63:どうにも青ざめ通しで
ものすごい勢いで景色が流れる。
正面やや斜め前に見えていたビルが、すぐに灰色に溶けて真横を通りすぎる。
かと思いきや、その前から後ろへの流れに下へ向けての流れが追加。見下ろせば車の通る道路を俯瞰する形になる。
「ヘヒッ!?」
そんな目まぐるしく流れる景色に、のぞみが顔を青くする。
怯え、身を固く縮ませたのぞみを抱えるのは、大きな腕だ。
白や青に、赤や黄色を添えた鮮やかなヒロイックトリコロール。
そんな色合いの鋼の腕が、のぞみを赤子のように抱えている。
それは当然、サイズ的な意味も含めて。
つまり今ののぞみは、町を走る鋼の巨人に抱えられて運ばれているのである。
のぞみを抱えて走る巨人の足取りは、素材に反して実に軽やか。
地面を傷つけることなく着地するや、足元を走る車にひっかけることなく、すり抜けるようにして追いこしていく。
無用に傷つくようなものは何も出さない。
そう言わんばかりの素早くも繊細な足運びである。
さらに人を抱えた腕には強固な防護フィールドを張り、激しい動きに振り回される感覚さえも遮断している。
「ば、バウモールッ!? ちょ、ちょちょちょ! い、今のヤバッ!? マジ、マジでッ!?」
事実その防護の中にいるのぞみはこのとおり。
ジェットコースター染みた運搬のなかで、まったくの普段どおりに悲鳴をあげている。
しかし、のぞみはバウモールと呼んだが、いま彼女を抱えている鋼の巨人は明らかに小さい。
庇護欲の鉄巨人バウモールは、三十メートルを超す、重厚なスーパーロボット風味のゴーレムである。
だがのぞみを運んでいるのは、素材は同じヒヒイロカネ製でも、ヒト以上の巨体をヒト以上にスピーディに動かすロボゴーレムだ。
タイプもサイズもまるで違う。うずくまるように身を丸めれば、ちょうどバウモールの頭になるだろうか、程度に大きさが異なる。
「へ? ヘッドユニットなら………まだまだ余裕……って、慢心、ダメ! 絶対………ッ!」
そんなスマートなロボに抱えられながら、のぞみは警告の声を上げる。
その言葉にあったように、ヘッドユニット。
のぞみを抱えて走っているのは、バウモールの頭部が分離変形した、もうひとつのボディなのである。
「おいおいのぞみ。お前が頼む、任せるって言ったんだから、もうちょいどっしり構えてろよ」
それはそれでらしくないか。と、防護フィールドと挟み込む豊かなクッションとで二重に守られたボーゾが苦笑する。
「で、ででで、でも……! もしも事故したりしたら……バウモールが責められる……ことに……ッ!」
「お前が心配することは分かるぜ? だがよ。お前は最大限急いで向かいたいって言って、任せるとも言ったんだ。もっと信頼感を見せてやれって」
どんどんと青ざめるのぞみに、ボーゾは苦笑を深くしつつ言葉を重ねる。
するとのぞみは「ヘヒィッ」と身を固くする。
「そ、そそそそそう……みんながむ、無茶してるのは、私が無茶な頼みごとした、から……ッ! だから最悪の時に責任を持つのは、私……!」
たった今バウモールがヘッドユニットで急行しているのも、すべてはのぞみが親兄弟の救出に急ぎたいと願ったから。
身内が無茶を通して出た影響。その元凶が自分であるという事実に改めて思いいたり、のぞみは青白い顔をさらに青くする。
「そうじゃなくて、信じてやれって話だったんだがなぁ……」
そうしてガクブルとのぞみが震えるのを、ボーゾは胸の谷間にあって感じながらため息をつく。
ふとそこで、ボーゾは正面の建物の存在に気がつく。
「おっと、そろそろ目的地みたいだぞ、構えろよ、のぞみ!?」
「ヘヒィイッ!?」
ボーゾの警告を受けてのぞみが身構えるが早いか、ヘッドユニットバウモールが跳躍する!
鋼の巨体は、勢いそのままに悲鳴を上げるのぞみを包み込むように変形。群衆の群がったショッピングモールの屋上につながるように降り立つ。
ダンジョン化しているとは言え、外観上は何の変哲もない建物の屋上である。そこにヒーローチックなスーパーロボットの頭が乗っかったというのはひどくシュールな絵面だ。
実際地上の避難者や野次馬も何事なのかと屋上を指さしざわついている。
「ヘヒィイ……こ、こっち見てるぅ……ざわ……ざわ……って感じでぇええ……」
当然その様子は、バウモールの頭の中に出来ている操縦席風のワンルームのモニターからもよく見えていて。モニター越しとはいえ集まる視線に、のぞみは怯えて竦む。
「しゃんとしろって! 何があったってバウモールがきっちり守ってくれんだろ!? 何のために急いでここまで来たんだ!?」
「ヘヒッ……そ、そそそ、そう……だね!」
パートナーからの発破を受けて、のぞみは尻を蹴り上げられたかのように背筋を伸ばす。
そしてシート周りに展開したマジックコンソールに指を走らせる。
「……ま、まずはちょいと支配権を奪い取って、ポータルを、設置……!」
「そっからゲッコーたちを偵察に出すっていつものパターンだな」
「い、イエスイエス……堅実に、定石どおり……ヘヒッ」
ヤモリ忍者軍団を斥候に、集まった情報から、強力で最適な戦力を最短距離で最深部へ送り込む。
これが発生済みのダンジョンを相手とした、近頃ののぞみたち必勝のパターンである。
今回は逃げ遅れた一般人の救助も急がなければならないが、だからこそ要救助者の位置や状態といった情報が重要になる。
ここまではいつもどおり。なにも変わりはない。
さて優秀な斥候からの情報を待ちつつ、撹乱もかねて直接のハッキングを。と、のぞみが動き出したところで、ヤモリ忍軍からの思念が届く。
「へ? ひ? 危険?」
が、それはのぞみが予想していたものではなかった。
意味を問いただそうにも、その思念を送ってきたヤモリ忍者の反応はブツリと途絶えてしまう。
「な、何がッ!?」
慌ててゲッコーの視界と繋がったものを、タッチコンソールから空中に投影する。
するとハ虫類の顔を困惑に歪めたくの一、クノの姿が送られてくる。
「く、クノ!? ……い、いったい、何がどうなって!?」
『それが、こちらでもまだハッキリとしないのでござる。わかっているのは先攻させている者たちが次々と消息を絶っていると言うことだけで……』
現場の指揮に立っていながら、主人が得ているのと変わらぬ情報しか提示できない。そんな歯がゆさに顔を歪めながら、クノは正直に現状を報告する。
「い、いや……! クノは無事だって情報も大事、だから……ヘヒヒッ」
対してのぞみは生存報告も重要だとフォローを入れる。
「……と、とにかく……何が起こってるのか分からないから……し、慎重に情報を……」
何か恐ろしいことが起きているらしい現状に、のぞみは安全第一、慎重確実に情報を集めるように指示を出す。
が、それを受け取ったクノの顔が驚愕に歪み、その様子を映していた映像が消える。
「……ッ! い、行かねばッ!?」
「おい! のぞみッ!?」
それを受けてのぞみは、反射的に設置したポータルへワープ操作。
ボーゾが声をかける間こそあれ、ワープは発動してしまう。
指定したポイントへ放り出されたのぞみは、胸の谷間に納まったボーゾを支えつつ辺りを見回す。
するとすぐ近くに、床に這いつくばったクノの姿を見つける。
「あ、主様……ッ!?」
すると向こうも同じくのぞみの姿を見つけて跳ね起きる。
目立った傷もなく、無事らしいその様子に、のぞみの頬が緩む。
「く、クノ……ッ! よかった……!?」
「な、なりませぬ主様! お逃げをッ!!」
だがクノは救助を求めるのでなく、逃げるように叫ぶ。
主の身を案じたこの必死の声に、のぞみの伸ばした手が半ばに止まる。
「……上ぇッ!!」
「ヘヒッ!?」
ボーゾからの警告に、のぞみは天井を見る。
するとそこには、背中に白い翼を生やした人間が張りついている。
金髪の頭に戴いた光輪といい、その姿は清らかなるものを連想させる。
「て……天使……?」
のぞみはそれを、思いつくままに口に出す。
そのつぶやきを聞きつけてか、天井に張り付いた天使らしいものが首を巡らせる。
胴を捻ることなく、首だけを百八十度回して。
顔がねじれ巡ったのに続いて、その顔に納まっている眼球は左右別々にぎょろぎょろと。そしてそれぞれ勝手に動いていた眼球が、のぞみに向けて揃う。
「ヘヒィイッ!?」
この人に近い容姿でありながら人を逸脱した動きに、のぞみは嫌悪感のままに悲鳴を上げてしまう。




