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61:つながりがあっても分かってやれないことはある

 スリリングディザイア内部にあるフードコート。

 担当する「食欲」ベルノの趣味で、食べ物の形をした家具に取り囲まれた中で食事をすることになる場所である。


 そんな胸やけの起きそうな空間の一角。 マンモスの脚を丸焼きにしたかようなマンガ肉のベンチに、常連探索者の忍とボーゾの姿がある。


「……ってぇ感じなんだが、どう思う?」


 ボーゾが自分の頭ほどもある団子にかじり付きながら尋ねるのは、のぞみのことである。


 両親と実弟に疎まれ、拒絶されていることを悲しみ、苦しみながらも、それを自然な状態として受け入れている面もあるということ。

 パートナーが抱えた、そんなもろもろの、複雑な確執について相談しているのである。


「どう思う……ったって、なにか出来ることなんてあんのかって感じだな」


 だが忍の反応は、マンガ肉ベンチに腰かけたままお手上げの姿勢であった。


「ていうか、そう言うのは俺よりもお前らの方がよく分るんじゃねえのか? なんか、欲望やら何やらの心や、エネルギーが繋がってるんだろ?」


「そりゃあそうだが……それだけで全部が全部わかってやれるわけじゃねえからな……」


 忍の問いに、ボーゾはため息をついて、ボトルの蓋に注いだ茶をすする。


「俺は確かにのぞみと繋がってる。それは人間の、生き物の一面を司ってるから……だが、だからこそ尖りすぎてるから人間そのものじゃない。分かってやれないこともあるさ」


 ボーゾは欲望を司る異世界の魔神である。

 その本分に、あり様に逆らうつもりは今も毛頭ない。

 だが、相手の欲望を望まれるままに叶えてしまったがために、かつての世界の滅亡を後押ししてしまった。

 その同じ轍は踏むまいと、本当に相手のためになるようにしてやろうと、そんな願いから、欲望に従って、助言を求めたのであった。


「ふーん……なーるほどな」


 そんなボーゾの横顔眺めて、忍は串に刺さった団子を三ついっぺんに口の中に含む。


「……しかし、無理になにかしてやんなきゃならんのか? のぞみちゃん本人は納得してるって話なんだし、なら無理くり踏み込むよか、そっとしといてやったほうがいいんじゃねえか? 少なくとも、今はまだ」


 デリケートな問題である以上は、時間が解決するのに任せる。あるいは踏み込める機を待つべきではないか。

 団子を飲みこんだ口から出たのはそんな、慌てるべきではないと、勇み足に対する忠告であった。


「そう言う考え方もあるんだろうが……」


 しかしせっかくの忠告であったが、ボーゾはそれをどうにも飲みこめずに苦い顔をする。


「どうしたい? そんなん悠長に待ってらんないってのか?」


「のぞみが本気で納得してるなら、それでよしとしたんだが……」


「本心は違うってのか?」


「いや。仕方ないって諦めちまってるのもマジさ。だが、そんなのぞみの中にも、なんとか家族との関係を立て直したいって欲望が確かにあるんだ」


 諦めで蓋をした、しかし確実に存在する心からの欲望。

 それを封じ込めたままで腐らせたくはない。

 抱えた願いを嗅ぎ取れる欲望の魔神としての譲りがたいこだわりであり、のぞみのパートナーとして見逃しがたい苦しみであった。


「なるほどなるほど。そういうことなら何とかしてやりてーって欲望が燃え上がるわな」


 忍はボーゾの抱えた願望を受け止めて、大きくうなづく。


「……だがそうだとして、今すぐにのぞみちゃんの家族関係をどうこうしようとはしない方がいい。って、俺は思うね」


 だが忍の意見は変わらない。

 それにボーゾがなぜだと顔を上げる。が、忍は落ち着けと、手のひらを前に出す。


「一足飛びに根っこからどうこうしよう。そんな風にはしない方がいいって話だって。なにもしないで放っておけとは言わねえよ」


「じゃあ何をしてやれって?」


「納得してるったってショックはショックなんだろ? それなら気分転換させてやればいいだろ。例えばどっかに連れ出してやればいいんじゃねえか?」


「なに言ってんだお前?」


 忍の提案に、しかしボーゾは冷ややかに一刀両断。


「のぞみのコミュ障ぶりもインドアっぷりも知ってるはずだよな? 忘れてないよな? ああ、たしかに外に出りゃ気分は変わるだろうよ。知り合いでもなんでもない人間がわらわらといて落ち着かない気分にな」


 ボーゾは提案を却下した勢いそのままに捲し立てながら、忍の外腿をグリグリと押す。


「分かってるよその上で言ってんだよ落ち着けよいいからよ!」


 対して忍も負けない勢いで、言葉を叩きつける。

 するとボーゾは筋肉でパンパンの腿に押し負けたのか、拳をさすりながら先を促すような視線を投げる。


「……俺は時々、お前がのぞみちゃんを過保護にしたいのか、世間の厳しさに負けないように鍛えてやりたいのか……その辺があやふやになるんだが?」


「その瞬間瞬間の欲望次第に決まってんだろ。状況に合わせて対応ぐらい変えるわ」


 早く説明をしろと求めるボーゾの目。それに忍はため息を吐きつつうなづく。


「……なにも、のぞみちゃんが行きたくないところに無理矢理に連れ出せーなんて言わねえよ。興味ありそうなトコとか、人の少なそうなところにでも、身内連中だけで固まって行けばいいじゃねえかよ。なんかねえのかよ? 一回行ってみたいなーとかそう言うの聞いたとか、欲望を嗅ぎとったとか、そういうの」


「そういうのは……レアなロボのおもちゃが売ってそうな店……とか?」


「そうそう。そういうのでいいんだよ、そういうので。のぞみちゃんはだいたい通販とかで済ませてそうだけど、店に直接趣味の買い物しに行くってだけでずいぶん違うだろ」


「それはそうだろうが。それくらいでいいのか?」


「いいんだよ、そういうので。一人で悩ませてドツボにハマらせるんじゃなくて、息抜きに行けるようにさせるってだけでも、結構前向きな考えが出るようになったりするってモンだ」


「……なるほどな。いいかもしれん」


 忍の提案は問題を直接解決に持っていく手段ではない。

 だがそれでも、のぞみの気持ちを上向かせて沈みこませない確かな助けにはなる。


「まあ、正直なところ……解決を急がせて逆にこじらせるようなことになったら責任取り切れねえって気持ちはあるがな」


 忍が自嘲するように、問題の先送りではあるかもしれない。


「ハッ……重すぎるのは背負いたくない。それくらいの欲望が嗅ぎ取れないほど鼻づまりじゃないさ。当然、考えられる限りの、最良の結果に持っていきたいって欲望も、ちゃーんとな」


 だが、ボーゾはそれだけでないことは言われるまでもないと、自身の鼻を小突いて見せる。


「そうかい。ありがとうよ」


「礼を言うのはこっちの方さ。やっぱ、ちゃんと人間に相談したのは正解だったぜ」


 そうして互いに感謝を告げ、どちらからともなく笑い合う。


「さて、と……そう言うことになったらば、さっそく他の連中も巻き込んでいかないとな」


 そしてボーゾは口の端をゆがめて、楽しげに計画を練り始める。

 向かうべき方向が示されたならば、もはや留め置く必要はないと、欲望が完全に解放され、溢れ出している。


「張り切るのはおおいに結構だが、あんま先走りすぎんなよ? こういうのでサプライズとか仕込もうとすると、ろくでもないことになったりするからな」


「おいおい。そいつはドラマやら何やらの見過ぎじゃねえのか? そんな劇的なすれ違いが絶対に起きるとは限らないだろうがよ」


 よくあるすれ違いフラグへの心配を、ボーゾは心配のしすぎだと笑い飛ばす。


「……ところでのぞみ? 今度出かけようかと思うんだが? いや、お前の趣味の買い物がメインで……」


「いやガッツリ気にしてんじゃねえかよッ!?」


 しっかりパートナーに告知して予定を磨り合わせにかかるボーゾを見て、忍はたまらずに、腹を抱えてツッコミを入れるのであった。

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