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64:天の僕のモドキを従えるモノ

「ここは、なかなかに良い拠点になりそうですわね」


 白一色の空間。

 影を……闇を忌み、憎んでいるかと思えるほどに明るく照らされたその空間にあってほくそ笑む者がいる。


 白地に金糸刺繍を施した法衣。

 やりすぎなまでに明るい部屋にあって、なお輝くような衣に身を包んでいるのは、また輝く黄金の髪を持つ女だった。


 その肌は透き通るように白く、しかし確かな温かみを含んでいる。

 青い瞳の目は大きくぱっちりとしていて、眉や鼻、唇の形も大変に整っていて、どこか計算尽くしの上で成り立っているようにも見える。


 そんな美貌の女神官が見て微笑むのは、大勢の人々だ。


 ただし、危険を遮断されて、安らいだ様子ではない。

 だれもが皆、身を縛られて悪夢の中に捕らわれているかのように身じろぎ、苦悶している。


「物欲に染まった者たちの心が清められ、それが我々の力になる……良いことずくめですわね」


 そんな身悶えする人々の姿に、女神官は満足げに笑みを深くしてうなづく。

 その態度は明らかに、身に纏った衣装と雰囲気には似つかわしくない、酷薄なものだ。


「これも、アナタのおかげですわね。マキさん」


 言いながら振り返った先にいたのは別の女だ。

 それは他の人々のように縛られても、眠らされてもいない。という意味でも。


「私はただ、いいだろうと思った場所にダンジョン化するための仕込みをしたまで。そこまでよ」


 女神官と並び立って笑うのは、スリリングディザイアで他の探索者を捨て駒として利用していた女だ。


「……ただ、カタリナ? きちんとこの働きには約束通りに報いてもらいたいものだわ」


 言いながらマキは、手のひらの上に浮かんだキューブに触れ、組み替えるように操作する。


 その姿はダンジョンマスターである手塚のぞみとどこか近しいものがある。


 そうして手に乗せた光のキューブを突き付けるようにしてマキが報酬をせびるのに、カタリナは苦笑しつつうなづく。


「ええ、ええ。もちろん分かっておりますわ。骨折りに誠実に報いるのは正しいことです。そこを軽く見るような不義理なものと見られていたことは、遺憾ですわね」


 呆れ交じりの笑みと共に、心外だと嘆いて見せる。

 だがマキはそれを鼻で笑い飛ばす。


「あいにくと、神様だのなんだのと言い出すような輩は、素晴らしい献身だ素晴らしいだのと言って、すり替えてうやむやにするようなイメージしかないのよね」


「あらまあ。それは神の導きを騙り、心のもろさに付け込むような者としか出会えなかったということですわね。おかわいそうに」


 しかしそんなマキの言葉を、カタリナはさらりとかわして、憐れんでさえ見せる。

 この切り返しに、マキは苦々しげに顔を背ける。


「さておき、こんなすぐにアレに見つかって侵入までされたのは痛いわね」


 そうして向いた先にあるのは虚空を切り取った丸い枠だ。

 周囲の空間から切り離されたそこは、のぞき窓のように転がるのぞみの姿を映している。


「そうかしら? とても警戒すべき相手には見えませんですわね」


 関節を滅茶苦茶に振り回す天使風味の怪物から、涙と鼻を垂らしながら逃げるのぞみの姿に、カタリナは失笑する。


「たしかに、あの小娘自体はただただ偶然にダンジョンマスターの力を手にしただけで、大したことはないわ。問題は、アレには強い味方が多いと言うことよ」


「味方ですって? あら? アレは……」


 マキの言葉をカタリナは軽く受けていたが、ふとのぞき窓に映るものに目を止めて、その一点を拡大する。

 そうして枠いっぱいにまで近づいたその一点、のぞみの胸の谷間に収まったものの姿に目を見開く。


「アレは、欲望の魔神ッ!?」


「知っているの? カタリナ」


 問われた女神官は、驚き強張った顔を解すように撫でながら首肯する。


「ええ……幼い姿になった上に酷く縮んでいますが、間違いありませんわ……ッ!! 私と、あの勇者様が暮らしていた世界。そこで、ヒトを惑わし堕落させていた悪魔たち……その首魁である魔神ですわッ!」


 そう言ってボーゾをにらむカタリナの目は、仇敵への憎しみに震えている。


「……アレが人々を救いたいという勇者様のお優しい願いを煽って、私たちの神を打倒しようという野心へと捻じ曲げて……! その挙句に、神も、勇者様も……世界さえも滅ぼすという結果に……ッ!!」


「そう……アレのせいで……ッ!!」


 拳を固く握るカタリナの隣でマキもまた剣呑な視線をのぞみの胸元へそそぐ。

 そうしてのぞき穴が視点を引いて視野を広げると、まさに主人たちの怒りを受けたかのように、天使風味の怪物が躍りかかろうとしていた。


 その動きに、のぞみは怯み、脚をもつれさせる。

 この隙はもはや致命的。

 のぞみは天使風味の怪物に討たれるのを待つばかり。

 かと思えたがしかし、突如現れた金属板と強固な魔法障壁が、天使風味の貫手を受け止める。


「なにッ!?」


 まさかの防御。そして生存。それにカタリナとマキは揃って驚きの声を上げる。


 対してのぞき窓の中ののぞみは引きつった笑みを浮かべて、転がって天使風味の手から逃れる。


「逃がしてはなりませんッ!!」


 それを許すなとカタリナが叫ぶが早いか、天使風味は腰を文字通りに回転させて追撃の手を伸ばす。

 その一撃はしかし、のぞみが盾に出した腕に阻まれて止まる。


 いや、正確にはのぞみの腕が受け止めたのではない。

 先と同じく、素早く割り込んでいた金属板と、のぞみ自身の魔法障壁が受け止めたのだ。


 刃にも似た鋭い手そのものは止めたものの、だが衝撃はその限りではない。

 勢いに負けたのぞみは、そのまま床を跳ね転がっていく。


 それを追いかけ、天使風味は白い翼を広げて跳躍。

 だがその一方、のぞみの丸めた体から光が溢れる。


 光に包まれ、レオタードにマントとつば広帽子姿へと早着替え。

 そして仰向けに止まって突き出した右の拳に、盾と庇ってくれた金属板が仲間をつれて被さっていく。


 そうして出来上がるのは、小柄なのぞみには不釣り合いなほどに巨大な鋼の拳。ヒヒイロカネの鉄拳!

 天使風味を迎え撃つように突き出た拳は、完成するや火を吹き出して飛ぶ。


 ロケットパンチに天使風味はとっさに身をよじるも、間に合うわけもなく顔面を直撃。

 そのままヒヒイロカネの質量と推進力によって壁に叩きつけられる。


 潰れた天使風味は血の染みになることもなく、白い粘液へと崩れて床へ垂れていく。


 起き上がったのぞみはその様子にドン引きしながらも、右手を伸ばして壁にめり込んだロケットパンチに手招きする。


「その隙を逃してはいけませんわッ!?」


 カタリナはでたらめに力業な反撃に呆けていた。だが頭を振って、武器が戻るのを待つ手は無い、と攻撃を指示する。


 それを受け、そこかしこの壁や床から生えるようにして現れた天使風味が、一斉にのぞみへと躍りかかる。


 だがそれらはのぞみに届くことなく、跳ね上がった床や落ちた天井に弾かれる。


「なッ!? んですのッ!?」


 己のダンジョンに仕掛けた覚えのない罠。それも味方に向けて作動したそれらに、カタリナは落ちかけた顎を手で隠す。


 しかし、誰が何をしたのかは明らかである。

 のぞみがロケットパンチを迎えるのとは逆の手で、傍らにに浮かばせたマジックコンソールをツイツイと操作しているのだ。


 ヒヒイロカネのロケットパンチで敵を迎え撃った片手間に、自分の周囲にトラップで防御陣地を敷いていたのである。


 しかし強かに打ち付けられた天使風味の内一体は、曲がってはいけない方向に関節を回しつつ立ち上がって再度襲撃。


 しかし襲い掛かる天使風味の眼球を、のぞみの髪の毛から飛び出したクノの手裏剣が直撃。

 視界を奪うこのダメージに、天使風味の攻撃は鋭さを無くしてマジックバリアを滑る。


 その隙にのぞみは再装着したロケットパンチを起動!

 発射せず、がら空きの横っ腹目掛けて叩き込む!


 当然のぞみの筋力で踏ん張れるはずもなく、推進力の勢いのままに振り回され、壁に突っ込む。


 しかし瓦礫の中で目を回すのぞみの有様を見るカタリナの目に、先ほどのような油断は無い。


「……なるほど、魔神に見込まれるだけのことはある……というわけですわね」

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