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68:ワケの分からん呼び方されても言いがかりにしか聞こえない

 お前なんかいらない。


 そう言わんばかりに、のぞみは腕を捻り上げていたカタリナを放り投げる。


 捻った腕をさらにもうふた回りはさせようかとの勢いに、カタリナは苦悶の声を上げつつ宙へ。

 しかし豊かな法衣をはためかせて舞い降りるや、捕まれていた腕を逆の手を輝かせて一擦り。捻れた筋を癒してみせる。


「おのれ!? 何てものを仕込んでいますの!?」


 カタリナは素早い治療から忌々しげに吐き捨て身構える。


 だが引き出されていたコアを収めなおしたのぞみは、そんな彼女には目もくれず、ただ解放し、取り戻したパートナーを労るように、その小さな体を揉みほぐしている。

 完全にアウトオブ眼中というヤツである。


「ばっ……バカにしているんですのッ!?」


 その態度に激したカタリナは手のひらに灯した光から大量の鎖を投げ放つ。

 津波か、鉄砲水のように押し寄せた鎖の塊は、無防備なのぞみを瞬く間に絡めとる。

 あまりにあっけない再捕縛。

 これにカタリナは思わず拍子抜けする。が、油断なく畳み掛けるべしと縛鎖を放つ光をさらに強める。


「ダンジョンコアさえ取り上げてしまえばおしまい! 今度こそ頂戴いたしますですわ!」


 だがそうして絞め潰そうとばかりに絡み付いた鎖がボーゾに触れた瞬間、まるで無関心であったのぞみの目の色が変わる!


「ヒィイァアアアアアアアアッ!?」


 金切り声と呼ぶべき悲鳴をあげるや、その身を縛り上げていた鎖が瞬く間にかき消える。

 続けて白い空間がのぞみを中心に一気に狭まる。

 瞬く間に間合いが無くなり、目の前に現れたのぞみにカタリナは目を見開く。

 そして突き出てきた影の手の群れが、一気に女神官を壁へと叩きつける。


 戦慄を顔に出す暇すらなかったカタリナであったが、ここでようやく苦悶の息を吐くことが許されることになった。

 というよりはむしろ、のぞみの注意がうるさい外野をはね除けたことで、再びパートナーに戻っただけなのであるが。


「ぐぅっ……い、今のは空間を……私の攻撃ばかりか、この部屋すら吸収した……とでもいうのですの……!?」


 叩きつけられた壁から床へと落ちたカタリナは、一気に狭まった空間を見回してつぶやく。


 彼女が推測したとおり、のぞみは部屋を、周囲の空間そのものを吸収。それによってカタリナを含め、周囲のモノを一斉に自分のところへと引き寄せたのだ。

 もちろん、エネルギー源として捕縛、確保されていた人々も含めて、だ。


 だが、空間の吸収は今の攻防の間だけのことではない。今もなお、壁はじりじりとのぞみに向けて近づいている。それは渦潮にとらわれた小舟さながらに。

 先の攻防では、ただのぞみがあたりの空間を啜る力を強めただけに過ぎないのだ。


 このままいけば遠からずのぞみはこの空間を吸い尽くし、やがてはダンジョンそのものを。それどころか、たとえ緩やかにでもいずれは星そのものを食らい尽くすことになる。

 そんな確信にも似た予感がカタリナの身を震わせる。


「欲望の魔神!? お前はこんな……世界を食らうモノなどを作り出して、どうするつもりだというのッ!?」


 目覚めさせた責任から目を背けるつもりなのか。カタリナはのぞみの胸元に戻ったボーゾへ向けて叫ぶ。


 この声を受けて、ボーゾはかすれた声をこぼしながら目を開ける。


「うぅおぉ……満足感に、満たされるぅう……」


「ヘヒッ!? ぼ、ボーゾ!? よ、よよよかった、よよよ……」


 その声を聞き、目覚めようとする様子を見るや、のぞみはいつものひきつり笑いを見せる。

 同時に、その体から伸びていた無数の影の手が引っ込む。


「お、おぉ……のぞみ? なんとか無事みたい? だな」


「う、うん! うん! ボーゾが戻って、私も生きてて、ダンジョンマスターのまんま……ヘヒヒッ」


 ボーゾがはっきりと目を覚ましたのに、のぞみは自身の豊かな胸もろともに抱き締める。


「わう、お!? ちょ、圧をかけすぎだっての。ただでさえボリューミーなんだからよお前のは」


「ヘヒッ!? ご、ごご、ゴメンね!?」


「なーに、気にすんなって。たっぷり大きく豊かなものは嫌いじゃないからな」


「何をはしゃいでいるんですのッ!?」


 自分を蚊帳の外にしてじゃれ合う欲望の魔神とそのパートナーに、カタリナは苛立ちのままに声を投げつける。


 そこでボーゾはカタリナの存在にはじめて気づいたとばかりに、身を強ばらせたのぞみの胸元で身構える。


「お前……確か勇者の取り巻きの一人で、秩序の神の信者の、カタリナとか言ったか? お前まで地球こっちで再生してるとはな……」


「私のことなど今はどうでもいいのですわ!」


 警戒を露にしたボーゾの言葉を、しかしカタリナはバッサリと切り捨てる。


「私のことなどよりも、今はその女、ワールドイーターのことですわ!」


 指をさされ、ヘヒッと身を震わせるのぞみを、ボーゾが見上げる。


「のぞみが? ワールドイーターだぁ? なに言ってんだお前?」


「しらばっくれてもムダですわ! 周囲のあらゆるモノを食らい、空間すら吸い潰す。私たちの世界で伝承に語られていたそのままの力を発揮していたのを、この目でしかと見たのですわ!」


 バカなことを、と。取り合わないボーゾに、しかしカタリナは自分の見たもの、体験したものを重ねて主張する。


「そんなことできたのか?」


「ヘヒッ!? や、無我夢中……だったし……それも、ダンジョンを作り替えてただけ……のつもりだったから、正直……わかんない」


 一応は、と確認してみるボーゾに、のぞみはブンブンと首を横に振る。


「でもそんな……まさか……ベルノ本人じゃあるまいし、そんな何でも、どれだけでも食べたりだなんて、ムリ、ムリムリ……ヘヒヒ」


「だよなあ。いくらベルノパワーを借りたって限度があらぁな」


 そんなのぞみの証言に、ボーゾは腕組みうなづく。


「ってぇワケだから、世界を喰らうモノだなんだのってのは、俺らにはマジイミフだわ」


 自分達に心当たりはない。

 きっぱりと主張するボーゾであったが、カタリナは固く拳を握ってうつむく。


「そうですわね。そうですわよね。敵に糾弾されて、真っ当に答えるはずがないですわね……!」


「……な、なな、なんか、マズい……雰囲気?」


「だな……コイツは、押しちゃいかんスイッチを押しちまったみたいだぜ」


 ギリギリと軋み音を滲ませながらのつぶやきに、のぞみとボーゾは目配せ。


「どこまでもとぼけ続けるつもりなら……御使い方ぁッ!!」


 怒りに任せての呼び声。

 出合え出合えとばかりの召喚に応じて、光輪を戴き、翼を生やした人形が壁や床や天井からわらわらと。


 現れた彼らは関節をグリグリ、目玉をギョロギョロと動かしてなにかを探す。そうしてのぞみを見つけるや、光の槍や弓といった各々に携えた武器を一斉に構える。


「なるほど、お前が丸っと再現してこっちのダンジョンで呼び出してたってワケか。英雄どのと一緒に反乱しといて、そいつはちょいと図々しすぎやしないか?」


「煽ってやらせた貴様が言うことですの!?」


 この怒りの声を号令に、天使風味のモンスターたちは、一糸乱れぬ動きでのぞみとボーゾをめがけて仕掛ける。


「ちょ、ちょ!? 挑発してどうするのぉおッ!?」


 これにのぞみは頭を抱え、悲鳴じみた抗議をパートナーに浴びせる。

 だが当のボーゾはまるで慌てず騒がず、胸の谷間から殺到する敵を眺めている。

 そんなのんきな構えのところへ、光の穂先は容赦なく迫る。


「落ち着けよ……っと」


 対してボーゾは手をひらりと扇がせる。

 小人サイズの少年の、本当に軽い動き。

 しかし、それが起こした暴風は突っ込んでくる不気味天使たちを真っ向から吹き飛ばして押し返す。


「ヘ? ヒィイ!?」


 この圧倒的な迎撃ぶりに、のぞみが目を白黒とさせる。

 その一方で、ボーゾは得意げに胸を張って見せる。


「さっきのぞみから直流しに受け取った欲望と満足感。地球こっちに飛んできたとき以上に上質なコイツのおかげで、ただいま欲望の魔神ボーゾ様は、絶好調である! ……ってヤツだぜ」


 動けなくなるほどに力を奪われていた状態。そこから、取られた分を補って余りあるほどの復活ぶりを、どや顔で主張する。


「補充されたというのなら、また奪い取るだけですわ!」


 そんなボーゾに、カタリナは浴びせられた風を払うように吐き捨て、天使風味たちに号令を出す。

 使われるままのモンスターたちはそれに粛々と従い、召喚主の壁になるように扇形に並ぶ。

 続いてカタリナは楽隊の指揮者のように両手を上げる。


「ヘヒィ!? またあの歌ッ!?」


 敵の構えから何が来るかを察したのぞみは、もう二度と聞きたくないという欲望に突き動かされて、この部屋への干渉を急ぐ。

 だが、相手の構えが整ってから始めたその動きは、もうどうしても遅い。


 しかし天使風味どもが歌い始めようとしたその刹那、不意に彼らの真上にある天井が割れて崩れる。


「なんだというのですの!?」


 カタリナがマジックバリアを傘に瓦礫を避けながらの問い。

 対する答えは、不気味天使の一角が吹き飛ばされることであった。


「主様がた!? 御無事にござるかッ!?」


「くく、クノ! そっちもッ!?」


 ダンジョンを突き破り乱入してきたのは、ヒヒイロカネのロケットパンチを偵察機としたクノであった。


「ええい! ここにきて増援ですのッ!? しかし、しかし所詮は欲望の魔神の手勢ですわ! 歌ってさえしまえば……」


 カタリナは崩れつつある自陣に歯噛みしながらも、合唱を強行すべく改めて腕を振るう。


 しかし何も起こらなかった。


「何がッ!?」


 歌うはずの天使風味たちが歌わない。

 そのことに戸惑い見回したカタリナが見たものは、口部分をベッタリと粘液のようなもので糊付けされた配下モンスターの姿であった。


「いつの間にこんなッ!?」


「ヘヒッ……ま、間に合ったぁ……ヘヒヒッ」


 それはもちろん自分の仕業だと、のぞみがひきつり笑いで答える。

 クノの乱入で生まれた隙に、部屋の支配権のほとんどを奪取。大量に配置したトリモチランチャーでもって、沈黙のバッドステータスを不気味天使全員に貼り付けたのであった。


「小癪なマネをッ!? その程度の異常なんて一発で吹き飛ばして差し上げますわ!」


 さすがは神官。状態異常の快癒など手慣れたものと、素早く治癒魔法を紡ぎに入る。


「させぬでござるよ!!」


 塞いだ口を自由にさせてたまるかと、クノがロケットパンチから飛び降りかかる。


 だが指示待ち人形とて、いや指示待ち人形だからこそ、召喚主に降りかかる危険に対抗するという基本の命令に従い動く。


「く、クノ!?」


 無茶をやるヤモリくノ一に、のぞみは慌ててトリモチランチャーを乱射。口ばかりか手足までも縛る援護射撃とする。


 強烈なねばつきに絡まれ鈍った敵の手足を掻い潜って、クノはカタリナの目の前に。

 そして勢いのまま、女神官の顔面に張り付く!


「こちらがいかに小さくとも、張り付いてしまえば逆に有利に……」


「キャヒィエエエエエエエッ!? トカゲ!? トカゲイヤァアアアアッ!?」


 クノはこの機を逃すかと小刀に手をかける。が、刃を抜き放つよりも早く、絹を裂く様な悲鳴が上がる。


「ハチュールイッ!? ハチュールイはダメェエエッ!? ヒィイイイイイイッ!?!」


 それまでの慇懃な言葉遣いすら投げ捨てて、転がるように取り乱すカタリナ。

 振り回す勢いでクノを拒絶するその姿に、のぞみは信じられないとばかりに瞬きを繰り返す。


「呆けてる場合かよ!? 今のうちにぶっ飛ばしてアイツのコアを取り上げちまえって!」


「そ、そうだねッ!?」


 ボーゾの一喝で我に返ったのぞみは、予期せず訪れた好機に乗り遅れまいと動く。


 カタリナは自分の欲望のために、のぞみが断じて手放すことのできないものを奪い取ろうとした。

 相容れることのできない敵であるのに、容赦する理由はどこにもない。

 とっておきの罠に落としてやるべく、のぞみは手早く仕込みを進める。


 しかしその間にクノを顔に張り付けて転がるカタリナの体を光が包み始める。


 何の、何を起こそうとしての光か。

 怪しんでいたのぞみであるが、その効果を察して青ざめる。


「クノ! は、はや! 離れ……ッ!?」


 こんな時だというに、舌が焦ってもつれる。


「承知でござる!」


 しかし思念でもやり取りするつながりがある間で、多少のどもりが問題になるはずもなく。

 クノは主人が言わんとすることを素早く察して従う。


 直後、カタリナの体は激しい輝きの中に消える。


「うおッ!?」


「ま、まぶしッ!?」


 その刺さるようなまばゆさに、のぞみたちは目を庇う。


 やがて光が収まり視界を開くと、そこにカタリナの姿はなかった。


「に、逃げられた……の?」


「ああ、こないだの砂漠のヤツに続いて、またまんまととんずらここかれちまったな」


「しかし、そう言うことであるならば、このダンジョンを抑えてしまうのが上策であると思うでござる」


「そ、そう、だね……!」


 そうして逃がしたことはともかくと、クノの勧めに従って、のぞみは主に見捨てられたダンジョンの制圧にかかるのであった。

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