえでの区別なのである。


「でも、問題を……見逃したのは、現実……! これが、現実……! ヘヒヒッ」


 だが必要にかられての措置であったとは言え、捨て置くわけにはいかない隙には違いない。


「だがよ。仕組みの見直しをしてる暇はないぜ?」


「そ、その、とおり……! 今は、現場の対処が、第一……ヘヒッ」


 ボーゾの言葉を受けて、頭を切り替えたのぞみは、急場しのぎにでもと状況解決に向けて意識を注ぐ。


 探索者たちと接触前のモンスター集団。それを手当たり次第にマップ上で掴んでは、状態異常を取り除いていく。


「いや、のぞみ? なにやってんの?」


「ヘヒッ? なにって……バーサーク状態、解除……? ヘヒッ」


 なにかおかしいですか、とばかりに首を傾げるのぞみに、ボーゾは深々と、深々とため息をつく。


「んなことはアガシオンズか、クノたちゲッコー忍軍にでも任せときゃいいことだろうが。鎮静剤ばらまくアイテムでも持たせてよぉ」


 オーナーが直々にやることか。

 しみついた下っ端根性への呆れを込めた言葉を受けて、のぞみの目から鱗が落ちる。


 そう。のぞみがやるべきは場当たり的な対処ではない。

 もっと大局的で、根本に向いた対応で無くてはならない。

 再発防止については後で整えるとしても、いま現在問題を発生させている元凶を取り除くことに集中すべきなのだ。


「そ、そうだ……それなら探索者、さんにもお任せできる……ヘヒッ!」


「んー……悪くはないが、任せるのは信用できるの……忍とかに絞った方がいいぜ。乱戦してるところに構わずぶちまける奴がいないとも限らん」


「だ、だよね……魔が差さないとも限らない、し……ヘヒヒッ」


 欲望の誘惑に負けるのもまた人間である。

 不特定多数の人間を客として受け入れているのだから、なおの事外注する相手は選ばなくてはならない。


 ボーゾの助言から、バーサーク中のモンスターを鎮静化させるクエストを発注する方向性も固めて、のぞみは改めて自分の仕事へ戻る。


「今いる……バーサーカー状態の……が、片づいたら、終わり……ではない感じ……」


 出現して即、探索者めがけて突進を始めた反応を捕まえて調べたところ、すでにそのステータスはバーサーク状態にあることを示している。


「そりゃあ……ちょいと洒落になってないだろ……」


「う、うん……POPした端からバステ汚染されてるとか、マジで……ヤバい」


 想定していた以上の深刻さに、のぞみは病的に白い顔を青ざめさせる。


「そんなことが起こるってのは何か? ダンジョンそのものになにか仕込まれたってのか!?」


「ヘヒッ!? い、いいやいやいや……ない、ない……それは、ない……ッ! だ、だって……ダンジョンにナニカサレタ、なら……私だって、気づく……よ?」


「なんでそこで疑問形だよ?」


「ヘヒィ!? ご、ごごごめん、途中で……ちょっと自信なくした……ヘヒヒッ」


「いや、お前の体同然の事だろうがよ。そこは最後まで自信持っていけって」


「に、人間……意外と自分の体のことも分かってない、よ? ヘヒヒッ」


「……あー、うん。その話はたしかにそうだろうよ」


 自信無さげな顔をしてああ言えばこう言うのぞみに、ボーゾはお手上げだとばかりに頭を振る。


「それはともかく、だ。ダンジョンそのものに何か……時限式にしたってどうしたって、こんな長々と続く形で何か細工がされてたんなら、のぞみに分からないはずがねえ……だよな」


 ダンジョンの開放直前のタイミング。このことから、仕掛けられたのは昨日の最終帰還時間以前となる。

 一晩以上。

 それだけの間、のぞみがダンジョンへの干渉に異物感すら覚えないということはあり得ない。


「た、タブン、キット……オソラク」


「……てことは、だ。仕込まれたとしてもダンジョンの壁やら床やらじゃあないな」


 自信の無さからか、あくまでも明言を避けようとするのぞみを無視して、ボーゾは推理を進めていく。


「ダンジョンの空気か? いや、それでも分かるか……のぞみの監視が緩くて、モンスター連中を狂わせられるもの……」


 ボーゾの呟きを受けながら、のぞみはダンジョン内部の異常を探る方向を絞っていく。


 捕まえた暴走モンスターの発生地点。

 そして発生するなり暴走状態にあったモンスターそのものに。


「み、みみ見つけた!?」


「マジでか!?」


 そして異常の原因を探り当てたのぞみは、発見したものをモニターに出す。


 モンスターのシルエット。その頭脳部分を主として、全身に赤い光点が分布している。

 その赤い光は集合と拡散を繰り返し、さらに広い範囲を染めていく。


「なんじゃあ……こりゃあ」


 蠢くようなその動きにボーゾが絶句する中、のぞみは赤い光の塊に視点を近づける。


 するとそれが群がり重なったアメーバ状のモノであることが見てとれるようになる。


「こ、これ……ウイルス型の……眼に見えないくらい小さな、寄生タイプの、モンスター……!」


「するってえと、コイツに寄生されてる。そのせいで狂っちまってるってッ!?」


「そゆこと……だと、思う……ヘヒヒッ」


 無生物タイプのモンスターにさえ寄生し、狂わせるウイルス型モンスター。

 スリリングディザイアを汚染する元凶に、ボーゾは頭を抱える。


「こんなん……どうしろってんだよ」


「わ、私に……いい考えが、ある……ヘヒヒッ」


 だが対するのぞみは我に秘策あり、と不気味笑いを浮かべる。


「ヘヒヒッ……こういうときは……現代地球流の、お決まりの対処法……ヘヒッ」

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