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54:ゆっくりしなかった結果がこれだよ

「つ、疲れた……ヘヒ、へヒヒッ」


 自室の中央。ローテーブルにのぞみが突っ伏す。


 長い長い黒髪を天板一面に広げヒクヒクと震え笑うその姿は、だいぶホラーだ。

 それはもう唐突に創作言語を話したりし始めそうなほどに。


「おいおい。欲望に任せて動いておいて、それはちょっと情けねえだろ?」


 不気味にへばるのぞみに怯まずに、ボーゾは叱咤の声を浴びせる。


 対して体力回復のポーションを差し入れていたウケカッセは、その物言いに眉をひそめる。


「さんざんにママを煽ったアナタがそれを言いますか?」


 先日の侵食襲撃で、スリリングディザイアは敵のダンジョンコアを奪い取り損ねた。

 そこでのぞみは、目新しいステージを少しでも早く解放しようと、拡張の為に別のダンジョンコアをいくつか奪い取りにかかっていたのだ。


 そうして無茶をするのぞみを、ボーゾは止めるどころか「素晴らしい!」と後押しし続けたのである。


 その無茶の甲斐あって、部屋のモニターには香川組をはじめとした、砂漠エリアを楽しんでいる探索者チームたちの姿が映し出されている。


 しかし成果はともかく、のぞみに適宜に休息を取らせようとしていた側である、ウケカッセからしてみれば、一言言いたくもなるというものである。


「お? 俺に欲望を止めるのを期待してたのか?」


「まさか。ただ、油を注ぐ先を考えていただきたかった。それだけです。休息を求める体からの欲望を燃やして下されば、と」


 たしかに、ウケカッセが言う通りにやっていれば、のぞみがこんなに無茶をしてくたびれることも無かっただろう。

 これにはボーゾも、異存は無いと首を縦に振る。


「だがイヤだね」


 しかしボーゾは堂々と胸を張ってこれを拒否する。


「なんと!?」


「本当の、本気の欲望を隠してるならともかく、そうでなきゃやりたいようにやらせてやらなきゃ、だろ?」


「そんなことを言って、単にご自分が混じりっけ無しの欲望を味わいたいだけなのでしょうに」


「そうでもあるが」


 ボーゾは悪びれもせずに、ウケカッセの言葉を肯定する。


 こうも清々しいまでに己の欲望を肯定されては、ウケカッセとしてはもう何も言えることはなくなってしまう。


「……ま、まあまあ……もともとは、私がやろうと思ってやらかした無茶、だし……ヘヒッ」


 のぞみはポーションのおかげでいくらか体力を取り戻して起き上がると、仲裁に入る。


「おう。汝のなしたいように為すが良いってな」


「……それはかまいませんが、ご自愛いただきたい。と、私どもは申し上げているのです」


「ヘ、ヘヒ……ちょっとバテただけ、だから……み、みんなが、頑張ってくれてるのに……マスターの私がやらなきゃ、情けない、し……ヘヒヒッ」


「我らの働きどころか、存在そのものがママあってこそのもの、と申し上げておりますのに」


「で、でも……立場にあぐらをかくようには、なりたく……ない。み、みんなが恥ずかしい、なんて思わないくらいには、働かない、と……ヘヒヒッ」


 のぞみは拳を握って、自分の願う在り方を語る。

 すると、その背後に光を通ってザリシャーレが現れる。


「じゃあそんなくたびれた格好でいられるのが恥ずかしいから、健康で美しくなるために働いてちょうだいねー」


「フヘヒィイッ!? ヤブヘビッ!?」


 逃がさん、とばかりに絡みついてきた白い腕。

 のぞみはそれに顔を青白くさせて震える。

 だがのぞみを捉えた細腕は、どこにそんな力があるのか、捕まえた獲物に身動ぎさえさせない。


「誰が、蛇なのかしら? そんなことを言われたら、このまま締め上げて、猫背を伸ばしてさしあげたくなるわねぇ」


「ヒィイイ!?」


「……ほどほどにして差し上げて下さいね?」


 脅し文句から始まったザリシャーレの整体を眺めながら、ウケカッセはため息をつく。


「何を言ってるのかしら? マスターはアタシたちに恥ずかしくないようになりたい。そう言ったのよ? じゃあ徹底的に、ドコに出しても恥ずかしくないくらいに磨いてさしあげなくちゃッ!!」


「その欲望、ナイスだね!」


「ありがとうボーゾ様!」


 サムズアップを交わすザリシャーレとボーゾ。

 これにはウケカッセも止めようがないと、助けを求めるのぞみの目に頭を振る。


 助けの手が得られないと悟ったのぞみは、あきらめて強制マッサージを受け入れることにする。

 行動を制限されること。そしてツボ押しには痛みがあるのに難はある。

 だがザリシャーレに体を解されること。それ自体は心地よいし、マッサージの前と後では体の調子が段違いであることは間違いない。


 なので、あきらめて受けるしかないとなれば、自分からまな板に上がるのにためらいはない。


「ンふぉあぁああ……イダギモヂィイイ……」


「そうでしょうそうでしょう? さあどんどん行くわよぉお! 秘孔だって出し惜しみなしなんだか・ら!」


「ひでぶぅ!?」


 爆発四散しそうなうめき声であるが、勿論ザリシャーレがそんなヘマをするわけもなく、のぞみがその身にため込んだ疲労が解し崩されていく。


「しかし……そもそも我が方に捕らえていたはずの敵ダンジョンコアが、なぜか消失していなければ、ママにこんな無茶をさせることもなかったのですがね……」


「そうそう。妙なこともあるもんだよな。探ってみても全然反応がなくってよ。派手な戦いが起きてるとこに駆けつけてみたら、もう散らかされ切った後でな」


 のぞみが支配しているダンジョン内部であるはずなのに、侵入者の反応を全てが終わるまで見つけ出すことができなかった。

 そのために侵略済みの砂漠ダンジョン自体は手に入ったものの、その拡張に対応するための代替コアの用意を急がなくてはならなくなった。

 それがのぞみがへとへとにくたびれることになった理由である。


「妙なこと、で済ませて良いものではありませんよ。ママの支配域で、目を盗んで行動できた何者かがいる。これは大問題ではありませんか」


 スリリングディザイア内部にいながら、その主であるのぞみの監視を逃れる方法がある。


 これは先の侵攻、侵略もあって、見過ごすことのできない事態である。


「……そ、そうだね……こ、これはセキュリティの改善が……急務! 絶対的……急務……ッ!! というわけで、ささ……さっそく作業に、とりかから、ないと……ヘヒヒッ」


「……ザリシャーレ?」


「任せてちょうだい、よ!」


「あわらッ!?」


 ならばと、のぞみは回復を待たずに作業に戻ろうとする。

 だがそれを良しとしない銭と飾によって、その動きは強制的に止められる。


「おいおい! せっかくのぞみが欲望を燃やしてたってのによ、やらせねえってのはあんまりじゃねえかよ!?」


「そういうのは、ママがしっかり回復した後にして差し上げてください」


「そうよ! それに食事もまだなんだから、ベルノに健康な体を作る元が補給できてないでしょー! って文句言われちゃうわ、よ!」


「うわらばッ!?」


 断固として仕事はさせない。そんな強固な意志を感じさせる容赦ないツボ押しが、のぞみの体をその場に縫い留める。


「そりゃあそうだ。お前らの言うことも間違っちゃいない。へとへとのくたくたじゃいい仕事どころか、穴ができるだろうからな」


「分かってるのなら、せめてママの説得に加わってくださいよ」


「ヤなこった。お前らも欲望の魔神なら俺に協力したいと思わせて見せろよ? のぞみの欲望とお前らの欲望。ぶつけ合わせて強くするのより得だってな」


「……そう言うだろうと思ってましたよ。ザリシャーレ、もうこうなったら徹底的にママの疲れを解して差し上げてください」


「言われなくても! しばらくは動きたくないでござると言い出すまでとろっとろに解してあげちゃうわよ!」


「ヘ、ヘヒィィ……」

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