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58:決裂したけどやってけないからしょうがない

「なかなか楽しくやっているようじゃないか」


 スリリングディザイアのフードコート。

 そこに備え付けのモニターには、巨大な鉄拳から泣きべそかきつつ転がり逃げる若者と少年の様子が映し出されている。

 その様子をお茶を片手に眺めて笑みを浮かべるガッチリとした体躯の男がいる。


「ええ。送った優待券を有効利用してくださっているようでなによりです。いかがですか手塚様も参加されては?」


「いいや、私は遠慮しておくことにするよ」


 モニターの様子を眺めて笑うのはのぞみの父、手塚亮治である。

 その相手を勤めているのは、やはりウケカッセである。


「そうおっしゃらず。いい運動にもなりますよ? 持ち帰ってきた資材の質や量次第では良い稼ぎにもなりますよ?」


「確かに運動不足気味ではあるが、心配無用だよ。懐具合もアレが独立して仕送りまでしてくれるようになったおかげで、困っていないからね」


「さようでございますか」


 ゆったりと甥の冒険を眺める構えの亮治に、ウケカッセはそれ以上勧めはせずに退く。


「しかし、ここで親を相手に顔を見せに来られないあたり、アレがどこまで成長できているのか怪しいものだがね」


「これは、手厳しいことで……」


 嘲笑する亮治にも、ウケカッセは表情は営業向けのスマイルを崩さない。

 しかし、机の下に隠した手は気を紛らわせようと忙しなく何かを数えるように動いている。

 自分たちの主人をアレ呼ばわりされて、ウケカッセが怒りを覚えないはずもない。

 殴りかからず、表情を変えずに受け答え出来ているだけ、大変な我慢に成功していると言える。


「こ、堪えて……お願いだから、堪えて……ヘヒ、ヒヒヒッ!」


 そんな様子を別の机から、のぞみが見守っている。

 オーナーを捕まえようという追いかけっこイベントの最中であるが、本物ののぞみは、実はまだ出撃してすらいなかったのである。


 待ち合わせ中のスペルキャスター風を装い、目深にかぶったフードで顔を隠したのぞみが見守る中、ウケカッセは大丈夫だという思念を返してくる。


「それにしてもキミもアレの下で働くなど大変だろう? 怠惰で言葉も不明瞭で、何を考えているかまるで分からん。面倒ばかりではないかね?」


「いえいえ。そんなことはありませんよ? 私どもがご自愛くださいと言っても無理を押して仕事をされることばかりで。そういう意味では確かに難しいですが」


「そうなのかね? 親として育ててきたが、アレが誰かのために無理をするなど覚えがないよ」


「なるほど。手塚様はよほど我々のオーナーに関心が無かったと見えますね」


「……なかなか言ってくれるじゃあないか」


「いえいえ、それほどでも」


 ウケカッセの皮肉に亮治が笑みを歪ませる。

 涼しい顔でそれにウケカッセが対する一方で、のぞみはフードの下で目を白黒とさせる。


「……それくらいにしといた方がいいよ、お父さん」


 そこへ割って入る声がある。


「実際、ちゃんと独り立ちできるとも期待はかけてなかったでしょ?」


「……将希」


 それはのぞみの弟、将希の物であった。

 彼の背筋や眼差しに揺らぎはなく、背の高さもあって、黒い髪の色以外にはのぞみとの共通項はほとんど見られない。


「ああ、これはどうもご子息様。いかがでしたか? ダンジョン探索の準備は?」


 似ていない弟の登場に、のぞみがさらに小さくなって息を殺す一方、ウケカッセは椅子を引いて、自分達の席にお客を迎える。


「いいね。武器やアーマーの調整もすぐで、俺がアバターにこだわってなきゃ、もう潜れてたくらいだし」


「さようでございますか」


 将希がウケカッセの気づかいに礼を言ってから語ったご機嫌な使用感に、ウケカッセも笑みを深くしてうなづく。

 だが続いた言葉に、その笑みも強ばることになる。


「いや、アイツにしてはいい商売思いついたもんだよね。ゲームやマンガを漁ってばっかでいた経験が活きたってワケだ!」


 嘲りを含んだその声音に、ウケカッセの営業スマイルが硬質化する。


「安い入場料で、安全に設定したダンジョンを漁らせて、それで企業お抱えじゃない探索者の代理で資材を売る手数料をいただく。まあボロい商売なんでしょ? まあアイツのことだからさ、どうせ満足に冒険できる能力も無いし、気概も無いから、棚ぼたで手に入った能力で他人を便りに稼ぐ方法をどうにか立ち上げたってトコだろうけど」


 将希は探索者としての情報が詰まったメタルカードを弄びながら、スリリングディザイアを立ち上げた姉の発想を称える。

 しかしその口ぶりには、含ませたトゲが明らかだ。


「……なるほど。言うだけあって、ステータスはかなりの高水準ですね」


 ウケカッセは端末からカードに記録されている将希の能力を確認してうなづく。

 これ見よがしにメタルカードをいじくっていただけあって、高い能力を持っていることは間違いない。

 同じく手のひらにデータを呼び出して見たのぞみが、弟に危険が少ないだろうことを認めて安堵の息を溢すほどには。


 しかしそれはあくまでも普通の、ダンジョンアタック経験もなしに、登録したばかりの素人としては、ということでしかない。


 いくつものダンジョンコアを取り込み、異世界の神秘をその身に馴染ませてきたのぞみとは比べるべくもない。

 もちろん、将希が考えるのとは逆の意味で、である。


「そりゃあもちろん! 俺はアイツが部屋にこもって一人遊びを楽しんでる間に、父さん母さんからの期待に応えようって励んでたからさ。アイツの分までさあ」


 そう言われてはのぞみとしては小さくなる他ない。

 両親から早々に見切りをつけられたのは確かであるし、関心をすべて弟に持っていかれたのも間違いではない。が、それを良しとして、重圧から何から何まで全部しょい込ませたのもまた事実であるからだ。


「それは苦労をされてきたこととはお察ししますが、しかしその呼び方は感心しませんね。私たちにとっては敬愛する主人です」


「そっちにとってはそうなのかもしれませんけど。俺にとっちゃ姉と思えない姉でしかないんですけど? それも単に棚ぼたでデカく稼げるようになったってだけの」


「だとしても、私どものオーナーであり、この地方のダンジョン経済の中心人物であることに変わりはありません。過去と経緯はどうあれ、すでにあなたが知る人物ではないのです」


 将希の不満げな口答えを、ウケカッセはぴしゃりと叩き落す。


「しかし理由はどうあれ、最初から他人を軽んじてかかるのは賢い態度ではありませんよ。今後のためにも改めるべきかと思いますが?」


「それはご親切にどうも」


 ウケカッセの警告に、将希は軽く鼻を鳴らして横を向く。


「まあでも、それだけ偉くなった割りには、色々と無駄が多いように見えるけどね? 特に資金繰りとか」


「ほほう?」


 将希が続けたコメントに、ウケカッセの目がギラリと鋭くなる。

 金銭欲を司り、身内からは銭ゲバとまで呼ばれているほど金にうるさい者として、資金回りに無駄が多いなどと言われては穏やかではいられないだろう。


「外から買う必要がある物が少ない。労働者を雇う必要もない。これだけ儲けられる条件が整ってるのに、収入をほとんど外に回して自転車操業状態なんでしょ? これが無駄でなくてなんなのさ?」


「……ふむ、そうは仰いますが、我々の投資が研究者や技術者の懐を温めているわけですし」


「そんなの、困窮してるのはそいつらの頑張りが足りないからでしょ? いいもの作ってればちゃんと入ってくるわけなんだから、面倒見てやる必要なんかないじゃないですか」


 しかし将希のこの見解を聞いて、ウケカッセの目が冷ややかなものになる。

 自分の思い込みだけで物事を見ている。

 まだまだ高校生の少年なのだから、経験の浅さは割り引いたとしても、この視野の狭さは、ウケカッセの中での将希に対する評価を大幅な下方修正させることになった。


「やっぱり入った端から使っちゃうようじゃダメだよ。だからさ、経営やらなんやらは父さんに譲って、ダンジョンの管理に専念した方がいいと思うんだ」


 そこでこの申し出である。

 なるほど、家族経営の形に持っていって、やり直そうという形を作り、乗っ取りをかけるつもりのようだ。

 そんな薄っぺらな建前で、ウケカッセから金銭欲を隠しきれるはずもない。ましてや、自分達を食い物にしようとしているものを。


「手塚様も、ご子息様と同じご意見ですか?」


「そうだねえ。まあ今の喜捨同然のばらまき方には意見したいところではあるかな?」


「さようでございますか。ではご縁が無かったということで、手塚様たちの今後のご活躍をお祈り申し上げます」


「なんとッ!?」


 なのでばっさりとお祈りである。

 もう真っ向唐竹割りな勢いでお祈りである。


「あいにくと、我々は欲張りでしてね。もっともっと深く、広く手を伸ばしていきたいのです。お二人のような、自分たちの懐が温まるのだけで満足してしまうような方がコントロールしようだなどと、やりにくくて適わない」


「……私はキミたちのオーナーの父親であるのだが?」


 微笑みを浮かべて、しかし断固とした態度で突っぱねるウケカッセに、亮治がのぞみとの血縁を嵩にきて圧をかける。


 だがウケカッセはそれを鼻で笑い飛ばす。


「だからどうだというのです? もともとご実家からダンジョンパークの活動に援助は受けておりません。育てられた恩を、と言うのでしたら、すでに仕送りを受けておられますよね?」


 いまさら家族面をするな。

 にこやかに、しかし言外に厳しい拒絶を含ませての一言。

 これに亮治も将希も苦々しい顔で歯ぎしりをする。


「……し、しかし……せめてアレと直に話をさせてはもらえないだろうか?」


 だが亮治ははらわたに煮えくり返るものをどうにか堪えて食い下がる。


「先の話は我々幹部たちのみならず、オーナーも賛成されております。血縁があれど、自分の領域に踏み込ませることはしたくない、とのことです」


 しかしウケカッセが突き付けた事実は容赦のないものであった。

 これには亮治もイスを蹴るようにして立ち上がる。


「……帰るぞ、将希」


「……分かった」


「冒険ごっこをお求めのお客様としてでしたら、またいつでもお越しください」


 足音も荒く立ち去る父子の背中に、ウケカッセは追い討ちの一言を投げ当てる。

 すると手塚の父子はさらに床を踏み鳴らす脚を荒れさせて立ち去る。


「……申し訳ございません。穏便に退けることができませんでした」


 手塚父子を見送ってから、ウケカッセはのぞみに向かって詫びる。

 あの様子では恐らく自称親戚たちを相手にしてもらうことはできないだろう。

 それどころか、スリリングディザイアの妨害に何かしらの手を打って来ることさえありうる。


 しかしその謝罪の言葉にのぞみは首を横に振る。


「いい。あれは、ムリ……やっていけない」


 先にウケカッセが代弁した通り、乗っ取りなどのぞみにも容認できることではない。


 産みの親相手として、最低限の義理を果たすのを止めるつもりはないが、今後断固としてスリリングディザイアに干渉させるつもりにはならなくなった。


「そ、それより……もうイベントに参加しないと、ヘヒヒッ」


 のぞみは重くなった空気を切り換えようと、慌てて手のひらにコンソールを展開。ワープゲートを開こうと光の板に指を走らせる。


 だが急ぎすぎために触れるべきでないところに指が行ってしまう。


「あ!?」


 ミスに気づき声を上げるももう遅い。のぞみの体は足元に開いたゲートに吸い込まれるように落ちる。


「フッヒャヘヒィイイッ!?」


「ママッ!?」


 のぞみはウケカッセの声をつむじに受けながら、悲鳴を上げて落ちていく。


 そして放り出された先で、非常に硬いものに尻から落ち、弾む。


「痛ッヘヒィイッ!?」


 そのまま投げ出されそうになったところで、のぞみはとっさに長く伸びた鋼の突起に抱きつく。


「た、たっかぁあッ!?」


 そうして下を見たのぞみは自分のいる高さに目玉がこぼれんばかりに見開く。


「……って、ばば、バウモールッ?!」


 高さと、目に馴染みのある部品の数々。それらからのぞみは自分が庇護欲鉄巨人の頭上にいることに気づく。


『おぉーっとぉッ!! ここでまさかのオーナーがワープで登場ですッ!! バウモールと対峙していたチームにとっては特大ボーナスのチャンスですよぉおーッ!?』


 そこへアーガ・ハンドレッドが、すかさずにアドリブ実況。

 一連の流れをアクシデントでなく予定調和であると誤魔化す。


「ヘヒィーヒッヒッヒッヒィイーッ!!」


 ここはもうハンドレッドの作ってくれた流れに乗るしかないと。のぞみはバウモールの頭上で仁王立ちに高笑いするのであった。

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