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62:お出かけするのは悪くないが、大事になるので恐縮する

「ヘヒッ……た、大漁、大漁……ヘヒヒヒヒッ!」


 のぞみの口から一段とテンションの高い不気味笑いがこぼれ出る。


「良かったのかよ? こんなにホイホイ買っちまって?」


 胸に収まったボーゾが呆れ混じりに見下ろす先には、両手でパンパンに膨らんだ買い物袋がある。

 限界一杯にまで膨らんだこれらの中身は、プラモデルや完成品のアクションフィギュアなどのロボットの立体ものや、小さなブロックを組み合わせるホビーグッズである。

 今日のぞみは、気晴らしにと仲間たちに連れ出される形で買い物に出てきているのだ。


「ほ、欲しいと思ったその時には……すでに行動は終わっていたッ! ……ヘヒヒッ」


 パートナーの問いかけに、のぞみは堂々と物欲に従って行動したのだと返す。

 まるで後悔していない晴れやかなその様子に、ボーゾは満足げにうなづく。


「なるほどなるほど。そいつは結構。じゃあ今両手に感じてるのは幸せの重みってヤツか」


「そ、そう! 存在をこの手に実感する、重み……ヘヒヒッ」


 そう言って重々しく膨らんだ袋を揺するその周囲には、狭苦しくない程度に間隔をとって、取り囲むように人の壁が出来上がっている。

 黒いスーツに真っ黒なサングラス姿の。


 このあまりにも物々しく威圧的な集団に、周りの客はドン引きに距離をとっている。


 だが、この圧力の塊に取り囲まれた形になっているのぞみはまるで気にした様子もない。

 それどころか、まるで自分の部屋の中に、テリトリーの中にいるかのようなリラックスした様子である。


 それもそのはず。この黒服たちは全員、パークのスタッフモンスターであるアガシオンズであるのだから。


 衆目や他人との接触で楽しむどころではなくなってしまう。

 なら全部遮断できるバリアを作ってしまえばいい。

 安全面でもガッチリと囲って守った方が安全に違いないのだから。

 これがボーゾをはじめとする欲望の魔神衆によって計画された、のぞみを気分良く外出させるスタイルである。

 日常には異物感満載の物々しさゆえに、衆目自体は集めている。が、それはすべて黒服アガシオンズたちに向けての物。すべて外壁担当の黒服で吸収して、のぞみまでは届かないのだから問題はない。


 そんな幹部である魔神衆の庇護欲が先走った感がある……いや過保護感満載の布陣である。

 が、物々しいのに取り囲まれたのぞみが全く気にしていないので問題はない。


「ヘヒ……品物を直に見て、手に入れた重みを実感するこの感覚……通販では味わえない、直にお店で買い物をする、醍醐味……嫌いじゃない、嫌いじゃない……ヘヒヒッ」


 むしろ久しく忘れていた感覚を思い出したことで満足げですらある。

 この狙い通りの成果に、ボーゾも胸の谷間でおおいにうなづく。


「そいつは結構。じゃあまた気が向いたらこんな感じで外出するとしようや」


「ヘヒ……い、いいね! ヘヒヒッ!」


「ねーねー、のぞみちゃんにボーちゃんも」


 そこへ同行していたベルノが声をかける。


「それはいいけど、そろそろお腹が空かない? 私もーお腹グーグーで」


「いや、お前の場合はいつでも腹ペコな感じで、まったく食欲落ちないだろうが」


 盛大に抗議の声を上げる腹をさすりさすり、ベルノが提案する。それにボーゾは冷ややかに返す。


「で、でも……時間的にはたしかに、いい頃合いかも……ヘヒヒッ」


 しかしスマートフォンで時間を確かめたのぞみはベルノの提案に賛成する。


「いやいや飯を食うときは時間だから、じゃなくて、欲望に従ってなきゃダメだろうが。飢えて、求めて、満たされて……!」


「でも今は、食べたいものがはっきりしてるし……ヘヒヒッ!」


「そうか、それならよし! で、何を食うんだ?」


 問われてのぞみは買い物袋のなかに手を突っ込み、ひとつの箱を取り出す。


「ら、ラーメン、がいいな……ヘヒッ」


 そう言ってのぞみが見せるのは、寸胴ボディに蛇腹な手足をくっつけた、全体的にまるっこいロボットのアクションフィギュアである。

 格好よさよりは愛嬌が勝るそのロボットを理由にしたことに、ボーゾは一瞬きょとんと、しかしすぐに納得の表情に変わる。


「ああ。乗ってる奴らがラーメン屋やってるってヤツだったな、ソレ」


「そう! だからこれを見つけたときから、もうお腹はラーメン気分……ヘヒヒッ」


「あー……いいねーいいねー。デカ盛りチャレンジやってるとことかだとなおグッドだよねー……」


「そ、そういうのよりは、できればラーメンのタイプを揃えたい……けど、贅沢は言わない!」


「おいおい、どうしてそこで慎しむんだそこで! もっと欲張れよ! もっと欲張りになれよぉおおッ!!」


「そ、そう? 欲張っちゃってもいい、感じ?」


 暑苦しいまでの欲張りへのススメに、のぞみは遠慮しないでいいものか。と、首をかしげる。


「おうともよ!」


 それにはボーゾもベルノも、黒服アガシオンズの代表も、もちろんだと胸を叩く。


「ていうか、お前がそうしたいって思ったのを察したところで、とっくに動き出してる訳だから、今さら遠慮される方ががっかりだわな」


「ヘヒィ!?」


そのボーゾの言葉通り、すでに数名の黒服が防壁から抜けてのぞみの希望通りの店を探しに出ている。

 その分の穴は内側の空間を狭める形で密度を上げて補っている。


「あ、う……これは、確かに止めるのも今さら感、全開……! ヘヒッ」


「だろうがよ?」


「ご安心を。必ずオーナーがお望みの店を見つけて見せます!」


「それにもし、近場にいい感じのが見つからなかったら、私が用意するしね!」


「フヘヒィイッ!?」


 ベルノが直々に用意するとのセリフに、のぞみは驚き飛び跳ねる。

 その反応にベルノの唇が不満げに尖る。


「えー? 私が用意するの嫌なの?」


「い、いや! そういうわけじゃなくて、ね? ヘヒッ……営業妨害になっちゃ良くないかなって……ヘヒヒッ」


「うん。それはたしかにそーかも。美味しいの出す店のお邪魔になっちゃっうのは悪いよねー」


 気づかい故にのことと説明されて、ベルノも納得して矛を納める。

 それにのぞみが安堵の息をこぼしたところで、希望に沿った風の店を発見したとの連絡が入る。


 そうして護衛役であるアガシオンズに導かれるままに、のぞみたちはぞろぞろとお目当ての店に。


 そんな黒雲じみた団体様の到着に、素朴なラーメン屋にどよめきが走る。


 入る限りに席を埋めるのはともかく、他の客を閉め出してまで強引に貸し切り状態を作るのはマナーに反する。

 ということで、のぞみはアガシオンズの大半には別の店で休憩を取らせることを決定する。

 もっとも、サングラスに黒服の集団が放つ存在感は数を減らしたところで和らぎきるものではなかったが。


「へい、おまちどうさん」


 そんな集団相手に、動揺はあっても普通に商売をするあたり、店側も中々に肝が据わっている。


「うま、うま……ヘヒヒッ!」


 のぞみは湯気の立つスープから引き上げた麺に、ふぅふぅと息を吹きかけすする。


「うーん! いーねーいーねー! 満たされるぅー! あ、替え玉ってありです? 無しならもう一杯!」


 そんな味わいにやけるのぞみの横では、ベルノが麺と具を瞬く間に食べ尽くしておかわりを求める。


「はえッ!? もう!?」


「いやー美味しすぎて箸が止まらなかったんですよー! で、もらえます?」


「おお、悪い悪い。すぐ用意するからよ!」


「じゃあ大将のラーメンならまだまだ入りそうなんで、その次もお願いしていいですか? あと餃子と唐揚げ、それにチャーハンも軽めに十人前ずつオナシャス!」


「お、おう。出来たのから運ばせるから待ってな……」


 しかし怒濤の追加注文には、了解しつつもさすがに引いていた。


「おい……もしかして、ドッキリ系の収録かなんかじゃないのか? 黒服の誰かがカメラ持ってるんじゃあないか?」


「てことは、今度はあっちの黒髪のがもりもり食べ始めるのか?」


「ああ。きっと相方の金髪のが、怒濤のペースで平らげてくのに平然とついてく感じでな」


 別の客たちが勝手放題にひそひそと言っている。

 だがのぞみは訂正する気が起きないので、そのままに放置する。

 好意的な顔見知りでない相手に、わざわざ声をかける勇気が無い。というのが実際のところであるが。


 そんなこんなで店を騒がせながらも、のぞみはラーメンを楽しみ続ける。ふとその内に店内のテレビが勝手にその映像を変える。


「緊急のニュースだあ?」


 店内にどよめきを増すなか、ボーゾが呟いたとおり、テレビ画面には緊急速報と添えた映像が映し出されている。


『本日正午、突如前触れなくダンジョンが発生いたしました! ダンジョン化したのは買い物客のいるショッピングモールで、いまだ内部には逃げ遅れた人が……』


 店中の注目が集まるなか、テレビの中のキャスターが拡散すべき情報を告げてくる。


「ヘヒッ!? ど、どこに!? どこに出来た……って!?」


 のぞみはそれを聞くや慌ててスマートフォンを取り出して、ニュースのほか つぶやきからの口コミ情報を探り出す。


「落ち着けよ。よその県の話で、俺らの勢力範囲のからは外れてるからよ」


「そ、そう? それなら、まあ……」


 ボーゾが言う通り、ダンジョンの発生があったと報道されているのは、出坑でこう市があるのとは異なる県である。

 スリリングディザイアが持つ自動観測と攻撃の範囲外でもあるため、のぞみたちに責任があるものではない。

 そうと分かるなり気が緩むあたり現金なものである。が、特別おかしな感情でもない。


「で、でも……知ったからには救助もかねて制圧に行かないと……だから、情報をチェックチェック……ヘヒヒッ」


 のぞみはそのまま、調べ続けようと画面についついと指を滑らせる。

 だがそれに、ベルノが非難めいたジト目を向ける。


「……食事時に弄るのは、行儀悪くて感心しないなー」


「そうだな。食欲は食欲で集中して満たしてやるべきだよな」


「ヘヒィッ!? ふ、ふたりして、そんなッ!?」


 理由はどうあれ無作法を咎める身内の目に、のぞみは涙目に身を震わせる。

 そのまま大人しくスマートフォンを片付けようとする。が、ある映像に体が固まる。


「どうしたの、のぞみちゃん?」


「さ、さささ、さっきニュースで出た……だ、ダンジョン……そこに、お、お父さんたち、が……ッ!?」


「はぁッ!?」


 言いながらのぞみが身内に見せた画面には、小さくも手塚家の親子の姿が写っていた。

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