59:歓迎されるばかりでないのはよくあることである
スリリングディザイアの中枢部であるワンルーム。
その中央にあるローテーブルで、のぞみが天板のみならず、傍らに浮かばせたコンソールに指を走らせる。
「ヘヒッ……これはここで、それは……こっち、ヘヒヒッ」
不気味な笑い声に合わせて、正面の大モニターに映ったダンジョンが形を変えていく。
地下迷宮や洞窟は部屋や罠の位置、通路の形が。
山道も木々の生え方や罠の場所が。
そして砂漠も、砂丘の形やオアシスの位置。そして流砂をはじめとした罠の在処が。
その中には、少々困った事態に陥りそうなモノから、嵌れば連鎖的に強制帰還に持っていかれてしまいそうなえげつないモノまで揃っている。
もちろん主に仕込んであるのは、取り除くことでシーフ、レンジャーの類の活躍の場とするためのものが主である。
しかしそうしたものばかりだと油断していると、まれに仕込まれた強烈なものに嵌ることになる。
現に今も、編集せずに解放中のエリアでは油断しきっていて鳴子の罠にかかってモンスターに追われ、挙句の果てに出汁の池に落ちるパーティがいる。
「ヘヒ、ヒヒヒッ……いい感じにハマってくれて、ありがとうございます。ヘヒヒッ」
トントン拍子に、面白いようにトラブルに見舞われ受付に追い返されるチームに、のぞみは溜まらず含み笑いをこぼす。
彼らを追いかけて受付前に視点を持っていくと、悔しさから再出撃に向かう者と、それを引き留め、一度休息を挟もうとするメンバーとでもめている光景が目に入る。
しかしそれも、たまたま居合わせたのか、見ていた犬塚忍がベテランとしてフードコートへ引っ張っていくことでお終いとなる。
「ヘヒッ……ダンジョンアタックは、無理なくお楽しみ下さい。ヘヒヒッ」
その様子を眺めて、のぞみは満足げにうなづく。
そこへ鴉羽のエフェクトを散らしてウケカッセが現れる。
「ママ。お楽しみのところ申し訳ないのですが、これらがまた……」
「ヘヒッ!? またぁ……?」
申し訳なさそうに差し出されたものに、のぞみは露骨にイヤそうな顔をする。
ウケカッセが差し出したもの。
それは親類縁者を自称する者たちからのおねだりメールであった。
「うぅ……じゃあ、また優待券で……ヘヒッ……何度送られようと、ウチからは優待券しか、出さない……! ヘヒヒッ」
「そうですね。そうするしかないでしょう。あくまで平等に、しかし無視をしない範囲で施しをするのならそれが限界でしょう」
不気味笑いに頬をひきつらせながらの断固たる対応の指示。それにウケカッセは妥当なところだとうなづく。
「……しかし、こうも煩わされる状況ですと、ご実家と関係を悪化させてしまったのが悔やまれます」
「あ、あれは、仕方ない! 仕方ない、よ! ……ヘヒヒッ」
先日の手塚家と決裂を招いた一件。
これに、苦々しい顔を見せる経理・渉外役に、のぞみは慌てて頭を振ってフォローする。
「アレはもう……向こうの考えがこっちにとても受け入れられるモノじゃ、なかった……! 決裂は、必然……! 最初っから、確定済み……ッ!!」
パークにやって来たのぞみの父、亮治は最初から親族として乗っ取り、食い物にするつもりであった。である以上は、のぞみにも到底受け入れられるわけはない。
実家がらみの話はなるべくしてなったことで、ウケカッセに責任はない。
その事を改めて強調する。
「ああ、ママ……ありがとうございます!」
「ヘヒッ……そ、そんな、気にしないで……わ、私の方こそ、日頃から面倒な仕事、丸投げしてて……も、申し訳ない、なぁって……ヘヒッヒヒヒッ」
「面倒だなどと! 私にとっては儲けに繋がる楽しい楽しい仕事です! 日々日々欲望がチャリンチャリンと胸の内に満たされていくような思いをさせていただいているのですよ! なぜなら私は金銭欲なのですから!?」
「ヘヒッ……そ、そこは分かってる、けども……私が苦手だから、どうしても……」
「ということはママの最大の弱点を天職とする私が補える。つまり私とママの相性は最高だと言うことになりますね!?」
「ヘヒッ……そ、そういうことになる、のかなぁ……ヘヒヒッ」
「そういうことです。ええ! 間違いありませんですとも!」
「おーい。相性の再確認はいいんだけれどもよぉ。他に用事はねぇの? 銭勘定にせよ、のぞみへの伝言にせよ?」
ウケカッセが押せ押せに自分と主人との相性をの良さを主張していたところへ、割り込む声がある。
それはもちろん、のぞみが作業しているテーブルの一角でごろ寝しているボーゾからのものであった。
「ああ。そうそう、そうでしたついつい熱くなって頭から転げ落ちていましたよ」
もう一人の主人、欲望そのものを司る神であるボーゾから言われて用件を思い出したウケカッセは、もう一通、別にしていた紙をのぞみへ差し出す。
「じ、直に渡しに来るような、用件……だったのに?」
のぞみは堂々とうっかりミスを申告するウケカッセに困り笑いを向けながら、受け取った紙を開く。
「え? 市のダンジョン課から……?」
「なんだ? 払わなきゃならん税金でも増えたか?」
欲深いことで。
そんな風に笑いながら尋ねるパートナーに、のぞみは首を横に振る。
「いやえっと、違くて……反ダンジョン団体『アウターファンタジー』? ……って言うのが抗議運動に? 来る? そのお知らせ?」
「何で疑問系なんだよ、オメーはよぉー」
意味が分からないよ。と、のぞみが首を傾げつつ読み上げるのに、ボーゾは苦笑を浮かべる。
だがそれは侮蔑のものではなく、諦め半分の受容によるものであった。
実の親兄弟からは、とんと向けられた覚えのないそんな柔らかな苦笑に、のぞみは気恥ずかしさに身をよじる。
「いや、その……だって、こっちに直に来なくて、ダンジョン課に抗議とか……し、正直イミフ……ヘヒヒッ」
「それはまあ、我々が拠点としているために懐が随分とあったまっているから、でしょうね」
「ああ、俺らが投資してる所の分と合わせて、税収がっぽがっぽだもんな。甘い汁をすすってるように見えるわな」
ウケカッセの解説に、なるほどとうなづいていたボーゾは、不意に半眼になってのぞみを見やる。
「しっかしそれはそれとして、しゃんと喋れっての、俺らだけなんだからよ」
「ヘヒィッ!? ひ、ヒド……!?」
そして鼻で笑いながらの一刀両断の一言。
それにのぞみは大きく上体引いて、ショックを表現する。
「わざとらしい演技するくらい余裕あんじゃねえかよ。で? 実際どういうこったい? 銭ゲバよぉ」
「これは、単純に川浜ダンジョン課長からのご厚意でしょう」
話を向けられたウケカッセは、まるであらかじめ分かっていたかのように、すらすらと答える。
「ほっほう? 何でまたそうなる?」
「恐らく、我々のところにも合わせてやって来るだろうから、でしょうね」
そう言ってウケカッセは取り出した端末をツイツイと操作。ある画面を呼び出す。
「このような感じで」
そうして二人の主人に見せたのはとあるニュース記事であった。
それはスリリングディザイアが居を構える出坑市とは別の都市と、そこが管理するダンジョンの前で行われているデモ行動を取材したものである。
「はあ、ダンジョンを封鎖しろ。罪なき人々を襲う災厄とそれで肥える連中を許すな。ねえ」
デモで掲げられている主張を読み上げて、ボーゾは冷ややかに目を細める。
「こいつらアホなの? 封鎖したってそのうちにモンスターが溢れてくるだけだぜ?」
そしてこの一言である。
「まあ、我々からしてみれば、的外れにもほどがある主張だと言う他ありません」
「ダンジョン化した建物を破壊しろって主張してるのもいるみたいだけどよ、ンな事したって逆効果にしかならんぜ?」
上位神の容赦も遠慮もない表現に、ウケカッセも然りと首を縦に振る。
ダンジョンというものは異世界の残骸と結び付いて生まれた異空間だ。
そして山の一部がダンジョン化をしていた事例があるように、その結びつきが起こるのは閉鎖空間に限ったことではない。建物の有無など関係ないのだ。
仮に内部がダンジョン化した建物を解体したところで、外にダンジョンの影響が解放されるだけでしかない。
例えば商店街の一店舗がダンジョン化したとして、その店を破壊すれば、商店街全体がダンジョン化を起こしてしまうのである。
「……で、でも、反対派は……それはダンジョンを利用してる連中が……だ、ダンジョンを確保、する……ための嘘だって、決めつけ……てる……ヘヒッ」
「ま、いつの世も、どこの世界でも、自分の信じたいモノだけを信じたい欲望ってのは強いもんさ」
そういう欲望に囚われているものたちには、例え真実を真摯に語ったところで、分かってもらえるとは限らない。
むしろ自分達が拷問で聞き出した苦し紛れの嘘の方を信じ込むことさえあり得る。
「だ、だからって……最初から諦めるのは、ダメ……! 打算だけど、テロに走られても、困る……!」
そういう団体のお仲間で、過激思想を持った連中に目の敵にされてはたまったものではない。
「まあ、そうなんだが」
「ママの考えは分かりますが……」
反ダンジョン運動家に、理解を求めようとするのぞみに、ボーゾもウケカッセも理解は示しつつも、渋面になる。
スリリングディザイア前でデモをやられて営業妨害されるのは避けられないとして、それをおとなしくスルーするのがパークそのものを守るためには、一番穏便で確実だろうからだ。
スリリングディザイアを守りたいという欲求は、魔神たちも決してのぞみに劣りはしないのである。
そうして三人が揃ってどうしたものかと唸る中、ふとボーゾが、デモ活動の記事を横目に呟く。
「しかし、分からんのは、この反ダンジョン活動なんてやってる連中そのものだな」
「ヘヒッ? ど、どうして?」
「いやだってよ。ようするにコイツらは理由はどうあれ、ダンジョン憎しでこういう事してンだろ? じゃあなんで潜りにいかねえんだ?」
封鎖を訴えるより、直に攻略に乗り出す。
たぶんこれが一番スッキリすると思う。
そんなボーゾの意見に、ウケカッセがうなづく。
しかしのぞみはそれとは逆に、うつむきながら首を横に振る。
「それは、潜って、生きて帰ってこれるだけの力があるからできる、こと……」
スリリングディザイアという遊べるダンジョンを運営しているから忘れがちであるが、普通の、のぞみの手が入っていないダンジョンとは潜れば普通に死亡事故があり得る場所である。
そんなところに入って帰ってこれるのは、警官か、あるいは自衛官にでもなれるくらいに頑健な肉体と、精神的な適正の持ち主。あるいはそのどちらもぶっちぎった狂人くらいのものだ。
だからのぞみも、ダンジョン探索者という職業に興味はあっても、ボーゾに関わるまでは自分がダンジョン探索をすることなど、自殺以外ではあり得ないと思っていたほどだ。
だからのぞみは反対運動をしてるもの達が、ダンジョンを憎むと同時に、恐れているからこそ乗り込まないのだという事情が理解できるのであった。
のぞみがたどたどしくも、予測できる背景を語って聞かせれば、ボーゾは「なるほど」と腕組みうなづく。
そしてほどなく、ある閃きに口の端を緩める。
「それじゃあ、こいつはまさに俺らにうってつけの仕事だったってわけか」
その一言で察することができず首をかしげるのぞみに、ボーゾは笑みの中に含んだ企みを語って聞かせるのであった。




