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70:身内とダンジョンをああでもこうでもやってる時が一番幸せ

「スクラーップ!」


 ダンジョンパーク・スリリングディザイアの受付エントランス。

 そこへ景気のよい声が響くと共に、内装がガオンと削り取られたように消えて無くなる。


「かーらーのー……ビルドォー!」


 そしてごっそりさっぱりながらんどうに、再びのはしゃいだ声が響くや、空間そのものが拡大。

 さらに続けて、柱やテーブル、モニターが以前と配置を変えてにょきにょきと生えるように現れる。


「ヘヒッ……か、かい、かーん……ヘヒヒッ」


 そんな風に気持ちよく改装作業を進めているのは、もちろんダンジョンマスターであるのぞみである。

 もっともスリリングディザイア内部で、のぞみ以外にはこんな芸当ができる者がいるわけもないので当然であるが。


 ちなみに本日の装いは、改装作業ということでか、頭にはヘルメットを乗っけて。さらに服も黄色と黒のストライプ模様ながら、土方作業っぽいイメージで固めたものにしている。


 この豪快な改築改装作業に、のぞみの胸元に収まったボーゾが口の端を緩める。


「おお、派手にやるじゃねえの」


「せ、せっかく、お休み中に改築しようってなったんだから、思いっきりやらなきゃ……ヘヒッ……あ、ここはもうちょい」


 パートナーに応答しつつ、のぞみは気になったポイントを調整する。


「この商売始めた時から比べると、客はどんどん増えてて、やってることも増えたからな」


「その都度、都度に付け足し付け足しで、やってきたけど……だいぶ、ごちゃついてきたし……ヘヒヒッ」


 取り巻く人々に恵まれ、お客様方にも受け入れられて、スリリングディザイアはこれまで順調に発展・拡大を遂げてきた。

 だが、そうしてニーズに合わせて拡張、追加してきた施設や機能のために、かえって使いづらいところが出てきてしまっているのである。

 いくら業者を入れずにのぞみ自身の手だけで増改築が可能とはいえ、継ぎ足し、ねじ込みを重ねていては、どうしても陥る状況である。


 というわけで、休園日の内に一気に扱いやすく根っこからの大改装中なのである。

 パーク創業当時はもちろん、拡張を施したその時よりも、のぞみの中にあるダンジョンコアは大幅にそのサイズを増している。

 無駄を省き、最適化させていけば、その当時には無理のあった拡大・拡張も可能であるだろう。


「ヘヒッ……夢広がりんぐ……! ヘヒヒッ」


「おう。いいじゃないか、いいじゃあないか。直したかったのに手を回せなくて燻ってた欲望が満たされて、もっと広げたいって新しい欲望が湧いてきてる。いーいことだぜ」


 楽しく改装と調整を進めるのぞみの胸の間で、ボーゾもまた満足げにうなづく。


「しっかし、あんまり今の段階でガチガチのガチに改装しちまうと、ちとまずいんじゃねえか? ほれ。また付け足さないといけなくなった時によぉ?」


「ヘヒッ!? そ、それは、そう、かも? でも……どう、しよう?」


「いや、そこは実際に作るお前が考えろよ……と言いたいところだが、外を見れば参考になるようなもんが山ほどあるんじゃねえか?」


「ヘヒッ? 参考資料になるようなのを、引っ張ってこいって……?」


「それでも悪かねえが、ウチの周り見てみるだけでもいいんじゃあねーの? なにせ、俺らと違って簡単にやり直しなんか利かねーから、最初からいくらか拡張ありきで区割りやらなんやらされてるだろうからな」


「な、なるほど……!」


 必要となるのを予測して、拡張を意識したクリアランスを持たせてみてはどうか。

 ボーゾが言わんとしていたのは、つまりはそういうことであった。

 この提案にのぞみは目から鱗が落ちたとばかりに繰り返しうなづく。


「そそ、そうなると……ここはもうちょっと広く取って……あーうー……でもそうなるとここのスペースが足りなくなっちゃう、かな? な、悩ましぃい」


 今後の拡張を見越して、という方向性で全体を見直しながら、のぞみはああでもないこうでもないと、うなりながら頭を捻る。

 しかし口ぶりや仕草とは裏腹に、その顔は口許が持ち上がって実に楽しげで。


 そんなパートナーの顔を見上げて、ボーゾもまた満たされた笑みを浮かべる。


「やっぱお前は、こうやってダンジョンをどうしてくれようかってこねくり回してる時が一番いい顔してるな」


「ヘヒィ!? な、なにぃ? いい、いきなりにッ!?!」


 胸の谷間から上がった不意打ちな言葉に、のぞみはとび跳ねて驚く。

 それからアワアワと手元が狂って起きた配置ミスを修正し始める。


「悪い悪い。驚かすつもりは無かったんだがよ」


 クツクツと笑いながらの詫びの言葉に、のぞみは抗議するようにうめき声を漏らす。


 対するボーゾはまた繰り返しに軽い調子に謝ってから改めて口を開く。


「イヤなに。こないだも死に物狂いでダンジョンマスターの女神官と戦っただろ。ああやって荒事の先頭に立つよりも、いまみたいな作業してる方が似合ってるよな……ってえ話しだ」


「え、や……そりゃあ、戦うよりダンジョンビルドのが楽しい、けども……でも、戦ったのは私が、望んでやったこと、だし……ヘヒヒッ」


 急にしんみりとした雰囲気になって語るボーゾに、のぞみは戸惑いながらもフォローを入れる。

 それにボーゾはうなづき返して、言葉を続ける。


「お前が欲して望んだ戦いだったってことはもちろん分かってるさ。だがそれは人を助けたい、役に立ちたいって欲と、ついでにダンジョンパーク商売をさらに手広くしたいって欲望だろ? 戦いそのものをやりたかったわけじゃあねえだろうがよ」


「そ、そりゃあ……もちのろん、で……へヒヒッ」


 戦いに身を投じる人間が全て、戦いそのものを目的にしている訳ではない。

 むしろそうした人間は少数派だろう。

 だいたいはそうしなければ生きていけないから。自分や誰かのために戦わなければならないから。そんなそれぞれにやむにやまれぬ理由があってのことであるだろう。


 そしてのぞみも当然、限られたウォーモンガーではなく多数派の、別の理由のために戦っている側である。

 他に安全で楽な手段があるならば迷わずそちらを取る普通の感性の持ち主だ。


「だからなんだ……魔人衆なり、友好的で協力的な探索者がコアを持ち帰れるなり出来るようなら、マスター業に専念させてやりてえなあとも思ってよ。ほら、なにぶんこの間のは危なかっただろ?」


「ああ……うん。あの天使風味のモンスターたちは、ヤバかった……ね、ヘヒ、ヒヒッ」


 女神官にダンジョンコアを奪われる寸前にまで追い詰められたことを思い出して、のぞみは自分の体を抱くようにして身震いする。

 のぞみにしてみれば危うく死ぬも同然。あるいはそれよりも恐ろしいことになりそうであったのだから無理もない。


「で、でも……あの一件のおかげでダンジョンの作り直し……とかが、前よりももっと楽になったし……け、結果オーライ?」


 だが、思い出して怯えてたかと思いきや、引きつり笑いを浮かべて辺りの空間の広さや内装の配置をすいすいと変えて見せている。

 このとおりにダンジョンマスターとしての力が深まり進歩を見せているとはいえ、笑って結果オーライと言えるだけ図太いものである。


「そりゃあそうかもだけれどよお……」


「……で、でもいくらパワーアップできても、まま……またあんな危ない目は、マジ勘弁……ヘヒッ」


 しかしまたも怯え震えだす切り替えの早さに、ボーゾは呆れまじりに苦笑する。


「そうだ。あの一件と言えば、手塚の親父も薄情なモンだよな。命がけで救出に飛び込んで、マジに死にかけたのぞみに礼の一つもありゃしねえ」


「べ、べべ、別に……あの人たちに感謝されたくて、助けに行ったわけじゃないし……ただ、見捨てておけないって私のわがまま……欲望で動いただけ、だし……ヘヒヒッ」


「まあ、な。その辺は分かってるよ。捕まってた連中を解放しただけで、連中が目を覚ます前に救急車やら何やらの手配をさせてハイさようなら、だったもんな」


 いわゆる「名乗るほどのものではございません」と、やろうとしたのである。


 だがダンジョン被害が出ているところへ、匿名の安全宣言と救急要請をしたところで、ハイそうですかと中にまで入ってくれるわけもない。


 だからスリリングディザイアと、そのダンジョンマスターである手塚のぞみの名前を出させて、動いてもらったのである。

 だがそのことは、大々的にニュースとして公に拡散されて、謎の救出者を装うことができなくなってしまったのであった。


 しかし、のぞみによるダンジョン制圧と被害者救出が報じられているにも関わらず、手塚家からは何の音沙汰もないのである。


「……ったくよぉ、血を分けたのぞみをさんざんにバカにしてたクセしてよ。自分らの方がよっぽど礼儀もなにもなっちゃいないじゃねえかよ!」


 そんな手塚亮治たちに対する不満を、ボーゾはその娘の胸元で垂れ流す。


「ま、まあまあ……わ、私が勝手にやったことだし……ホントに気にしてない、気にしてないから……ヘヒヒッ」


「おい、俺ら相手に遠慮すんなって。心の隅っこで、一言くらいあっても良さそうなもん……をって欲望がジリジリしてんのは分かってんだぞ?」


「ヘヒッ!? やっぱ、おみとおし? や、まあ、実は……私の勝手で、みんなには手間をかけたから……みんなのことは労って欲しいなって、思ってたり……ヘヒヒッ」


「ようし! 素直でよろしい、大変によろしいぜ! というわけでこれから奴らに土下座させに行こうかッ!!」


 本音を吐露したのぞみに、ボーゾが大いにうなづいての提案。

 これに魔神衆やアガシオンズからは「賛成」の思念の大合唱が返ってくる。


 これにはもちろんのぞみも大慌てである。


「ヘヒッ!? だ、だぁめだよー!? 荒っぽいことしちゃだめーッ! こ、こないだ派手に動いた……から、ただでさえ自由にダンジョンから出られるモンスターたちで、大丈夫か? とか、言われてるのに、みんなの立場が……!」


「……お前はいつもそうだな、まったく……」


 のぞみがアワアワヘヒヘヒと、パートナーを皮切りに、身内たちを宥め抑えにかかる。

 そんなのぞみの姿を見上げて、ボーゾは苦笑混じりにため息をつく。


「……ワールドイーター……これについて聞かないのも、みんなに悪いから、か?」


 そしてポツリとこぼした問いに、のぞみは刺されたように震え、固まる。


 あの時、カタリナにダンジョンコアを奪われかけたあの時に発揮した力。

 あの力について、のぞみは今日までボーゾにも誰にも尋ねようとしてこなかったのだ。


「あー……うん。答えにくい話? かもだし……なんか、聞くのも怖くって……ヘヒヒッ」


 気を悪くしただろうか。

 そうおずおずと探るようなのぞみの目に、ボーゾは首肯を返す。


「ああ。ちぃっと遠慮が過ぎるぜ、お前はよぉ。これじゃ聞いてもまともに答えるつもりがないんだろうと思われてる。そんな風に考えてるようにも見えちまうぜ?」


「ヘヒッ!? そそ、そんなつもり、は……!? た、単に、なんか怖かっただけで……ほ、ホントに……ヘヒヒッ」


 すねたような口ぶりのボーゾに、のぞみは泡をくって弁解を重ねる。

 その慌てぶりにボーゾはたまらず苦笑を浮かべる。


「ああ、ああ。分かってる。お前が単に遠慮しいなのと、俺たちを信じてないワケじゃないってっこともな」


「そ、そう? よ、よかったぁ……ヘヒッヘヒヒッ」


 すねていたのはただの演技、見せかけだ。

 そう白状するかのような態度の翻しっぷりに、しかしのぞみはただ安堵の息を吐くばかり。

 この反応にボーゾは浮かべた笑みを深く、柔らかくする。


「さて、と……あの女神官が言ってたワールドイーター、世界を喰らう者についてだが、はっきり言っちまえば、ただの与太話だ」


「ヘヒッ!?」


 バッサリと切り捨てるボーゾの言葉に、のぞみは反射的に目を見開く。


「や、え? どゆこと? じゃああの人は、なんで?」


 ワケが分からないよ。と困惑を露にするのぞみに、ボーゾは落ち着くようにと手を動かす。

 それを受けてのぞみが続きを聞く姿勢になったのを確かめて、ボーゾは口を開く。


「そういう風に言われてる力と、その持ち主は、何度か俺らのかつての世界にいたさ。だがな、そりゃ単なる空間を支配する力で、範囲も迷宮一個か二個分程度のモンでしかねえんだよ」


「ヘヒッ? それってつまり……ダンジョンマスター?」


 のぞみが自分を指さし、またも辺りの空間を操作してみせるのに、ボーゾは深々とうなづく。


「そう言うこった。ダンジョンを持ってないか、コアに余力があるようなヤツが、身の回りの空間を作り替えてたのを、まるで辺りの空間を取り込んでるように見えたってだけなんだな。実は」


 ただの勘違いでしかない。

 軽く肩をすくめて、ボーゾは一言でまとめてのける。


「だが……世界を食らい尽くした者って意味でなら、たった一人だけ存在したと言えるか?」


「だ、誰……?」


「神殺しの英雄殿さ。人間種族の平穏と繁栄を求める欲望で世界を飲みこんで滅ぼしちまった、な……煽った俺にも責任があるのは承知してるがよ」


 自嘲気味に笑うボーゾに、のぞみはかける言葉が見つけられない。

 そうしてどうしたものかと迷った挙句に、黙って胸元に納まった小さな体を、おずおずと撫でる。


「ありがとうよ……まあなんだ。とにかく何が言いたいのかってーと。心配も遠慮もいらねえってこった。勘違いの言いがかりでしかねえんだから、気にすることはねえし。不安や不満は抱えてないで、俺らにも預けろって、な」


「あ、ありがとう……みんなに……た、助けられっぱなしな気がしてる……けど、もう少しくらい甘えさせてもらっちゃおう、かな……ヘヒヒッ」


「おう。寄りかかるくらいに頼ってくれていいぜ」


「あー……うー……で、でも、ボーゾのそのサイズだと踏みつぶしちゃいそう、で……ヘヒヒッ」


「なにおう!? 言ってくれるじゃねえかよ!」

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