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75:初日から要手直しでちょい凹む

「次のイベント! 時間迫ってるぞ!? 探索中のお客さんの誘導、急いで!」


「ランダムイベント担当で入ってる人も忘れないで! 移動が終わり次第にオーナーに合図するから!」


「買い取った素材の出荷先、間違えるなよ!? いつものところ以外にもスペシャルな送り先がいくつもできてるんだから!」


「それより販売アイテムの在庫! ハケが予想を超えて早いんだから! 急いで!」


 アガシオンズの声が激しく飛び交う、スリリングディザイアはスタッフエリア。

 地域の祭りに被せた、一週間まるごとのイベント期間。

 そこへ突入した事でお客が雪崩れ込み、その対応にスタッフ皆が追いたてられてしまっていた。


「た、待機してて……いい、のかな? ヘヒッ」


 周りであわただしく働くアガシオンズの姿に、のぞみは落ち着きなく視線を巡らせる。

 なにか自分にも出来ることをやりたい。

 そんな欲望のままに、身内の助けになる仕事を探すのに、ボーゾは苦笑を見せる。


「いいんだよ。のぞみじゃなきゃできない仕事が迫ってんだぜ? ここはアイツらに任せてドンと構えてなきゃだろ?」


「で、でも……みんなが忙しくしてる……のに、もも……申し訳、ない……も!?」


「最初っからオーナーだってのに、ヒラ根性が抜けねえな……ってか、ドコの毛玉知的生物だっての」


「か、噛ん……じゃった!」


「マジで?」


「な、なんでそこで疑惑……ッ!?」


「いやホラ、おふざけでわざとカミカミとかお約束だろ?」


「そ、そんな……余裕は、私には、ない……ヘヒヒッ」


 余裕はない。と言いながらもヘヒヘヒと笑うのぞみに、ボーゾはどうだかと苦笑のまま肩をすくめる。


「そ、それよりも……う、受付じゃ、なにか困って……ない、かな? ヘヒッ」


 その一方で、のぞみは思い出したようにハンディサイズのマジックコンソールをいじり、お客を受け止める第一陣の様子をのぞき見に。


 手のひらサイズの光の板からつまみ出され、宙に開く映像。

 その中では受付窓口が今まさに殺到する客に呑まれそうになっているところであった。


「ハイ、迷宮エリアの探索ですね? ただいまゲートを開きます。お次のパーティは? ハイ、山道エリアで。ただいま転送先の切り替えをしますので、切り替えができましたと合図をしたらお通りを……って、まだ早いですってばよッ!?」


「ヘヒィ!? か、改装して受け入れ容量ウプしたのにぃい……ッ!?」


「まあ、いくらでかく作り直そうが、容量を超えたらばパンク待ったなしだわなそりゃ」


 改築改修効果を上回る客足に、のぞみはおののく。

 もし仮に、先の改修で窓口を増やしたりしていなかったとしたら、すでに受け入れ不能の知らせを受けていたことだろう。

 そう考えれば、改装の効果は確かにあり、正解であったと言える。


 だが、今この瞬間に押し寄せる客の波に喘いでいる受付担当アガシオンズらには、何の慰めにもなっていない。


「な、ななな、何とかせんといかん!」


 受付窓口が直面したこの状況に、のぞみは慌ててマジックコンソールを掌から溢れ出させる。


「どうするつもりだよ」


「げ、ゲートを……開きっぱなしの、を数を揃えて……全エリア分……切り替え、無用に……ヘヒッ」


 パートナーからの疑問の声に、のぞみは両手の周囲に展開した、キーボードとタッチ操作可能な立体モデルを操作しながら答える。


「なるほど。それで受け付け済ませ次第に、ガンガン入っていけって?」


「そ、そう! ゲートそれ自体か、土台か、その辺の色を変えて……迷わず扉を選べる、感じで……ヘヒヒッ」


「それやってモンスターはどうする? 話が通じるやつらはともかく、そうでないのはゲートをくぐって出てきちまわないか? ひやむぎとか、うどんとか」


「い、いまの状態なら、モンスターが出てく隙間が……ない! それに、基本一通な仕込みは、する……から、ヘヒッヒヒッ」


 言いながらのぞみは助け船を送り出す準備を整える。


「アレをやるか……分かった。それがのぞみの心からの欲望だっていうなら、やってやれよ!」


 パートナーの後押しを受けて、のぞみは不気味スマイルを浮かべてうなづき返す。


「それじゃ……お、オープン、ゲート!」


 そして開くというよりも、むしろ分離しそうな掛け声と共にスイッチオン!


 それを受けて、空中投影された受付ホールが拡大変形を開始。

 迷宮、山道、地下水脈、それに砂漠の昼夜と五つの空間のひずみと、それを遮る五色のフェンスゲートを中心とするように、受付窓口が横スライド。

 ゲート脇に動いた受付で手続きを済ませ、あとは探索者情報を記録したメタルカードをタッチしてフェンスを開き、ダンジョンに臨む形式に変わる。


「あ、明日から……ていうか、これからの大型イベントから、は……さ、最初から……この形式で、いこう……ヘヒッ」


 変化を受けて滑らかさを増した客の流れを見て、のぞみはへにゃりと背すじを緩める。


「最初はコレを基本形にする予定だったから、変形はスムーズだったな」


「ぼ、ボーゾが言ってた……問題と、一通化の細工が……いつでもいつもは重たくて……出来なかった、けども、ね……ヘヒッ」


 負荷の問題から、常に現在の形で構築することこそ断念することになったが、それでも一時的に展開するだけならば、どうにかなる。


 とにもかくにも、これで受付窓口の苦境を和らげることには成功した。

 身内の役に立った充実感に、のぞみは鼻の穴を広げる。


「お客の来場がさらに勢いづいて、誘導が!?」


「このままじゃ、今から始まるイベントでのマップチェンジに巻き込まれるのが出るぞ!?」


「ヘヒィッ!?」


 だがそれもつかの間の事。

 一つの問題に対処したことで新たな問題を引き起こしてしまったことに、のぞみは目を白黒させる。


「おーおー……マップの変形が控えてて、避難誘導しようってところに、さらに客の入りを増やせば、まーそうなるよな」


 その一方でのぞみの胸の谷間では、ボーゾがぼんやりと空中モニターの様子を眺めてこぼす。


「ヘヒィイッ!? れ、冷静に分析してないでぇええ!? 予想してたのなら……と、止めて? ヘヒッ」


「いやいや。分かった上で踏み切ったと思ってたし」


 苦笑交じりに頭を振るボーゾに、のぞみは長い黒髪を振り乱すように頭を振り回す。


「そ、そんな、わけないし……! 過大、評価……過大評価ぁあ……!」


「どのみちこりゃあタイミングが悪かったってだけだろ? これからどうするか……って、ことだろ?」


「そ、そう……だ! なんとか、しない……と!」


 この胸に頬杖付きながらのコメントに、のぞみは仰け反るほどに上体を起こす。


 その拍子にボーゾが胸の谷間からすっぽ抜けそうになる。

 が、のぞみは危機一髪にそれを抑え込むと、改めて立体ホログラフのマップに手を突っ込む。


「と、とにかく、私の側でも……誘導……しないと……ヘヒ、ヘヒヒッ」


 とにかく、イベントに対応して変化する予定のエリアに人がいかないように、通路を作り替えていく。


「こ、これやると……「はっはーん。これからこの辺でなにかやるんだな。しめしめ」って、ネタバレだから、やりたくない……けど、も……ヘヒヒッ」


 事前察知を避けるため、これまでの誘導も狩って美味しいモンスターや採取ポイントの配置など、自然と足が向く方向でやってきていた。

 だが客の安全と差し迫ったスケジュールを前にして、こだわってもいられない。

 アガシオンズによる直接的な通行整理や、目撃者がいようが構わぬ壁配置で、どんどんと危険エリアから生身の人間を遠ざけていく。


「マスター! 全エリアの予定区画の安全確保、できました!」


「お、オッケイ! ちぇ、チェンジ……ダンジョン!」


 こだわりを投げ捨てての避難と隔離。その選択がもたらした報告を受けて、のぞみはマップの一部を準備していたものに差し替える。


 それに応じて、実際のダンジョンでも壁などの地形が誰の手も借りずに自ずから姿を変える。


「ヘヒィ……ま、間に合ったぁあ……」


 誰も巻き込むことなく変形を終えたマップの様子に、のぞみは背筋から力を抜いて折れ曲がる。


「あーうー……もっと、もうちょっと、くらいは……滑らかにこなせる、んじゃないかなぁ……くらい思ってたのにぃ……」


 そうして折れ曲がったまま、予想を超えた繁盛ぶりに、行き当たりばったりの出たとこ勝負な対応しか出来ていないことを嘆き始める。


「外から後からだったらいくらでも言えるが、いざ当事者になってみると何もできないってこったな。まあ、何事も経験だよな! だからもっと色んな経験に欲望を持とうぜ!」


 沈んだ気分に任せて丸まりかねないのぞみの胸の間で、ボーゾは軽く明るく声をかける。


「ヘヒッ……か、考え、とく……ヘヒヒッ」


 対するのぞみは丸まるのこそ止まったものの、猫背のまま苦笑を返すばかりであった。

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