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76:金銭欲主催「破れるかな?」

「くっそがぁあッ!? なんだこの錠前はクソがッ!!」


 明らかなまでに盗賊役の軽装の男が、イラ立ち任せに罵声を吐く。


 その目の前には、キーロックにダイヤル、スイッチと、何重ものロックをゴッテゴテに重ねた金庫がある。


「二つ三つ同時に解かなきゃならんのはあるは! そのクセ一個解いたら順番に、時間内に全部外さなきゃ全ロックリセットとかクソか!? クソゲーかッ! 控えめに言ってクソゲーかッ!?」


 半ばまで解き明かしてはそれをひっくり返されの繰り返しに、いい加減溜まりに溜まったフラストレーションが爆発したようだ。

 汚くもパターンな罵声を、唾と一緒に鉄壁のセキュリティにぶつける。


「おい! 頭冷やせって! もう挑戦可能な時間が無いぞ!?」


「分かってんだよそんなことはッ!? だーかーらいったん全部爆発させてスッキリさせようとしてんじゃないかよッ!?」


 おまけに一パーティの挑戦時間は限られている。

 そのせいでまた難易度以上に焦りが募り、パーティメンバーのなだめの声に反発してしまうのも無理のないことだろう。


「どうします? いただけるものをいただけましたら、ロックを緩めて差し上げてもよろしいのですが?」


 そこへ指で輪っかを作って語りかけるのは、本日の迷宮エリアのイベント担当であるウケカッセだ。


「最高難易度の金庫の挑戦者一号であるあなた方の欲望と熱意に敬意を表して、今なら大幅割り引きでこの鍵をお渡ししてもよろしいですよ?」


 金庫に寄りかかり鍵を差し出してのささやきのとおり、この部屋のなかには金庫破りに挑戦しているパーティが何組もいる。


 イベントボスを撃破することで、金庫破りの挑戦権を獲得し、中身と錠の難易度の異なる金庫のどれかを選んで金庫の中身を取りにかかる。

 これがウケカッセ担当の迷宮エリアイベントであった。


「鍵を割引で売るとか言って、全部の鍵を買ってたら結局中身以上の値段になるんだろうが!?」


「そうでもありますが」


 銭ゲバ悪魔の囁きを見破られて、しかしウケカッセは悪びれた様子もなく素直にそれを認める。


「ならイチバチで丸儲けを狙ってやるさ!」


「その欲や良し! さあどうぞ!」


「言われなくとも! やるぞぉお!」


 気合を入れ直し、錠前に立ち向かう探索者。その欲望が鍵を解くと信じて!


「はい、時間切れ。お帰りはあちら。先を進むならばあちらですよ」


「ちくしょうめがぁあああ!?」


 しかし現実は非常である。


 結局彼らは金庫の中身を手にすることなく、挑戦権を棒に振る結果で終わらせてしまうのであった。


「さあ、さあさあ! 第一の挑戦者はこの大金庫の中身を暴くことはかないませんでした! 彼らの無念を晴らそうという方はいませんか!? 大金庫は莫大な宝を秘めて挑戦者を受け付けておりますよ!?」


 悔しさに任せてダンジョン奥へ突っ込む探索者を見送って、ウケカッセは難関への挑戦者を募る声を上げる。


「それじゃあ俺たちがいただきだッ!」


 それに堂々と挑戦権を掲げたのは、キンキラキンに頭を染めた派手な男の二人組だった。


「へ! 馬鹿正直に鍵開けなんぞに頼るからだって! ようはぶち破ってでも中身をいただいちまえばいいのさ!」


「けどおかげで俺らがゲット第一号なんだから、正直者サマサマってヤツだろ?」


「間違いない!」


 ゲラゲラと先の挑戦者をこき下ろしながら、二人組は前に。


「では、どんな手段でも構いませんから、どうぞ開けてみてください」


「っしゃあ! 言質取ったー! この秘密兵器を見てやっぱダメとかもうナシだからなッ!?」


 にこやかに迎えるウケカッセの言葉に、二人組は勝利を確信してのガッツポーズ。秘密兵器とやらを取り出すべく、腰のポーチに手を突っ込む。


「その鉄壁の錠前を吹っ飛ばしてやる! この大枚はたいた爆薬でなぁあッ!」


 だが自信満々に取り出したそれは、どう見ても薬のボトルである。

 下から見ようが横から見ようが、どうにも間違いようもなく、飲む回復薬で満たされたペットボトルである。


「おいおい、しっかりしろよ。ドコをどうやったら爆薬と間違えてそんなん掴むんだよ」


「お、おう……俺としたことがガラにもなく緊張して手元が狂っちまったらしいや」


 相方のツッコミを受けてお薬ボトルを握った男は改めてポーチをまさぐり始める。

 だが出てくるのは回復薬のボトルに、回復薬のボトル。それから回復薬のボトルで、また同じく回復薬のボトルであった。


「ど、どどどどういうこったいオイィイイッ!?」


 そこから大慌てにポーチごとベルトをはずして逆さに振る。

 でも、もう何も出てこない。


「いやいやいや!? どういうこったってそりゃこっちの台詞だぜ!? アレ買うのに割り勘で俺も出したのに、なくしちゃったってそりゃねえだろよぉおッ!?」


「んなこと言ったって俺にも訳が分からんってーの!? てか、アタック前にポーチの中身はお前も確認しただろ!? それと全然違うんですけどぉおッ!?」


 そんなわめき声をぶつけ合うキンキラ頭二人の肩を叩くものがいる。

 この無言の呼び掛けに二人が揃って振り向くと、にこやかなウケカッセの姿がある。


「おい、アンタ!? こりゃどういうこった!? 勝手にバッグの中身が入れ替わるなんてよぉお!?」


「アンタらの管理ミスか!? 管理ミスなのか、コンチクショウッ!?」


 二人組がトサカみたいに髪を逆立て食って掛かるのに、ウケカッセはしかし営業スマイルを崩すことなく、飛んでくる唾を避けながら首を横に振る。


「いえいえ。当方にはなんの異常もございません。原因はあちらです」


 そう言ってウケカッセが指さす方向へ、二人組は揃って振り返る。

 するとそこには、ガマ口カバンを肩がけにして、頭上に金色の輪を浮かべた小人が浮かんでいる。


「なんだ? このオッサン?」


 しかし小人とは言っても、腹が突き出て、頭よりも首から下の方がふさふさした脂ぎったおっさんである。

 それに上に浮かんだ輪っかも、よく見れば五円玉である。

 率直に表現して、サイズに反して愛らしさの欠片もない。


「なあ、コレがなんだってんだよ?」


 キンキラ頭の二人組は、そんなフヨフヨと浮かぶムダ毛だらけのオッサンを指さしてウケカッセに問う。

 が、ウケカッセが答えるよりも早く小さなオッサンが口を開く。


「キミの手持ちの道具は回復薬に買い換えておいたよ。いやあダンジョンは危険だからね。お薬はいくらあっても足りないからねぇ」


 腹を揺らしながらの朗らかな声。

 体のサイズに反して低くて無駄に良いそれで告げられた内容に、キンキラ頭の男たちは固まる。


「運がなかったですね。本人が言うとおりに勝手にバッグの中身を買い換える妖精です」


「ちょ、ま!? いつこんなモンスター取り付けやがった!? 金庫を吹っ飛ばそうとしたからってこんなんつけやがったかッ!?」


「いやいやまさか。私ではありませんよ。金庫への挑戦権を守るガーディアンの仕業です。そんな妖精を取り付かせることがごく稀にあるのですよ」


「仲良くしようじゃないかね」


「お断りだっての!? こんな手持ちのアイテムに干渉してくるようなえげつないもんをよくも!」


「おやおや。これでもオーナーのストップがかかって、私が最初に持ち込んだアイデアよりはずっとマイルドになっているのですよ? きちんと、同じ値段分のアイテムに交換するようになっているのですから。それに通常のバッドステータス扱いにもなっていますし」


 つまりのぞみのバランス調整が入らなければ、十万はするアイテムがコンビニで買えるような安い携帯食料ひとつと交換されたりした上、お祓いするのにも特殊な条件を満たす必要があったということである。


 もっとも、大金はたいた取っておきのアイテムが、回復薬の詰め合わせに強制交換させられたという事実に変わりはないのであるが。


「ああもう、チックショウッ!! だったら! とっておきのとっておきでッ!?」


 ちっこいオッサンに状態異常回復薬をぶっかけ消し飛ばして、憑かれていなかった方のキンキラ頭が、自分のポーチからさらなるとっておきとやらを取り出す。


「レジェンド合金! 庇護欲巨神バウモールッ!!」


 仰々しく構えたそれは、バウモールを象ったオモチャであった。

 わざとチープな造形にまとめてレトロなオモチャ感を満載にしたそれは、しかしただのグッズではない。


 低純度とはいえ、名前通りにヒヒイロカネ合金を使用。ズシリとした重量感を備えたそれは、回収できる限り戦車砲もかくやというほどの威力のロケットパンチを放てる攻撃アイテムなのだ!

 なお非売品で、ダンジョン内部からの宝箱で手に入れるしか入手法が無い相当なレアアイテムである。


 ちなみに、本物のバウモールに限りなく忠実な造形の、純粋な可動モデルのタイプは普通にグッズとして売買されている。


 余談はともかく、キンキラ頭の構えたアイテムである。

 腕を上げ、発射姿勢に入ったレトロオモチャ風のは、金庫に拳の狙いをつける。


「いっくぜぇええ! 飛ばせ鉄拳ッ!!」


 破壊を、そして勝利を確信して、キンキラ頭の片割れはロケットパンチをスイッチオン。

 それとほぼ同時に、金属同士が衝突する鈍い音が鳴り響く。


 謳い文句のとおりに、レトロなオモチャそのものの見た目から、目にもとまらぬスピードで鉄拳が放たれたのだ。


「んなアホなッ!?」


 だがその結果を見て、キンキラ頭の男は鼻水を吹き出す。

 猛烈な勢いで金庫を殴りつけたヒヒイロカネ合金の弾丸。

 しかし強固な錠で閉ざされた金庫には傷一つついていない。


「いやあ残念でしたね。なにがなんでも、どんな手を使おうが宝を手に入れてやろう。その気概は素晴らしかった。ですがそんな方法では破れませんよ」


「なんてぇ!? インチキじゃねえかよッ!?」


「あの威力でビクともしないとか、中身よこす気ねえんだろッ!?」


 拍手交じりに残念な結果をお知らせするウケカッセに、キンキラ頭は二人がかりに食って掛かる。


「まさかまさか。開けられましたのならきちんとお渡ししますとも。ただ、正しく鍵開けに挑んだ方が何よりの早道である。そうするために、本物のバウモールと同じ材質の金庫を、財産の守り手である私が加護を加えておりますので、ね」


 にこやかに語ってみせた頑丈さの種明かしに、詰め寄っていたキンキラ頭二人は揃って膝をつく。


「お二人はこれで策が尽き果てましたか? 打つ手がなければ次の挑戦者に順番をお譲りしたいのですが、構いませんか?」


 破壊力での金庫やぶりを真っ向から弾き飛ばされた二人は、落胆のままウケカッセの問いに首を縦に振る。


 そんな二人にウケカッセは回収しておいたオモチャサイズのロケットパンチを握らせると、金庫前から離れるように促す。


「さあさあさあ! 破壊的な意味でのマスターキーが通用しなかったこの堅牢さ! 破って見せようという方はいらっしゃいませんかッ!? 宝物を手に入れたい! その欲望で私を超えて見せてやるという方はッ!?」


 そうして挑戦者を募るウケカッセに振り向きもせず、キンキラ頭の二人組は肩を落としたままこの部屋を後にする。

 そんな彼らの影を踏むようにして、一人の女性も部屋から出ていくのであった。

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