60:さあ、憎しみを吐き出すと良い
『死ねよやぁーッ!!』
男がひとり、物騒な雄叫びを上げてモンスターに躍りかかる。
憎しみとそこから来る殺意をまとった鉈は、狙い違わずに小鬼の頭に致命傷を叩き込む。
それとは別に、一人の女性が小鬼の顔面を殴り飛ばす。そして女は石畳の床にもんどりうったモンスターを無慈悲にも踏みつけ止める。
『いいか!? 今の一発で歯が折れたみたいだが、それはあたしのジョニーに食い千切られたモンだと思えッ!? そしてこれも! これもこれもッ! これもこれもこれも全部ジョニーの分だァーッ!!』
そのまま猛烈な勢いで蹴りつけ、踏みつけ続ける。
『次だッ!』
『ああ! こんなもんじゃ足りない!』
そうして消えたモンスターの残した素材と硬貨には目もくれず、次の獲物をぎらついた目で 探し、襲いかかる。
今日のスリリングディザイアは、地下迷宮ばかりかどのエリアも、彼らのように殺気だった者たちのひしめく殺伐とした狩り場となっていた。
憎しみに任せて暴れている彼らは、反ダンジョン団体『アウターファンタジー』に所属する、ダンジョン事故によって大切なものを奪われた者たちである。
抗議デモにスリリングディザイアを訪れたはずの彼らが、なぜ憎い憎いダンジョンの探索に乗り込んでいるのか。
「ハッハッハ! いいねいいねえ! 復讐の欲求が満たされて、さらに深くもなっていく! 反対デモに来たとか言って、いーいお客さんをやってくれるじゃねえか!?」
「さ、散々に煽って誘い込んでおいて、よく言う……ヘヒッ」
彼らの様子を部屋のモニター越しに眺めるのぞみが言う通り、単純にボーゾに誘われただけの事である。
しかしただ誘われたからと、ホイホイダンジョンアタックに乗り込んだかというとそれもまた違う。
挑発により、ダンジョンへの憎悪と、復讐への欲求を散々に煽られたのだ。
曰く。ダンジョンという存在が憎いのなら、なぜ直に殴らないのか。その方が絶対に気持ちいいだろうに。
曰く。残された者として命を危険にさらすことができない、というのはなるほど確かに。じゃあ危険のないここで憂さ晴らしと特訓をしていけばいい。
曰く。安全に憂さ晴らしもできる場所があるのにやらないっていうのは、理性的な態度を気取った臆病者だ。デモに加わる理由にしてるのも大したものじゃないんだ。
営業妨害に来ている相手にとはいえ、こんな痛烈な言葉の数々を浴びせて、「野郎ぶっ潰してやる」とばかりの勢いで、ダンジョンの中へと招き入れさせたのである。
「あ、あげく、デモ活動なんか、かなぐり捨ててかかってこい……だなんて言うから、みんな……あ、あんなに殺気立って、て……コ、コワイ……ヘヒヒッ」
モンスターを見つけ次第、虱潰しに滅多打ち、滅多刺しにして進む復讐者たちの姿に、のぞみは頬をひきつらせて身震いする。
『お、のぉれぇーッ!?』
「あ、罠にハマった」
のぞみを怯えさせるほどに鬼気迫る復讐者たちであったが、それゆえに数名がモンスターにまんまと誘導される形で、孔明の罠にかかって落とし穴に消える。
落とし穴には水が張ってあって、落下のダメージを和らげる。が、同時にそこに泳いでいたものにお客様の到着を知らせる。
『ぎやぁあーッ!? むっがっぐっふぅ!?』
水に泳いでいたうどんとひやむぎにたちまちに巻き取られた犠牲者たちは、そのまま強制的に出入り口へと戻される。
『くっそがぁあッ! この程度でなぁあッ!?』
『なぜか腹が重たいくらいに満腹感があるが、かえって好都合! もう一度だ、行くぞオラァアッ!!』
そして溺れるほどのうどんとひやむぎでパンパンになった腹を抱えて、休むことなく再突入しようとする。
『やめ、止めましょう!? せめて少し休んで!?』
『お断りだ! こうやって本当に何があってもケガもしないで送り返されるだけだって分かった以上、モンスターを殴るのをためらう理由がねえッ!!』
その勢いは、挑発に乗らずにロビーに残っていた団体の仲間の制止で止まることなく、軽々と振り切って再びのダンジョンアタック。
「ヘヒィ!? い、いくら何でも……休憩無しとか……む、無茶しすぎぃ」
「いやいや、欲望があふれてて結構結構! 汝らの為したいように為すがよいよいってな!」
勢い先走った感の大きい復讐者たちに、のぞみがドン引き。その一方でボーゾはご機嫌にはやし立てる。
「こ、こうなったら……回復ポイント多めにして、的になるモンスターを山盛りにして……む、無双ゲーを楽しんで……もらう、ヘヒッ」
「おお、悪くねえな。それで数をこなしたら俺のコピーのいる部屋に御招待って感じでどうよ?」
「そ、そのアイディア……イエスイエスイエスッ! あ、あとついでに、素材ほったらかしが……もったいない! から、回収、掃除屋のクエストも、発注……ヘヒヒッ」
「いーねいーねぇ! そういう細かい欲望も逃さず拾ってくのはいーじゃねーの!」
のぞみは復讐者に溢れた現状を見て、周囲にコンソールを展開。ダンジョンを状況に合わせての微調整にかかる。
するとボーゾはそれを良しとしていい感じだと後押しする。
のぞみたちがそうしてダンジョンの調整作業をしていると、ふいに受付カウンターに詰めているアーガの一人から連絡が入る。
「え? え? なに、映像?」
唐突な呼びかけに、のぞみは疑問を感じながらも、テーブルを中心に展開したコンソールからメッセージの通知をつまみだして空中に放る。
放り出されたそれは丸めた紙が広がるように展開。送られてきた映像を表示する。
「ヘヒッ? なに、これ?」
映し出された画像はゲッコー忍軍からのものなのだろうか。しかし不鮮明なもので、なんなのか見ただけではいまいちよく分らない。
そんな首を傾げるのぞみの思念を受信してか、映像に調整がかかって鮮明なものに変わっていく。
そうして鮮やかさを増した映像の中心には、頭を抱えた男性がいる。
現状に困惑しているらしい彼は、大半がいきり立った復讐者と化しているでも団体のまとめ役だと名乗った男であった。
「こいつがどうしたってんだ?」
「だ、だよね……ヘヒッ」
わざわざまとめ役殿の映像を送ってくる意味が分からずに、のぞみとボーゾは揃って首を傾ける。
だが、すぐにその疑問は晴らされることになる。
「おい、あれって……」
「ヘヒ、どれ?」
「ほら、あの頭抱えてんのの隣にいるヤツ。あれお前の親父じゃねえか?」
「ヘヒッ!? ほ、ホントだ!? マジでお父さんだったぁッ!?」
ボーゾが言った通り、抗議団体のまとめ役と一緒にいるのは、のぞみの父親である手塚亮治に間違いはなかった。
「マ!? これマッ!? あの人が来てるのはともかく、なんでまたデモ屋といっしょ!? デモ屋といっしょナンデッ!?」
「いやーこの前に追い返した仕返しとか? じゃねえのか? ちっとひでえくらいに幼稚な動機だがな」
亮治が反ダンジョン団体とつるんでいるらしい様子に、のぞみが意味不明だと目を回す。
それ反して、ボーゾは冷静に理由を推し量る。
「なんか話してるみたいだが、うまく聞こえないな」
「う、うん! なに? なにを話してるのッ!?」
そんな主人の欲望に応えようというのか、映像の中でヤモリ忍者の一人が天井から柱を伝って亮治とデモ班長の頭上へ密かに近づく。
『……どういうことだね? これではこのダンジョンの支援をしているようなものではないか? こんな結果を招くために私は君たちに多額の寄付をしたわけではないのだが?』
『……それについては、誠に申し訳ないです。はい……まさか同志の中にここまで大義への理解が無く、衝動に任せに動く様なものが多かったとは……』
亮治からの圧力に、デモ班長は冷や汗交じりに平謝り。
その会話から推測するに、ボーゾの予想は見事に的中。スリリングディザイアの業務妨害のためだけに、娘がダンジョンで稼いで送った仕送りを、反ダンジョン団体への資金として供出してしまったようだ。
「……のぞみ……」
実の親からのこの仕打ち。
これにはさすがに堪えただろうと、ボーゾはのぞみの様子をうかがう。
「そ、そっか……でも、まあ……それよりも今は、この団体さんに対処しなきゃ、だし……ヘヒヒッ」
「お、おう……そうだな!」
だがのぞみは合点がいったとばかりに受け入れていて、これにはボーゾも引きつった顔で現状に対処すべきとの言葉にうなづくばかりであった。




