65:どちらか選べないのなら選ばなきゃいいやと考える
ヒヒイロカネの鉄拳が天使風味の怪物を叩き潰す。
その横合いへ別の個体が頭部の光輪から光の刃を発射。
しかし鉄拳は白い粘液を押し潰したそのままにロケットを点火。壁を削りつつ光の刃をかわし、仕掛けてきたものをぶち抜く。
「ヘヒッ……ば、バウモールパワー、絶好調……である! ヘヒヒヒヒッ!」
ダンジョンマスターの力で借り受けたバウモールの力。その猛威にご機嫌なのはのぞみである。
テンションに任せて甲高い笑い声を上げるその頭上に、ロケットパンチが飛んでくると、マントを羽織ったのぞみの背中にドッキングする。
「おふぅ!? お、重いぃいい……」
しかしのぞみがそんな金属の塊を支えられるはずもなく。背負うやいなや、重みに負けて背中から倒れてしまう。
返された亀のようになってしまったのぞみの姿に、増援と差し向けられた天使風味どもは勢いづく。
だがその大半は敷き詰められた罠にかかって白い粘液と散る。
だが、ねばついた飛沫の飛沫をかいくぐり、のぞみへ踏み込む者もいる。
片腕片翼をトラップに取られて失いながらも、ぎょろりと動かした目玉にのぞみの姿を収めて外すことはない。
「ヘヒィッ!?」
肉体の一部を失いながらも、ただひたすらに標的の滅びを求める天使風味に、のぞみは涙目になる。
が、その鋭く突き出された手がのぞみに触れることはなかった。
急点火したロケットパンチのパワーに、のぞみの体は瞬く間に天使風味の射程距離外へと運ばれる。
「ヘヒィイイイッ!?!」
そしてロケットの加速におびえるのぞみの声を尾と引いて、襲い掛かってきた天使風味を殴りつぶす!
「ヘ、ヘヒ……し、死ぬかと、思った……ヘヒ、ヒヒッ」
そのままのぞみはロケットパンチに支えられてホバリングしながら、天使風味の残骸である白い水たまりを見下ろして引きつり笑いを浮かべる。
「調子ぶっこき過ぎたからだぜ? いくらバウモールから借りた力がすげえからって、ここじゃ自分で担がなきゃなんねえんだからよ」
「ご、ゴメン、ね? ヘヒッ、ヘヒヒッ」
胸の谷間に収まったボーゾからのお小言に、のぞみはホバリングのままに平謝り。
「で、でも……バウモールのパワーを借りたのは、正解……ヘヒッ」
そこからすぐに笑みを見せるのぞみを狙って、光の刃が四方から殺到!
しかしそれらはのぞみに触れることなく、ヒヒイロカネと魔法の二重装甲にぶつかり弾けて消える。
「当たっても平気な安心感は……ぐ、グッド……ヘヒヒッ」
そして背中のパンチの側面から発射された反撃の小型ロケットパンチによって上がる白い飛沫に、のぞみは重ねて笑みをこぼす。
練度の低い者が戦いに出る場合、装甲の厚さというのは非常に重要となる。
一撃でももらえばアウトなのと、多少攻撃をもらってもびくともしないのでは、どうしても精神的な安定度が違ってくる。
その点、実戦の場数を踏んだとはいえ、戦いの素人同然であるのぞみには、守りを大幅に高める庇護欲の加護はこの上なく頼もしい。
「安心感って言うワリには、さっき泣きべそかいてたよな?」
「だ、大丈夫って分かってても、こ、怖いものは、怖い……から!」
「捨て身な感じで突っ込んだり、肝が据わってるかと思いきや、こんなこと言うからなぁ……」
しかし、強固な守りがあった上でこんなことを言い出すレベルなのだから、お察しである。
「……だがまあ、第一の欲望ってのはその瞬間瞬間で違うもんだし。実際、恐怖や痛みから逃げたいって欲望で生き延びたところもあるからなぁ……」
「そ、そうそう……! いつでも、いつも……命かけてもいい欲望……が、燃えてるとも限んない、し……ヘヒヒヒッ」
仕方がない。と、ボーゾが半ばあきらめたようにうなづくのに、のぞみは勢いづいて首を縦に振る。
「それはともかく、ここからどうするのでござるか? 定石は通じないようでござるが!?」
そこへのぞみの肩にしがみついているクノが、ダンジョンの攻略に意識を戻すように声をかける。
確かに今、バウモールに借りたパワーに任せて、襲い掛かってくる天使風味モンスターを軽快に蹴散らすことはできている。
だがそれだけだ。
ロケットパンチにくっついて、ご機嫌に飛び回ってはいるが、ゲッコーたちを送り込むために設置したポータルの周囲からまるで動けていない。
「ヘヒッ!? こ、こっちで引きつけてるつもりだった……けど!?」
「申し訳、ございませぬ……数体をさらに密かに、警戒するように言い含めて送り出したのでござるが、いずれも……!」
ヤモリのくノ一は悔しさに顔を歪めつつ、追加に送り出した斥候たちが散ったことを告げる。
主人に陽動を務めさせておきながら、天使風味モンスターの目ざとさを抜くことができず、なんの成果も得られなかった。
偵察部隊の元締めとして、これほど無力感を味合わされることはない。
「こうなれば、せめて私が少しでも情報を……!」
自分を犠牲に責務を果たそうとするクノ。
「だ、だだだ、ダメッ!?」
しかし飛び降りようとするヤモリくノ一をのぞみが慌てて叩くように抑える。
「後生でござる! 行かせてくだされ! 主様が無事ならば私は復活できまする! 仕事を果たさせてくだされ!!」
「ダメ! ダメッ! 危ない目に合うって分かってるのに、み、みすみす行かせるなんて、ムリ……ムリムリ!」
斥候役としての責務をまっとうさせてくれ。平手の下でもがくクノに、のぞみは髪を振り乱すように頭を振って断固拒否。
「おいクノ。そりゃいい欲望だがよ、むやみやたらに突っ込んでも、たいした情報も手に入らないで、不満に終わるだけなんじゃねえの?」
「だとしても! そうだとしても、これではここに急行した意味がないでござる! 思い返してくだされ……主様が何を望んで、何のためにこのダンジョンの攻略を急がれたのかをッ!」
「そうだぞ、のぞみ。このままこうしてるだけなら、急ぎに突っ込んだ意味がなくなるんじゃねえか? 復活できるから任せろって、クノの意見だってまんざら間違いでもない。なんとか手を打たなきゃならんぜ?」
クノに現実的に欲を満たすことを解いていた口が、すぐさまに翻ってのぞみに決死の命令を下すように後押しする。
「ぼ、ボーゾの、意見は……ど、どっちッ!?」
そんな節操なく味方する相手を変えるパートナーに、のぞみは非難混じりの声をぶつける。
「俺の意見? そんなの決まってんだろ。より強くて、大きくて、深い方の……欲張りな方の味方をするだけだぜ?」
しかしボーゾは悪びれもせず、堂々と日和見を宣言。
「分かってんだろ? 俺は欲望の魔神だぜ。純粋で、周りがどうあろうと折れない。そういう強烈なエネルギーに引きつけられるんだ」
「お、折れないって……そんな事、言われたって……」
パートナーの説く単純明快な理屈に、のぞみは呻く。
自分に味方をさせて見せろ。そういう助言のようにも聞こえる。が、のぞみにとっては無理難題を突き付けられているようなものだ。
ダンジョン攻略の苦楽を共にするクノを、たとえ復活すると分かっていても死地に送り出したくはない。
しかし、彼女の熱意を無碍にもしたくはない。
それにクノが主張するとおり、親兄弟を含めてダンジョンに囚われた人たちは素早く助けなくてはならない。
のぞみにはどちらを取る決断はできず、また優柔不断に悩み続けることを許してもらえるような余裕もない。
「……な、なら! わ、私がこのまま突っ込む! それなら!」
「なりませぬ! バウモール殿も無茶な突撃をやらせるために力を貸しているわけでは無いでござる!」
しかし決断できぬが故の直接突撃の選択をクノは拒絶。それを後押しするように、幹部勢からも続々と許さんという思念が押し寄せる。
「……う、うぅぅう……ッ!」
身内からの容赦のない否定の念に、のぞみは涙目に呻く。
「主様! 行かせてくだされ!」
そこへ重ねて求められて、たまらず流されてしまいそうになる。
だがそれはイヤだと、のぞみの迷いがその決断を引き留める。
心も、状況も板挟み。この状況にのぞみは呻くままに頭を抱えてしまう。
「……だったら、ヘヒヒッ……だったら……ッ!」
「あ、主様?」
そうしてボソボソとつぶやきながら、クノを捕まえた手を背中のロケットパンチへと持っていく。
「……だったら、行かせて良いやって、テコ入れすれば、いい……ッ!」
そしてクノをロケットパンチに押し付けて、自身の背中から切り離してしまう。
偵察役に働いてもらおうにも、そのままでは危ない。ならば頑健な偵察機に乗せてしまえばいい。
そういう発想である。
「主様ッ!? そんなことをしては主様自身がッ!?」
だがそんな形で送り出されて慌てたのはヤモリくノ一である。
偵察機として貸し与えられたロケットパンチは、いわばのぞみが借り受けていたバウモールの力の象徴。のぞみの身を守っていた膨大な力の要である。
それを分離するということは、のぞみの防御力が暴落するということ。
安全を保たねばならない主人の身が危険にさらされるようになるということだ!
ホバリングで支えてくれていた力を失い、のぞみは床にべちゃりと両手両膝から落ちる。
そんな無防備な様子に、天使風味の怪物がここぞとばかりにのぞみへ殺到する。
「いーねいいねぇ! さっすがのぞみ! どっちも取ろうとは欲張りじゃねえかッ!!」
だがそんな天使風味を前にご機嫌な声が響く。
そしてその声の主であるボーゾが展開した障壁に、天使風味どもは衝突。
見えない壁に張り付いたそのままに、広がる障壁に押し戻されていく。
「ヘヒッ……そ、そんなつもりは、な、なかったけども……? ヘヒヒッ」
対するのぞみは相棒からの思いがけぬ言葉に戸惑いながらも、床に着いた両手両膝からダンジョンを侵食。
そうしてボーゾの障壁を固定化するように、床や天井を変形させて壁を形成。その上に液体を流す。
洗い流すように落とされた天使風味は、そのまま床に……ではなく、いつの間にか開いていた落とし穴へ流し込まれる。
すでに液体が溜まって浅いプールとなっている穴の底へ、天使風味は次々と音を跳ね上げて落ちていく。
穴の入り口を見上げた天使風味はすぐさま濡れた翼を広げ震わせる。
だがその翼に白い糸のようなものが絡みつく。
天使風味は首を回し、目玉を動かしてその異常の正体を認めようとする。
だが、そうして正面を向いた天使風味の鼻に糸のようなものはぬるりと滑り込む。
そのまま体内に侵入しつつさらに絡みついて、穴に落ちた天使風味をプールへと沈める。そして沈めたその中でさらに勢いづいて、顔に開いた穴という穴から体内へ押し込み、ねじ込んでいく。
そう。天使風味が落ちた先とは、うどん、ひやむぎモンスターの巣である出汁のプールになっていたのだ。
のぞみはその様子をモニターで眺めながら、作り出していた椅子にもたれかかる。
その両肩にはいつのまにか、ミサイルポッドのような巨大な箱が。
しかし震えるような音を立てるそれは、見た目通りの火薬庫ではない。
情報処理を補助し、のぞみの負担を和らげるベルシエルの力だ。
「こ、こっちは……防御をガッチガチにしながら……攻撃! クノは……い、いい感じに整えて、偵察……これで、いつも通り……ヘヒヒッ!」
そうしてうどん・ひやむぎ堀をはじめとして、自身の周囲の要塞化を進めながら、のぞみは放った強行偵察用ロケットパンチを見送るのであった。




