71:光栄なうえ面白い話! 食いつかずにはいられない!
「せ……専門、学校……ですか? ヘヒッ」
スリリングディザイア内部の関係者用に用意されたエリア。
その一部である応接室で、のぞみが引きつり笑いにすっとんきょうな声を上げる。。
飾り気は少ないながら清潔に保たれたこの応接室で、驚くのぞみに相対して頭を下げるのは、懇意の探索者である犬塚忍だ。
「ああ、専門学校だ。探索者向け専門学校の設立に、どうか協力してはもらえないか? このとおり!」
「ヘヒィ!? や、やめてよして頭を上げてぇ!?」
一度上げた頭を再び下げて、重ねて協力を願う忍を、のぞみは悲鳴じみた声で止める。
「いや、他に頼めるところがないとはいえ、いきなりに乗り込んで頼るんだ! これぐらいしなきゃあ、俺の気がすまない!」
「いや、そんな……それより説明をして……」
とにかく誠意を示そう。
そんな思いのままに突っ走る忍に、のぞみはまごまごと言葉を探す。
「どんな風に、どこまで協力したらいいのか。そこの所を説明していただかない事には、返事のしようがございませんよ……と、マ……スターは仰っています」
そんな進むものも進まない問答を見かねて、金銭欲のウケカッセがフォローに入る。
「なに? 言ってなかったか?」
「ええ、一言も。何の説明もなく、探索者向けの学校を作るのに手を貸してくれと頭を下げて下りましたよ」
「そっか、すまん。勢い先走りすぎたようだ」
「まったく。真っ先に頭を下げてきたまでは、インパクト重視として、まあ良いでしょうが……そのまま勢いだけで続けてしまったのは、いただけませんねえ」
「ヘヒッ?! い、言い方……ッ!?」
ウケカッセの皮肉めいた言い方に、のぞみは咎めの声を上げる。
だが、当の忍は眉をひそめながらも、激することなく首を横に振る。
「いや、いいんだ。こりゃあ言われてもしょうがねえよ」
「ふむふむ。素直なのは良いことですね。それで? 協力と言っても何をすれば? 融資せよという話でしたら、額については応相談というところですが……」
金の話になるなり、ウケカッセのメガネが冷たく輝く。
だが、そんな持ち主の張り切りを代弁するような輝きに、忍は頭を振る。
「ああ、いや。出してもらえるってんなら、それはそれでありがたいが、そっちはメインじゃねえんだよな……」
「ほう? では我々に頼みたいこととは?」
「ああ、それはだな……」
忍が求められるままに説明を始めようとしたところで、不意に応接室のドアが横滑りに開く。
「ああ、もう。一緒に行くから待っててって連絡してたのに……」
言いながら現れたのは、忍の相方である高須悠美である。
「あ? おう、マジだ。悪い悪い」
相方の登場に、忍は携帯を確認。未読のメッセージ、不在の通知を見て、素直な詫びの言葉を向ける。
対する悠美はため息を吐きつつ頭を振る。
「まあいいわ、過ぎたことだし。それで話は……進んでないみたいね」
「おう。探索者向け専門学校を作りたいって用件しか伝わってねえ!」
「胸を張って言うことじゃないわよね」
堂々と言ってのける相方に、悠美はあきれたように肩を落とす。
「どうやら高須様から聞いた方が滑らかに話が進みそうですね。説明をお願いできますか?」
「みたいね。分かったわ」
「悪いな、悠美。頼んだ」
「……いいけど。よくあることだし」
ウケカッセに請われた悠美は、咳払いをひとつ挟んで、それから説明に入る。
「後進の探索者を育成するための学校を作るんだけど、このパークをその教材として使わせてほしいのよ」
これが忍と悠美が持ってきた話の本題であった。
百聞は一見にしかず。
探索者を育てようと言うのなら、座学で教えるばかりではなく、実際にダンジョンに潜っての教習・実習が必要不可欠である。
そのための場所として、スリリングディザイアを提供してほしい。というのが二人の持ち込んだ協力依頼の主なところなのでである。
「言ってみれば、自動車教習の車と実習コース部分を提供してほしいってところかしらね」
「ヘヒッ……な、なるほど……!」
悠美の例え話を受けて、のぞみははずみで膝を叩く。
「まあなんだ。今までにも探索者志望の奴をダンジョン体験にって引率したりってのはあったんだが、ベテランがついて気をつけていても事故はあるからな」
「じ、じこはおこるさ……ヘヒヒッ」
「ああ、確率は創意工夫で減らせるが、どうしても……な。そこで、スリリングディザイアなら万が一にも最悪は避けられるってわけさ。悠美の例えじゃないが、むしろマジで事故った場合はスリリングディザイアの方が安心なくらいだしな」
気軽な冒険ごっこのためのエリアであれば、少なくとも肉体が傷つくことはあり得ない。
上級者・プロ向けのガチなエリアであっても、命を失うことはない。
その他のダンジョンでは起きかねない死亡事故や、後遺症を伴う負傷。そのリスクを無しに練度を上げ、異界の力に体を馴染ませることができるのだ。
「冒険を遊びに」というコンセプトからすれば当然の安全対策である。
それが合わせて素人、初心者の安全な教習のための絶好の条件にもなっているというわけだ。
「しっかし、あんまりウチで慣らすと、余所でダンジョンアタックできるように育つもんかね?」
そこでそれまで流れに任せていたボーゾが疑問の声をあげる。
先に述べたように、安全な探索、ダンジョンアタックという面で他に類を見ないのがスリリングディザイアである。
だがその反面、スリリングディザイアの安全対策をはじめとした、楽しむための配慮を当たり前のものとしてしまっては、かえって危険な場合もある。
スリリングディザイアでの感覚をよそのダンジョンに持ち込んで、引き際を見誤ったとすれば、取り返しのつかない事態になってしまう。
いやそれ以前に、素通しの痛みや臭いにパニックに陥ってしまうことだろう。
「そこのところは心配いらないわ。他所のダンジョンでもやっていけるかは、教官が連れ添ってアタックする実技試験でも課せばいいんだもの。いわゆる車で言うところの公道に出ての教習ね」
この試験にパスできない限りは、いつまでもスリリングディザイアのお客さんでしかないようにすればいい。と、悠美はボーゾに返す。
「なるほどね。そこんところはわかったが、しかし何でまた急にこんな学校を作ろうなんて話を持ってきた? 引退する予定でもあんのか?」
「おいおいまさかだろ、冗談きついぜ。安定して稼げるこのパークに巡り合えたんだ。力も増してきてるし、ケガもしてない。二十代半ばで隠居する道理なんかねえよ」
にんまりとしたボーゾの問いかけを、忍は不正解だと鼻で笑い飛ばす。
「そりゃあそうだわな。おっさんは見るからに、まだまだ現役な感じだしな」
「だーかーらおっさん言うなや、まだ二十六歳だっての! アスリートだって、まだまだこれからが第一線での稼ぎ時だってんだ。引退だのなんだのと、考えるにも時期外れにもほどがあるってもんだ! なあ悠美?」
「……そう、ね」
しかし忍に話を向けられた悠美は、同意しつつも目を逸らす。
そんな相方の様子を忍が訝しむ一方、ボーゾは彼女が胸に抱えた欲望を察して、目を輝かせる。
悠美はこの視線に気づくと、咳ばらいを一つ。それはともかく、と話を戻しにかかる。
「……これはもともと、私たちよりもずっと年かさの探索者たちから持ってこられた話なのよ。さすがにダンジョンアタックの繰り返しがつらくなってきたから、探索者としての第一線は退いても生活できるようにしたいって」
「そこで、パークオーナーと親しい俺に、、交渉の白羽の矢が立ったってわけさ」
「まあたしかに、私たちとしてもまだ先の話かもしれないけれど、いつかは考えなくちゃいけない、無視できない問題だものね」
「なにぶん、まだまだ対ダンジョン向けの制度も手探り状態だしな。ようやく歳を理由に一線から引退するのが出始めてきて、そういう連中向けの仕事も足りてねえと来てる」
そう言って探索者の男女コンビはしみじみとうなづきあう。
「あ? お前らも発生最初期からの探索者だろ? てことは引退する連中とは……」
「ああ、キャリアそのものは変わらねえよ。始めた頃にあっちはもうけっこうな歳で、俺らは高卒のあたりだったってだけさ」
「それだけに、いろいろ見てきてるから。他人事じゃないのよ。明日は我が身……ってね」
二人の言う通り、忍も悠美もダンジョン発生が起こり始めた頃からの探索者である。
自分たちで、できる限りに備えておこうという考えにもなろうというものだ。
「た、探索者を育てるにも、引退後のお世話にも、スリリングディザイア……! このお役立ち感……み、見逃せない……ヘヒヒッ」
そこまで聞いて、のぞみはこの話が今後の探索者たちに与える篤い貢献度合いを思ってうなづく。
「おお! 引き受けてくれるかのぞみちゃん!?」
すっかり乗り気な様子ののぞみに、忍が確かめるように問う。
するとのぞみは、イエスイエスイエスと首を繰り返し縦に振る。
「ヘヒャア! み、みんなに相談せずに、オッケー………言っちゃった、ヘヒッ」
関節が錆びついたような動きで、引きつり顔をウケカッセへと向き直る。
だが一言もなく承知したのぞみに対して、ボーゾもウケカッセもこうなると読めていた、とばかりに呆れ笑いを見せる。
「マ……スターがそうと決めたのであれば、我々としては実現のために力を尽くすまでですとも」
「気づくのが遅れたのは、まあアレだが……のぞみの欲望が燃えてるってのに、水を差すようなマネを俺がするかってんだよ。もちろん、全員同じ意見だ」
苦言はあっても、あっさりと受け入れる魔神たちに、のぞみは強張った笑みを浮かべて頭を下げる。
「さて、探索者専門学校の設立に全面的に協力をすることになったわけですが。今までの話ですと、当方のダンジョンを用いた教習を行う際に優先してダンジョンアタックに通す、というのが主になりそうですが?」
「ああ。とにかく実技教習に使わせてもらえたらいい。武具やダンジョンアタックで使う道具の使用料なんかは、授業料に込みって形になると思う。って言っても、ダンジョンアタックで稼いだ金で、まるっと賄えちまいそうだがな」
「ふむ。でしたら教導中のダンジョンアタックの成果から何割かを、あるいは授業料から超過した分を手に入れられる、という仕組みにした方がよさそうですね」
「ヘヒッ、いいね!」
「いいわね。やる気も起きそうだし。ただ無茶をしないようにブレーキになる仕組みもないと……」
「ついてく教官役からペナルティのチェックを食らったら、その分没収とかでいいんじゃね?」
ウケカッセの提案を皮切りに、料金方面の仕組みについての意見が口々に上がる。
そうして、ああでもないこうでもないと話し合っている途中で、ウケカッセがふと口を閉ざす。
金の話の半ばで黙る。
金銭欲の魔神には考えにくいその行動に、のぞみは首を傾げる。
「ヘヒッ? ど、どしたの? なにか、気になる?」
「ええ、まあ少々。順調に運転しているうちは、これまで出てきた話のとおりで問題ないのでしょうが……それでも資金はあって困る物でもありません。やはりこちらからも大々的に融資した方が良いかと思いまして」
「ああ。そりゃ出してもらえるならありがたい。だが、この話を主に進めてる人でスポンサーは見つけてるって話だからな」
「なるほど。すでに当てはあったというわけですね」
「で、でも……こっちからも出さない理由には、ならない……ヘヒヒッ」
「そういうことです」
そう言ってのぞみとウケカッセは親指を立てた手を向け合うのであった。




