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79:予定通りでいく

「さて……今日もお仕事お仕事……ヘヒヒッ」


 ゴタゴタの初日から明けて次の日。


 本日もまた緩急はあれど連続イベントの期間中。ということで、のぞみはいつでも状況に対応できるように大モニターを前に構えている。

 座ったイスを囲むように、ホログラフマップにタッチパネルにキーボードと、それはもうどんな形でも手を出せるように揃えて。


「おーおー。今日も気合入ってんな。でも昨夜も準備に遅くまで手かけてたろ? 大丈夫か?」


「ヘヒッ……さ、三時間は熟睡した!」


「そりゃあろくに寝てないっていうことだろうがよ」


 口の両端を吊り上げ、親指を立てての答えに、ボーゾは呆れまじりの苦笑を浮かべる。


「だ、大丈夫……ドクター・ダイジョーブ! 夜更かしは、慣れてる……から、手慣れた、もの……ヘヒヒッ」


 だがのぞみは、パートナーから呆れたような目を向けられながらも、慣れているの一言で流す。


 夜更かし、睡眠時間を削るのに慣れているのはたしかに。

 加えてザリシャーレらによるマッサージなどの効果で、睡眠の効率も格段に引き上げられている。


 だがやはり、健康維持と集中力を発揮するためには、適切な睡眠時間を確保するに越したことはない。


「……今度呼び出す魔神は絶対に睡眠欲で行こう。アイツが普段から仕事してくれるか分からんが……のぞみを夢の中に引きずり込むくらいなら……ッ!」


「ヘヒッ!? な、なんか物騒なこと、言って、るぅ……!?」


「それがイヤなら自分の体にももっと気をつかえってんだ。スリリングディザイアのコアはお前の中、お前の不調はスリリングディザイアの不調にもなりかねんのだぞ?」


「ヘヒィ!? そ、それは、イヤ……だなぁ……ヘヒヒッ」


 ボーゾの指摘を受けて、のぞみは引きつり笑いをさらにぎこちなく強張らせる。


「イヤだってんなら自重しろよ? もうお前ひとりの体じゃあねえんだからよ?」


「ヘヒッ!? そ、その言い方……な、なんか、やらしいよ……?」


「んん? まあ確かに、のぞみをひとりじゃない体にした原因ってか、きっかけは俺なんだが……」


「ヘヒィイッ!?」


 まるで動じずに平然と返すボーゾに、のぞみはイスから転げ落ちる。


「おいおい大丈夫か?」


「ヘ、ヘヒヒィ……へ、平気、平気……」


 心配するボーゾに答えながら、のぞみは尻をさすりさすり、イスをよじ登るようにして元の位置へ。


「と、とにかく……今日は、もう始まる、わけだから……き、切り換えて、いこう……へヒヒッ」


「そうだな。昨夜の睡眠時間が足りない感じなのはもう過ぎたこったしな」


 ひきつり笑いで、今とその先の事に集中しようとするのぞみの主張を、ボーゾは渋々と合理的だと認める。


「昨日ごたついたところは対策……して、昨日よりももっと、スムーズに……てんやわんやな思いをしたのも、収穫に……ヘヒッ」


「経験が活きたな、ってーヤツだな」


「そ、そう言える……言われるように、したい……ヘヒヒッ」


 初日で明らかになった予測の甘かったところ。

 そこをさらに上方修正して組んだ段取りを確かめながら、のぞみは手を動かし続ける。


「ら、来場の状況は……」


 そして飲み込み受け入れるべき相手の状況を確認するべく、アタック受付エントランスと、外の様子をモニターに呼び出す。


 すると案の定、ゲートオープン間際の受付には、蛇行した行列を作ったプロアマ混合の探索者たちがひしめき合っている。

 その列は建物の外へも延びていて、ダンジョンの解放と同時になだれ込んでくるのは目に見えている。


「き、昨日のまんま……ゲートは常時開放型にしておいたのは、正解……大正解……!」


「おう。経験が活きたな」


「さ、さっそく、ありがとう……でも、これは正直……予想以上……!」


 認識を改めてなお想定を上回る集客に、のぞみは嬉しい戦慄に震える。


「と、とと……とにかく、調整……を、このまんま……だと、入った所でぎゅうぎゅう詰め……! ヘヒヒッ」


 だが震えてばかりもいられない。と、のぞみはコンソールに指を走らせる。


 エントランスに詰めた人々。そしてその後について並んだ人たち。

 彼と彼女らの目当てのエリアはそれぞれにあるだろう。

 だが、入り口近くが高密度になるのは変わらない。

 それを座して見ているのは怠惰に過ぎる。


 混み合いの多少は仕方ないにしても、分散する前に接敵、乱戦になるようなことが無いように、入り口になる地点をモンスターやトラップと接触するポイントから引き離す。

 加えて、入り口としてつながるポイントも一エリアにつき、普段四か所のところを八か所にまで分散する。

 続けて幹部イベントに合わせて変異するポイントがきちんと封鎖、隔離されていることをマップで確認する。


「と、とりあえずは……これで! 後は……時間を、どうしよう……」


 開放までもう間もない。が、モニターの向こうでは大量のお客さんが列をなして待っている。


 それを見てしまった以上、少しばかりではあるが、予定よりも早く解放しても良いのではないか。

 のぞみはそんな、待たせている申し訳なさから逃がれたい誘惑にかられる。


「だが、予定をずらして本当にいいのか。その辺はよく見ろよ?」


 しかしこの相方の一言に、のぞみは丸まっていた背すじを伸ばしてモニターを見る。


 改めて見てみれば、受付担当のアガシオンズの全員がようやく一息付けたといったところだ。

 ダンジョンの本格開放前にできる限りをさばいて、今は嵐の前の静けさに備えているというのか。

 現場の激務にもまれたアガシオンズの苦労を思うと、のぞみにはみんなからわずかな休息を切り上げさせることは出来なかった。


 それにゲート開放待ちのお客さん方も、残り時間を気にしてはまだ大丈夫だと打ち合わせを詰めている。

 狩る相手、警戒すべきモンスターの対応や連携の確認。

 これらはいくらやってもしすぎるということはない。

 そんな重要な打ち合わせのための時間を切り詰めさせるようなことは控えるべきである。


「うん……! あと十分くらい、だけど……時間通りで、いこう……ヘヒヒッ」


「それがいいんじゃあねえの?」


 ある一面では客のためにもなる。

 その言い訳を見つけたのぞみは、身内のために時間を守ることを選択する。


「ヘヒッ……じゃあ、問題になるようなことが起きないように、チェックチェック……んん?」


 ボーゾからのお墨付きを得て、のぞみは開放までのわずかな時間でのチェックに回る。のだが、さっそくの違和感に首を傾げる。


「おう? どうしたい?」


「ヘヒッ……や、そのー……ここんとこ、見て?」


 のぞみが拡大して見せたマップのポイントに、ボーゾはどれどれと注目する。

 のぞみの指し示したそれは、ダンジョン内部に住み着いたモンスターたちの動きである。


「おい、なんでこいつらこんなとこまで出てきてるんだ?」


 その集団はボーゾが言う通り、のぞみが探索者の突入ポイントに指定した地点を一直線に目指しているのだ。


 スタッフ役、およびのぞみが味方として直接召喚配置したモンスター以外は、基本的にのぞみに従うことなく各々の欲望、生態に従って自由に行動している。

 言ってみれば半ば放し飼いの状況であるので、行動半径がのぞみが想定していたラインをいくらか割るくらいはあるだろう。


 だが、のぞみとボーゾがおかしいとしたモンスターたちの動きはそんなものではない。

 大移動でも起きているかのように一塊の集団となって、最寄りの転移ポイントへ突出しているのだ。


「だ、だよね? こんなの……絶対、おかしい……へヒヒッ」


 ボーゾの同意を得たのぞみは、ひとまずは暴走ともとれる異常行動をとっているモンスターたちの前に迷路を設置。探索者たちと接触する時間を稼ぎ、乱戦が起きにくくなるようにクッションとする。


「し、調べて……解決、しないと……!」


 そうして急場凌ぎを仕込んだ上で、異常行動の原因を探るべく動き出す。


「そいつはいいが、ゲートオープンはどうする? 今日は問題が起きたから遅らせるか?」


 しかしボーゾの言うとおり、調査はともかく先に決断すべき事がある。

 もはや予定時間は間近。じっくり確実に問題の原因調査と解決を進めているいとまはないだろう。

 そして解決できる時間がないのなら、探索エリアの開放は延期にする。安全を考えるならそうするべき、それが正しい判断だろう。


「ヘヒ……それは、このまま……」


「なに!?」


「開ける時間は、予定どおり……で、いい……ヘヒヒッ」


 残されたわずかな時間で解決して見せる。

 そんな自信と誇りから出た言葉……が、のぞみから出るわけがない。


「ここで時間延期は……暴動……! 絶対的、暴動のフラグ……! よ、予定は、そのまま……!」


 もさもさの黒髪をざわつかせながら、最悪の事態に震える。

そんなのぞみの怯えぶりに、ボーゾは呆れ半分安心半分といった苦笑を浮かべる。


「だとしても、モンスターがワケわからん動きしてるとこに黙って突っ込ましたら、それはそれで文句だーだーなんじゃねーの?」


「だ、だから……アナウンスは……して、もらう……予定はそのまま……突っ込むかどうかは決めて、もらう……ヘヒヒッ」


「……まあ、どうせ死んだり大ケガしたりはないしな」


 仮に殺到するモンスターに呑まれても、ここはスリリングディザイア。

 冒険ごっこエリアはもちろん、ガチのエリアであろうと、死亡事故の回避はお墨付きである。

 ならば自分達を過信して挑戦を選んだものがいたとしても、最悪の事態には陥らない。


「じゃあ、本日最初のサプライズイベントって事にして、誤魔化せてるうちにのぞみが何とかするってぇ形になるか」


「そ、そういうこと」


 はっきり言って博打である。

 多少状況に則して対応はしているものの、結局のところ短時間で問題解決しなくてはスリリングディザイアの評判に傷がつくのは避けられない。


「いいじゃねえか。問題が起きてようがただでは転んでやらないってその欲望、大好物だ!」


 しかしボーゾは止めるどころか、いいぞもっとやれとばかりにサムズアップ。


 この後押しを受けて、のぞみはヘヒヘヒと笑いながら、改めて周囲に展開したコンソールに手を伸ばすのであった。

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