74:おいでよ砂漠のうどん屋さん
「へえ!? 地元の祭りに合わせて、ここいらでもイベントを!?」
スリリングディザイアの門前町。
そこで営業する食堂で、伝説金属の加工と研究を行う工房「金屋子の知恵袋」の研究員、八嶋大和が声をあげる。
「そうなんだよ。客というか、話題を食っちまいそうだから、のぞみはずらす方がいいんじゃないかって考えてたんだが、市の側からの要望でな」
そう答えるのはテーブルの上にあぐらをかいたボーゾだ。
金髪美少年のフィギュアじみた彼の後ろには、当然のぞみが座っている。
そして護衛として着いてきたザリシャーレの姿もすぐ近くの席にある。
内装が新しい食堂であるが、大和の同僚や探索者たちはともかく、金髪にメッシュを入れて彩り鮮やかな装いのザリシャーレはどうにも浮いてしまう。
「料理の味はともかく、もう少し華のある内装にはできないものかしらね。マスターに止められていなければ……華々しく! オシャレに! 模様替えしてあげられたというのに……ッ!」
そのせいか、店側の都合を無視した身勝手なことを呻いているが、これは先んじて釘を刺していたのぞみのファインプレーと言うべきだろう。
「……う、ウチとその周りの町がある……から、出坑は、ダンジョンの町……なんて、言われてるし……」
「ああ、ですねー。スリリングディザイアに自重されては、かえって集客が落ちるかもしれないというのもあり得る……と」
ダンジョン景気をさらに後押しし、安定化させているスリリングディザイアの評判と実績を考えれば、行政からも自重させるという判断が出るはずもない。
むしろ町おこし、地域おこしの第一人者として、大々的に動くように協力を求める、というのが普通だろう。
「でも、お祭りのお客を、引っ張る……そんなことはしたくない。だから……大きなイベントを仕掛ける時間をずらす、感じで……ヘヒヒッ」
「ついでに、こっちの方がイベントやる期間も長く取ってな」
出坑市の祭りも開催期間中に目玉になるイベントが分刻みのぎゅうぎゅう詰めになっているわけではない。
そこでスリリングディザイア側で大型イベントの開催時間を調整。ダンジョンアタックから祭り見物で休憩。そこからまたイベント中のダンジョンへ突撃。という流れを作ろう、というのだ。
スリリングディザイア側の方が長い期間を取っているのも、ダンジョン目当てでやってきた客を潜る前後に祭り見物に立ち寄らせようという魂胆があってのことだ。
そこへさらに連携を深めるべく、ダンジョン利用者には市内の宿泊施設の割引、祭り期間中の指定店での買い物で、スリリングディザイアのサービスに対応した大型クーポン券を付けるといったアイデアがウケカッセから上がっている。
まさにガッチリと手を結んで、稼ぎ時に挑む構えだ。
「へぇえ。いろいろ準備してらっしゃるんですねぇ……金屋子でも、なんかやれる出しものがあれば……」
「ぜ、是非! 是非にッ! ヘヒヒッ」
大和がアイデアの掘り出しを始めたところへ、のぞみが食い気味に歓迎の言葉を投げる。
引きずり込もうとするようなそれに、大和は少し引く。
だがのぞみは気づいた素振りもなく、前のめりに言葉を続ける。
「な、なんでもやってくださるなら……ウチで、全面的に、バックアップ……! いっそ……だ、ダンジョン内部での商売も、オケ! ヘヒッ」
「おいおいのぞみ。ちと逸りすぎじゃね? まだ考え中のところにガンガン推しすぎても引かれちまうぞ?」
「ヘヒッ!? も、もも……申し訳、ない……です」
テーブルから上がった制止の声に、のぞみは我にかえって、イスから浮かんでいた尻を下ろす。
「……そ、その、市から頼まれたコト、もありまして……なるだけ、たくさんに参加してもらわないと……って、ヘヒヒッ」
癖になったひきつり笑いを添えて、のぞみは先走ったことの言い訳をする。
対する大和はずれた瓶底メガネを直しながら、小さくなったのぞみへうなづき返す。
「なるほど、そういうことで……大丈夫ですよ。ちょいと面食らっただけですし」
この寛容な言葉に、のぞみは豊かな胸に手を添えて安堵の息を吐く。
その手の置き場に釣られるように目をやった大和は慌てて目を逸らす。
「……やっぱり男だねえ」
ボーゾのくすぐるような視線と言葉に、大和は咳払いをひとつ。強引に妙な方向に流れつつあった話の向きを変える。
「それよりも、です。ダンジョン内部で商売してもいいという話でしたが、外部の人間がやっても良いのですか?」
「も、もち、もーちです。ヘヒッ! ええっと……た、たしかたった今、ちょうどいい感じの、が……」
大和の出した話にのぞみはすぐさま食いついて、掌に呼び出した光の板に指を滑らせる。
「ヘヒッ、これ……これ、です……! ヘヒヒッ」
そうして掌に呼び出した映像を、大和の瓶底メガネの前に突き付けるようにして出す。
のぞみの掌に映っていたのは、スリリングディザイアの内部。その一部分の様子であった。
ギラギラと照りつける太陽を跳ね返す一面の黄金。
そんな眩しすぎるほどに輝く真昼の砂原に、足跡を刻んでいく者たちがいる。
強すぎる日差しと、砂を含んで吹き荒ぶ風。
暴力的なまでのそれらに、外套一枚を盾として、四人組のパーティは探索を続けている。
しかし砂漠エリアに降り注ぐ熱線は、彼らの対策を嘲笑うかのようにコートを貫いて、その内側を無慈悲に蒸し上げる。
そうして体にこもった熱を吐き出すように、彼らは喘ぎ喘ぎに、しかし足を緩めずに進んでいく。
そんな彼らを襲っていた日差しが不意に陰り、風になびいていたコートが落ち着く。
突然に和らいだ殺人的な環境に、探索者たちは戸惑いもあらわに辺りを見回す。
「いらっしゃいませー」
警戒も厳なそこへかかった声に、彼らは揃って反射的に武器に手をかけ身構える。
「やあ、ここは相変わらず暑いねえ……どうだい一杯のおうどん様で一息ついていかないかな?」
だがそんな彼らの目の前にいるのは、屋台越しに微笑む青年、香川であった。
この唐突なうどん屋台との遭遇に、探索者パーティは戸惑いを隠せない。
だが対する香川青年はまるで意に介した様子もなく支度を進めている。
「きつい日差しにあぶられて暑かっただろう? 冷たい出汁に潜らせたおうどん様をツルツルッとやったらさっぱりすると思うんだがね?」
手を動かしながらのこの文句に、探索者たちは誰からともなく唾を飲み込む。
しかし、砂塵が叩きつけてくる中を歩いてきたことで水気を無くしつつあった喉では滑らかに流れず、むせてしまう。
「おっと。砂漠歩きで喉もカラカラだよな? おうどん様を通す前に湿らせないとな」
それを受けて香川は、気が付かないで悪かった、とばかりにお冷を出す。
氷の浮いたそれは、飲む水を節約して砂漠歩きをしてきた探索者には、欲しくてたまらないものだ。
それこそ喉から手が出て飛びついてしまうほどに。
なので光に引かれる虫のように、お冷に吸い寄せられるままに席についてしまうのも仕方のないことだ。
「さてさて、それじゃあすぐに用意するから、喉ごしを楽しめるくらいに喉を湿らせておいておくれよ」
着席した探索者一行の様子に笑みを浮かべて、香川は素早く器にうどんと冷やし出汁を盛り付けていく。
「ほい、お待ちどう。追加の薬味はお好みでな」
そうして待ち時間ほぼゼロで出された冷やしうどんに、探索者四人は刻みネギやミョウガ等を付け足して一斉にすすり始める。
「かー! 冷たい水にさっぱりしたうどん……! こりゃミイラも生き返るってもんだぜ!」
ひとつまみの麺を勢いよくすすりきった戦士風の男が、干上がりそうな体が潤い癒されていくことに声を上げる。
それから仲間と一緒に、掻きこむようにうどんに口をつける彼に、香川青年は笑みを深くしてうなづく。
「喜んでもらえて、俺もおうどん様も嬉しい。この調子なら、祭りの後にもこのエリアでおうどん様屋台を出させてもらってもいいな」
「おう? お前さん従業員の、アーガとシオンの誰か、じゃねえの?」
手応えを確めるつぶやきを受け、はてなと顔を上げる探索者たちに、香川は頭を振る。
「違う違う。俺、普段は一般探索者やってる学生だよ。今度の祭りに合わせたイベントで、希望者は店やらなんやらやらせてくれるんだ」
「で、あんたは砂漠エリアのうどん屋で、っていう?」
「そう言うことさ」
そう答える香川のにこやかな顔を見て、うどんをすすっていた探索者の一人が首をひねる。
「どうかしたかね?」
「いや、ダンジョンの従業員じゃないならどこで見た顔だったかな……って、うどん……? うどん、使い……?」
気づきを得た探索者はジワリと汗を吹き出した顔を手元に向ける。
するとその手に握られたどんぶりの中で、うどんがはねる。
「ひぃえぇええええッ!? モンス!? うどんモンスターッ!?」
ばれちまっちゃあしょうがねえ。
そう言わんばかりに動くうどんに、ご機嫌にすすっていた面々が悲鳴を上げて飛びあがる。
「あ、間違っても落としたりしない方が……」
大騒ぎなお客のリアクションに警告する香川であるが、もう遅い。
慌てた探索者たちの手から滑り落ちた器たちは、真っ逆さまにその足元に。
そして破壊音の大合唱。からの怒れるうどんモンスターたちによる襲撃であった。
「あーあ……言わんこっちゃない。粗末にされたら穏やかなおうどん様だって怒って当然だろうに」
そのままあっという間にうどんモンスターに巻かれて、入口へ送還されてしまった探索者たち。
香川はそれを見送って呆れたようにポツリと。
そして何事もなかったかのように、次の客を迎えるための後始末と準備に取り掛かる。
「……新手のトラップ、ですか? これ」
この一連の流れをのぞみの手のひらで見ていた大和は、残念でもなく当然に罠呼ばわりである。
「ヘヒィッ!? そ、そそんなまさかそんなッ!? ふ、普通に希望者参加型、ランダム……い、イベントで……ッ!?」
のぞみはぎこちない舌なりに懸命に訂正する。が、大和の目にある疑惑の色を薄めることはできないのであった。




