73:欲望の権化どもに好き放題に話し合いをさせたにしては穏便な部類
「北郷要……ダンジョン発生初期のころから、いち早くそこから得られる資材に目をつけて、探索者から買い取り、必要とする企業に売り捌く商売をはじめた人物ですな。その成功を足掛かりとして素材売買の中間業だけでなく、探索者向けの商売を手広く行いダンジョン景気の波に上手く乗ったやり手、ですな」
スリリングディザイアが会議室。
そこに集まったオーナーののぞみと残る幹部魔神衆を前に、知識欲のベルシエルが北郷要に対する調査結果を語って聞かせる。
接触してきたそのすぐ後に調べるように依頼したのであるが、その日のうちに会議を招集。結果報告となったのだ。
知ること。そして教え広めること。
この欲望に特化しているだけあって、彼女の調査は恐ろしく素早く、そして正確だ。
もっとも、調査自体は趣味と実益もかねて普段からライブラリの充実に没頭しているので、事前に調査していて、その内容を引き出してきたのかもしれないが。
「つ、つまりは……同業者?」
「ダンジョンそのものを持っていて、そこで遊んでいただくことを前提にしている我々とは厳密には違うのでしょうが……探索者を支えることで経済を回す、という意味ではそう言えなくもないですな」
「同時に、商売敵である……とも言えますね。先見の明を備えたやり手と争うというのは、少々骨ですね」
「ヘヒィッ!? しょ、商売敵!? 商売敵なんでッ!?」
のぞみは首を傾げて聞いていた。が、そこへ補足に割り込んだウケカッセの言葉に、椅子から転げ落ちるほどに驚く。
調べものと言えばベルシエルであるが、司る欲望に関連する事柄に限るならば、魔人衆各々も知識欲に勝るとも劣らぬ具合で詳しい。
ウケカッセの補足もまた、間違いなく正しい情報と見解である。
ともあれ、床からザリシャーレやイロミダらに支えられて席に戻ったのぞみに、ウケカッセは驚かせたことを詫びつつ、続きを口にする。
「……商いの内容、さらに活動範囲が重なれば、そこにはどうしてもお客様の奪い合いが生じます。それはどうしようもない摂理です。避けようがありません」
いわば、縄張りの重なった獣たちが争い合うようなものだ。
こうした口を糊するためのモノの取り合いに、草食も、肉食も、ましてや人間も関係ない。
自分自身が、さらには血を繋いだ子が生きる。そのために必要なものが削り取られてしまうのだから。
「……もっとも、当方のパークは探索者が飯の種とするダンジョンそのものでもあります。探索者支援を生業とする者たちからすれば、飯の種の餌場というべきでしょうか。むしろ必要とされる面が大きいでしょう」
共存・共栄は決して不可能ではない。
ウケカッセのそんな付け足しの言葉に、のぞみは安堵の息を吐く。
「じゃ、じゃあ……なるべくは協力をしていくってことで……」
探索者育成施設のスポンサー同士。ということで穏便に関係を保とうというのぞみの意見に、魔神たちはそれぞれに賛成を示す。
「ええもちろん。無駄に争うのは赤字のもと。ですが、我々の家を奪い取ろうとするのであれば……」
「そ、その時は……しょうがないよね? ヘヒッ、ヘヒヒッ」
だが搾り取ろうとするのであれば……敵に回るのであればその限りではない。というのはもちろんのぞみも同じである。
のぞみが基本的に事なかれ主義なのは違いない。だが大事な巣穴をつつかれれば、容赦などできるものではない。
「では情報網を張って、向こうに怪しい動きがないか警戒はする、と言うことでいいですな?」
「い、イエス、イエス……基本協力、でも警戒はする……私的にはそんな方向で……み、みんなもオケ?」
「もちろんです。彼女のおかげで我々の商売相手が豊かになる分には、文句はありませんから」
「もしかしたら、こっちにも他所のダンジョン産のおいしい物も融通して貰えるかもだしねー」
「協力と言って、何の警戒もなく受け入れる。そのような無様に利用されるばかりが目に見えているお心づもりでしたら、御止めするつもりだったけれど……」
「ちゃんと情報収集もして警戒を怠らない、というのでしたら反対する理由はないわね。何をするにしても、自分たちの屋台骨が揺らいでは本末転倒だもの」
「う、うん……だいたいは賛成してもらえてる感じで、良かった……ヘヒヒッ」
「欲望だだ洩れなヤツもいるけどな」
「そ、それをボーゾが、言う、の?」
相方の一言にツッコミを入れて、のぞみはふと映像だけで参加しているバウモールが、浮かない様子であることに気が付く。
「ど、どしたの……バウモール? な、なにか、心配事……かな?」
賛成を現しつつも、鋼の顔を陰に沈ませたバウモールに、のぞみはおずおずと問いかける。
『何があろうとも、マスターは守らねばならぬ……だが、このヒヒイロカネのボディでは盾になることもできぬ脅威がある……それが、悔しいのだ』
対するバウモールの答えがこれだ。
しかしこれは音声で、声に出して伝えられた意思ではない。
バウモールの映像の前に投影された文章が、このような内容なのである。
「き、気にする事……ない、よ? て、適材適所……でいうか、十分仕事してる、から……みんなにお任せー……って、ね? ヘヒヒッ」
無力感に苛まれるスーパーロボットに、のぞみはよくやってるのだから気に病む事は無いと声をかける。
『しかし……マスターを、このパークをお守りするのは我が使命、我が欲望……! それが叶えられないのは……耐えがたい……!』
だがのぞみのフォローにもバウモールの顔は晴れない。
それも無理もない。庇護欲を司る鋼の魔神であるバウモールにとっては、自身の欲望を満たすことのできない状況だ。フラストレーションが溜まる一方というものだろう。
「何おうっ!?」
しかしこれに椅子を蹴って立ち上がったのが他の幹部魔神たちだ。
「お前……お前! ふざけるんじゃありませんよ!? あれだけママと一緒に最前線に駆り出されて、盾や城としての役割を果たしておきながら!」
「そうだよ! 今回のでも魔神パワーでお呼びがかかったのはバウちゃんだけじゃんッ!?」
「や、それは……シールドの強化とかそういう、防御力を考えたら……ねえ?」
「そんなことはみんな分かってるの! 安全のために出ずっぱりになるっていうのはッ!? 問題は、だのにお守りできないって不満を出してるってことよ!」
「あっ……はい」
のぞみがとりなしに入るものの、返って逆効果であったようで、魔神たちをさらに勢いづける結果になってしまう。
黙殺されたのぞみは僅かな希望をもってベルシエルへチラリと目配せを。
しかしベルシエルもまたバウモールほどではないにしろ、度々に魔神パワーを求められる側である。
火に油にしかならないと、ジェスチャーでノーの答えだ。
ならばとのぞみは胸元のボーゾにも目を向ける。
が、ダメ!
演技なのかどうなのか。たっぷりの柔肉に挟まれた欲望の魔神は沈み込むようにして眠りこけている。
喧々諤々と不満を声に出す幹部たち。それをなだめる助けも期待できないこの状況に、のぞみは目を回しそうになる。
だが、目眩にぐらついた体を机を頼りにどうにか支えて見せる。
そして目の前で繰り広げられる言葉のぶつけ合いに、唾を飲む。
「えと……その……」
意を決して放った声。
それは決意の大きさに反して、蚊の鳴くような小さな小さなものであった。
だが幹部魔神たちはまるでそれを待っていたかのように、ピタリと言い合いを止める。
唐突な切り替わりによって訪れた静けさと一斉に集まった視線に、のぞみはたまらず頬をひきつらせる。
だがせっかく止まった彼らである。待たせるわけには行かないと、のぞみは己を奮い立たせて口を開く。
「……あの、ね。私としては、さっきバウモールに言った通り、だから……十分に働いてる、わけだし……あとは他の人に任せてーって、ね? ヘヒッ」
おそるおそると、遠慮がちにのぞみは自分の考えを魔神たちに告げる。
のぞみからしてみれば、幹部衆にはそれぞれ大量の仕事を丸投げしてしまっているのである。
その負担がある以上、他の分野の仕事は「餅は餅屋」と任せてどっしり構えていてほしい。
というのが、のぞみの考えなのであった。
「……き、聞く感じ、みんなも余力があるみたい、だから……今度から誰のが一番いい、のか考えてみるから……」
「それはありがたいことです。ですがそこは、ママが矢面に立たないで済む状況を作って欲しいものなのですが!?」
だが続いて述べた努力しようと考えている部分については、ウケカッセが首を横に振る。
「そういう意味では、バウモールには乗ってれば良いわけだから、安心だものね」
続いたザリシャーレの言葉に、残る幹部たちもうなづく。
「ヘヒ? あ、あるぇ?」
この予想と全く違う反応に、のぞみはひきつった顔を傾ける。
「でも、せっかくのぞみ様がやってくれるというのですから、やってみてもらいませんか?」
「さんせー! 町を上げてのお祭りが近いし、それに乗っかったイベントでいろいろやってもらっちゃおー!」
「フッヒャヘヒィイエエエッ!?!」
しかしそこからのイロミダの提案と、ベルノをはじめとした賛成意見にのぞみはまたイスから転げ落ちる。
「もう、のぞみ様ったらオーバーなんだから。自分からやるって言ったことじゃない」
「い、いや、いやいやいや!? 状況に一番いい魔神パワーを考えるって言った、だけ……それだけ、だから……ヘヒッ」
助け起こしながらイロミダが呆れたように頭を振る。それに対してのぞみは長い髪を振り乱して訂正する。
「そうだったかしら? でも楽しみね。この色欲の力を持ったのぞみ様が、どれだけの魅了の力を振り撒くのか……」
「そういうことなら、やっぱりお祭りに乗っかったイベントで何かやるべきじゃないか・し・ら? アタシプロデュースの衣装に、イロミダパワーの色気……もう考えただけでドキドキものじゃない!?」
「いいわね! すっごくいいわ!」
うっとりと宙を見るイロミダに、ザリシャーレも加わって空想に浸る。
恍惚とした、しかし欲望の炎が輝く二人の目に、のぞみはもはや逃げられぬとばかりに、ぐったりとうなだれる。
「おいおい。その祭りってのは話に出てた北郷要って女もスポンサーやってんだろ? そんなことやってたら、ホントに味方なのか、なってくれるかも分からんうちから手の内を見せびらかす事にならねえか?」
そんなのぞみの胸元から、ボーゾがあくび混じりに危惧の声をあげる。
魔神を統べる魔神。そこからの警戒を促す言葉に、力無くうつむいたのぞみの頭が持ち上がる。
「そんなことを言われても、この欲望はもう止まらないわ!」
「それにもし敵だった、敵になったとしても、与えた情報を上回ればいいだけのことよね」
「ね? 簡単でしょ?」
「おう! その欲望、イエスだな!」
しかしボーゾはやはりと言うべきか、魔神たちの燃え上がった欲望を理由にあっさりと掌返し。
この流れにのぞみは立ち上がる力を足元からかっさらわれて、この場に崩れ落ちるのであった。




