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57:釣れやす過ぎてちょっと心配になるレベル

 熱のない純粋な光が等間隔に並んだ石造りの地下道。

 スリリングディザイアのスタンダードであるこの地下迷宮エリアには、今日も何組もの探索者パーティに探検されている。


 そんな探索者パーティの内のひとつに、明らかにチームとしてぎこちないものがある。


「本当にこのまま進んで大丈夫なんですかー?」


 軽いプロテクターにショートスピアを携えた少年が、おずおずと石を敷いた床を踏みながら、前に向かって問いかける。

 その後に続く魔法使い風の少年もまた、繰り返し首を縦に振って不安に同調する。


 それに対して、石畳を踏み鳴らすような勢いで前進していた若者が足を止めて振り返る。


「大丈夫大丈夫、心配すんなって! 見ろよ、この装備を!」


 言うだけあって若者の着けている装備は大したものだ。


 そのものが輝いているように見えるほどに磨かれた装甲を備えたアーマースーツ。

 腰に下げた剣の拵えも立派なもので、鞘につつまれた刃の質も高いだろうことが窺える。


「実際、浅い層のモンスターからダメージをもらっちゃいないし、軽々とズンバラリンって出来てただろ?」


 若者が胸を張ってそう言えば、二人の少年はうなづくしかなかった。


 巨大な蛾に大ガエル、そして盗賊ヤモリ。

 若者はこれら出入り口近くのモンスターの攻撃をものともせずにはじき飛ばした上で、返す刀で撃破。その力の差に怯え逃げるモンスターたちを、逆に狩り倒すために追いまわしさえしたのだ。

 若者の装備の優秀さは、否定のしようがないレベルで証明されてしまっている。


「それは確かにそうです……けど、やっぱりここまで押せ押せで来すぎですから、一回どこかで休んでルートの確認とかした方がいいんじゃ?」


「そ、そうです! 引き上げのための道とか、調べて、決めておいた方がいいですよ」


 それでもショートスピアのと魔法使いの少年は、食い下がって慎重論を主張する。


「必要ない必要ない! 回復用のアイテムだったらお前らに分けても余るくらい抱えてるし、ルートなんざモンスターをシラミ潰しに狩りながら進んで、帰りは疲れたら適当に引き返せば平気だって!」


「そんなのいい加減すぎですよ!?」


「おいおい。子どもの内からそんなに心配性でどうすんだっての。問題ない問題ないって、オーナーから親戚のよしみでってもらった優待券でそろえた装備がありゃあ、そうそう負けやしないって!」


 だが若い男は少年たちの意見を笑い飛ばすばかりで、まるで取り上げようという気がない。


「オーナーさんの、親戚?」


「え? ホントに!?」


「おうよ! いとこ同士でな、いやテレビでアイツを見た時には見違えたもんだぜ」


「え? 小さな時のオーナーさんを知ってるんですか?」


「ああ。向こうが二つ下でな、ガキの頃にはいろいろ連れまわしてやったもんさ」


 若者はこうは言うが、嫌がるのぞみを荒っぽい遊びに無理やり連れだしては、泣かせてばかりいた、というのが実際のところである。かくれんぼで見つけないままほったらかしにして帰ってしまったのも一度や二度ではきかない。


 のぞみの側としては顔を合わせる度にいじめられていたという認識である。だが、いじめていた側がその自覚を欠いている、というのはよくある話である。悲しい話ではあるが。本当に悲しい話であるが。


「いやあ何年も顔合わせてなかったが、ちゃんと忘れずにこんだけ優遇してくれるとは、義理堅いもんだぜ」


 ともあれいとこ殿は、のぞみが子供時分のことを恩に着ていると信じて疑わずに、得意顔を見せる。


 実際、優待券で入場無料はもちろん、高品質の武装やアイテムをスターターキットとして揃えられたのだから無理もないことであるが。


「へえ、そうだったんですか……それで、小さなころのダンジョンオーナーって、どんなだったです?」


「おう?」


「僕も興味あります。エントランスのプロモーションとかで、見たことありますけど、どれも余所行きの格好でしたし……」


「なぁるほどね」


 少年の好奇心にいとこ殿は機嫌よくうなづく。


「でも、ガキの頃のアイツってったってなぁ……知ったって幻滅するだけだと思うぜ? なにせ単なる根暗チビスケだったからな」


「というと……あんな感じですか?」


 いとこ殿の話を聞いてショートスピア君が指したのは、通路の片隅にうずくまる黒い影だ。

 影そのもののようにも見えるその塊は、裂け目から混濁した目を覗かせて、三人の様子をうかがっている。

 正気度を削ってくるような見た目ではあるが、その塊はそういうモノではない。真っ黒なのは長い長い黒髪に包まれているからで、裂け目のように見えるのも髪の分かれ目でしかない。

 恐ろしく黒髪で全身を覆い隠した、小柄な若い女である。


「そうそう、毛羽毛現とかそういう妖怪か! って感じの見た目でな……って、はぁあッ!?」


 いとこ殿が目を見開き振り向くや、髪の毛の塊は「ヘヒィッ」と悲鳴をあげて跳びはね転がっていく。


「あ、おい待てよ!? おっかけるぞ!」


「は、はい!」


 奥へと逃げるのぞみっぽいのに、いとこ殿は少年二人を連れて追いかける。


 そうして三人が飛び込んだのはだだっ広い部屋であった。


「なんっだこりゃ?」


「黒い髪の毛のが、いっぱい?」


 その広々とした部屋には奇妙なことに、服装や背筋の伸び方こそそれぞれであるが、三人が追いかけてきたのと同じ、長い黒髪と起伏豊かな体を備えた、小柄な女たちが十人以上もいたのだ。


「よその探索者さんたちも?」


 しかも集まっていたのは黒髪トランジスタグラマーばかりではない。

 いとこ殿率いる三人と同じで、それらを追いかけてきていたらしい探索者パーティもまたいくつも集まってきていた。


「何が始まるんだ!?」


「これは、あのイベントかな?」


「だろうね」


 飛び込んだ先で待ち構えていた光景に、いとこ殿が戸惑うのに対して、少年二人はなれた様子でうなづき合う。


「おい、イベントって……」


『攻略中のアドベンチャーズの皆様にお知らせでーす! ただいまより本日のメインイベント「オーナーを捕まえよう」の開幕でござーい!!』


 いとこ殿が予想できている風な連れに尋ねようとするのを、小気味良いアナウンスが遮る。


『日頃ご愛顧いただいている皆様は、ご覧の様子でお察しのことでしょうが、説明させていただきまーす!! これから始まるのは当パークの定番イベント、手塚のぞみオーナーとのダンジョン内での追いかけっこです! 見事オーナーを捕まえたパーティには、褒賞として特別ボーナスが支給されます! でも捕まえると言っても、ふんじばったりする必要はないですからねー!? やっても構いませんけれど!?』


 このアーガ・ハンドレッドの説明に、のぞみっぽいのは揃って、甲高い悲鳴じみた驚きの声を上げる。

 それからあるものは長い髪を振り乱してイヤイヤとし。また別のは飛び跳ねて抗議の声を上げる。


「あきらかにニセモノだらけじゃねえかよ」


『ハイ! その通り! もちろん私どものオーナーはただ一人だけ! 大多数はスタッフがアヴァターラシステムで化けたダミーでーすッ!』


「……聞こえてんのかよ?」


『応答している? そんなバカな!?』


「いや絶対聞こえてんだろコレッ!?」


『ともあれ、ダミーであってもハズレではありません! 差はありますがだれを捕まえてもボーナスは確定ですよーッ! もちろん一番の大当たりはオーナーご本人ですけどねッ!?』


 いとこ殿の突っ込みを無視して、アーガ・ハンドレッドのアナウンスはぐいぐいと進む。


『さあさあ一人きりではないと言っても人数に限りはございます! あまり選りすぐりしてると逃しますよ? ハイではスタートゥッ!!』


 景気のよいスタートの合図に合わせて、のぞみっぽいのたちが動きだす。


「うおっとぉ!? 逃がすかよ!」


 それに少し遅れて、いとこ殿は連れの二人を引っ張って追いかける。


「はい! でも、さっきのじゃないんですか!?」


 だが今追いかけているのは三人をこの部屋へと導いた、黒い幽霊じみたのぞみではなく、背すじも髪型も服装も足取りもしゃんとしたのぞみの背中である。


「ああそうだ!」


「でもどうして!? さっきのの方が昔のそのままっぽいんですよね!?」


「いい感じの姿恰好に整えられるようになったら、もっさい格好になんか戻るかよ! 俺は絶対戻らねえ、だからあれは確実にニセモノ! どうせ捕まえるなら本物を、だろッ!?」


「な、なるほど」


 そんな論理で、しゃんとしたのぞみの消えた通路へ連れ二人ともどもに飛び込む。


 だがその瞬間、三人組の脚が空を踏む。


「あ?」


「穴ぁああッ!?!」


 下を見た三人は、開いていた落とし穴に目を見開いてその中へ落ちていく。


「ニセモノに釣られて、三名様ご案内でござーい……ヘヒヒのヒってね」


 しゃんとしたのぞみもどきは、見事に罠にまで釣られてくれた三人組をにんまりと見送る。

 そして落とし穴を認識したうえで追いかけてくる探索者チームを見つけ、慌てて逃げに戻る。


 一方、穴から坂道に落とされ吐き出された三人組は、脳みそを振り回す揺れをを振り払うように頭を振りつつ立ち上がる。


「おぉい……大丈夫か?」


「はい、なんとか……HPは半減しちゃってますけど……」


「すまんな。罠探知の苦手な俺が先頭に立ったミス……」


 いとこ殿が先走りを詫びるのを、地響きが遮る。


 それに三人が顔を向けると、そこには天井を衝くかのような鋼の巨人が仁王立ちしている。


「オゥ、スーパーロボット……」


 異様にいい発音でつぶやいたいとこ殿へ向けて、ヒヒイロカネのスーパーロボットは、その巨大な拳を構える。


『さぁーあ開始早々に我らの守護神バウモールのエリアに導かれたパーティが現れました! しかし無理に倒そうとする必要はありません、ただ時間いっぱい逃げきれば脱出です! さあ、彼らは生き延びることができるでしょうかッ!?』


「ふっざけんなぁああああッ!?」


 ハンドレッドのアナウンスが終わるよりも早く、いとこ殿の一行はメタルの拳が振ってくるであろう場所から、転がるように逃げだした。

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