55:黙って立ってるだけでも苦手なものは苦手
カメラのフラッシュが激しく瞬く。
絶え間ないその光を浴びせられているのは、部下を従えた小柄な女性だ。
丁寧にまとめられた長く豊かな黒髪は、その透けるような白い肌をより際立たせている。
目が大きく幼げな顔は、カメラを前にした緊張もあってか、入学式を控えた中学生のような印象を受ける。
が、その胸元に豊かに実った大きな「モノ」はすでに成人か、その手前にあることを声高に主張している。
そんな若い女に向けられたフラッシュがいくらか落ち着いたところで、控えていた側近の部下が眼鏡を押し上げつつ前にである。
「では、挨拶も終わりましたところで、我々への……スリリングディザイアへの質問をどうぞ」
集まった記者たちに向けて、そう質問を促すウケカッセ。
そう、側近として控えていたのはウケカッセなのだ。
他にも知識欲のベルシエルや、着ぐるみマスコットにしか見えないグリードンなど、スリリングディザイアの屋台骨たる幹部たちが控えている。
彼らを従えられる人間などただ一人を除いて他にない。
つまり、ぎこちなくもちゃんとした笑みでカメラに向き合った、黒髪の童顔トランジスタグラマーの女性は、手塚のぞみその人なのである。
だが本人であるということは、見知らぬ大勢の目に晒されている現状で背筋を丸めず、不気味引きつりスマイルになっていない今の状態で完全にいっぱいいっぱいだということなのでもあるが。
「ダンジョンの管理と提供だけでなく、企業や研究所を抱き込んで、ずいぶんと手広くやっていらっしゃるようですが、最終的なビジョンはどのような?」
「やはりそのあたりには誤解はあるようですね。私どもは契約している企業と、探索者との素材の売買を仲介しているだけなのですよ」
というわけなので質疑応答に立つのはウケカッセやほかの幹部たちで、のぞみはこの場においては、というか対外的には完全にお飾りのオーナーとしているだけである。
もっとも、当人としては見栄えの悪くないお飾りでいることでもう気分的にぎゅうぎゅう詰めなのであるのだが。
「しかし研究所や、近隣の店舗や宿泊施設などには随分と息がかかっているようですが?」
「私どもは確かにスポンサーをやっていますが、方針に口を出してはおりません。そもそも、オーナーがダンジョン発生で暴落しても余っている土地に目をつけて、雇用の活性化と技術者の保護を、と考えての事なのです。まだ土地も融資の枠も空いておりますからくすぶっている研究者や、探索者向けの商売を考えていらっしゃる方はご連絡を。探索者が集まれば我々も潤いますゆえに」
このダイレクトな銭ゲバ発言に、わずかながら笑い声が漏れる。
「ということは、そちらのダンジョンパークが目指すところというのは……」
「ええ。お手軽安全なダンジョンアタックによる素材の安定供給。 そして関連業種の発展と充実。そうしてダンジョン景気における確固たる立ち位置を持つこと。それがオーナーの、私どもスリリングディザイアの考えなのです! それにはやはり堅実に地盤固めからということで、地元の活性化に注力しているわけですが……」
「つまり今後の発展次第ではさらに大規模になると?」
「求められるところに応じていこう。というのがオーナーの願いです」
「管理されているダンジョンも、影響力に比例して大きさと深度を増しているということですが、危険は無いのですか?」
「要領を越えて溢れ出るというのでしたら、我々のオーナーであれば問題ありません。内部でモンスター同士に狩り合わせるなど、有効な手だてはいくらでも持ち合わせております」
「他に類似したダンジョン管理施設が立ち上がったら?」
「オーナーは独占を望んではおりません。同じ志をもって手を取り合える相手であれば、我々も歓迎するところです」
「それでは……」
ここで不意に質疑応答の場面に影が重なる。
「どうですか!? この質疑応答は! ママのご意思をよどみなく、正確に伝えて見せましたよ!?」
大画面の前で誇らしげに胸を張るのは、矢継ぎ早に投げられる質問をいまも画面のなかで捌き続けているウケカッセだ。
「ちょっと、被ってる被ってるから!? あんたが被ったらあの日の、めいっぱいに磨いて飾りたてたマスターの姿が見えないじゃないのよッ!?」
だがそんなウケカッセに浴びせられたのはザリシャーレからの容赦ないブーイングであった。
ほかの幹部たちもみな同意見のようで、うなづいていたり、マネしてブーイングしたりしている者もいる。
「ま、まあまあ……そう、言わず、に……座ってるだけでよかったの、ウケカッセのおかげ、だし……ヘヒヒッ」
そこへ画面の中のとは打って変わって、普段着のTシャツと小豆ジャージにすっぴんののぞみが、そんな魔人衆たちの間に割って入り、取り持ちにかかる。
「ふむ。たしかに皆の言う通りです。ここは大人しく、晴れ姿のと普段着のママとをじっくり見比べて楽しむべきですね」
「ヘヒィッ!?」
しかしその甲斐もなく、ウケカッセは素直に同僚の非難を受け入れて、大人しく席について壁一間を占拠するモニターに向き直る。
大モニターの用意されたここは、例によって例の如くののぞみ部屋、ではなく。そのほど近くに用意されている会議室も兼ねた広間である。
そこで先日請われて開いた説明会の様子を映し、首脳陣全員で集まって見よう、となったのである。
しかし広間とは言っても、もちろんバウモールの巨体がまるまる収まるほどには広くはない。が、巨体を理由に仲間はずれにするわけもなく、人間サイズに縮小した立体映像が椅子に腰かけている。
「それにしてもこの時のマスターは本当に素晴らしいわね」
「ええ。ザリィとワタシが睨んだとおり、磨けばここまで輝くのよね」
そんな中、遮るものが無くなったモニターを見つめて、うっとりと呟くのはザリシャーレとイロミダの美女コンビだ。
大勢の前に姿を晒すとなると、のぞみのスタイリストを自称する彼女達は目を爛々とさせるほどに張り切るのだ。
「……で、でも、着てる方はき、キツかった……ヘヒッ」
「あら? サイズは間違いなかったわよ? 栄養が良くなっておっきくなってたところもコミで」
「や、そのサイズは、ジャストフィット……さすがザリシャーレと、イロミダ……じ、じゃなくて、キツかったのは、姿勢……の方、ヘヒッ……なにせ、後付けの背骨に無理矢理伸ばされてた、から……ヘヒヒッ」
「ああ、これのこと?」
そう言ってザリシャーレが取り出したのは金属製の背骨であった。
「そ、そう、それ!」
それを見るや否や、のぞみが顔を引きつらせて下がる。
「その、猫背矯正ギプス……おかげで途中で丸まらないで済んだ、けど……やっぱり、無理矢理伸ばされ続けるのは、キツかった……ヘヒ、ヒヒヒッ」
ザリシャーレが取り出したこの金属スパインは、説明会の間中ずっとのぞみの背筋を支えていたもの。
のぞみが言っていたとおり、猫背を強制的に矯正するもので、たとえるなら背中に物差しを差し込むようなものだ。
「だって体勢矯正にはどうしても時間が必要なんだもの。急場しのぎとしてはしょうがないじゃない」
「そ、それは……そう、だけども……」
必要だとは理解できるとはいえ、癖になった体勢を強引に整えられるというのはつらいものがある。
そこで不意に画面が切り替わる。
映し出されたのは、一見何の変哲もない住宅街だ。
だがその景色に、のぞみの顔が強く引きつる。
「……ママ? どうしました?」
明らかに様子のおかしいのぞみに、ウケカッセの気づかう声がかかる。
「……お父さん……」
そのつぶやきに魔人衆が画面に注目すると、そこには黒髪を撫でつけた男性の姿があった。




