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69:影に逃れて潜むモノども

「た、助かりましたわ……マキさん」


 薄暗い空間。


 どれほどの広さがあるのか。

 どこに通じているのか。


 そのどれもがひどくおぼろげで、人目をはばかったこの空間に、カタリナはいた。


「気にすることはないわ。やられたら損をするのは私だもの」


 カタリナの礼を受けて、マキは薄暗がりのなかから染み出すように姿を見せる。


「いいえ。それでも助けられたのは変わりないですわ。本当に危ういところを……感謝いたしますわ」


 そうしてカタリナは自分を救ってくれた味方に、深々と頭を下げる。


「待った! そのまま!」


 しかし顔を上げようとしたところで、マキが持ち上がりかけた神官の首根っこを掴んで押さえる。


「な!? なにを!?」


 この突然の行動にカタリナは驚き戸惑う。

 だがその答えはマキが口にするまでもなく、意外なところから明らかにされた。


「あっぐッ!? む、胸が……痛い!?」


 豊かな法衣に包まれた、清貧を良しとしたかのようなカタリナの胸が、突然に激しい痛みを訴えだしたのだ。


「おとなしくしてなさいよ!」


 カタリナが痛む胸を握りつぶすように押さえ悶えるのに、マキは首にかけた手に力を込める。

 そして押さえ込むのとは逆の手にナイフを握る。


 楽にしてやろうとでもいうつもりなのか。

 マキは痛みを訴えるカタリナを押さえつけて、薄暗がりに白く浮かぶ刃を彼女の首筋に寄せる。


 そして闇を裂くようにナイフが閃く。


 とたんにカタリナは悶え苦しんでいたのが芝居であったかのように静かになる。

 だが、刃を入れたにしては鉄の臭いも、水が滴り落ちるような音色もない。


 代わりに手の形をした濃密な影が、カタリナの首筋から離れていく。

 握り手を作ったその指の隙間からは、小さな光の塊が握られている。


「どうやら、切り離した分のコアで満足したみたいね」


 虚空に消える影の手とコアの断片を見送り、マキは安堵の息を吐く。


「……しかし、これであのダンジョンと、あそこで稼いだ分の力は、あのダンジョンパークにすべて持っていかれたと考えるべきね」


 それから打って変わって忌々しげに吐き捨てたとおり、切り離したコアを持って行ったのはのぞみの力の表れだ。

 マキとカタリナが残していったダンジョンの掌握の過程で、まだつながりのあったカタリナにも干渉の手が及んだ、というわけだ。

 それを阻むためにとはいえ、払った少なくない損失に、マキは眉間にしわが寄るのを抑えられなかった。


「……重ねて感謝いたしますわ、マキさん。あのままでは、私もろともに食われていたこともあり得るのですもの」


「気にすることではないわ。ここであなたを失うのは私にとっても痛手だもの。この赤字は間違いないけれど、まだ取り返しはきく範囲でもあるものね」


 動かぬようにと押さえていた手が外れても、カタリナは頭を下げたまま。

 対するマキは、自分にも言い聞かせるように取り戻せない損ではないとつぶやく。


「それにしても忌々しいですわ……こちらが軽く見ていたのは確かですが、あの女が世界を喰らうものだったなんて……」


 言いながらカタリナは下げっぱなしの頭を上げる。その顔は、沸き上がる怒りのあまりにひしゃげている。


「突然に出てきた言葉だけれど、その世界を喰らうもの、ワールドイーターっていったいなんなの?」


 聞くからにろくでもないものだけれども。

 そんな顔をしてマキが尋ねると、カタリナは深呼吸をひとつ置いて怒りに染まっていた顔を切り替える。


「ええ。その名の通りにろくでもない怪物ですわ。飢えのままに世界を食いつくして滅ぼす、根元的な破滅を招く存在……と言われていますわ」


 曰く、それは全てを貪るもの。


 曰く、それは無限の虚を抱えた餓えたるもの。


 曰く、それは今あるものを飲み込み、次なる世界を産み出す肚。


 そのような己の知る限りの伝承を、カタリナはマキに語って聞かせた。


「その伝承とやらの全部が全部本当だとしたら、どうしようもない怪物だわね」


 一通りの話を聞き終えたマキは、そんな感想をしかめっ面でこぼす。


「本当だとしたら? お疑いなんですの?」


 その中の一語を、カタリナは耳ざとく聞き留めて唇を尖らせる。


 そんなあからさまなまでに不快感を示すカタリナに、マキは眉を吊り上げて睨み返す。


「全部が全部って聞いてないワケッ!? ちゃんと全部聞いてモノを言いなさいっての!?」


「怒鳴るようなことはないんじゃありませんこと!?」


 ケンカ腰に返したマキに対して、カタリナもまた負けじと声を荒げる。


「そっちが下らないこと言うからじゃないのよ!?」


「下らないこととはあんまりですわ!? 私の世界で脈々と語り継がれてきた、災いをもたらすものへの予言ですのよッ!?」


「長々語り継いだらそれが正しいっていうの!? バカバカしいッ! そんな伝言ゲーム、どこが歪んでるか分かったもんじゃないじゃないのよッ!?」


「あんまりです! あんまりです! あんまりですわッ!? 口伝を正確に語り継ぐために、私が……先達たちも、どれほど苦労してきたか知りもしないでッ!?」


 ぎゃいのぎゃいのと、噛みつき合うようにマキとカタリナの言い争いは続く。


「だいたいが! ホントにそんな力のある化け物がいて、なんで語り継げたりしてるわけッ!?」


 そして額と鼻を突き合せ、今にも取っ組み合いが始まろうというタイミングでマキが放った一言に、カタリナは目を見開く。


「……そう、ですわ。そうですわよね……」


 マキの指摘を受けて、カタリナは熱くなっていた頭を急速に冷やす。


 語られている通りの力。

 ありとあらゆるものを食らい尽くして、その果てに世界を生まれ変わらせるとされる力が本当だとして、それを語り始めた者はどうしてその結果を知り得たのか。


 世界を喰らう者が過去に現れ、警告の伝承を残したのがその場に居合わせたとしたら、その者は食われなかったことになる。

 つまり退けるなり、封じ込めるなりできるということになる。

 そうでなくとも、逃げ切ることは不可能ではないということだ。


 死後の世界とやらを見てきて語ることのできない人間は、生き延びなければ誰かに語って聞かせることも出来ないのだから。


 もっとも、物質的な世界が新生したとして、それから逃れられるとなると、そこから外れた存在となるのだろうが。


 神々が人間と接触する形で居た世界での伝承であるので、人間界の滅亡と新生を見た神々からの預言という線もある。

 だが、そんな形で終わりをもたらすものの警告をするということは、人間に対処が可能だということになる。

 警告とは、断じてただ諦めを促すものではない。

 前もって対応させるため、備えさせるためのものだ。


「完全に覚醒させなければ止めようはある……ということかもしれない。その可能性は考えられる……ですわね」


 少なくとも、伝承の通りの力に覚醒するまでは対処可能なのかもしれない。


 その可能性に思い至って、カタリナは静かにうなづく。


 この反応にマキはそれ見たことかと、大きく肩を上下させる。


「だからそう言ってたでしょうが?」


「言ってませんわよ! 全然、言ってませんでしたわよ!?」


 言わんとしてるところに納得はしても、違うところは断じて違う。と、そこはカタリナも譲らない。


「そこはあんたの察しが悪いんじゃないのよ!」


「開き直って……ッ!」


 悪びれもせずに強い語調で返すマキに、カタリナは反感をにじませる。

 だがここで再び怒鳴り合いを始めてはまとまる話もまとまらないと、憤りを逃がすように息を吐く。


「……ともあれ、確かにあの娘もワールドイーターらしき力を振るったのはわずかな間だけの事でした。おそらくは暴走によって無意識に力が発現したと見るべき、ですわね」


「で、アンタが言ってたまんまに育ちきる前に叩かなくちゃって事だわね。アイツをこの世界に取り戻すって私らの目的のためにも……」


「ですわ。私たちが彼と暮らす場所を食い尽くされてしまってはたまったものではありませんもの」


 そう言って、マキとカタリナはうなづき合う。


「そのためにも、今は力を蓄えなくちゃならないんだけれども……」


「それも密かに、慎重に行わなくては、ですわね。目立ってしまっては、また今回のように出しゃばられないとも限りませんもの」


「一日、一時間……いやもう一秒でも早く復活させたいというのに……鬱陶しいったらないじゃないのよ!」


 マキが歯がゆさのあまりに爪を噛むのに、カタリナもまた深々とうなづく。


「同感ですわ。同感ですけれどもしかし、急くあまりに復活そのものに失敗しては意味がありませんわよ」


「そんなことは分かってるのよ!」


 なだめようとしたのを逆上されて、カタリナは眉を跳ねさせる。

 しかし慣れか諦めか、深呼吸をひとつ入れるだけで抑える。


「……ともかく、私たちは今回の二の轍を踏まないよう、ひっそり確実に力を蓄えるとして、欲望の魔神とワールドイーターを捨ておくわけにも参りませんわね」


「つまり監視する奴を用意しろってことね? そいつの報告次第で妨害させたり、目くらましの準備をしたりって?」


「ええ。そういうことですわ。もちろん、マキさん御一人に任せるつもりはありませんわ。味方は多い方がいいですもの」


「味方ねえ……まあ分かったわ。いまは出来ることをやるわよ」


 そうして方針を固めたふたりはもう一度うなづき合い、深くなる闇の中へと姿を消すのであった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] こいつらまだ続くのか・・・とげんなり。 ぱぱっと退場してくれるならいいけど  しつこくでてきそうなので敵がどうの以外は面白いだけに残念感が凄いです
2019/11/21 19:53 退会済み
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